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彼女の元へ向かった俺は、病室の前でしゃがみこむデンゼルの姿に足を止めた。
この子たちを支えてやるのは俺の役割のはず。
自分の足元が揺らぎそうなのをかろうじて堪え、デンゼルの前に膝をついた。
「デンゼル」
「・・・クラウド、俺・・・・・・」
「・・・ん?」
「・・・・・・ごめんなさい」
「どうしてお前が謝るんだ?」
「だって・・・俺が船に乗りたいなんて言ったから・・・!」
顔を上げたデンゼルは、涙が溢れそうになるのを歯を食いしばって耐えているようだった。
お前のせいなんかじゃない。
誰が悪いわけでもない。
「お前がそんな風に考えることはない。・・・ティファだっていつまでもお前たちのことを忘れていられるはずないだろう?」
・・・説得力のない自分の言葉にうんざりした。
『最悪の場合は一生戻らない方もいらっしゃいます』
さっき聞かされたあの医者の言葉が、俺の頭の中を駆けずり回っている。
「クラウド、マリンがさ・・・ずっと、一言も喋らないんだ」
「マリンが?」
「俺が話しかけても駄目だから・・・クラウド、声掛けてみてよ」
「・・・ああ。お前も一緒に来い」
病室の中には、疲れたのか眠っているらしいティファを見守るように、マリンがじっと座っていた。
小さく声を掛けると、顔を上げたマリンは予想に反して涙を浮かべてはおらず、その円らな瞳で俺を見つめた。
俺はベッドに腰掛けて彼女の様子を見ながら、マリンの髪をそっと撫で下ろす。
「マリン、もうすぐシドが迎えに来る。みんなでエッジに帰ろうな」
「・・・帰るの?」
「ああ。エッジの病院でティファを治してもらおう」
「・・・・・・ティファ、マリンたちのこと、忘れちゃったんでしょ・・・?マリンのことも、デンゼルのことも、・・・クラウドのことまで、全部・・・」
「・・・それを治すんだよ、これからな。・・・大丈夫だ、俺たちを忘れていても、ティファはティファだろう?マリンやデンゼルが大好きなティファであることには変わりない」
「・・・うん」
それはまるで、俺自身に言い聞かせるように。
本当は子供たちを支えられるほどの精神状態とは言えない自分を奮い立たせるために。
怒りの矛先をどこへ向けていいのか分からず苛立つ無様な自分を露呈しないために。
今の俺が子供たちに掛けてやれる、精一杯の言葉だった。
「よおクラウド、勝手に連れてきちまって良かったのか・・・?医者のメンツが丸つぶれって気もするけどな?」
「あいつのメンツなんて俺には関係ない」
「そうは言うが・・・エッジにあれよりマシな医者がいるとは限らねえぞ」
「エッジにいなければ他を探すさ。・・・ティファを治す気がある奴ならどこの医者だって構わない」
「・・・・・・」
「少なくとも・・・何も試さないうちから半分さじを投げてるような医者は御免だ。・・・俺は間違ってるか?」
「・・・いや。おめえの立場なら誰だってそう考えるだろうな」
ティファを連れてエッジへ飛び立ったシエラ号の中、俺とシドは沈痛な面持ちでそんな会話をした。
ティファの容態を耳にしたとき、シドは言葉を失っていたが。
無意識に現れていたらしい俺の暗い表情を目にして、気を取り直したように平静を装っていた。
「クラウド、俺だけじゃねえ、バレットたちだってそうだ。ティファのためならどんなことだって協力してやる。だからおめえは・・・一人で抱え込むなよ?」
「ああ・・・・・・わかってる」
操縦桿を握りながら前方を見据えてそう言うシドの言葉は、支えをなくしていた俺の身体にすっと音もなく沁み入った。
ジュノンの病院から転院、ということですね。
こちらでも一通りの検査をしてみましたが・・・そちらの先生が言われたことは確かです。
脳震盪を起こしただけのようですから、少し落ち着くまで休んで頂ければ入院の必要はありませんよ。
記憶の方の診断も間違いありません。
確かに・・・・・・正直なところ、まれに記憶が戻らない患者さんもおられますね。
けれど、希望を捨てることはありませんよ。
暫く様子を見て、必要と判断すれば催眠療法を試すこともできますし。
とにかく、記憶を取り戻すキッカケはいろいろなところにあります。
以前から馴染んでいた光景、音楽、・・・それから匂いなんかでも突然記憶が蘇ることがあります。
ですから、あまり焦らずに、これまでと変わらない生活をさせてあげることをお薦めしますよ。
・・・それから、これは特に心に留めて置いていただきたいんですが。
彼女はあくまでも彼女ですから。
気を遣いすぎたり、以前の彼女を引き合いに出したりすることは彼女の心の負担になります。
以前の彼女に戻ることをご家族が無理強いすれば、彼女はそれに応えられない自分に絶望して、その絶望した気持ち自体も押し殺すことになります。
それでは彼女の心が壊れてしまうでしょう・・・?
それだけ、気をつけてあげてくださいね。
気を楽に持って、なによりも彼女自身がリラックスできる環境を作ってあげてください。
私はいつでも相談に乗りますから。
・・・大丈夫ですよ。
エッジの病院で出会ったその女医は、人の良さそうな柔らかな笑顔で、沈みがちな俺の気持ちを救い上げてくれた。
診断自体はジュノンの医者と大差なかったが。
医者の言い回し一つでこれほど聞き手の気分が左右されるものなのか。
治る治らないに関係なく、ティファを託せる医者が思ったよりも早く見つかったことに、俺はようやく心の安定を取り戻せそうな気がしていた。
暫く休ませてから彼女を連れてセブンスヘブンに帰ったのは、すでに日もとっぷり暮れてからのことだった。
彼女は子供たちに手を引かれておずおずと店の入口をくぐる。
女医の話をそのまま子供たちにも伝えていたためか、2人とも彼女に今までどおりに接しようと努めている様子が窺えた。
「ティファ、ここはティファのお店だよ?いつもいっぱいお客さんが来るんだから!」
「・・・私の・・・お店?」
「そうそう!だからティファはなんにも遠慮なんかしないで、厨房も、家のほうのキッチンだって、好きに使っていいんだからな!」
「・・・・・・」
ティファは戸惑って、後から入ってきた俺を振り返る。
俺が頷いてみせると、彼女は緩やかに笑んでカウンターの中へ入り、食器棚や流し台などにゆっくりと手を滑らせる。
今朝と変わらないその光景は、彼女の頭の中から記憶がすっぽり抜けているなんてことを忘れそうなくらい、違和感なく俺の目に映った。
「・・・あの、クラウド・・・?」
「うん?」
「私・・・夕食、作ってもいいのかな・・・?」
「・・・夕食?今?・・・あ、いや、まだ休んでた方が良くないかな。マリンも簡単なものは作れるし、俺もその気になれば少しは・・・」
なんだか2人ともぎこちなくて、心中で苦笑してしまう。
まあ、彼女にとって今の俺は他人にしか映らないわけだし。
・・・それを考え始めると止め処なく俺の思考は落下の一途を辿るから、ぎりぎりで思いとどまる。
それにしても、頭に包帯が巻かれたままだっていうのに、水を得た魚のように急に夕食を作るなんて言い出す彼女には、少しばかり呆れてしまった。
この店のことは忘れていても、料理の仕方はきっちり覚えているんだろう。
その辺が俺には不思議でならない。
「ううん、私ならもう十分休んだから・・・。私きっと料理はできるって思うの。・・・違う?」
「え?ああ、いや・・・」
「ティファのお料理はすっごく美味しいよ?だからお店だって常連さんでいっぱいなんだから!あたしだってデンゼルだって、いつもティファの作ってくれるご飯楽しみにしてるんだもん。・・・あ、一番楽しみにしてるのはクラウドかな」
「・・・俺?」
「・・・そうなの?」
「そうだろ、クラウド?いくら仕事で帰りが遅くなっても、絶対に外で食べてこないもんな?ティファの作るもの食ったら他所のはまずくて食えないって言ってさ」
「・・・・・・」
子供には敵わない。
なんとなく照れくさくて視線を彷徨わせていた俺に、ティファは嬉しそうに笑ってみせた。
「じゃあ・・・私で良ければ、あるもので夕食作ってみるから。少しだけ待っててね・・・?」
「ほんと?やった!ティファのご飯楽しみにしてるね〜!」
「なんか手伝うことあったら言ってくれよな、ティファ」
「うん、ありがとう」
子供たちははしゃいでリビングへと駆けて行った。
ティファはキッチンに入り、早速冷蔵庫を開けて今あるものを調べている。
俺はといえば、テーブルにのんびりと座っているのも気が引けて、彼女の傍に何をするでもなく立ち尽くす。
そんな俺を振り返って、彼女は暫し目を瞬いた。
「・・・どうしたの?」
「え・・・ああ、何か手伝えること、あるかな」
「手伝えること・・・?うん、ひとつだけ」
「何をすればいい?」
「テーブルにでも座ってのんびりしてて・・・?」
「え?・・・・・・やっぱり俺は邪魔かな」
「・・・そうね。私一人の方が早くできる気がするから」
何故か女医の忠告も忘れて彼女に気を遣ってしまう俺とは対照的に、彼女はさっきまでベッドに眠っていた患者とは思えないほどくすくすと笑っている。
・・・こういうところは、変わらないな。
彼女が生来持ち合わせている性格は、記憶などなくとも健在なのかもしれない。
その夜の食卓には、いつもと変わらない彼女の手料理が並んだ。
本当に事故などあったのだろうかと、俄かに信じられないような絶妙な味付け。
子供たちの見事な食べっぷりを見つめる彼女も、ほっとしたような表情を見せている。
そして俺の方に視線を向けるから、俺は妙に緊張しながらも、美味いよ、と本心を告げる。
俺の言葉に心底安堵したような彼女の顔は、今朝出掛けに別れた彼女とどこが違うのかと問われれば、きっと俺には答えられない。
『土産はティファのキスで十分だから、気を遣わなくていいよ』
淡く笑んだ彼女の弧を描く紅い唇を目にすると、今朝彼女に投げ掛けたそんな冗談が思い起こされる。
彼女の身体だけでなく、その心が俺の元に帰り着くまで、俺は幾夜を過ごすことになるだろうか。
箸を動かす手が止まった俺を不思議そうに見つめる彼女に、俺は頬を緩めて見せながらも、一人そんなことを考えている・・・・・・。
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