「ティファ…聞いて欲しいことがある」

 真っ直ぐ彼女の茶色い瞳を見つめながら、クラウドは片膝を付いた状態で口を開いた。



絆 7




「俺は…ローグが苦手だ」
 ゆっくりと…これまで言えなかった本心を口にする。
 ティファは口を挟まない。
 クラウドがローグを苦手としていることは分かっていた。
 だが、「知ってるよ…」と言葉に出す事をしないで、彼の魔晄の瞳から目を逸らさない。
「だけど…どうして苦手に思うのか…それが分からなかった…」
 かみ締めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「だけど、ティファも…デンゼルとマリンもローグに心を開いていて……」

「仕事から帰ったら、四人が楽しそうに話しをしていて…」

「その輪に…ティファ達は入れてくれようとしてくれてたけど……」

「どうしても……無理だった…」

「出てくる話題が、俺の知らないお店での出来事や、店の準備で起こったちょっとした失敗とかの話しばっかりで…」

「それを知ってるのが…ティファや、デンゼルや、マリン以外にも…『家族』以外にもいるって思うと……」


「辛かった……」


 ティファは目を見開いた。
 胸が苦しくなる。
 鼓動が一気に早まる。
 目の前で、ポツリポツリと…真っ直ぐ自分を見つめて本心を曝け出してくれるクラウドに……。
 どうしようもない罪悪感が込上げる。

 魔晄の瞳は、時には少し思い出すかのように遠くを見るような目になったり…時にはその時の心情を思い出して辛そうに歪められたり……そして、自分の本心を曝け出す事への…恥ずかしさに…揺れていた。
 それでもクラウドは言葉を止めなかった。
 普通なら…恥ずかしくて途中で曖昧に言葉を濁し、うやむやの内に封じ込めてしまってもおかしくないのに…。
 それなのに…。


「ローグが…俺以上に『ティファ達の家族』に見えて……」

「どうしても……我慢出来なかった」

「だから…ティファやデンゼルやマリンが、ローグを気に入ってても…俺は気に入らなかった」

「いや、むしろ、ティファ達がローグと楽しそうにしていればいるほど、その気持ちが強くなってさ…」

「でも、心のどこかでそんな小さな自分を認めたくなくて、変によそよそしくしたりして、ティファや子供達を不安にさせちゃって…」

「そんなみんなの気持ちが分かったけど……どうしようもなくて…、バカみたいにイラついて、余計に心配かけて……」


「サイテーだな……俺…」


 項垂れるクラウドに、かける言葉が見つからない。
 そこまで彼を追い詰めていたという事実が……苦しくて……情けなくて……どうしようもなく……。


 自分が歯痒い!!


 言葉なくクラウドを見つめるしかなかったティファに、クラウドは顔を上げて苦笑して見せた。

「だけど、今夜リトが来てあっさり『泥をかぶって』くれただろ?」
「え…?」

 意味が分からず戸惑うティファに、クラウドは穏やかに微笑んだ。

「自分自身をごまかそうとして、結局わけが分からなくなってイライラしてた俺に代わって、『悪者』になってくれただろ?」

 グリートの数々の暴言とも言える言葉を思い出し、ハッとする。

「あれ…全部俺が感じてた事だ…」

「ティファ達に同情されようとして『俺に受け入れられない可哀想な自分』を演じてるんじゃないか……って、どっかで思ってたんだ」

「でも、それを認めるのもこれまた癪でさ…」

「それに……そんな事を思ってるなんてティファ達に知られたら……本当に嫌われる」


「それが…怖かったんだな…結局さ……」


 ティファは堪らなかった。
 自分や子供達が受け入れた人間はクラウドも受け入れて『当然』だと、勝手に思い込んでいたのだ。
 自分達が……いや、自分が心許した人間は……彼も好意を持ってくれる。
 その思い込みが、クラウドにどれほど辛い思いを味わわせていたのか…。

 クラウドと自分は違う人間なのに…。

 当たり前の事実に漸く気付き、ティファは情けなさのあまり涙が浮かんできた。

 確かに…。
 ローグが来てくれるようになって、クラウドが夜遅くに帰ってくる時の寂しさは薄らいでいた。
 子供達は決まった時間になったら休んでしまう。
 それは、『セブンスヘブン』を開いた時にバレットも交え、三人で決めていたことだ。
 酒が回って卑猥な言葉を吐いて来る客達を一人であしらうのが、時には辛いこともある。
 それがいくら仕事であるとは言っても…。
 そんな時、『クラウドがいてくれたら』と思わずにはいられない。
 ローグが働きに来てくれるようになってから、そんな卑猥な言葉を吐く客がグンと減った。
 やはり、男の店員がいると彼らも酔いの回った状態であっても『控える』という意識が働くらしい…。
 それに、ローグは優しい。
 気配りも出来る。
 ちょっとドジな所があるが、彼のホンワカとした雰囲気にはこの二週間、癒されることが多々あった。
 ローグは…クラウドとは違ってティファがいて欲しいと思う時、必ず傍にいてくれていた。
 だからこそ、ますますティファは彼に好意を持った。
 それと同時に、クラウドが青年の良さに見向きもしないで素っ気無い態度をとることに腹を立てた。
 こんなにも良い青年をどうして受け入れてくれないのか…!?
 だが…。
 ローグに素っ気無い態度をとる時のクラウドが、一体どんな目をして……どんな顔をして自分達を見ていたのか……全く思い出せない。
 それは、クラウドを『見ていなかった』事に他ならないではないか!?
 クラウドに冷たくされて落ち込んでいるローグにばかり気を使って、最愛の人が一体どんな気持ちで……どんな顔をしてその場に立っていたのか…。
 それを見ようともしなかった。

 その事実は……。

 ティファに大きな衝撃を与えた。



「…ご………さい…」
「ティファ!?」
「ご……な…さい…、ごめん…なさい…!」

 突然ポロポロと大粒の涙をこぼし、しゃくり上げるティファにクラウドは仰天した。
 思わず立ち上がろうとしたクラウドに、ティファが抱きついてきた。
 突然すぎて支えきれず、尻餅をつく。

 ドクン…。

 クラウドの心臓が跳ね上がる。
 ビックリしすぎて条件反射のように身を捩ったクラウドに、ティファはギュッと強くクラウドの服を握り締めてしがみついた。
 爪が白く変色するほど、強く強く握り締め、必死にしがみ付きながらティファは謝り続けた。

「ごめんなさい…、ご…めんな…さい!!」
「ティファ…なんでティファが謝るんだ…」
「…っく………って………だって!」
 狼狽するクラウドにしがみ付いたまま、ティファはくしゃくしゃに顔を歪めながら振り仰いだ。

「クラウドが……そんなに……っく……、辛い…思いしてた…だなんて……ひっく……全然……気付かな……っく…ったもん……」

 切れ切れの言葉の中に込められた彼女の気持ちに、クラウドの胸が熱くなる。
 尻餅をついたまま、彼女の華奢な身体を掻き抱く。

 頬に触れる彼女の髪が……愛しくて…。
 腕の中で小さく震えながら嗚咽を漏らす彼女の声が……愛しくて…。
 必死になってしがみ付いてくれている彼女が……愛しくて…愛しくて……。

 彼女の頭に、額に、涙で濡れた瞼に、透明の雫が幾筋も伝った頬に、そして、いまだに謝罪の言葉を口にする彼女の唇にクラウドは唇を押し付けた。

 彼女が泣き止むように…。
 彼女が情けない自分のせいで悲しまないように…。
 辛い思いをこれ以上味わわないように…。

 そして…。

 クラウドが愛して止まない極上の笑みをティファが見せてくれるように…。
 想いを込めて何度も口付けを贈る。
 いつの間にか、ティファも強く握り締めていたクラウドの服から手を離して彼の首に腕を回していた。





「ローグにはこのまま通ってもらっていいから」
「え……でも……」
 二人でシーツに包まって互いの鼓動を聞きながら、久しぶりに幸福な時間を味わう。
 その幸せで…幸せで……泣きそうになるほどの幸福感に包まれていたティファは、クラウドの突然の言葉に驚いた。
 クラウドの腕にすっぽり包まれたまま、戸惑いながら顔を上げる。
 暗闇でもよく見える魔晄の瞳が優しく自分を見つめていた。
「良いんだ。ローグが通ってくれることでティファや子供達がラクになるならそれが一番だ」
「でも……クラウド…」
「あ〜…勿論、すぐにローグを気に入る…ってわけにはいかないけど……それでもさ…」
 言葉を切ってティファの額に口付けを贈る。

「本音、言えたからスッキリした」

 悪戯っぽく微笑んで、頬を赤らめたティファを抱きしめる。
「だから、これからはもう少し余裕を持って接する事が出来ると思う。そうなったら、きっと…そのうちローグっていう存在に慣れるだろうから…」
 だから……もう少し気長に待ってくれないか?


 そう言ったクラウドに、ティファは彼の愛して止まない極上の笑みを浮かべた。





「おはよう!」
「おはよう、クラウド、ティファ!」
 翌朝。
 いつものように…いや、ローグが来る前のように子供達が元気一杯に部屋から下りて来た。
 クラウドの様子がおかしくなってからというもの、どこか窺うように…不安そうに瞳を曇らせながら無理に笑っていた笑顔ではない。
 子供達の無邪気な笑顔を前に、クラウドはどれだけ小さな胸を痛めさせていたのか……改めて気付かされた。
 そんな己の不甲斐なさを内心で呪いつつ、
「ああ、おはよう。デンゼル、マリン」
 両腕で子供達を軽々抱き上げるとそれぞれの頬に『おはよう』のキスを贈った。
 普段は恥ずかしがってちょっぴり抵抗するデンゼルも、今朝は心底嬉しそうに笑いながらそれを受ける。
 ティファがカウンターの中で朝食の最後の仕上げをしながら、笑みを浮かべて見つめていた。
「はい、三人とも、出来たわよ〜」
「「は〜い!!」」
 床に下ろされた子供達は、明るい返事をすると先を争ってティファの元へ駆けつけた。
 そして、クラウドと同じ様に『おはよう』のキスを受けてから出来上がったばかりの朝食をテーブルに運ぶ。
 クラウドもゆったりとした足取りでカウンターに向かうと、子供達とティファを手伝った。
 緩やかな…とても心地良い時間。
 久しぶりに『家族』が揃って朝食を食べた気がする。
 クラウドはしみじみと自分の至らなさが、どれほど『家族』に傷を与えていたのか思い知った。
 また、同時に『家族』を『家族』として成り立たせられるのが自分である事実が……本当に嬉しかった。
 子供達の明るい笑い声とティファの柔らかな微笑み。
 この幸せな時間を作り出すことが出来るのは、自分が欠けていては出来ないのだと…そう思う。
 決してそれは自惚れではない…そう自信を持てる。

 クラウドは……本当に幸せだった。
 そして、それはティファや子供達も同様だった。

 やはり、クラウドがいなくては…こうはいかない。
 自分の隣で柔らかな笑みを浮かべながら、子供達の話しに耳を傾けつつ食事を摂るクラウドに、ティファはそう感じずにはいられなかった。
 ここ数日間の気まずくて…重苦しい食卓がウソのようだ。
 子供達の明るい笑顔に胸が弾む。
 クラウドの柔らかな微笑みに…胸が高鳴る。

『やっぱり……クラウドとデンゼルとマリンが揃っての『家族』……だよね…』

 ティファは幸せだった…。



「じゃ、行って来る」
「「いってらっしゃーい!!」」
「気をつけてね?」
「ああ」

 朝食を終えて一息つく間もなく、クラウドは仕事に出かけなければならなかった。
 幸せに浸りすぎたせいで、約束の時間までかなりギリギリになっている。
 子供達とティファに見送られながら、クラウドは愛車に跨った。

「早く帰ってきてくれよな?」
 見上げてくるデンゼルに、クラウドは手を伸ばすとフワフワの髪をクシャリと撫でた。
「ああ、精一杯早く帰れるようにするよ」
「約束だよ?」
 デンゼルの隣に立ち、同じ様に見上げてくるマリンの頭も撫でる。
「ああ、また電話する」
「でも、あんまり無理しないでね?」
 ほんの少し心配そうな顔をするティファに、そっと手を伸ばして頬に触れる。
 暫し彼女の茶色の瞳を見つめ、クラウドは溜め息を吐いた。

 溜め息を吐くような場面ではないはずなのに…。

 ティファだけでなく子供達もそんなクラウドにビックリして目を丸くする。
「ク…クラウド……?」
 どうしたの…?

 そう言外に問いかけるティファに、クラウドはフッと笑うと、
「こんなに仕事に行きたくないと思うのは初めてだ」
 そう言い残し、照れ隠しなのかサッと手を引っ込めてゴーグルをかけた。
 思わぬ台詞にティファ達はポカンとする。
 次いで、その言葉を頭の中で反芻し…。

 三人は噴き出した。
 嬉しくてくすぐったい感情が込上げる。

「俺もクラウドに仕事行って欲しくない!」
「私も〜!!」
 ピョンピョン跳ねながら言う子供達に、クラウドは口元に笑みを湛えた。
「でもまぁ…仕方ないよな」
 肩を竦めつつ、エンジンを勢い良く噴かせる。
 そうして、まだ固まっているティファに身を乗り出すと、軽く『行ってきます』のキスを贈り…。
 あっという間に愛車を駆り立てて走り去った。

 まるで、照れ隠しのようなその走りっぷりに、またまた子供達は目が点になる。
「クラウド……今朝はすっごくキザだなぁ…」
「そうだね。でもすっごく照れてたね」
「うん…。照れ屋だからなぁ」
「うん。本当に照れ屋だもんね」
 デンゼルとマリンはクスクス笑い合いながら、ふともう一人の『照れ屋』を見上げた。
 案の定、自分達の母親代わりが真っ赤になって石化していた。
「本当に……二人共照れ屋だよなぁ…」
「うん。でも、これが『いつも通り』の二人だよね!」
 呆れたような顔をするデンゼルに、マリンが明るい声をかける。
 途端に、
「うんうん!あ〜、良かった〜!!」
 パッとデンゼルは顔を輝かせた。
「うん!本当に良かった〜!!」
「ところで今晩、何時くらいに帰ってこられるかなぁ〜?」
「う〜ん…。なんだか今日はすっごく忙しいみたいだったし……。本当は、今日中に帰るのも難しいんでしょ?」
「ん〜……そうなんだよなぁ……。やっぱり俺達が寝ちゃった後くらいかなぁ……」
「む〜…。頑張って起きてよっか?」
「うん、そうだな!それに早く帰れるように頑張るって言ってくれたしな!」
「あ〜、でも無理しすぎて事故とか起こさなかったら良いけど…」
「大丈夫だろ?クラウドなんだから」
 心配そうに眉根を寄せるマリンに、デンゼルは頭の後ろで手を組みながらあっけらかんと答えた。
「でも、クラウドってちょっとドジな所があるし……」
「…………それは否定できないなぁ……」
「でしょう…?」
 二人揃って腕を組む。
「ま、まぁ、でも電話くれるって言ってたからな。その時にでも大丈夫かどうか聞くようにしようぜ?」
「うん、そうだね」
「ところでさぁ…」
「?」
「いつまでティファは固まってるんだろうな…」

 デンゼルの視線の先では真っ赤になったティファが、クラウドの走り去った方を見つめたまま、まだ固まっていたのだった。







「ティファ〜。クラウドから電話あった〜?」
 遊びに行っていた子供達が帰宅早々口にしたのが『ただいま』でなかったことに、カウンターの中で店の準備をしていたティファは苦笑した。
 やんわりと子供達に「『ただいま』が先でしょう?」とたしなめると、ゆっくりと首を振った。
「まだかかってないわ。きっと忙しいのね」
「「そっか〜」」
 残念そうに肩を落とす子供達の姿に、
「きっとそのうちかかってくるわ。クラウドは約束を守ってくれる人だもん」
 明るく声を掛ける。
 途端、二人はニッコリと笑うと、
「そうだな」「うん、そうだね!」
 気持ちをパッと明るい方に切り替えた。
 足取り軽く、自分達のエプロンを置いてる所まで駆けて行く。
 と…。

「クラウドさん…今夜は帰ってこられないんじゃないの?」

 店の奥に野菜を取りに行っていたローグが恐る恐る話しかけた。
「え…?」
「どうして?」
「???」
 びっくりするティファ達に、ローグはオロオロしながら野菜をカウンターに置くと、
「いや、だって…。今日は配達の仕事が詰まってる…って…」
 焦りながら早口でしゃべる。
「うん、そうなんだけど、出来るだけ早く帰ってくるって約束してくれたの」
 ローグがクラウドの配達の予定を知っていたから、『帰ってこられない』と言ったのだと分かり、ティファは嬉しそうに微笑んだ。
「あ、そうなんだ。クラウドさんはティファとデンゼル、マリンを大事に思ってるからきっと頑張って約束守ってくれるね」
「ええ!」

 昨夜の一件があったのにも関わらず、ローグは変わらずに優しかった。
 その事がティファを安堵させ、クラウドに申し訳ないと思いつつもやはりローグ・ラハを『良い人間』と思わずにはいられなかった。

「じゃ、そろそろお店をオープンさせましょっか!」
「「「はい」」」

 女店主の弾んだ声に、子供達とローグが元気に頷く。

 こうして、この日も変わらずにセブンスヘブンに明かりが灯った。
 前日のことがあったにも関わらず、やはり店は大繁盛で子供達はいつも通り、クルクルと良く働いた。
 ローグも、子供達に負けず劣らずの働き振りだった。
 ティファは充実感を味わいながら仕事をこなしつつ、クラウドからの電話を待った。
 それは子供達も同様で、時折ティファに視線を走らせては無言で訊ねる。
 その都度、ティファは首を振って苦笑した。

『そのうち…かかってくるから』

 唇の動きだけで子供達にそう伝える。
 素直で可愛い子供達は、その度にコックリ頷き仕事に励んだ。

 時折ポケットに忍ばせた携帯を取り出し、画面を見る。
 着信のないその表示に、ティファは落胆した。
 何度か彼にかけてもみた。
 だがその度に携帯は『電波の届かない所におられるか、電源が入っていないためかかりません』という虚しいアナウンスを繰り返す。

『そのうち……かかってくるわよね?』

 ほんの少しの不安を胸に、ティファと子供達は待ち続けた。


 だが…。

 結局クラウドから電話はなく、とうとうその日の内には帰ってこなかった。