Mission14




 クラウドは、自分を熱っぽい眼差しで見つめてくるラミアに困惑していた。
 彼女の言う意味が分からない。

『ジェノバ戦役の英雄だから惹かれたのではない』

 彼女は確かにそう言った。
 そして、こうも言った。

『私は、この世界を愛している。一刻でも早く、安定して、皆が平和に暮らせるようになって欲しい…そう願っている。その為に、クラウドの力が必要なのだ』


 正直、ジェノバ戦役の英雄と言う肩書きで自分を引き入れたのではないか…と先程のシュリとのやり取りで勘ぐっていたクラウドにとって、この言葉は意外でしかなかった。
 とてもじゃないが信じられない。
 自分一人の力など、たかが知れている。
 勿論、目の前にいるシアスやシュリと対等に闘う事なら出来るだろう。
 だが、それだけだ。
 世界に影響を及ぼすような力など到底持ちえていない。

 ジェノバ戦役と言われる仲間達の中で、世界に影響を及ぼす力を持っている人物はリーブだけだ。
 そう…。
 元・神羅カンパニーの幹部だった現・WROの統括…。


 そこまで考え、クラウドはギョッとした。
 自分の考えがもしも当たっていたとしたら……それは……。

「アンタ……もしかして俺に仲間を売れとか言うつもりじゃないだろうな……」

 押し殺した声に殺気を滲ませ、女性相手というのに感情を露わに睨みつける。
 クラウドの殺気に満ちた表情に、ラミアはどこまでも落ち着いていた。
 隣に腰掛けていたシアスが僅かに体を動かし、いつでも応酬出来る様な体勢をとる。
 一気に緊張の高まった室内だが、それでもラミアとシュリは平然としていた。

「クラウドさん…貴方は誤解していらっしゃるわ。私が貴方に惹かれたのは、まさに貴方のその気質故です」

 穏やかに口を開くラミアの顔には、微笑すら浮かんでいる。
 益々混乱するクラウドに、ラミアは言葉を続けた。
「この世界は混沌としています。皆が、心のどこかで常に危険を感じ、怯えている…そんな世界なんです。
 その世界を『神羅時代より以前の世界』に戻す為には、強引ではありますが兄の考えも一理あると思うのです。
 そして、その兄の計画を成功させる為には、クラウドさんのように仲間を心から大切にし、他人を思いやる心を持つ人が絶対不可欠です」

「意味が分からないな…。それなら、俺でなくてもそんな人間は割りといるし、それに第一、俺は仲間は大切に思うが他人にはあまり関心がない」

 口を閉ざしたラミアに、内心の動揺を隠しつつ冷たく言い放つ。
 クラウドの無表情な顔からは、それがあたかも本心であるかのような印象を受けてしまうが、それでもラミア達には既にそのポーカーフェイスも通じていないようだった。

 今まで笑った事の無いシアスが、初めてうっすらと笑みをこぼしたのだ…。

「クラウド君。貴方は自分が思っている以上に気持ちが顔に出る人間だと自覚した方が良い」

 シアスの言葉にグッと詰まるクラウドに、熟練のボディーガードは更に言葉を続けた。
「それに、何か勘違いをしている様だが…、ラミア様がクラウド君…、君に対して想いを寄せているのは偽りではない。もしかして、ディモン様のプロジェクトを見てラミア様の気持ちが信じられなくなったのか?」
「は……?」
 シアスの意外過ぎる言葉に、思わず呆けたような声を出したクラウドに、ラミアが悲しそうな顔をし、シュリがそっぽを向いて小さく溜め息をこぼし、更にはシアスまでもが眉間にシワを寄せた。
「クラウド君。君は、ティファさんと別れ、ラミア様と共に生きる事を選んだ……そうじゃなかったのか?」

 シアスの言葉は到底演技には聞えなかった。
 クラウドがラミアに心惹かれた結果、ティファと激しい口論の末に分かれてラミアを選んだ…。
 それら一部始終を盗聴器で聞かれていたわけだが、今のシアスの台詞からはまさにその結果を信じきっている…そんな風にしかとれない響きだった。

 だが、先程自分の隣に腰掛けている青年はこう言わなかっただろうか?


『アンタがラミアに惚れたからここにいるだなんて、信じちゃいないぜ?』
『勿論、ラミアとディモンもな…。この意味を考えろ』


 しかし、目の前には自分の言動に対して心から傷つけられた顔をしている美人と、険しい面持ちで半ば睨みつけている彼女のボディーガード。

 …………。
 ……………。
 ………………。

 わけが分からない!!!!
 まるで巨大な迷路に放り込まれたようだ。
 どこがどう正しくて、何がフェイクなのか……さっぱり分からない。
 考えても分からない…そんな時は…。


「すまない…。ちょっとショックが大きくて混乱してた。少し時間をくれないか…?」


 休むに限る!!
 いくら考えても分からないのなら、休憩して頭を休める事だ。
 あの旅の時に学んだことの一つである。
 ゆっくり身体を休ませ、今までの経緯をのんびりと振り返ると、どこでどう間違えたのか、これから何をするのが正しいのかがおのずと見えてくるだろう…。


「あ…そうですよね。あんなものを見てしまったら、いくらなんでも混乱してしまいますよね」
 ラミアの表情が、悲し気なものから瞬時に申し訳なさそうな表情に変化する。
 シアスはまだ何か言いたそうだったが、クラウドの言い分とラミアの意見に納得するところがあったのか、何も言わずに言葉を飲み込んだ。
 シュリは相変わらず素知らぬ顔をしてあらぬ方を見ていたが、席を立つクラウドに付き合う形で、共にラミアの私室を後にした。
 私室のドアを出る間際、
「クラウドさん…私、貴方の事を本当に……」
 切ない声でクラウドに投げかけた女主人の言葉に、クラウドは困惑しつつ、軽く会釈を返すだけで精一杯だった。



「…………」
「…………」

 何とも気まずい沈黙をお友達に、二人のボディーガードはそれぞれの私室へと向かっていた。
 二人共、部屋が隣なのでイヤでも方向が一緒になってしまうのだ。
 仮に、二人の身長差がかなりあるのなら、その足のリーチによって歩く速度が違ってくる為、こうして肩を並べて歩く羽目にならずに済んだだろう…。
 しかし、悲しいかな…。
 二人の身長はほとんど同じ。
 という事で、二人の足のリーチも一緒、ついでに言うなら歩く速度まで同じと来ている。

 クラウドは最初、無言で自分の隣を歩く青年が、先程のラミア達とのやり取りの事で嫌味の一つでも言うつもりなのかと身構えていた。
 しかし、いくら歩こうが時間が経とうが、一行に話しかけてくる気配が無い。
 それどころか、全く自分に対して関心がないように極々自然に前を向いて歩いている。
 決して意識して自分を避けているわけではない様なのだ…。

『本当に……謎な奴……』

 自分よりも一・二歳年下と思われる青年…。
 知り合ってたった二日間だが、その華奢な見かけからは想像出来ないほどの戦闘術を身につけており、そして非常に鋭い洞察力を持っている。
 その彼が、本当にどうしてこんな所にいるのかが不思議に思えて仕方が無い。
 リーブなら……彼の様に優秀な人材をみすみす手放す事はしないと思うのだが…。

 そんな事を考えている内に、結局二人は無言のままそれぞれの私室にたどり着いた。
 途中、ボディーガードの候補達が、自分達二人を忌々しそうに睨みつけていたが、当然、二人共それを完全に無視をした。


 私室に入る前に、何か一言くらい挨拶かなにかするべきだろうか…。
 珍しくクラウドが悩んでいる間に、シュリはサッサと無言で自分の部屋の中に消えてしまった。
 その姿をやや呆気に取られて見送ったクラウドは、苦笑を浮かべると自分の部屋へと入っていった。

 ベッドに身体を投げ出して大きく息を吐き出す。

 ゆっくりと目を閉じると、先程、シュリと共に見た光景が瞼の裏に生々しく甦ってきた…。




「これは……なんだ……!?」
「言っただろ?これがディモンのお気に入りの『お人形作り』だ」
「『お人形作り』……!?は……なに言ってるんだ…!?ふざけてるのか!?!?」
 激昂する自分に対し、あくまでも冷静に…いや、どこまでも冷たい表情で『それら』を眺めるシュリの横顔…。
 青緑色に光る液体が詰まった大きなカプセルが無数に並んでいるその様は、まるでホラー映画の中に出てくるモンスターの卵が並んでいるようだった。
 そして……。
 そのカプセルの中身は……。


 クラウドは頭を振った。
 これ以上、考えたくなかった。
 あそこまで腐った性根をしている人間がいるだなんて……!


「これは…『人間』じゃないか!!」
「ああ、そうだ。星痕症候群で亡くなった、『資産家の家族達』だ」
「……これで…何をしているんだ……!?」
「何をしてると思う?」
 質問に対して質問で応えた青年の顔の反面が、青緑色に照らされ、冷たい印象をより深くした。
 背筋を冷たいものが流れ落ちる。
 胃の辺りが、ギュッと締め付けられるような不快感に襲われ、思わず口を手で覆いたくなった。
「星痕症候群は実に平等だった。金持ちも貧乏人も…若者も年寄りも…男も女も関係なく、命を吸い取ったんだから…」
「……それが…、一体これと何の関係があるんだ…」
「資産家達は、少々常軌を逸している奴らが多い。金さえ出せば、失った命でさえ取り戻せる…そう幻想を抱く哀れな輩がいるんだよ」
 言葉を切り、小バカにしたように唇を歪め、
「アンタが思っている以上に沢山な…」
 そう吐き捨てたシュリの言葉が、頭の中でこだまする。

「では……この『資産家の家族達』は……」
「ああ…。デル・ピノスが『生き返らせる』実験をしている」
「…そんなの……出来るわけが無い…!」
「ああ…そうだな。だが、目が曇りに曇った奴らには、それが分からないのさ」
「…ディモンが最近、政財界で力をつけてきた…というのは……」
「そうだ。この『家族達』を『生き返らせる』という弱みを握られている」
「…『生き返らせる』ことが弱み……?」
 訳が分からず困惑するクラウドに、シュリは冷めた眼差しをカプセルに向けたまま説明した。

「死んだ人間を生き返らせるだなんて…『命への冒涜』だろう…?それは、この世で生きている俺達人間にとっても、人間でない植物や動物や…その他命を授かって今を生きているもの全てに対する冒涜だ。それは、わざわざ口にしなくても魂が知っている…『この世の理(ことわり)』だ。それを、資産家達は金にものを言わせてその『理』を侵している。それを冒涜と言わずに何と言う?」
「なら……なら、何故前は黙ってここにいる!?それに、ラミア……彼女はこの事を知っているんだろう!?」
「当然だ。彼女が『ディモンの愛人』として政財界でそれなりに名を馳せている奴らのところに送り込まれ、奴らの『弱み』を握って帰るんだから。そして、言葉巧みに『命への冒涜』へと誘うのさ…」




 クラウドは、ゆっくりと目を開けた。
 真っ白で無機質な天井をじっと眺める。

『死んだ人間を生き返らせる』

 もしも、本当にそんな事が可能なら……一体この世界はどうなるのだろう…?
 そして、もしもそれが現実になったなら……?


 俺は…彼女とアイツを生き返らせてやりたい…そう思わずにいられるだろうか…!?


 シュリはあの後言っていた。
 デルの実験は、資産家達には『生き返らせる為』としているが、その実、本当に進めている研究は『全く別のもの』なのだと…。
 そして、恐らくその『別のもの』を成功させる為に、クラウドはラミアとディモンに見込まれたのだろう…。

 先程のラミアの目を思い出すと、どうしても彼女が自分を利用する為だけに引き入れたとは思い難いのだが…。

 結局、あのカプセルを見せられて気が動転してしまったクラウドは、『全く別のもの』という実験を聞く前に実験室前のガラス張りの展覧室から飛び出してしまった。


 何が目的で、あんな事を……?


 クラウドはゴロンと寝返りを打ち、深い溜め息を吐いた。
 そして、窓の外にふと視線を移す。
 青い空が窓の外に広がっていた。
 そして、その空の彼方はうっすらとオレンジ色に色づき始めている。

 そろそろ夕暮れになってしまうのだ。

 何て一日だったんだろう…。
 つくづく、仏心など出すんじゃなかった……と後悔の念が押し寄せる。

 まぁ…、ラミアとディモンが本当に自分を引き込むつもりでいたのなら、『家宝の盗難事件』がなくてもそのうち何らかの形で接触してきたのだろうが…。


 はぁ〜〜…。

 深い深い溜め息を吐き、ふとクラウドは窓の下に視線を移した。
 何かが視界を掠めたような気がしたからだ。
 そして、それは気のせいではなかった。

 窓の外からピョコピョコのぞく黒い三角形が二つ…。

 危うく大声を上げそうになりながら、クラウドは慌てて窓に飛びついた。
 そして、勢い良く窓を開ける。


「クラウドさん、ご無事でしたか〜!?」
「ケット!」

 小声で囁き合いながら、クラウドは突然の仲間の来訪に胸を躍らせた。
 ひょうきんな仲間の登場に、微かな光が見えた気がした。






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