missing -5-

missing6へ




「ちょっとクラウド、待ちなよ?」
「なんだ?後にしてく・・・」

彼の言葉を遮るように、ユフィの手が派手な音を立てて彼の頬へ飛んでいた。
その場の空気を切り裂くようなその音に、私は思わず身体を竦ませた。
私でさえそうだったのだから、実際に頬を力任せに叩かれた彼の衝撃は相当のものだったろうと思う。
一瞬何が起きたか分からないという顔で目の前のユフィを見遣っていた彼が、ようやく口を開きかけた時。

「この大馬鹿モノ!!」
「・・・・・・は?」

今度はユフィに罵声を浴びせられ、一層面食らった様子の彼はちらっと私に視線を投げた。
何のことを言われているのか、彼には分かるはずもない。
私だって、まさか自分が言ったことでユフィがこんな行動に走るなんて思いもしなかったんだから。

「ユフィ、ねえ・・・やめようよ・・・?」
「今日は言わせてよ。コイツにはアタシがびしーっと言ってやんなきゃ永遠に分かりっこないんだからさあ!」

できることなら、私のせいで彼とユフィに言い争いなんてして欲しくない。
それに・・・私のちっぽけでつまらない想いなんてわざわざ彼に伝えて悩ませるのは・・・それだけで苦しくて耐えられないって思う。
けれど、いつも軽い雰囲気で場を和ませてくれるユフィが、今日は真剣な表情でその場の空気を張りつめたものにしている。
ユフィの堪忍袋の緒を切るほどに、彼と私の関係は誰が見ても宙ぶらりんで不自然なものだったのかも知れない。
そう思うと、ユフィを止めたいと感じながらも、一方で彼の本音を聞きだしたいと願う私もそこにいた。

「・・・俺がユフィに殴られなきゃならない理由を言えよ」
「そうだよね、当然知りたいだろうね?アタシだって何が楽しくてアンタを殴んなきゃいけないのか、よく分かんないよ。だけどさ。今のティファを見てたら、誰だって可哀相で見てられないって思うはずだよ」
「・・・・・・」
「気付かないのは、クラウド、アンタだけだよ。・・・・・・星を救ったアンタが、どうして好きな子一人救えないのさ?」
「・・・どういう意味だ?」
「アンタさあ、ティファを今度こそ守るって、決めたんじゃなかった・・・?勝手に家出てって、また戻ってきて、それでもティファたちはアンタを責めたりしないで快く迎えてくれたんだよね?違う?」
「・・・・・・」
「アタシはさ、もうクラウドは大丈夫だって、・・・これからはどんなことがあったってティファを幸せにしてやれるって、何の疑いも持ってなかったんだけど。やっぱアタシが買いかぶってたってことかな?」
「・・・だから、お前はさっきから何の話をしてるんだよ?」

ユフィが、私の知らない話をしている。
きっとこれは、今まで私が聞いても彼が答えてくれなかったいろんなお話の、ほんの一部なんだろうなって、ぼんやりと考えていた。
でも、自分の言葉が彼に伝わらないことにユフィは苛立った様子で、両手をぎゅっと握り締めた。

「だからアタシが言いたいのは!ティファはアンタだけが頼りなのに、そのアンタがティファをこんなに追い詰めてどーすんだよって、そーゆーこと!」
「・・・・・・追い詰めてる・・・?俺が・・・?」
「・・・無意識ってのが一番タチ悪いよね。じゃあさ、聞くけど。クラウド、アンタはティファと一緒にいたいの?それともティファとの思い出と一緒にいたいだけ?」
「・・・・・・」

彼が私にもう一度視線を投げた。
・・・怖い。聞きたくない。
彼が思い出の方を選んだら・・・私はもうこの足で立ち上がれないかも知れない。
もういいから・・・お願い、答えないで・・・

「決まってるだろ・・・?ティファがいなかったら思い出なんて何の意味もない」

彼が、私から視線を外そうともしないでそう言った。
優しく笑みを向けてくれるときのいつもの瞳じゃない。
哀しげで、だけど私に何かを訴えているような、痛いほど真っ直ぐな瞳。

「そーゆー気持ちをティファに言ってあげたことある?ティファが安心できるように、そのまんまのティファでいいんだって、そう思えるように」
「・・・・・・」
「アンタが以前のティファのことばかり追っかけてるから、ティファは居場所をなくしてるんだよ?思い出せない自分を責めてるんだよ?そんな可哀相なことあるかな?」

私を見つめたまま答えない彼に、ユフィは小さく溜息をついた。

「あのさ。ほんとはアタシが言うようなことじゃないはずなんだけど。あんまりヒドイから口出ししたよ。もうアタシは帰るからさ、ちゃんと2人で話しなよ?」
「・・・え、ユフィ・・・」
「ティファ、ごめんね、余計なことだったかも知れないけどさ〜、ティファもちゃんと思ったことは直接言ってやった方がいいよ?それでなくたってクラウドは神経マヒしちゃってるようなニブーイ奴なんだからさ。・・・じゃ、ね?」
「う、うん・・・また来てね」
「ごちそ〜さま〜〜」

帰るときはすっかり元の陽気なユフィに戻っていた。
けれど。
ユフィに目もくれず彼が私へ視線を投げ続けているのに気付いたとき、心臓がうるさく音を立て始めた。

「・・・・・・あ、あの・・・ごめんなさい。私のせいで・・・・・・えっと・・・私、子供たちのおやつ用意するから、その・・・向こう、行くね・・・?」

彼の視線から逃れたくて、うまく笑顔も作れないままキッチンへ向かった。
・・・どうしよう。どうしよう。どうしたら・・・
もう彼の顔なんて見れない。

『ティファがいなかったら思い出なんて何の意味もない』

そう、彼は言ってくれた。
その一言だけで、ほっとしたし、救われた気もする。
私はここにいてもいいんだって。
ティファの陰に怯えなくてもいいんだって。
そう思えるのは本当なんだけど・・・
なんだろう、この胸のどきどきは・・・?
汗の滲む手で胸を押さえながら、私は遊びから帰ってくるマリンたちのために何を作ろうかと、働かない頭を無理矢理フル稼働させた。

「ティファ」

突然もう片方の手を掴まれて、私はびくんと身を竦ませた。

「・・・俺を、見てくれないか」

真剣な声にそろそろと振り向くと、彼が意外なほどに穏やかな顔で私を見つめていた。

「・・・ティファ、俺は・・・ティファを不安にさせてたか?」
「え・・・」
「居場所がないって思うくらい?」
「・・・・・・」
「そうか・・・・・・殴られなきゃそんなことも分からない俺なんだよ。今、俺自身が一番自分に呆れてる」
「・・・クラウド・・・?」
「自分ではこれでもちゃんと考えてるつもりだったんだけどな・・・どうやら、考え違い、してたらしい」

彼がゆっくりと、一言一言噛み締めるようにそう呟く。
握られた左手が、まるで私の身体とは別物のように。
身体から切り離されてしまったかのように。
心臓とは違うリズムで、速さで、ドクドクと脈動している。
お願い、止まって。
彼に感づかれる前に、私のどきどき、止まって。

・・・・・・感づかれる・・・って、一体、何を?

「・・・正直に言うよ。俺は小心者だからさ。ティファに俺の気持ちを押し付けるのはただのエゴだって、そう思ってたんだ。ティファの目に映ってる俺は・・・あくまでも他人だからって」
「他人・・・?そんなことは・・・」
「想いをぶつけて、もしティファに拒絶されたら・・・俺は立ち直れないような気がしていた。ティファを失うことを想像したら一歩も踏み出せなかった」

彼の、晴れた日の空のような瞳が、ゆらゆらと揺れている。

「俺の気持ちだけじゃない。ティファが知りたがっていた、過去の記憶に纏わるいろいろな事。・・・決していい思い出ばかりじゃないから。思い出したくないことの方が多いくらいだから。今のまっさらな状態のティファには辛すぎるかと思っていたんだ。でも結局、ティファの傷ついた顔を見るのが怖くて、俺が臆病になっていただけかも知れない」
「・・・・・・」
「でも一方で、ティファには自力で記憶を取り戻して欲しいと願う俺もいた・・・矛盾してるよな。傷つけたくないと気を遣う俺・・・思い出すことを願って、無意識にでもティファにプレッシャーをかけていた俺・・・。今考えると、あの女医の2つの忠告を、俺は見事に忘れていた」

私の腕を引き寄せた彼は、そっと私の髪を撫で下ろした。
それを何度も繰り返しながら、彼は目を細めて淡い笑みを浮かべている。
その不思議な瞳の色に、これまで何度心を揺さぶられただろう。
胸の高鳴りはちっとも治まってくれないけれど、彼の手の温もりに言いようのない懐かしさと心地良さを覚えて、私の中のどこかで凍り付いていたものが静かに溶け出していく、そんな感覚に満たされた。

「・・・もう、ティファに遠慮はしないから」
「・・・え?」
「ティファが俺から逃げ出さないかぎり、俺は今のティファを真正面から受け止める。思い出よりも何よりも、ティファがいなければ俺には何も始まらないから。生身のティファが俺には一番大事なもので。・・・それより優先するものなんて一つだって在りはしないから。憶えておいて」

彼の言葉に、私は思わず首を横に振った。
彼は何か勘違いしてる。
どうして私が貴方から逃げ出すの?
他に行く当てなんてないのに。
もう私の身体だけじゃなく、気持ちもずっと貴方に囚われたままなのに。
触れられるだけで、まともに考えることすらままならなくなる私なのに。
どうして、そんなことを言うの?

「ティファ・・・?」
「私は・・・逃げたりしないから。行く当てだってないし、私はここが好きだし、子供たちだって私に懐いてくれてるし、それに・・・作ったお料理だって皆美味しいって言ってくれるし・・・あとは・・・ユフィたちだって遊びに来てくれて寂しくないし・・・・・・それに・・・えっと・・・・・・」
「・・・ティファ。・・・逃げない理由は、それで全部?」
「・・・・・・・・・クラウド、私ずっと・・・・・・ずっと貴方のことが好きだった」

抱き締められた彼の腕の中は、懐かしい匂いがした。
彼の体温を感じたくて、私は彼の肩に頬を擦り付ける。
髪を、背中を、優しく撫でてくれる彼の手は、私の目元を潤ませ、そして彼の肩を濡らした。

すべての記憶がふわふわとしていて頼りなくて、自分で自分がよく分からなくて、それでも・・・貴方の傍にいたいって気持ちだけは確かなもの。
その気持ちだけが・・・私が私でいられる理由って気がしてるの。
だけどね。
私一人の想いだけでは心許なくて、ひとたび強い風が吹きつければどこかへ・・・貴方に手の届かないどこか遠くへ飛ばされて、流されてしまいそう。
だから、お願い。
私を貴方の腕の中にぎゅっと繋ぎとめておいて欲しい。
絶対に離れないように、息が苦しくなるほど強く、きつく抱き締めていて欲しい。
貴方の傍にいさせて欲しいの。
独りにしないで・・・

「・・・愛してるよ、ティファ。これまでだって、今だって。・・・そしてこれからも、ずっとな」

彼に貰った優しいキス。
私はこの日、生まれて初めての恋を知った・・・・・・






missing4へ missing6へ お宝部屋へ