Mission11ユフィがセブンスヘブンを早朝に出立するよりも、時は遡る事12時間前…。 時折揺れる車内で、クラウドはラミアの隣に腰掛けていた。 彼女の手が、さりげなくクラウドの左手に添えられている。 その手は決して握り返される事はなかったものの、拒絶もされていなかった。 車中には、他に二名。 正式なボディーガードのシアスとシュリだ。 二人は、クラウドとラミアの親密そうな(ラミアだけがクラウドに対して心許しているようだったが)姿に、特に何も言う事無く、変な顔をするでもなく、淡々とした表情で窓の外を眺めていた。 その表情は緊張とは無縁だったが彼ら二人が、見えない敵からの攻撃に対して警戒をしている事が分かる。 クラウドも、隣に座っているラミアの事で気が紛れがちになるが、それでも車の外への警戒心は怠っていなかった。 何しろ、昨夜、襲われたばかりなのだから…。 今にも、この車目掛けてロケット弾でも発射されるんじゃないかと思ってしまう。 もしも、そうなったら彼女を抱えて車から飛び降りるしかないのだろうが……果たしてそんな事をして彼女は無事だろうか…。 勿論、自分は無事だと言う自信はあるのだが、彼女の事を考えると決して楽観視出来ない。 何しろ、箱入り娘のような人だ。 少しの衝撃であっという間に天国の階段を駆け上ってしまうんじゃないかと思ってしまう…。 そんな事をつらつら思いながらも、クラウドの頭の中ではもう一つの事がしきりに彼に話しかけていた。 それは、昼間会った、ラミアの兄、ディモン・ファミリエルのこと。 あの男は、ラミアを『可愛い妹』だと言っていたが、素直にそれを信じる事など到底出来ない。 実の妹を『愛人』と偽り、彼女の美貌を存分に使い、『ライバル』達の弱みを握る事に羞恥心など感じない卑劣漢なのだ。 おまけに、彼女の屋敷にわざわざ自分の『野望』を達成する為に、何らかのプロジェクトを進行中だとも口にしていた。 そう、自分の屋敷にではなく『妹』の屋敷に…だ。 そして、その為にラミアが昨夜、襲われかけたと言う事も……彼は知っている。 それなのに、彼はラミアに対して謝罪の一言もなかった。 彼にとっては、ラミアは所詮『可愛い道具』……自分の目的を達成させる為の…。 そんなディモンが『妹の恋人になって、傍らで守ってやって欲しい』と言ったその言葉の真意が分からない。 勿論、彼女の身に何かあれば、ディモンの野望達成に遅れが生じるのかもしれないし、彼女を守ると言う事は必然的に彼女の屋敷で現在進行中だというプロジェクトを守る事にも繋がるだろう。 何と言っても、彼女はほとんどを屋敷で過ごしているのだから。 しかし、どうもそれだけではないようだ…。 『もしかしたら、『ジェノバ戦役の英雄』っていう肩書きが目当てなのかもな…』 苦々しく思いながら、クラウドは舌打ちしたい気分になった。 クラウドにとっても…そして、仲間達にとっても『ジェノバ戦役の英雄』という肩書きは、重荷でしかなかった。 大切な…本当に大切な者を沢山犠牲にして漸くつなぐ事の出来た星の命…。 それを、『クラウドとその他の仲間達の功績』と上辺だけで賞賛されるのは……真っ平だったのだ。 しかも、その肩書きを利用されるなど…! 反吐が出る…!! 「クラウドさん、どうされましたか?」 ハッと我に返ると、車はとっくに停車しており、ラミアが心配そうな顔をして覗き込んでいた。 「い、いや…。申し訳ない、ぼんやりしてて…」 慌てて車から降りるクラウドに続き、ラミアが下車した。 そして、そのままクラウドの手をそっと握ると、驚いて自分を見る紺碧の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。 「分かります……あんな事のあったばかりなのですから…」 ラミアの言いたいのは、ティファとの『別れ』にまつわるもろもろの騒動だろう…。 クラウドの胸ポケットにそっと繊手を伸ばし、中から小さなイヤホンらしき物を取り出す。 盗聴器。 ラミアは、クラウドが胸ポケットに忍ばせていた盗聴器で、ティファとのやり取りやその他の声、音を全て車中で聞いていたのだ。 勿論、シアスとシュリ、そして運転手の男も…。 「本当に…こんな盗み聞きのような事をしてごめんなさい…」 「いや…兄君の気持ちも良く分かるし…」 クラウドの言葉に、ラミアは弱々しく微笑んだ。 盗聴器を忍ばせてティファとハッキリ別れるように指示をしたのは、ラミアの兄、ディモンだった。 口だけで『別れた』と言っても信用できない…といったところだろう。 彼のその警戒心も良く分かる。 しかし、それが逆にクラウドには好都合だった。 ティファとは『別れる演技』について、ちゃんと話し合っていたのだから。 話し合った時には『ここまでは必要ないかもな』と互いに笑い合っていたというのに、まさか役立つとは……。 何事にも準備をしてし過ぎるという事はないのだな…。 心中で、クラウドはそっと苦笑した。 一行はそのままラミアの私室に入って行った。 そこで、簡単な打ち合わせをする予定になっていたのだ。 打ち合わせ内容とは勿論…今後のボディーガード業務について…。 クラウドにとっては甚だ不本意ではあるが、ティファと『別れ』ラミアを『選んだ』という結果になっている。 本当に……物凄く不本意なのだが…。 その為、セブンスヘブンに行く前にディモンが話していたシークレット部分の話もラミアの口から説明される事になっていた。 「クラウドさんには今まで通り……と言っても、まだボディーガードになって頂いて二日目なので、分からない事が沢山あると思います。ですから当面はシアスとシュリがクラウドさんに色々指示をしてくれます。 慣れて頂いたら、そこからは『自立』という事になって、完全に一人のボディーガードとして私に付いて下さいネ」 ラミアの言葉を聞いて、クラウドは内心安心した。 そう…。 慣れるまで、彼女と二人きりと言う極めて危険な状態は避けられる。 何より、慣れる前にここを出れるようにすれば良いのだ!! シークレット部分…あの『許可なく無理にドアをこじ開けようとしたら黒焦げの刑』のドアの解除コードも恐らく『慣れる前』に入手できるだろう……(多分)。 そうなったら、すぐにでも『スタールビー』を奪還して、こんなところからおさらばだ!! ………。 …………。 ………そんな事……出来るはずないよな。 一瞬脳裏に閃いた輝かしい計画は、その次の瞬間あっという間に崩れ去った。 もう、自分は引き返せないところまで深みにはまり込んでしまったのだから。 恐らく、ディモンがラミアの屋敷で行わせている事は、不安定ながらも必至に這い上がろうとしている世界情勢を再び混沌の世界に叩き落すようなことだろう…。 確証は勿論無いのだが、どうにもそんな気がしてならない。 それは、これまで命のやり取りをする生活を余儀なく送っていたうちに培ってきた勘。 そしてその勘は、悲しい事にクラウドを裏切ったことが余り無い。 それ故に、クラウドとティファは、最悪で一番確率の低い『演技』までする羽目になったのだから…。 『俺も、いい加減諦めが悪いよな…』 演技とは言え、彼女の震える姿が脳裏に焼きついて離れない。 子供達を抱きしめて顔を伏せ、震える声を張り上げる彼女に…胸が痛む。 それに、ユフィのあの顔…。 いつもいつも、元気だけが取り得の様な仲間が、ショックの余り愕然と佇み呆然としていた…。 ティファが説明をしてくれているだろうが……それでも、やはり、仲間のあんな顔を見るのは……。 「それで、クラウドさん……さっきから話し、ちゃんと聞いてる?」 「え…?……!?」 シュリの言葉に現実に引き戻されたクラウドは、ギョッとして思わず後ずさった。 先程の情景を思い出し、全く周りが見えていなかったクラウドの目の前に、突如、シュリの端整な顔がドアップで視界一杯に広がったのだ。 いくら綺麗な顔でも、突然至近距離に他人の顔があったら誰でも驚くだろう…。 しかも、いくらぼんやりしていたとは言えクラウドは歴戦の戦士なのだ。 その彼のテリトリーにあっさりと入り込み、至近距離で顔を覗き込む事に成功したこの青年は、やはり只者ではない。 クラウドの内心など知らないシュリは、心底呆れ切った顔をして距離を置くと、肩を竦めた。 「長年付き合ってきた女性を捨てて良心が痛むのも分からないでもないけど、今は『仕事中』なんだ。しかも、かなりシークレットな話してるんだから、ちゃんと聞いててくれよ」 でないと、本当に黒焦げになるぞ…。 シュリはそう言って、書庫の扉にもたれかかった。 そう。 クラウドは現在、ラミアと分かれてシュリと二人、こうして例の『開かずの扉』の前にやって来ていた。 この先の『プロジェクト』を守る為、この扉の先に行く必要があるからだ。 本来ならラミア専属のボディーガードなのだから、この先の別館には無用のはずなのだ。 しかし、ラミアを守る為にはどうしてもこの先の別館=プロジェクトを知る必要があるらしい。 クラウドにとっては、願ったり叶ったりなのだが…。 どうもこの先には行きたくない。 本能的にそう感じるのだ。 「すまない、あんたの言う通りだ」 実に素っ気無く己の非を詫びるクラウドに、シュリも素っ気無く肩を竦めるだけでそれに応えた。 「それじゃ、もう一回言うけど…」 扉の左斜め上を見上げる。 「あそこに監視カメラがある。見た目からは全く分からないだろうけど、壁の装飾に合わせてるんだ。その監視カメラが二十四時間常に作動していて、無許可の人間が扉を開けようとしたら監視カメラという役割から不審者を始末する武器に変化する」 「……『黒焦げ』の事か…?」 「ああ。雷並みの電流が扉に流れるんだ」 「……扉ってことは、ノブ以外にもって事か?」 「ああ。ノブどころか扉全体にな」 「……扉は何で出来てるんだ……」 シュリの説明を聞いたクラウドは、呆れたような声で独り言を呟いた。 どう見ても、ただの木製の豪華な扉にしか見えないのに、雷並みの電流が流れる仕組みの扉…。 「説明してもいいけど、時間が勿体無いから次の説明に移ってもいいか?」 「……ああ、そうしてくれ」 実につまらなそうに自分を見るシュリの目が『説明しても分かんないだろ?』と言っている。 実際そうなので、クラウドはあっさりと頷いた。 こういう分野は全く、さっぱり、自分の範疇外なのだ。 配達の伝票整理ですら苦手なのに、ここで科学のお勉強など無意味だ…。 「じゃ、続ける」 シュリは自分の右手にしていた指輪を見せた。 シルバーのそれは至ってシンプルで、これと言った装飾は無い。 「これが扉を開ける鍵。正式なボディーガードになった人間に与えられる。この指輪を嵌めてると、自動的に監視カメラが『許可』と認定してくれる」 だから、こうやって普通にノブを回したら良い。 そう言いながら、シュリはノブを回した。 クラウドの目の前で、『開かずの扉』は普通の扉のようにあっさりとその役割を放棄した。 クラウドの目の前に広がったのは、長い廊下。 その廊下の両サイドに、等間隔で陶器の置物が飾られている。 しかし、窓は一切無かった。 綺麗な庭も、この廊下から眺める事は出来ない造りになっているらしい。 その廊下は、一直線になっているわけではなく、いくつか分岐路があった。 しかも、それは直角に左右に分かれているのではなく、緩やかな曲線を描いて左右に分かれていたり、三叉路になっていたりと、まるで迷路のようだ。 シュリの案内がなければ、確実に迷うだろう。 既に、自分がどこをどう歩いたのか、記憶が曖昧になっている。 恐らく、そういう風にワザと造られているのだろう。 万一、侵入者が入り込んだ時の為に…。 自分の数歩前を行く青年は、前を向いたまま説明を続けていた。 「あの扉からこっち側はラミアの手を離れてる。意味、分かるよな?」 「…ああ、彼女の兄さんの管轄なんだろ?」 「そう。ディモンが熱を上げてる『お人形作り』の作業場だ」 「『お人形作り』?」 シュリの言葉に首を傾げる。 シュリは、それ以上説明しようとはしなかった。 目の前に、新たな扉が現れた。 その扉の前でシュリはクラウドを振り返ったが、その彼の表情にクラウドは眉を顰めずにはいられなかった。 青年の全身から、憎悪と嫌悪が溢れ出ている。 そのオーラは並みではない。 ……極寒だ。 彼のその表情だけで、クラウドは回れ右をしたくなった。 きっと、ディモンの行っている事はとてつもなくヤバイ事なのだろう。 そして、それはこの目の前の無愛想で無表情な青年の顔を歪ませるほどの代物なのだ。 黙ったまま、シュリはクラウドを見つめた。 クラウドも、シュリを見つめ返す。 その間に、クラウドは腹を括った。 どうせ、ここまで来てしまったからには、少しでも『猫』の役に立つ情報を入手すべきだろう。 クラウドが完全に覚悟を決めたのを確認したシュリは、溜め息をこぼしてノブに手を伸ばした。 「アンタがこの先のものを目にしたら……」 「……?」 「もう、引き返せない…」 「……とっくに引き返せないようになってるさ」 肩を竦めたクラウドに、シュリは「そうだな」と一言だけ返すと、その扉を開けた。 「なぁ、デンゼル!クラウドさんが出てったって本当か!?」 「うちの父さんと母さんが言ってたんだ!」 「なぁなぁ、本当かよ!」 いつもの遊び場にやって来たデンゼルとマリンは、着く早々友達に囲まれて質問攻めに合っていた。 「でもさ〜、俺、クラウドさんの事憧れてたのに、何だか幻滅したよ」 「あ〜、俺も。だってさ、他に好きな人が出来たんだろ?何か、サイテーだよな〜」 好き勝手に言う友達に、デンゼルとマリンは何も答えず、そのまま手を繋いで駆けて行った。 その遠ざかる後姿に、友達達も流石に自分達がまずい事を言ったのだと分かったものの、追いかけてまで謝ろうとする子はいなかった。 遠ざかる友人達の声が、デンゼルとマリンの耳に痛い。 「本当…皆、好き勝手言ってくれるよな」 「うん、でも、ここまで話が流れるのが早いって……やっぱり変だよね?」 「だよな。絶対になんかあるんだよ」 足早に歩を進めながら、二人は目的の場所へと急いだ。 遊び場に行ったのは、クラウドの事がどのくらい広まっているかを知る為だった。 そして、それを確認した二人は、本来の目的の場所……教会に向かっていた。 途中、小さな抜け道や裏通りを歩き、散々遠回りして漸く教会に着いた頃には、二人の息も上がっていた。 『もしかしたら、誰かが二人を着けてるかもしれない。だから、大変だと思うけど、色々遠回りしてくれる?』 ティファの言葉に二人は素直に従った。 そして、そっと教会の手前で辺りを窺う。 野良犬が一頭、日向ぼっこをしている以外、誰もいないようだ。 デンゼルとマリンは、こっくりと頷くき教会の扉を開けた。 そこには、数ヶ月前に湧き出た奇跡の泉がキラキラと陽の光を反射させて、静かに吹く風によって小さな波紋を広げていた。 そして、その泉の傍の花の群れの中に、その『猫』はいた。 「こんにちは」 「遅くなってごめんなさい」 二人が声をかけると、『猫』はひょこっと立ち上がった。 「よ〜、お二人さん!大丈夫やったかいな!」 ひょこひょこと危なげない足取りで二人の前にやって来た『猫』は、上機嫌な口調で片手を上げて見せた。 「ティファに遠回りしてって言われたから遅くなっちゃったんだ」 「あ〜、かまへん、かまへん!そりゃそうや。誰が見とるか分からんしな」 顔の前で手を振り振り、『猫』=ケットシーは子供達を見上げた。 「ほな、話しを聞きましょか?」 デンゼルとマリンはコックリと頷くと、地面にしゃがみ込んだ。 |