「なんでこんな目に……」 クラウドは数え切れない溜め息を吐いて空を仰いだ。 絆 8今朝の幸せが夢だったのではないかと思えるほどの悲惨な現状に眩暈がする。 目の前では、本日最後の依頼人が、真っ赤な顔をして配達先の人間と言い争っていた。 「だから、何度も言わせるな!!金が足りなかったんだからしょうがないだろうが!?」 「アホか!!しょうがないで済むか、このアンポンタン!!これはれっきとした『商売』なんだぞ!?依頼された品を入手してこその仕事だろうが!それを『金が足りないから他のもので代用した』ってワケ分からんわ!!!」 「なにおぉ!?『金が足りる範囲で』って言ってたじゃねぇか!!」 「黙らっしゃい!!『金が足りる範囲』とは言ったが、明らかに注文の品からかけ離れてるじゃねぇか!!」 依頼人の胸に押し付けるようにして配達先の男が突きつけたもの。 それがそもそもの原因だった。 クラウドは、二人の男の間で先程から行ったり来たりしているその『間抜けなチョコボのぬいぐるみ』を恨めしそうに見つめた。 見つめれば見つめるほど、小バカにされているような気になってくる『それ』は、そもそも依頼人が配達先の男から請け負った『商品』だった。 配達先の男には恋して止まない女性がいるらしい。 しかし、お約束のように彼女は男になびいてくれないそうだ。 そこで男は考えた。 ― 大のゴールドソーサーのファンである彼女が喜んでくれるようなプレゼントを贈ろう! ― なんともはや……。 餌で女性の心を釣ろうというわけだ。 別に珍しくとも何ともないその手法に、男は『依頼人』に『可愛い可愛いチョコボのぬいぐるみ』を買ってきてくれるようにお願いしたそうだ。 …ちなみに、この依頼人と配達先の男は幼馴染…とのことだった。 ところが!! 言い争っている内容からも分かるように、男の差し出した金額が少々足りなかった。 ぬいぐるみの代金は勿論、『依頼人』に正当な報酬として支払うべき『代金』を差し引くと、かなりの額が足りない事になった……とのことだ。 男にプレゼントを調達するようお願いした『依頼人』が、自分の幼馴染だから少しオマケしてくれる…という意識が働いたのかどうかは分からないが、ともかく、男が先払いした金額は足りなかった。 そこで、ゴールドソーサーの現地で『依頼人』は考えた。 幼馴染の男から預かった金は圧倒的に足りない。 しかし、ここで自分が受け取るべき正当な『代金』をオマケしてあげると、少し品は落ちるがまぁまぁ可愛いぬいぐるみを手に入れる事が出来る。 だが…。 まぁ、結果はこれまた言い争っている内容からも分かるが、『依頼人』は全くオマケしてあげなかった……。 見事に……なんの情もなく……。 『せめて…代金を立て替えてやるとか…方法はなかったのか…?』 クラウドは呆れ返って醜い言い争いを傍観した。 いや、ここに至るまでにクラウドなりになんとか落ち着かせようと努力はしたのだ。 そう! それはそれは、普段の彼を知ってる仲間が見たら思わず涙ぐむことは間違いないだろう。 だが……。 「「カンケーない人間はすっこんでろ!!」」 ここぞとばかりに声をはもらせた二人に、とうとうクラウドは白旗を揚げた。 とまぁ…そういうわけで。 こんなくだらない茶番劇のような言い争いに付き合ってかれこれ三十分以上が経過している。 我ながら良く忍耐しているものだ…とクラウドは自分をこっそりと褒めてみた。 しかし、だからと言って当然慰められるというわけでもなく…。 未だにギャーギャー口汚く耳障りな口論を続ける男二人に、心の底から溜め息が漏れる。 大体、こんなくだらない喧嘩に付き合って観戦しなくてはならない道理はない。 はずなのだ…。 だが、クラウドにはこの喧嘩の行く末を見守らなくてはならない理由があった。 それは…。 「ちゃんと仕事が出来なかったんだから、デリバリーの料金はお前が払え!!」 「バカ言うな!!確かに品は悪いかもしれないが、ちゃんとゴールドソーサーでゲットしたぬいぐるみなんだぞ!?約束どおり、お前が払え!!」 というわけだ。 まだ今回の配達料金を受け取ってないのだ。 たかだか一件の配達料金くらい手に入り損ねたとしても別にいいじゃないか? そう他の人は思うだろう。 事実、クラウド自身もそんな気分になっていた。 だが、ここで料金を受け取らなかったら後々まずいことにもなりかねない。 もしも、今回の配達料金を『クラウドの失敗』という理由意外で受け取らなかったら、その話しが噂となり、今後『茶番劇』を披露して配達料金を『ちょろまかそう』とする人間が出てこないとは限らない。 そうでなくとも、『依頼人』と『配達先の男』の距離を愛車で駆けた分と、注文の品からかけ離れたぬいぐるみに怒り狂った『配達先の男』を乗っけて『依頼人』の元に戻った分。 往復分のガソリンはしっかり消費されている。 復興途中のこの世界では無駄に出来るものは何もない。 せめて余分な『戻ってきた分』のガソリン代だけでも払ってもらわないと困る。 こちらも生活がかかっているのだ。 大切な人と可愛い子供達を養っていく為には、これから先も金は要る。 ありすぎて困る…ということには絶対にならない。 これらの理由から、クラウドは帰りたくても帰れないのだった。 ヒートアップしている二人の男から料金を払ってもらうのはまだまだ時間がかかりそうだ。 幾度目か分からない溜め息を吐きつつ、クラウドはポケットに忍ばせている携帯をそっと取り出した。 その途端。 「え!?」 目が点になる。 真っ黒なボディーのその携帯。 開いた画面はボディーの色。 真っ黒状態。 つまりは充電切れの状態であったのだ…。 「ゲッ!!」 「「は…?」」 思わず上がったクラウドの声に、言い争っていた二人の男が間抜けな顔をして振り向く。 しかし、クラウドにはそんな事どうでも良い。 なんだって充電が切れたのか…!? いつもは必ず寝る前に充電をしてるのに…!! 「…………あ…」 昨夜の事を思い出して充電が切れた理由に思い至った。 何の事はない。 昨夜は充電するのを忘れていたのだ。 しかし、たった一度充電を忘れたくらいで切れるとは…!! もしや、バッテリーが古くなっているのか……!?!? いやいや、今はそんな事を言ってる場合ではない。 今朝、『家族』と交わした約束が頭の中をグルグル旋回する。 ― 『早く帰ってきてくれよな?』 『ああ、精一杯早く帰れるようにするよ』 『約束だよ?』 『ああ、また電話する』 『でも、あんまり無理しないでね?』 ― また電話する。 そう約束したじゃないか…!? それなのに……それなのに!! ガバリと顔を上げると、クラウドの豹変振りにギョッとする男達の事はスッパリ無視し、『依頼人』の居間に置かれている柱時計を見る。 現時刻。 21:23。 子供達が休む時間まであと約三十分。 クラリ…。 眩暈がする。 子供達が休むまでに帰宅するのはもう不可能だ。 それどころか、日付が変わる前に帰宅出来るかどうかも怪しい………というか、不可能だ…。 ならばせめて絶対に…。 絶対に子供達が起きている間に電話を入れなくては!! それまで諦めたように傍観を決め込んでいたクラウドが、急に鬼気迫る形相になったことに、男達は後ずさった。 クラウドはそんな二人に大股で近付き、 「悪いが電話を貸して欲しい」 仰け反って強張る男達にズイッと顔を寄せた。 「へ……あ、電話……?」 「あ〜っと、ちょっと待って…」 『依頼人』がアタフタとローテーブルに置いてある携帯を差し出す。 クラウドはそれをひったくるようにして借りると、ティファの番号を押す。 が、はた…と、途中でその手を止めた。 訝しそうに男二人が見てくる。 だが、クラウドは最後まで番号を入力出来なかった。 暫しの葛藤。 結局、イライラと携帯を突き返す。 「えっと……かけないんですか……?」 ビクビクと訊ねる依頼人に、クラウドは「ああ……やっぱりいい……」と、素っ気無い一言を返した。 『携帯ならすぐにリダイヤル出来るじゃないか!!』 何てことはない。 ティファの番号を他の男に知られるのがイヤだったのだ。 なら、子供達にかけたら良いのか…? というと、そういうわけにもいかない。 可愛い子供達の番号が、下手に出回るようなことになったらなんとする!? そうでなくても自分とティファの『家族』として、誘拐まがいの目に合った事があるのに! 『そんな危険、冒せるか!?いや、無理だ!!』 クラウドにしか分からないその理由で、結局クラウドは『電話をする』という約束を反故にしてしまった。 「えっと……あの……」 「クラウドさん……?」 電話をするという約束を破るのは…本当に辛かった。 折角…。 折角、グリートが『泥をかぶって』までして取り戻させてくれた温かな『家族との関係』を、再び失う結果になりかねない! そうならなくとも、目の中に入れても……(実際は痛いが)痛くない子供達を悲しませたり不安にさせる結果になるのは目に見えている。 だが!! この目の前にいる二人の男に『家族』の番号を知られるなど、我慢出来ない!! 『こんな奴らに知られるくらいなら、ティファと子供達に怒られるほうがマシだ!!』 クラウドは訝しそうに…そして気味悪そうに見つめてくる二人の男をねめつけた。 「もうそろそろ、どちらでも良いから料金を払ってもらえませんか?」 不機嫌と焦燥感、そして、何よりも『家族』との約束をこんなくだらない喧嘩に巻き込まれて果たせなかった自分自身への苛立ちが、ついつい声に込められる。 地の底を這うようなその声音に、『依頼人』と『配達先』の男が「「ヒッ!!」」と息を飲んだ。 声音に勝るとも劣らない殺気のこもった魔晄の瞳に石化する。 男達は忘れていた。 目の前の青年が『ジェノバ戦役の英雄達のリーダー』であったことを。 なにしろ、WROの広報誌で見たとは言っても、実物に出会ったことは今回が初めてだ。 あまりにもその『普通』に見える青年に、ついついその事実を失念していた。 二人は顔を見合わせてゴクリ…と唾を飲み込むと、慌てて財布を取り出した。 「それじゃ、ご利用ありがとうございました」 いつもの無愛想に輪をかけて素っ気無く言い残し、クラウドは愛車を急発進させた。 土煙を朦々と上げながら、あっという間に夜の闇に消えていった大きなバイクを、本日最後の客が呆然と見送る。 「な、なんかさ……」 「あぁ…?」 「…怖かったな……」 「ああ……」 「……くだらない事で怒って…悪かったよ」 「……いや、俺ももっと気を利かせれば良かった…」 「また…仕事請けてくれるか?」 「おお、勿論さ!」 なんだかわけの分からない間に、男達に友情が蘇えり、夜気に吸い込まれた。 よもや、自分が去った後で依頼人達が仲直りをしたなど露にも思わないクラウドの心は、ただひたすら『家』に向かっていた。 暗闇をバイクのライトだけで荒野を進む。 それもありえないスピードで。 こんなに飛ばして走ったのは、デンゼルがカダージュ達に『忘らるる都』へ拉致された時以来じゃないだろうか!? いや、もしかしたらあの時よりもスピードが出ているかもしれない。 そんな猛スピードで荒野を走ると、当然色々と予想外の出来事が起きてきて、それに対処するのが遅れたりするのだが…。 まさにこの時のクラウドがそうだった。 フェンリルでほんの少しだけ丘になっている足場をそのままジャンプ……かと思ったら、想像以上のハイジャンプになってしまって、着地の時に危うく投げ出されそうになったり…。 ちょっと窪んだ岩場があるなぁ…と思ったものの、ハイスピードで走っている為、そのままその部分を通過することになったら泥水が溜まっていてモロに被ってしまったり…。 ちょっとした木立の中を『近道だ!』と勢い込んで突っ切ったら、昼間とは勝手が違っていて道に迷いそうになったり…。 なんとかちゃんとした道に出たとホッとしたその瞬間、暗くて周りが良く見えなかった為に突然顔の脇を木立の枝が掠めて頬を怪我した。いやいや、ほんっとうに危なかった。 あと少しずれていたら失明するところだった…。 流石に失明云々の瞬間は肝が冷えた。 バクバクと鼓動が早くなり、イヤな汗が背中を濡らす。 それでもエッジへの道のりまでスピードを落とさないクラウドは、ひたすら『家族』への思いだけ突き動かされていた。 そんなクラウドを最後に襲ったトラブルは、夜行性のモンスターの群れに『ウェルカム♪』されたことだろう…。 いやもう…考えられるだけのトラブルを引き寄せ、それらをなぎ払いつつクラウドは走った。 エッジの入り口が見えたのは、そんなサバイバルな経験をいつも以上に味わうこと三時間以上が経過した頃だった…。 既に街の明かりは落とされて静まり返っている。 まだまだ復興途中のこの星では、夜中に明かりが灯っている家屋は少ない。 夜になったら寝て朝日が昇ったら起きる。 そんな規則正しい生活をしている人達が大半である為、深夜に愛車のエンジン音を轟かせる事はいくら気がせいていてもやはり良心が許さない。 逸る気持ちを抑えながらエンジンを切り、疲れた身体に鞭打って愛車を押す。 気が付けば、腕にもズボンにも小さな傷が走っており、服はボロボロだ。 オマケに今夜は泥水を被っている為、もしも誰かが見たとしたらギョッとする事は間違いない。 こんなボロボロの格好で帰宅したら、ティファはさぞかし心配するだろう…。 だが、それでも自分が一刻も早く帰宅した方が彼女の心配は減るはずだ……多分。 恐らく、今頃何の連絡もなく、帰らない自分を心配しているだろう。 彼女の整った美しい顔が心配のあまり歪められているのを想像し、愛車を押す腕に力が篭った。 エッジに帰り着いてセブンスヘブンまでどれくらいの時間がかかったのか…。 いつもと変わらない距離であるはずなのに、クラウドにはその道のりが恐ろしく長い距離に変貌してしまったように感じられた。 逸る心と進まない足。 それでも漸く渇望していた『家』が見えて来た時には、無性に感動した。 店内には明かりが灯っている。 恐らく、閉店後の後片付けをしているのだろう。 二階の子供部屋には明かりが点いていなかった。 『こんな時間だもんな…』 心の中で子供達に謝りながら溜め息を吐く。 それでも、待ってくれているであろうティファの事を考えると、クラウドの気持ちは浮上した。 子供達への申し訳なさと、彼女に会える…という悦び。 その二つの相反する感情が胸の中でグルグルと巡っている。 フェンリルを倉庫に押し込め、そっとそのまま裏口から店内に足を向けた…。 が……。 「大丈夫だよ、ティファ」 「でも!!」 「クラウドさんは強いから」 「だけど、こんな時間までなんの連絡もないままだなんておかしいわ!!」 「ティファ!!」 ガタンッ!! 「ロ、ローグ!?」 「ティファは…本当にクラウドさんのことばっかだな…」 「え…ちょっと……あの…」 店内から漏れ聞こえてくる愛しい人と苦手な人間のやり取りと、椅子が立てたのであろう物音に思わず足が止まる。 シーンと静まり返った店内に、鼓動が一気に早まる。 ツツー……と汗が額から頬を伝う。 手足が自分のものではないかのように動かない。 早く……早く、ティファに帰ったことを伝えなくちゃいけないのに! 今すぐにでもティファの傍に駆けて行って、彼女を抱きしめて安心させたいのに!! 彼女の傍にいるであろうあの男から、ティファを隠したいのに…!!! 身体が動かない…。 ドクドクと血液が逆流する音が耳の奥でこだましている。 時間にしたら僅か数秒なのに、恐ろしく経った気がする。 その『会話』が聞えてくるまで……。 「落ち着いた?」 「あ、あの…」 「ティファはさ……そんなにいつもクラウドさんのことばっかり心配してて……辛くない?」 「え…?」 「僕は……イヤだな……」 「あの…」 「ティファは……人が好すぎるよ」 「…そんなことは…」 「どうしてそこまでいつも我慢するの?もっと自分を可愛がっても良いんじゃない?」 「我慢だなんて…」 「してるでしょ?いっつも子供達とお店のことはティファが一人で頑張ってるじゃないか」 「それは、クラウドは仕事が」 「それは分かってる!僕が言いたいのはそんな事じゃない」 「………」 「ティファは…もっと幸せになっても良いんだ。もっとわがまま言って、もっと自分にかまって良いんだ」 「私は…幸せよ?」 「そりゃ、幸せかもしれないけど、僕が言ってるのはそんな『小さな幸せ』じゃない」 「…ローグ…」 「僕が……僕がクラウドさんなら……、ティファにこんな寂しい思いや苦労はさせないのに…」 ローグのこの言葉は、クラウドの胸に深く突き刺さった。 同時に激しい怒りが全身を駆け巡る。 カッとなった為か…。 それまで動かなかった手足が急に勢い良く動き出す。 店内と二階の居住区に続く階段へ一気に歩みを進め、そのままの勢いで店内に踏み込もうとした。 「!?」 目の前の光景に驚愕する。 魔晄の瞳を大きく見開き、クラウドはその場に固まった。 椅子に座っているティファの頭を胸にかき抱いている青年の瞳が、驚いたようにクラウドに向けられたのは、クラウドが呼吸を忘れて固まったのとほぼ同時だった。 |