Mission10




 そもそも…。
 ことの始まりは、クラウドが仕事上で知り合った金持ちの坊ちゃんが、家宝の『スタールビー』を一目惚れした女性に盗まれた。
 それに責任を感じ(半狂乱になって)自殺しようとした坊ちゃんに(珍しく)仏心を出したことだった。
 盗まれた家宝を盗り戻す…という何だかドラマのような…映画のような物真似をする…ただそれだけの話だったはずだったのに…。
 勿論、人様の家から…しかも『政財界に影響を出し始めた人物の愛人』宅から宝石を盗り返すのは、一筋縄ではいかないとは予想していた。
 それでも……それでも!!

 まさかこんなにまで『泥沼』にはまり込んでしまう事になるとは……。


『まるで映画みたいね』
『ま、そんな事にはならないだろうけど…』
『フフ、そうね。その宝石を盗り返したら良いだけなんでしょ?』
『ああ。最近勢力を伸ばしてきた資産家の愛人…が犯人らしいけど…。まぁ、そんな大した事にはならないだろう。それに、元々彼の家のものを盗み出したんだ。俺が盗り返したからと言って、公に出来るはずもないしな』
『そうね。でも……』
『でも……?』
『ほら…『政財界で影響を出すような人物の愛人』が犯人なんでしょ?彼女のテリトリーに入ったせいで、その『彼女の愛人』ていう人に巻き込まれたりしないかしら……?』
『巻き込まれる…?ああ…急に政財界に影響を出し始めたから色々とやばい事をしてるかもしれない…って話しの事か?』
『うん…ついこの前、リーブがお店でに来て愚痴をこぼすくらいだったし…』
『ああ……まぁ、それでも何とかなるだろ?その『ヤバイ奴』にとって、『女ドロボー』は『愛人の一人』なんだろうし…。まさか、『愛人の一人』に関わったからって、その『ヤバイ奴』の抱えてる爆弾まで背負い込む事になんかならないだろう…』
『うん……そう……だよね…?』
『フッ…ティファは心配性だな』
『もう…なによ〜!彼女は私達以上に絶対世慣れてるはずだもの…。だから心配してるのに〜!油断してたら絶対、クラウドは手玉に取られちゃうんだから!』
『……その点に関したら何も反論出来ないな…』
『……お願いだから…あんまりしゃべっちゃダメよ?』
『?』
『クラウドは黙っていたらそのポーカーフェイスで何とかなると思うけど、一言口にしたらすぐにボロが出ちやうから、極力しゃべっちゃダメよ、ね?』
『了解した』
『フフ…やっぱり何だか映画みたいね』
『ああ…映画みたいにスケールはでかくないけどな』
『フフ…大きかったら困るけどね』
『全くだ…』


 などなど。この日の夜は今考えれば暢気に笑っていたのだ…。
 それなのに、計画を練った深夜に彼女と笑い合って言っていた『ありえない可能性』が現実になってしまった…。

 自分達の立てた計画なら…。
1.彼女とクラウドを見ているかもしれない(イヤ、絶対に見ている)ご近所さんに、クラウドとティファの不仲説を勝手に作ってもらう。
2.一人歩きした噂は、尾ひれ・背びれを付けまくって大きくなり、何もしなくても噂の信憑性が高まってくる。(はずだ)
3.ティファとの不仲説が女ドロボーの耳に入る=女ドロボーがクラウドに対して油断する。
4.それをこちらはひたすら待つと共に、彼女と彼女の取り巻きの信頼を得ておく。(『ジェノバ戦役の英雄』という肩書きが役に立つはずだ)
5.ボディーガードに身辺を警護されなくてはならないのなら、彼女は割と危険な環境に身を置いているという事を表している。彼女の危機を救い、自分を売り込むチャンスを掴む。
6.信頼を獲得し、宝石の在り処をそれとなく調べて見事奪還!

 のはずだった……。


 それが、一歩女ドロボーのテリトリーに踏み込んだ途端、本当に映画の様な世界に自分達の生活が一変してしまった。

 自分達の予想を裏切り、彼女はクラウドの事を全面的に用いようとする動きが露骨に現れていた。
 もっと、クラウドに対して距離を置くと思っていたのだ。
 おまけに、クラウドがボディーガードに就いた途端、その日の深夜に厳重なセキュリティーを掻い潜って賊が侵入し、彼女の危地を救うという願っても無いシチュエーションを手に入れた……はずだった…。
 ところが、それがまさか彼女の『愛人』…つまり、『政財界に影響を出し始めた人物』なる男に紹介されるまでに至ろうとは……流石に予想の範囲外だ。
 それも、ボディーガードに就いた翌日に……!!
 そんな短期間でそこまで深入りさせられるとは思っても見なかった。
 しかもだ!
 これが一番の予想外だった事なのだが、彼女…ラミアは『愛人』ではなかった。

『異母兄妹』

 誰がそれを想像し得ただろう…。
 自分の妹を『愛人』と偽り、様々な資産家達の『相手』をさせて『彼ら』の弱みを手に入れていく。
 ラミアの兄、ディモン・ファミリエルが政財界で影響力を持つようになった裏には、この様にドロドロとしたおぞましい事実があったのだ。

 その話をディモンから直接聞かされた時、思わずクラウドは眉間にシワが寄るのを抑え切れなかった。
 自分の妹をダシに、己の野望を達成させようとするこの目の前の男を思い切り殴り倒したくなる。

『ハハハ、そんなに睨まなくても、ラミアにはちゃんと『薬』を渡してますからね。いざ『その時』になったら、酒に混入させ、鼻の下を伸ばした馬鹿共の餌食になるような事にはならないよう、充分配慮してますよ』
 可愛い妹ですからね。

 クラウドの反応が余程可笑しかったのか、ディモンは身体を揺すって大笑いした。
 クラウドの中でのディモンの評価は『下の下』に決まった…。

 しかし、そんな事よりも、次に聞かされた事実に、クラウドは泥沼にはまり込んでしまった事を思い知らされた。

『実は…貴方を見込んで頼みがある。ラミアのより近くでラミアを守ってもらいたい』
『…仰ってる意味が分かりません』
『ラミアの屋敷の一角…書庫の突き当たりに誰も入れないようにしている入り口がある事は、もうご存知ですか?』
『…ああ…確かメイド頭が『無理に入ろうとしたら黒焦げになる…』とか言ってた…あの…?』
『ええ。そのドアの向こうには私の一大プロジェクトが現在進行中でしてね。最近、私の周りでもそのプロジェクトを嗅ぎつけた輩が何かしらの接触をし始めまして…。昨夜、ラミアを襲った賊は、恐らくラミアの屋敷の奥にあるものを嗅ぎつけたんでしょう…。いや、もしかしたらまだそこまでは嗅ぎつけていないのかもしれませんが、ラミアにまで手を伸ばして来たという事は、かなりの範囲で情報が漏れている可能性が高いのです』
『情報の漏洩…』
『ええ…。それで、シュリとシアスは勿論頼りになる逸材ではありますが、ラミアの『恋人』にはなれませんからね』
『………は!?』
『……クラウドさん、貴方がラミアとティファさんの間で揺れている気持ちは良く分かります。私もこれまで人生で色々な経験をしてきました。しかし、ここは是非ともラミアを選んで頂きたい』
『…な…いや、なんで…』
『先程も話をしましたが、ラミアの屋敷に貴方が訪ねて下さったその日、すぐにラミアは私に話してくれたんです。それで、大変失礼かと思いましたが、セブンスヘブンを少し見張らせて頂きました』
『…………』
『ご気分を損ねられる気持ちも分かります。しかし、私としても可愛い妹に言い寄る男の事はきちんと把握しておきたいですからね。特に、私の周りには敵が多い。ラミアを利用して私を失脚させようとする輩も掃いて捨てるほどいるんですよ』
『…まぁ…そうでしょうね…』
『それで、ティファさんとお宅の子供達の周りを見張らせて頂いたのですが、ティファさんと貴方が別れたという話がかなり出回ってます。それに対して、ティファさんの反応ですが……』
『…………』
『貴方がティファさんとラミア、どちらを選ぶかで揺れておられるのならラミアを選び、ラミアを傍で守ってやって欲しいのです。ティファさんは……きっと大丈夫でしょう。あの『ジェノバ戦役の英雄』の一人なのですから』
『…………』
『ラミアの元を貴方が訪れて僅か二日…。それだけの短期間でここまで噂が流れると言う事は……失礼ですが、ラミアの元を訪れる前から何かしらの兆候があったのでは……?』
『…………』
『ラミアはこう見えて、非常に純粋で良く出来た妹です。決してティファさんに劣らない女だと思いますよ。それに、貴方は非常に稀な戦闘力をお持ちだ。その力を是非、『今後の世界の為』に使って頂きたい』
『『今後の世界の為』とは…また大きなお話ですね。ラミア…さんを守るのと『今後の世界の為』と、どこに繋がりが?』
『フッ…。その話は、貴方がきちんとティファさんと別れて下さった時に話しましょう。それに…ラミアは貴方に惹かれているようですし…。可愛い妹の為、是非ともラミアを選んで頂きたい…、そう思う兄心を汲んでは頂けませんか?』
『…………』



『クラウド…。もしも、もしもだよ?その『ヤバイ人』の事情に巻き込まれるような事になったら……どうしようか……?』
『…あり得ないと思うがなぁ…』
『うん…そうなんだけど、可能性はゼロじゃないと思うの…』
『…そう……かな……?』
『…うん……そうならない方が勿論良いんだけど…ね』
『そうだな…。もしも、その『ヤバイ奴』の事情に巻き込まれそうになったら、『猫』を頼るか』
『『猫』?』
『ああ…。俺達の仲間で頼りになる『猫』がいるだろ?』
『ああ!!』
『な?『猫』に事情を説明して、何とか助力してもらおう。多分、その『ヤバイ奴』の事情に巻き込まれる事になったら、『猫』にとっても何か有力な情報を流してやれるかもしれないし…一石二鳥じゃないかな…?』
『そうね!!そうなったらきっと『猫』も大喜びしてくれるわよ!だって、滅多に愚痴を言わないのに、わざわざお店に来てまで愚痴をこぼしてたんだもの…よっぽどWROから見ても良くない人物なんだわ…』
『……何だかそう考えると、巻き込まれた方が良いみたいだな……』
『……そんなわけ無いんだけど……でも…あの時の『猫』の疲れ切った顔を思い出すと……』
『…………』
『…………』
『でもダメだ。そんな事になったら、それこそ本当に暫くティファと子供達に会えなくなるじゃないか…』
『うん…!そうだよね!!『猫』には悪いけど、極力巻き込まれない方向で頑張りましょ!』
『ああ!』


 たった二日で、その誓いは破られた…。




 クラウドが去ったセブンスヘブンは、騒然としていた。
 その大半が、彼への批判の声…。

「ったく見損なったぜ!」
「ああ…よくもあんな恥知らずな事をティファちゃんに言えたもんだ!!」
「あんな野郎だとは思わなかった!!」
「本当にサイッテーだね!」

 そんな誹謗中傷の嵐の中、一番の被害者であるはずの子供達とティファは、俯いて黙り込んだままだった。
 強くお互いを抱きしめ合い、蹲っている。
 そして、一番怒り狂い、喚き散らすであろうユフィも……。
 呆然としゃがみこんでいた。

 その四人の様子に、それまでクラウドへの批判を口々に叫んでいた人々が、徐々にその勢いを失い、最後にはシンと静まり返ってしまった。

 圧迫されそうな雰囲気が漂う中、ティファがよろよろと立ち上がる。
 見守っていた顔馴染み達は、彼女が壊れた店の壁に向かうのを見て顔を見合わせた。
 ティファは、そんな戸惑う近所の人達の前で、唐突に壁の修理を始めてしまった。

「あ…ちょっと、ティファちゃん!?」
「それは俺達がするからさ…」
「そうそう!!その…ゆっくり…休んだ方が良くないか…?」

 慌ててティファに駆け寄り、ティファから修理道具をやんわりと取り上げる。
 その近所の人達に、いつもなら笑顔を向けるはずのティファが、虚ろな目をしてフラリとその場から離れる。
 そして、不安と悲しみに強張った顔をしている子供達を黙って抱き寄せると、しゃがみこんでいるユフィを立たせ、何も言わずに二階の居住区へと消えていった。
 四人の後姿に、その場の全員が胸を痛めた。

「チクショウ…!!」
「ティファちゃんに、『また』あんな顔させやがって…!!
「俺……今度と言う今度は絶対に旦那を許せねぇ!!」
「俺もだ!」
「俺も!」
「私らもだよ!!」

「「「皆でティファちゃんと子供達を守って行こう!」」」

 クラウドへの批判とティファと子供達への同情心から、この日、近所の住人とティファに憧れている若い男達がかつて見られなかった程の強い団結力を発揮させた。
 即ち…。
 たった数時間で壁の修復作業を終えるという偉業を成し遂げたのだ。
 治安の良くないエッジで、壁が壊れたまま夜を過ごすと言う恐ろしい目に合わずに済んだセブンスヘブン。
 そのセブンスヘブンにその日の夜、明かりが灯っていたのは二階の居住区だけだった…。

 店の外では、心配そうにその明かりを見上げる多くの常連客達がいたが、誰もがティファや子供達の心情を察してそっとその場を立ち去って行った。

 こんな日なのだ。
 そっとしておくのが一番だろう…。

 次に店に明かりが灯り、女店長の明るい笑顔と子供達の元気な姿を見れるのはいつの事だろう…。
 そう溜め息をこぼしながら常連客達はその時を待つしかなかった。

 そして…。
 その『時』が当分先になろうとは、この時点ではほとんどの人間が予想していなかったのだ。


 翌日の早朝。
 店から一つの人影がそっと出て行った。
 一度も店を振り返らず昨夜話し合ったとおり、足早に…そして人目に余りつかないよう、エッジの街を後にする。
 その小さくなる姿を、ティファは見えなくなるまで窓辺に佇んでジッと見送った。
 その瞳は、昨日見せた虚ろなものではなく、意志の宿った瞳。
 仲間を心から信頼している瞳。

 あの、『ジェノバ戦役の英雄』と称えられるに相応しい凛と前を向いた瞳だった。


「ティファ…ユフィ、行っちゃった?」
「マリン…ええ、行ったわ」
 ゆっくりと振り返ると、可愛い子供達が早朝にも関わらず、しっかりと目を開けて立っていた。
 その頼もしい姿に思わず頬を緩める。
「ティファ…クラウド…大丈夫だよな?」
 デンゼルが心配そうに見上げてきたのに対し、ティファは子供達の前にしゃがみこんでゆっくりと二人を抱き寄せた。
「ええ。クラウドなら大丈夫よ。それよりも……」
「うん!私達だよね?」
「ええ……」
「大丈夫!俺達、こう見えても中々頼りになるんだぞ?」
「うん、分かってるよ」
 心配する自分を元気付けてくれる可愛い我が子に、ティファは気持ちが高揚してくるのを感じた。
 そっと身体を離して二人の額にキスを贈る。
 ニッコリと笑うティファの笑顔は、温かみに満ちており、それでいて……とても力強いかった。
 デンゼルとマリンも笑みを返すと、三人は大きく頷いた。

「「「早く、家族が一緒になれるように!」」」


 エッジの空が、太陽の光で覚醒し始める…そんな早朝だった…。





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