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「・・・・・・なんだって?コスタの港に来てない・・・?」
『ああ、確かに午前中ジュノンの港まで送り届けたんだけどよお。・・・ま、船に乗る所まではオレ様も見ちゃいねえんだけどな。コスタでずっと待ってるんだがよ、一向に姿が見えねえんだ』
「・・・分かった。とりあえずティファの携帯に繋いでみるから・・・シド、悪いが乗船記録を問い合せてみて貰えないか?」
『おお、任せときな。また連絡する』
シドから妙な連絡が入ったのは、俺がちょうど得意先の配達を終え、カームからの帰路に着いていたときだった。
おかしい。
どう考えても、船に乗った彼女たちが未だにコスタへ着いていないなど、有り得る話ではなかった。
小刻みに震えだす手で、俺は切ったばかりの携帯から彼女に繋いでみる。
それがやがて留守電サービスに切り替わったときには、腹の奥に渦巻く不安に押し潰されそうになるのを、じっと耐えるしかない自分がいた。
シドからの連絡はそれからすぐのことだった。
『クラウド、今問い合せてみたんだが・・・ティファの名前も、マリンたちの名前もなかったらしくてよ」
「ないって・・・じゃあ、船には乗らなかったってことか・・・?」
『それしか考えられねえよな。そっちは?ティファに連絡はつかねえのか?」
「ああ・・・・・・」
『クラウド、しっかりしろよ?大丈夫か?」
「え・・・あ、ああ・・・」
最悪の事態を考えた。
船には乗っていない。
だがシドが確かにジュノンまで送り届けた。
携帯は電源が切られている。
・・・・・・一体何があった・・・?
『おい、クラウド!』
「ああ、悪い・・・俺は大丈夫だ。今からジュノンに向かう。アンタは・・・シエラさんのところへ帰ってやってくれ」
俺がそう言うと、途端に電話先からシドの舌打ちが聞こえてきた。
『おめえは馬鹿か!今自分の仲間を頼らねえでいつ頼るんだよ?!それともなにか?オレたちは頼りがいがねえとか思ってんのか?」
「・・・そういう意味じゃない、・・・悪かった」
「・・・まあいいさ。シエラのことはユフィあたりに任せて、残った奴で手分けしてティファを探すぞ。おめえはとりあえず、ジュノンに行って誰かティファたちを見た奴がいねえか、調べに行けよ』
「ああ。何か分かったら連絡してくれ」
『じゃあな!』
通話がブツリと切れた音は、まるで俺に何らかの審判を下しているような・・・そんな気がした。
・・・考えたくない。
何かがあったなどと、そんなこと俺には考えられない・・・・・・
閉じた携帯を握り締め、フェンリルに跨ったままの俺は暫し目を閉じる。
ジュノンへ行って、誰も彼女たちを見ていなかったら?
何の手がかりも無かったら・・・?
彼女がもし・・・・・・
以前の自分と何も変わることなく、俺の思考は音を立てて悪い方向へと転がり出す。
慌てて頭を振った。
今は考えてるときじゃない。
ジュノンへ行こう。
3人がいたはずの、唯一の手掛かりとなる場所へ。
携帯のバイブが作動するまで、俺はひたすらジュノンへの道を急いでいた。
急停車し、相手の名前を確かめるのももどかしく、すぐにそれを耳に押し当てる。
「シドか?」
『・・・・・・クラウド』
「・・・デンゼル?今お前どこにいるんだ?ティファは・・・」
『・・・・・・っ・・・く』
「デンゼル・・・?どうした?泣いてるのか?」
『・・・・・・ティファが・・・ティファが事故に遭って・・・っく・・・』
「事故・・・?それでティファは・・・!」
『今・・・ジュノンの病院で眠ってる・・・怪我は頭に少しだけ・・・でもそれは大したことないって、病院の先生が・・・』
「分かった。俺もすぐそっちに行くから。デンゼル、マリンも一緒にいるんだろ?」
『うん・・・ティファの傍にいるよ』
「じゃあ、俺が行くまでお前がちゃんとマリンについててやれ。いいな?すぐ行くから」
『うん・・・』
パシッと携帯を閉じてポケットにねじ込んだ俺は、再びフェンリルをジュノンへ向けて走らせる。
大したことがないのなら、様子次第ですぐにでもエッジの病院へ転院させよう。
・・・それにしても・・・こんなに生きた心地がしなかったのは初めてかもしれない。
・・・・・・会いたい。彼女の笑顔に。すぐにでも。
「デンゼル!」
「クラウド・・・!ティファはさっき目が覚めたんだけど・・・」
ジュノンに一つしかない病院に駆け込んだ俺を、待ちかねたようにデンゼルが迎えた。
デンゼルの睫に未だ涙の粒が光っているのを見たときには、首を傾げたくなったのだが・・・
大したことはないと言っても、事故を目撃して受けたショックは大きいのだろう。
そう納得する自分がいた。
デンゼルの説明を待たずに、俺はティファがいるはずの病室へと滑り込む。
そこには、俺より若干年上と思える若い男の医者と、そいつが見下ろすベッドに横たわる彼女、そして脇の丸椅子には小さなマリンの背中が見えた。
その医者は俺の姿を視界に認めると、いきなり品定めをするように俺を頭のてっぺんからつま先まで眺め回した。
・・・・・・こんなやつが、彼女を診るって言うのか?
それが俺のそいつに関する第一印象だった。
しかし、今はこんな奴のことはどうでもいい。
肝心なのは彼女の容態のはずだ。
「ティファ!」
目を覚ましているはずの彼女の顔を覗き込んだ。
顔色は・・・悪くない。
艶やかな黒髪も、透き通るような肌も、澄んだ鳶色の瞳も、薄紅色の唇も。
頭に巻かれた包帯を除けば、家を出る前と何も変わらない彼女がそこにいる。
「ティファ・・・?大丈夫か・・・?」
「・・・・・・あの・・・?」
「・・・ティファ?」
「・・・・・・・・・」
彼女は俺の方を一度は見つめ返したが、すぐに視線をうろうろと辺りに彷徨わせた。
様子のおかしい彼女を目の当たりにして、俺は思わず正面に立つ医者の顔を見上げた。
俺と視線が合うと、そいつは眼鏡を人差し指で押し上げ、わざとらしく咳払いをしてみせる。
「名前を伺っても?」
「・・・ストライフ。クラウド・ストライフだ。それより、彼女は頭を打ってるんだろ・・・?検査はして貰えたんだろうな?」
「勿論。一通りの検査はすべて済ませてますから、ご心配なく。ええと・・・ストライフさんは、彼女のご家族、ということで宜しいでしょうか?この子たちも?」
「・・・ああ」
「・・・それではストライフさん。2人きりで、お話できますか?」
丁寧な口調とは裏腹に、この医者はさっきから俺を見下すような視線を投げてくる。
胸のムカつきを覚えて奥歯を噛み締めた。
が、ここではこいつに頼るしかないのが現状だ。
仕方なく首を縦に振った俺を、そいつは診察室に促した。
「・・・・・・全生活史・・・健忘・・・?・・・・・・もう少し分かるように言って貰えないか?」
「日常生活に関する知識や社会的な出来事に関する記憶はしっかりと残っているはずですが・・・彼女自身のそれまでの体験に関わるすべての記憶を失っている、そういう状態です」
「・・・つまり・・・」
「記憶喪失の一種です」
医者の説明に、思い切り頭を殴られたような衝撃を受けた。
こいつの診断が確かだとすれば・・・彼女は俺のことも、子供たちのことも、自分のことさえも忘れてしまったことになる。
・・・・・・彼女が、俺を、忘れる・・・?
視界がぐらりと揺れる感覚。
「彼女はあの子たちの目の前で突っ込んできたバイクに撥ねられたようです。バイクじゃなくて輸送トラックか何かだったら脳震盪じゃ済まなかったでしょうね。港の周辺は最近そういったトラックが増えてますから。不幸中の幸いと考えるべきでしょう」
「・・・・・・」
「暫くは頭痛や眩暈などを訴えるかもしれませんが・・・脳に異常はありませんから」
「・・・・・・」
「記憶の方は・・・そうですね。個人差があるのでなんとも言えませんが、早い時期に戻る方もいれば、最悪の場合は一生戻らない方もいらっしゃいます」
・・・・・・他人事、だな。
マニュアル通りの無機質な口調に、そう感じずにはいられない。
俺が感じた第一印象は間違いなかった。
こいつにティファを任せてなんておけない。
そう判断した俺は、黙って携帯を取り出し、ナンバーを無造作にプッシュした。
「シドか?・・・ああ、ティファは見つかった。詳しいことは後で話すから・・・頼みがあるんだが・・・今からジュノンの病院まで迎えに来て貰えないか?・・・・・・悪いな、じゃあ待ってるよ。・・・ああ、それじゃ」
そんな会話を聞いた医者が顔色を変えるのを、俺は視界の隅に捉える。
「ストライフさん・・・?まさか彼女を今から連れて帰るつもりじゃないですよね?」
「悪いか?」
「悪いかって・・・」
「脳に異常はないんだろ?それなら、俺たちが住む町の病院でもっとマシな医者を探すことにするさ。あんたには頼まない」
「それはどういう・・・!」
「どうもこうも、そのまんまの意味だよ。世話になったな。それじゃ」
まだ何か言いかけているこいつを放り出し、俺は彼女の待つ病室へと急いだ。
・・・・・・彼女が俺を待っているなんて、すべてを忘れてしまった今の彼女には有り得ない話なんだろうが。
待っていてくれると信じることしか、今の俺自身を奮い立たせる術は見つからない・・・・・・
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