私は、一生『恋心』を知らずに生きていくんだと思ってた…。
だから…。
彼との出会いは、私の『世界』を変えてしまった、まさに『運命の出会い』…。
恋心 4
「大丈夫?」
「…ええ、ごめんなさい」
しばらくして涙の止まった私を、彼女は心配そうに覗き込んだ。
とても恥ずかしい姿を晒してしまったというのに、彼女は全く私を小バカにする事もなく、逆に私が落ち着くまでずっと、胸を貸し、背中を優しく撫でてくれていた。
初めて、『人の温もり』に触れた気がする…。
泣いた為に、腫れぼったくなった目元を拭いながらぼんやりそんな事を考える。
そんな私を、彼女は尚も心配そうに見つめてたけど、不意ににっこりと笑みを浮かべた。
「へへ〜、初めてファシーナの意外な一面を見ちゃった!」
「あ…、ごめんなさい」
「え…、どうして?」
「…みっともないところを見せて…」
「みっともない!?泣いてるファシーナが!?」
彼女は思い切り驚いた顔をして目を丸くし、次いで、彼女のその表情に驚く私を見て急に笑い出した。
「???」
戸惑っている私の目の前で、彼女はお腹を抱えて笑い転げ、漸く落ち着いた頃には、目にうっすら涙まで浮かべていた。
「あ〜、もう!ファシーナったら、本当に可愛いんだから!」
「は…?か、可愛い……!?」
「うん、もう、最高に可愛い!!」
彼女の言う『可愛い』に、更にびっくりする。
全く意味が分からない…。
「あ〜、何で『可愛い』って言われてるか分からないって、顔に書いてる」
「え、え!?」
「フフ〜!本当にファシーナって可愛いわ!うん!!」
もう、訳が分からない…。
彼女はしきりに、うんうん頷きながら、非常に満足そうな顔で私を見つめる。
「だって、ファシーナって、『独りでいる方が好き』ってタイプでしょ?だから、あんまり下手に話しかけたりしても、お互いにしんどいだけ…、って思ってたんだ〜。でもさ、ずっと私としては色々話をしたり、買い物行ったり、一緒に過ごしたい!って思ってたの」
「な、何で!?」
「ん〜、だって、ファシーナって『凄い!』って思うんだもん」
「す、凄い!?」
「うん、凄い人!本当はずっと憧れてたんだ〜!!」
「………!?」
彼女の言う言葉が、何一つ理解できない…。
こんな私が可愛い…!?
こんな私が凄い…!?
全く、本当に、何を言ってるのか分かってるのかしら……!?
「だってさ。ファシーナって、私達仕事仲間の誰よりも仕事を効率良くこなすでしょ?あれ、本当に周りから見ててカッコイイのよね!」
彼女は満面の笑みで嬉しそうに語る。
「それに、仕事仲間で一番気がつくし!お客さんの体調の良し悪しとかも一発で見抜いちゃうじゃない!?あれ、普通は出来ないよ〜。先生がいっつも褒めてたもん。『ファシーナがこの宿にいるから、具合の悪い旅行者が早期発見出来る。体調不良のまま旅を続ける旅行者も多い昨今の世情から考えると、本当に貴重な人材だ』って。旅をする為には、まず体調を保つ事が一番大事でしょ?だから、この宿のお客さんは、体調を万全にしてから再出発出来るから、ラッキーだ…、だってさ」
確かに、私はそういう事に気付く事に長けている…。
でも、そんな事で『カッコイイ』とか『凄い人』だと思われてるだなんて、思ったこともなかった。
むしろ、そんな私を『気味が悪い』『鼻につくタイプ』そう思われているんだとばかり思っていたのに…。
クラウドさんが泊まりに来て僅か二日目だというのに、こんなにも私の『世界』はめまぐるしく変化している。
こんな言葉をかけられるだなんて、一体どうして想像出来ただろう…。
本当に、彼がこの宿を選んでくれて良かった…。
その後、彼女は仕事に戻った。
もう、時間を随分ロスしてしまっている。
私も戻ろうとしたけど、「瞼が腫れてて接客は無理じゃない?」との指摘を受け、大人しく彼女に仕事を託し、自室に引き上げた。
途中、何人かの従業員とすれ違ったけど、皆が奇異な目で見てくるのが、何とも気恥ずかしかった。
自室のベッドに横になって、濡れたタオルを目に当てる。
そうして、横になっていると、ひんやりした目元とベッドの温もりが何とも心地よく、ついうつらうつらしてしまった。
ハッと気付いた時、もう昼食の時間になろうとしている。
私は慌てて濡れタオルを洗面所に持って行き、鏡を覗き込む。
腫れていた瞼はすっかり元通りになり、いつもと変わらない私が鏡の中から見つめていた。
私は早足になりながら厨房へ行き、クラウドさんの為の昼食を頼んだ。
コック長がきびきびした声で「はいよ!」と返答する。
それからほどなくして、クラウドさんの為の雑炊と、煮物がお盆に乗せられた。
「ファシーナ、あまり根をつめて看病するなよ!お前まで移ったら大変なんだからな!」
いつも元気なコック長らしくない、心配そうな、それでいてそう感じさせないように無理をしている声音に、私は軽く頷いて返した。
お盆を持ってクラウドさんの部屋を訪ねると、丁度先生が往診に来られていた。
「お!名看護師のご登場だ!」
にっこりと微笑みながらおどけて言う先生に、私は苦笑しながら頭を下げた。
クラウドさんは、朝食の時よりもしっかりとした表情になっている。
「先生、ご苦労様です」
「はっはっは!俺は仕事だから別にご苦労でもないけど、ファシーナは仕事外なんだから、ファシーナの方が『ご苦労様』、だな!」
先生は快活に笑うと、クラウドさんに向き直った。
「うん。非常に順調でびっくりするよ。昨日看た時はもっと長くかかりそうだったのに、この分だと明後日には完全回復しそうだな」
「ありがとうございます」
フッと微笑を浮かべてクラウドさんが軽く頭を下げる。
その彼の微かな笑みに、胸がどうしようもなく高鳴ってしまう…。
「良かったですね、クラウドさん」
「ああ、ファシーナさんのお陰だよ、ありがとう」
高鳴る胸に気付かれないよう、平常を装って声をかけると、紺碧の瞳でまっすぐ見つめられ、そんな風に言われてしまった。
少し微笑さえ浮かべている彼に、顔が熱くなるのを感じる。
先生とクラウドさんに気付かれないよう、頭を下げる事によって顔を隠した。
どうしようもなく惹かれてしまう…。
どんなに惹かれても、どんなに恋焦がれても…、決して叶わないのに…。
私は、滲む視界に焦りながら、昼食の乗ったお盆をベッドサイドにあるテーブルに置き、挨拶も早々に退室した。
食事をするのに私の手助けが必要ないのは分かったし、それに、何よりこのまま彼の傍にいる事が苦しかった。
ああ、折角止まった涙が、また溢れそう…。
今更ながらに母の複雑な表情が脳裏をよぎる。
母の心配し、恐れていた状況に陥ってしまった…。
『旅人に恋をしちゃ駄目よ』
幼い頃から言われ続けていた。
宿の客に恋をしてはいけない…。
それが、我が家の家訓。
旅人は、必ず他の土地へ行ってしまうから…。
宿に泊まりに来た旅人にとって、ここは通過点に過ぎないのだから…。
だから、旅人に恋をしてはいけない…。
ごく稀に、行く当てもなく彷徨い歩いてこの土地に辿り着く人もある。でもそんな人は滅多にいないし、そういう人は『旅人』じゃないから、その人となら恋に落ちても構わないよ…、とも言われて育ってきた。
私は、それらを子供の頃から『そんな事、あるわけないじゃない』と、頭から否定し、まともに取り合わなかった。
それなのに、まさかこんな事になるなんて…!
本当、昔の人はよく言ったものだわ。
『一寸先は闇』
まさに、一寸先は闇そのもの…。
まさか、自分がこんな風になってしまうだなんて、一体誰が予想出来たと言うの…!?
私は、グルグルと胸に渦巻く狂おしい感情に、ただひたすら耐えるしかなかった。
昼食を食べに食堂の小部屋に着くと、私と仕事を代わってくれた彼女と、彼女のグループが丁度昼食を摂っているところだった。
彼女は、仲間といつも通り楽しそうに話していたけど、私を見ると席を立ち、心配そうな顔をしながらも笑顔で声をかけてくれた。
「ファシーナ!もう大丈夫なの?」
「ええ、本当にごめんなさい」
「良いのよ!気にしないで!」
「あ、ファシーナ!聞いたよ、具合悪くなったんでしょ!?大丈夫なの?」
「ファシーナって、いっつも無理してそうだもん。きっと今までの疲れが出ちゃったんだよ」
「女将さん、厳しいもんね〜。ファシーナ、本当に良く頑張ってるって、いっつも皆と話してたんだ〜」
「そうそう。私だったら、あんなお母さん、厳しすぎて無理〜、っと、ごめんね!今の女将さんには内緒にしてて!!」
彼女のグループが次々と私に声をかけてくれる。
今まで、私が避けていた人達…。
こんなにも温かい人達だったなんて…。
それなのに、私、全く彼女達の事を知ろうとしなかった…。
本当に、私ったらバカだったんだね…。
「皆…、心配してくれてありがとう…」
照れもせず、自然に口から出た言葉に、彼女達はピタッとお喋りを止め、まるで信じられないものでも見るかのように、目を丸くして私をまじまじと見つめてきた。
そんな彼女達の姿に、今更ながら恥ずかしさが込上げてきて、私は顔を赤くしながらいつもの席に着く。
と、途端に、「もう!本当に可愛い!!」「やだ〜!初めてじゃない!?こんなに可愛いファシーナって!!」「ホラホラ、顔真っ赤にしちゃって〜!何か感激〜!!」「いつものキリッとしたファシーナも良いけど、今のファシーナも良い!!」と、ドッと笑い声と歓声が上がった。
もう…、何だか分かんないけど…。
でも、本当に…。
「え!?どうしたの、ファシーナ!?」
「ごめんね笑ったりして…」
「違うの!バカにしたんじゃないのよ!?」
「そんなに嫌な気分になっちゃったの…!?」
嬉しくて、思わず涙をこぼしてしまった私に、彼女達はびっくりし、オロオロと慌てふためいた。
「違うの…。ごめんなさい、何だか、嬉しかったから…」
涙を指先で拭い、漸くそれだけを口にした私に、彼女達はホ〜ッと息を吐き、パーッと顔を輝かせた。
…ああ、本当に彼女達は素敵な人達だ…。
それなのに、私は勝手に思い込みで彼女達を避けていた…。
本当に、大バカ者…、だったんだね。
クラウドさんが現れた事によって、訪れた『変化』。
それが、こんなにも素晴らしい『世界』を私に与えてくれるなんて…!
彼に出会って僅か2日。
そう、たった2日しか経っていないのに、こんなにも私の『世界』は大きく変えられてしまっている。
もしも…。
もしも、この先…。
もっともっと、長い時を彼と共に過ごせたら、もっともっと、私は素敵な『世界』に出会えるのだろうか…?
そんな事を思わず考えてしまう。
そして、私は考えてしまった事で、胸に走った痛みを無視し、気付かない振りをした…。
そう、彼は『旅人』。
決して『行く当てもなく彷徨っている人』じゃない。
だから…。
決して『恋』をしてはいけない人…。
彼との別れがそう遠くない未来である事を、私はあえて考えないようにした…。
もう少し、このまま彼に『恋心』を持っていたいから……。
あとがき
何だか、ダラダラと、おまけにオリキャラがメインになってしまってますが、
本当にごめんなさい(滝汗)。
もうしばらくお付き合い下さいませ。

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