Mission15




「なるほどなぁ…。この屋敷でそんな事が…」
「ああ…。ケットはこの事に気付いていたのか?」
「まぁ…薄々はなぁ。でも、まさかそんな事までしてるとは思いもせんかったで…」

 突然やって来たケット・シーをひとまず自室に引き入れ、クラウドはたった今見てきたものや、これまでの経緯を語って聞かせた。
 ここに至るまでの話は、先程ティファから聞いたとの事で、その分時間が短縮されたのはあり難い。
 いつ、ケットの存在が屋敷にいる者にバレるかも知れないからだ。
 もしかしたら、この部屋にも監視カメラと盗聴器が仕掛けられているかもしれないので、クラウドは猫と戯れる振りをしながらベッドで小声で話をしていた。

 ……どこまで通用するかは甚だ怪しいものだが……。

「それにしても、どうやってこの屋敷に入ったんだ?蟻一匹通れないような完璧なセキュリティーが設置されてるのに…」
 首を傾げるクラウドに、ケットは猫にあるまじき仕草で「チッチッチ」と手を横に振った。
「これでもWROには優秀な科学者が揃ってるんでっせ?ここのセキュリティーにちょ〜とだけ穴を開ける事なんかちょちょいのちょいやから!」
「へぇ…そうなのか…」
 自慢げに胸を逸らすケットに、クラウドはふと思いつく事があった。
「て言う事は、俺が初めてここのボディーガードになった時に、セキュリティーが作動しなかったのは、もしかして…」
「いや、それは僕じゃないな…。結構そのピノスって奴は、確かに頭は良いンやけど、肝心なところで抜けてるところがあってなぁ。神羅時代もそうやったわ。自分の才能に酔いしれてしもて、完璧やて思いこんどるからミスに中々気付けへんねん」
「ああ……確かにそんな感じだな」
 ケットに相槌を打ちながらデルの気色の悪い一面を思い出したクラウドは、思わず身震いをしながら勢い良く頭を振ってその顔を追い払う。
「何や?何かあったんかいな?」
「…いや……聞かないでくれ……」
 話すと口が腐りそうだ…。

 ぼそっと呟いたクラウドに、ケットは苦笑すると、四足でヒョコヒョコと窓に近付いた。

「帰るのか?」
「ええ、クラウドさんの無事も分かりましたし、この屋敷で何が起こってるのかも分かりました。今から本部に帰って緊急会議しなアカンので」
「そうか…。ところで…」
「ああ、ティファさんと子供達は無事や。それに、ユフィの嬢ちゃんもティファさんがちゃんと説明してくれて、今は仲間に招集かけてますわ」
「そっか…。色々すまない…」
「何言うてますのんや!ハッキリ言うて、クラウドさんがラミアのところに潜り込んでくれたんは、ほんまにあり難いことなんですから!!」
「そう言ってもらえると助かる」
 力なく微笑むクラウドに、心配そうな顔をしながら「また、何かあったら連絡しますから〜!」と言い残し、ケットは窓から姿を消した。

 黒い後姿が猫とは思えない程のスピードで屋敷を取り囲む塀へとたどり着く。
 そして、唐突にその姿が消えた。

 クラウドはその光景に驚いて目を瞬かせたが、「ま、アイツなら何でもありか…」と妙な納得の仕方をしてベッドに戻った。
 ベッドに身を投げ出して先程交わした情報を思い起こす。

 まず最初に。
 冗談っぽくティファと話をしていた『盗聴器』と『見張り』が現実となったこと。
 そのことは、大喧嘩という芝居をした時にさり気なくティファから知らされていた。
 しかし、その次が問題。
 子供達が危うく誘拐されるところだったという事。
 犯人はWROが押さえたとのことだが、頑として口を割らないらしい…。
 まぁ、主犯はラミアかその兄かどちらかで間違いないだろう…。
 それにしても…。
 ここに来て三日目。
 まだたったの三日だというのに、もうこんなにも様々な目に合っている。
 おかし過ぎないだろうか…?
 確かに、さっさと用事を済ませて元の生活に戻りたいとは思っているのだが、このままでは泥沼にはまり込みすぎて帰れない気がする…。
 イヤイヤ、何を弱気に!
 ティファとも約束したじゃないか、絶対に帰るって!
 そう、それにこんな訳の分からない裏の世界にドップリ浸かって生活するだなんて、神羅の兵隊時代だけで充分だ。
 もう二度と、あんな生活はごめんだ。
 それに、ケットが言っていた最後の言葉を何とか現実にしないといけない…。


 俺…機械音痴なんだよな……。


 はぁ……、と盛大な溜め息を吐いて、先程ケットから渡されたディスクを眺める。


『クラウドさん、WROは実はいつでもこの屋敷を抑える事が出来るまで準備が出来てるんです。でも、肝心の証拠っちゅうか、その『ヤバイ計画』を手に入れんとどうにも動けんのですわ。これが、名前もないただの一軒家とかやったら、証拠がなくても現場を押さえたらいいんでしょうけど、相手はあの政財界でも注目を集めてるカリスマ的存在やから、中々そういう訳にもいかんのです…。それで……』


 クラウドは溜め息を吐いた。
 どう考えても無理だ…。
 ケットは操作は簡単だといっていたが、自分には全くと言って良いほど知識がない。
 勿論、ケットが提案した『科学者の誰かを脅して』という方法もあるのだが、それはやはり最終手段だろう。
 それに何より、そのデーターを入手する為にはプロジェクトの最深部にあるであろう、メインコンピューターまで辿り付かなくてはならないではないか…?

 クラウドは、シュリに案内されて歩いた迷路のような廊下を思い出した。

 ………。
 ……………。
 無理だ!!
 一人であんな所を歩いて無事に辿り着き、データーを入手してそして戻る…。
 そんな神業、自分には出来ない。

 しかし、やり遂げない限りはもう帰る事は出来ないだろう…。
 それに、確かにあのプロジェクトは見過ごすと事は出来ない。

 せめて、ラミアの気持ちさえ変えられたら…。

 そう思ったクラウドは、ガバリと身体を起こした。

 そうだ。
 何故、彼女はあんなプロジェクトに賛同しているのだろう?
 世界の平和の為には…とか言っていたが、あんなものが成功してしまったら平和どころかたちまちの内に大混乱に陥ってしまうじゃないか!

 クラウドは、ベッドから勢い良く飛び降りると、壁に立てかけてあった大剣を背に佩いた。
 ここのボディーガードになってから一度も…と言ってもたったの三日間だが、武器を所持していなかった。
 それは、自分の武器が大きく警戒心を持たれる事を恐れていた為なのだが、もうそんな事を言っている場合ではないだろう。
 それに、武器ならシュリは細身の剣を常に腰からぶら下げているし、シアスは懐に拳銃を忍ばせている。
 自分にもっとも合う武器は、やはりバスターソードなのだがら、構うものか!

 クラウドは大剣を背に、ドアを開けた。


「どこに行くんだ?」
「!?」
 勢い良くドアを開けて部屋から飛び出そうとしたクラウドの目の前に、冷めた瞳のシュリが立っていた。
 ギョッとして思わず後ずさるクラウドの体中に、ドッと冷や汗が浮かぶ。
 バクバクと激しく打ち付ける心臓に、思わず左手で胸を押さえた。
「お、お前…!!」
「…アンタ、面白すぎ。それで、単純すぎ…。もう少し冷静になったら?」
 パクパクと口を空しく開閉させるクラウドに、グサッと言葉の刃を突き刺して、シュリは勝手に部屋に入って来た。
 そして、ご丁寧に鍵を掛ける。

 青年の奇行に、クラウドは治まらない動悸を沈めようと何度か深呼吸し、漸く口を開いた。
「お前、一体何故ここにいる!?」
「アンタはどこに行くつもりだったんだ?」
「……質問してるのは俺なんだが…」
「まぁ、そうだな。だが、俺の質問に先に答えた方が多分いいと思うぞ?」
 質問を質問で返されたクラウドが嫌味っぽく応酬するが、それを更に上回る冷静な一言を前に、あえなく撃沈する。
 それに…、何となくシュリに会った事で頭に上っていた血が下がった気分だ。
「……ラミアの所に行こうかと……」
 言いにくそうに視線を逸らし気味にシュリの質問に渋々答えると、案の定深い溜め息を吐かれてしまった。
「一応聞いとく。何でラミアの所に行こうとしたわけ?」
「そ…れは…」
「まさか…ディモンのお人形作りに反対しろ…なんてバカな事言いに行くつもりじゃないよな?」
「…………」
 図星を指されてぐうの音も出ないクラウドに、シュリはほとほと呆れ返った様な顔をした。
「あのな…今更アンタ一人の説得でどうにか出来るなら、とっくの昔にこんな事にはなってない。そう思わなかったのか?」
 ベッドに腰を下ろしながらやれやれ…と言わんばかりの青年に、クラウドは手近に合った椅子へ力なく腰を下ろした。
 確かにシュリの言う通りだ。
 出会って日の浅い自分が説得を試みても、無駄足に終わるだろうし、逆にお払い箱になるかもしれない。
 イヤ、その可能性の方が高いだろう…、いくら自分の事をラミアとディモンが気に入っていても。(気に入っている理由は未だに不明だが…)。

「お前は…本当に嫌味なくらい冷静だな」
 何となく面白くなくて嫌味を言う。
「まぁね。この性格のお陰で今まで生きて来れたみたいなもんだし」
 クラウドのささやかな嫌味は、青年の氷点下の壁の前にあえなく霧散する。
「それで…、気になったからここに来たんだけどさ。さっきの猫、アレ何?」


 ギックーーーーー!!!!!


 今度こそ、クラウドは口から心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど驚いた。
 静まった動悸が、先程よりも激しく打ち付ける。

「あ、あれは…だな…。子供達が…気に入ってる猫で……、それで…何か……遊びに来たみたいでさ……」

 頭が完全にパニックモードになり、しどろもどろわけ分からない事を口走る。

「ふ〜ん、猫がねぇ…」
 これ以上はない程のシラーッとした眼差しに、背中は既に冷や汗が滝の様に流れている。

 まずい…。
 これは非常にまずい…。
 あの猫がリーブだと知られたら、元・WRO隊員だったこいつの事だ。
 いの一番にラミアとディモンに知らせに行くだろう。
 そうなったら、折角のリーブの計画が水の泡になってしまう。
 それに、そうなったら今度こそ、自分は元の生活に戻れなくなる気がする!
 それだけは絶対にイヤだ!!

 何か…。
 何かこの場を切り抜ける打開策はないのか!?

 固まったまま、クラウドは必至に考えた。
 しかし、元来こういった危機を切り抜けてきたその方法というのが…。

 実力行使。

 だったので、どう考えでもこの場を切り抜ける良策が思い浮かばない。

 駄目もとで、この目の前の青年に協力を仰ぐか?
 とも考えたが、給金が良いとの理由でWROを去った男だ。
 協力してくれる可能性は限りなくゼロに近い。

「…い、おい…!」
「…?」
「何ボーっとしてるんだよ?」
「え…と、うわ!!」

 グルグル袋小路にはまり込んでいたクラウドが、現実に引き戻された時、端整な青年の顔が視界いっぱいに広がっていた。
 思わず思い切り仰け反り、反動で壁に後頭部を打ち付ける。
「………!!!」
 声を殺して頭を押さえるクラウドに、シュリは心底呆れた顔をして肩を竦めた。

 そして、胸ポケットから何やら取り出すと、それをクラウドの目の前に差し出した。

「?」
 うっすらと涙で滲む視界を凝らして差し出されたものを見つめる。
 それがシルバーリングだと気がつくと、クラウドは目を丸くしてシュリを見つめた。
「ラミアからアンタに渡してくれって言われててな。忘れてたんだ」
 そう言って「ほら」と催促するように手を軽く振る。
 シュリの掌の上で、コロコロと指輪が踊った。
 クラウドは、恐る恐る差し出された指輪を手に取り、それをシュリのように左の親指に嵌めた。
 サイズはピッタリだった。

「これで、アンタは正式にボディーガードだ」
「…………」
 シュリの言葉が、どこか遠くで聞えるようだ。
 ぼんやりしているクラウドに、シュリは突然その肩に肘を置き、顔を近づけた。
「それで…、あの猫は一体なんだ?」
 耳元で囁かれるようにして紡がれた言葉に、ギョッとして体勢を崩す。
 危うく椅子から転げ落ちそうになるのを、シュリがクラウドの腰に手を回して阻止してくれた。
 のはいいが…!!

 なんなんだ、この体制は!!!

 クラウドはパニックに陥っていた。
 何が悲しくて密室で美青年に迫られるような目に合わねばならんのだ。
 おまけに、この青年の眼差しは遊び半分ではなく、何か強いものを秘めているような…そんな眼差し。
 まるで蛙に睨まれた蛇よろしく、クラウドは完全にシュリに気を呑まれていた。

「あの猫、絶対になんかあるよな」
「……何の事だが…」
「目を逸らしながら言われても全然説得力ないんだけど」
「お前には関係ない」
「そうかな…?この屋敷に雇われている人間として、本当に関係ない事なんだったら良いンだけど、どうもそんな気がしないんだよな…」
「……それはお前の気のせいだ」
「ふ〜ん、本当か?」
「………本当だ」
「その間が怪しいんだよな」
「怪しいのはお前だ!何でさっきからこんなに密着してるんだ、いい加減離れろ!!!」

 ここで漸くクラウドはシュリを突き放すと、ゾワゾワする背筋を精一杯伸ばし、ドアを開けてシュリを追い出そうとした。
 しかし、ここになって漸くドアに鍵が掛けられている事に気付く。
「…お前……何で鍵なんか掛けてるんだよ!」
「邪魔が入ったら困るからに決まってるだろ?」
「何の邪魔だ!!!」
 その時、タイミングよろしくドアノブが回された。
 しかし、鍵がかかっていた為、ガチャガチャと空回りする。
 唖然とするクラウドに、「ほら、邪魔が来ただろ?」と、別に得意げでもなく極自然にそう言って、シュリは今では激しく叩かれているドアの鍵を外し、ドアを開けた。

 ドアの向こうには、強面のボディーガード候補達の姿。
 ざっと見回しても五・六人はいるであろう、その候補達は、部屋から最初に現れたのがシュリであった事にポカンと口を開けた。
「な、何でシュリさんがここに?」
 至極もっともな質問は「ラミアに指輪を渡すように頼まれてたのを忘れてたから届けに来てた」との実に素っ気無い一言で返された。
「で、でも…何で鍵まで……」
 候補達の中でも一番度胸のありそうな男が更に突っ込んだ質問をした。
 シュリは、その男を冷たい眼差しで見やると、怯んだその男に顔を近づけ不適に笑って見せた。
 その笑みは……極寒のオーラを纏っている。

「無粋な事を聞くもんじゃない…って、この世界に入った時に教わらなかったのか?」

「も、ももも、申し訳ありません!!」

 最敬礼で謝罪する男の後ろでは、引き攣った顔で立ち尽くす候補達。
 シュリが、いかにこの屋敷で力があるのかが窺える。
 勿論、最初に出会った時にもその存在の大きさを知る機会はあったのだが、しかし、これほどまでとは…。

「それで、クラウドさんに何の用?」
「あ…、ラミア様とディモン様が呼んでおられます。至急、応接間に来るようにとの事でしたので…!」
「ふ〜ん、それでこれだけの人数が押しかけて、尚且つ、ノックもしないでドアを開けようとしたのか?無礼極まりないな」
 シュリの冷たい眼差しを前に、候補達は明らかに怯み、動揺していたが、それでも自分達に課せられた使命を放り出す事はしなかった。
「先程、クラウド氏の部屋に怪しげな者が侵入したのを監視カメラが捕らえておりまして…。その前後に、セキュリティーシステムが一部、エラーを起こしたんです」
「あ〜、なるほどね。それで、クラウドさんを連行して来いって事になったんだ」

 シュリは振り返ってクラウドを見ると、「だそうだ。ご愁傷様だな」と冷たく一言口にすると、唖然とそれまでのやり取りを見ていたクラウドの腕を掴んだ。

「じゃ、仕方ないけど頑張って」

 そう言って、クラウドの背を軽く押し、候補達に突き出す。
 候補達は、クラウドの戦闘能力を知っている為か、それとも思いもかけないシュリの登場に毒気を抜かれたせいか、クラウドに乱暴なことはせず、応接間へ連れて行った。
 その間、クラウドは終始無言だった。


『リ〜ブ〜……!!!!』


 心の中で、自信満々に『WROには優秀な科学者が揃ってるんでっせ?ここのセキュリティーにちょ〜とだけ穴を開ける事なんかちょちょいのちょいやから!』と言い放った仲間を憎々しく思い出す。


 何が『ちょちょいのちょい』だ!
 しっかりバレてるじゃないか!!
 しかも、お前が帰ってからものの五分後には連行だぞ!?


 クラウドは、応接間の重厚なドアの前に立ち、深々と溜め息を吐いたのだった…。





 

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