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ティファ・ロックハート。
これが私の名前だと、彼・・・クラウドから聞かされた。
彼と、可愛い2人の子に連れられて初めてここへ来た日、見るもの聞くもの、私にはすべてが真新しく感じられたのを憶えている。
初めてだと、私はそう思っていたけれど、ここは私が切り盛りしていたセブンスヘブン・・・っていうお店らしい。
常連さんもたくさんいたらしくて、よく下の女の子・・・マリンにもお手伝いをしてもらっていたみたい。
お酒を出すお店だから、やっぱりかなり遅い時間まで営業していたらしいんだけど。
彼が配達の仕事をしていて、私はお客さんの相手をしながら彼の帰りを待つ、そんな生活だったと聞いた。
でも・・・・・・セブンスヘブンはずっと休業の看板を下げたまま。
自分でも不思議だけど、日常生活で必要なことはちゃんと憶えているし、料理はここに来た夜から作り続けている。
だから、お店もできないことはないんじゃないかなって、彼にお話してみたことはある。
だけど彼が言うには、常連さんに私の・・・なんて言うか、記憶がないことを隠し通せるはずはないし、話も噛み合わないかもしれないし。
それに何よりも、お客さんに同情の目で見られたりしたら、辛い思いを味わうのはティファだろう?・・・って。
だからずっと、彼のいない間は子供たちのご飯を作ったり、話し相手になってあげたり、彼が帰ってきたら一緒にご飯を食べて、お酒も作ってあげて。
彼が気持ちよくお仕事ができるように、私なりに懸命にやってきたつもり。
最初のうちは、彼がお仕事も断って私を心配してくれていたけど、それは私も困るから、無理にでもお仕事には行ってもらうようにしていた。
・・・・・・彼は私の幼馴染なんだって、それだけは知っている。
でも、それ以上は彼も口にしない。
マリンは・・・仲間の一人、バレットから預かっていて、デンゼルは星痕で倒れていたのを彼が連れてきたって聞かされていた。
星痕のことは、私も憶えている。
それだけじゃない。
神羅のことも、この星がかつて危機に瀕していたことも、それがライフストリームによって回避されたことも。
だけど、それは全部人から伝え聞いたような・・・そんなフワフワとした記憶ばかり。
一つ一つの出来事は憶えているけれど、その時私は一体どこで何をしていたんだろうって考えると、まったく見当もつかなくて、考え出すと頭痛が襲ってくる。
それに、“仲間”って、何をしていた仲間なの・・・?
彼に聞いたことはあるけれど、急に言葉を濁して、教えてはくれなかった。
言いにくいような、隠さなくちゃいけないような、そういうことをしていたっていう意味・・・?
彼は私の質問にはあまり多くを語ってくれない。
いつも決まって困ったような顔で、だけど優しい笑みを浮かべて、きっとそのうち思い出せるよ・・・って、決まり文句のように言っている。
・・・そのうち・・・って、一体いつ?
もうここへ来てから1ヶ月でしょう?
私がすべてを思い出せる日なんて、本当に来るの・・・?
彼の優しい笑顔を見るたび、近頃の私は胸の痛みを感じるようになってしまった。
思い出せなかったら・・・私はもうティファにはなれないの?
彼が帰りを待っているティファは私じゃない。
彼がいつも見ているのは、私じゃなくて・・・・・・私の陰に見え隠れする、彼と思い出を共有しているはずのティファ、彼女一人だけ。
それなら、私の存在意義って、何?
私は、誰・・・・・・?
「ティファ?」
はっとして顔を上げると、いつもの見慣れた彼の優しい瞳が私を見下ろしていた。
ダイニングテーブルに座り込んで考えごとをしていた私を、彼は心配してくれているみたい。
「・・・大丈夫か?何か考えごと?」
「え・・・あ、なんでも・・・」
私の気持ちを全部彼に言えたらいいのに。
私を気遣ってくれているのが痛いほど分かるから、彼の顔を見ると私は言葉を飲み込んでしまう。
「あ・・・お仕事、お疲れさま。お腹すいたでしょ?今すぐ温めるから・・・」
「ああ・・・マリンたちは?」
「もうとっくに眠ってる」
「・・・そうか」
相変わらずのぎこちなさが、私と彼の間に横たわっている。
キッチンに立つ私の背中に、彼の真っ直ぐな視線がぶつかってくるのが分かって、心臓が早鐘のように音を立てるのはいつものこと。
・・・彼と私って、本当はどんな関係なんだろう。
いくら幼馴染だって、普通は一つ屋根の下に暮らしたりはしないよね・・・?
子供たちが寝静まってしまうこんな夜は、彼と2人きりの空間がなんだかいたたまれなくて、何を話せばいいのかも分からなくなる。
「お待ちどうさま」
「ああ、有難う」
「じゃあ・・・いただきます」
「いただきます」
向かい合っていただく彼との夕食は、やはりぎこちない挨拶で始まる。
こんなにくつろげない雰囲気じゃ、お仕事で疲れて帰ってきた彼に申し訳ないと思うけれど。
でも、私のご飯が美味しいからと言って、遅くなっても外で食べずに帰ってきてくれる彼を、独りきりでテーブルに残すのはとっても忍びない。
だから、どんなに鼓動がうるさく耳に響いても、どんなに会話に困っても、彼との夕食をどこかで楽しみにしている自分がいる。
・・・こんな感情、自分でもよく分からない。
「ティファ」
「・・・え?」
「明日、俺オフなんだけど・・・病院へ行ってみないか?」
「病院・・・?あの先生のところ?」
「そう、前に診て貰った女医さんのところ。・・・あのとき言われたんだ。様子を見て、必要なら催眠療法もあるからって」
「催眠療法・・・?」
「試してみる価値はあると思うんだ。・・・ティファが嫌じゃなければの話だけど」
「・・・・・・私に、思い出して欲しいんでしょう?」
「え?」
「あ、・・・ううん、なんでもないの。・・・わかった、明日病院に行くから」
催眠療法を試して、もし何も思い出せなかったら。
もう私が以前のティファに戻れることは、きっとない・・・そんな気がする。
けれど、私の受診を彼が望んでいるから。
思い出の中の彼女をずっと待ち続けているから。
私は自分が存在する意味も失いかけながら、彼の希望に従うだけ。
彼のために・・・・・・最善を尽くすだけ。
「催眠療法というのは、精神的に健康な方のほうがかかりやすいんです。つまり、悩みのない方、ということですけれど。ですから、ロックハートさんのようにかかりにくい方というのは、おそらくこれまでに多くの苦労を抱えていらしたんでしょうね。・・・どうですか?ご自分で、何か心当たりがありますか?」
「・・・いいえ、私にはよく・・・」
「そうですよね、では、ストライフさん、貴方から見て、彼女が催眠療法を無意識に拒んでしまうような、そんな背景があると思われます?」
「・・・・・・はい」
女医さんの問いかけに、彼は私に気遣いながらも首を縦に振った。
催眠療法が失敗に終わったことで、彼がショックを受けているのは私にもはっきりと分かる。
だって、最後通告を受けたようなものだから。
彼女は、もう一生記憶を取り戻せませんよ・・・って。
でもね、クラウド。
一番ショックを受けているのが、私だってこと、貴方には分からないでしょう・・・?
セブンスヘブンに戻ると、“仲間”の一人、ユフィが遊びに来ていた。
私たちがいない間、子供たちが話し相手になってくれていたみたい。
私は、彼との会話のない帰り道ですっかり沈んでしまっていた気分が、ユフィのお蔭でいくらか軽くなったことで、嬉しくて声を掛ける。
「ユフィ、来てくれてたの?」
「あ〜、ティファ久し振り〜!それからクラウド、アンタも元気でやってる〜?」
「ああ・・・ゆっくりして行けよ。俺はちょっと2階に行ってるから」
「はいはい、相変わらずの愛想の無さだね〜。ま、ティファがいれば話には困らないけどさ」
ユフィの皮肉にも反論することなく、彼はすたすたと階段を上がっていく。
私が帰ってきたことで、子供たちも、やっと遊びに行ける、と痺れを切らしたように外へ駆け出していった。
「何飲む?コーヒー?それともジュース?」
「うーん、それじゃジュース貰っちゃおうかな。パイナップルとか、ある〜?」
「あるわよ。待ってて」
パイナップル・ジュースだなんて、子供みたいで思わずくすくすと笑ってしまう。
でも、私は少し年下の彼女が好き。
彼女の前では、無理しないでいられるから。
そのまんまの、素直な自分でいられるから。
「はい、どうぞ」
「あ、サンキュ〜!あ、ねえねえ、今日病院行ったんだって?どうだった〜?」
「うん・・・・・・やっぱり、駄目だった。先生はまた時機を見て試しましょうって言ってくれたんだけど・・・」
「・・・そっかあ。ま、1回やってだめでも次があるし。べっつにさあ、無理して思い出すこともないとアタシは思うけどね〜」
「・・・そう思う?」
「ん?だってそうじゃん?確かにさ、アタシたちとティファにはおんなじ思い出がいっぱいあるから、ずっと大切にしていきたいって思うけどね。でも、それを思い出せないからって、今のティファがティファじゃなくなるってことはないからさ〜。マイペースでさ、なるようになるって構えてた方が、ティファだってアイツだって楽じゃない?」
「・・・・・・有難う、ユフィ」
「やだなあ、お礼とか言われるようなことじゃないじゃん?」
屈託のない笑顔でそう言うユフィが、今の私にはなによりも救いだったし、嬉しかった。
彼女のような“仲間”が私にはいたんだ。
彼女がメンバーだったくらいなら、彼が隠すようなことじゃなくて、きっと誇れる“仲間”だったんじゃないかな。
そんな風に思えてくる。
「それよりさ、クラウドとはちゃんとうまくいってんの〜?アタシはそれが一番心配・・・っていうより、キョーミあるんだけど〜」
「え・・・?うまくって・・・」
「んん?その反応はどーゆーこと?アイツとはいつ結婚すんだろーなって、アタシたちみんなで噂してるんだよ?」
「・・・結婚・・・」
「・・・・・・ティファ?・・・ひょっとして、その辺のこと、アイツ話してない、とか・・・?」
「・・・・・・私は・・・彼の幼馴染だって聞かされただけで、そんな、結婚とか・・・」
「はあ?ただの幼馴染?・・・・・・まったく、一体アイツなに考えてんだろ?あのクールな顔の下にさ、ティファが好きで好きでたまらない〜ってのが見え隠れしてるの、分かんないかな、ティファ?」
そんなことを聞かされて、私の頬は一気に火照りだす。
思い出の中の彼女をきっと好きなんだろうって、そうは思っていたけれど。
結婚まで噂されるほどとは思ってもみなかったから、急に胸が高鳴り出すのを止めることなんてできない。
・・・だけど、はたと思いとどまる。
彼が結婚という二文字を考えることがあるとすれば、それは思い出を分かち合う彼女だけ。
きっとそれは、私じゃない。
最後通告を突きつけられた、私なんかじゃ、決して・・・・・・・・・
「ティファ?アタシがアイツにハッパかけてやろうか〜?いくら記憶をなくしちゃったからって、こうやって同じ家に住んでんだからさ、ティファだってまんざらでもないはずじゃないの〜?」
「・・・・・・彼は」
「ん?」
「彼が帰りを待ってるのはね、私じゃないの」
「・・・ティファ?」
「ちゃんと彼と同じ記憶を持った、彼の心の支えになれるティファなの。・・・それは私じゃないよ」
「ね、ねえ、ティファ、それって・・・」
「彼はずっと思い出の中の彼女を探してるの。私を見ているようで、実際は私の陰にいるかつてのティファをずっと見つめてるの。だから・・・私には何も答えてくれないんだよ。私は・・・彼の求めてるティファじゃないから。私はきっと・・・傍にいるだけの、意味のないティファだから」
「・・・・・・・・・」
何故こんなことまでユフィに話しているのか、自分でも分からなかった。
これって愚痴じゃない・・・?泣き言じゃない・・・?
でも、自然体でいることを当然のごとく受け入れてくれるユフィの前で、つい思ったままが口をついて出てしまった。
ふっと目の奥が熱くなったとき、階段から彼が下りてきた。
ちょっと外出てくるよ、って声を掛けてくるから、私は慌てて笑顔を作って頷く。
と、ユフィが音を立てて椅子から立ち上がった。
「ちょっとクラウド、待ちなよ?」
「なんだ?後にしてく・・・」
彼の言葉を遮るように、ユフィの手が派手な音を立てて彼の頬へ飛んでいた・・・・・・
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