Mission16




「それで、一体あの猫はなんだったんですか?」
「……子供達のお気に入りの猫です」
「ここまでどうやってやって来たんでしょう」
「……猫に聞いてください」
「…クラウドさん、この状況…分かってますか?」
「…分かってます」
「このままだと、アナタをスパイとして閉じ込めなくてはいけないのですが…」
「…でしょうね…」

 応接間を、何とも重苦しい空気が支配していた。
 クラウドの目の前には、ラミアとその兄、ディモンが座っている。
 さっきから会話を交わしているのはラミアのみ。
 ディモンは鋭い眼差しでクラウドを見つめるだけで口を開こうとはしない。
 ラミアは何とかクラウドをこの窮地から救い出したいと、懸命にクラウドの有利になるような言葉を探しているようだが、如何せん、彼の不利になる証拠がバッチリカメラに収められているのだ。

 ラミアとディモンの後ろには大きなスクリーンがあり、そこにはクラウドの部屋の窓から黒猫がクラウドによって部屋に入れられている映像が流されていた。
 そして、それから少しして、クラウドがケットを抱き上げて窓の外に離してやる姿も…。
 そのケットが、監視カメラの前を真っ直ぐ横切った際、小さなノイズが走る。
 そして、画面が激しく入り乱れたかと思うと、直った頃には黒猫の姿はどこにもなく、クラウド自身も部屋に引っ込んでいた。

「この現象は、明らかに妨害電波があの猫から出されていたことになります。それがどういうことか……もうお分かりでしょう?」
「…………」
 クラウドは溜め息を押し殺して目の前の兄妹を見つめた。
 もう、ここまできたら腹を括るしかない。
 所詮、上手くいくとは思っていなかったのだ。
 イヤ、何としても上手くいかそう…とは思っていたが、どうもこう、ここにきてから今までを振り返ると、こうなるような予感がしていたのだ。
 自分の手にはあまるような巨大なプロジェクトを見せ付けられた瞬間、その予感が確固たるものとしてクラウドの胸に宿った。
 しかし、家宝奪還という当初の目的が上手くいかないとしても、せめてあの『プロジェクト』は潰さなくてはならない。

 クラウドはジッと兄妹を見つめた。
 その目は、戦いに身を投じてきた者の、鋭い瞳。
 その瞳を前にして、ラミアは息を飲み、シアスが静かに彼女の傍に立った。
 ディモンは大仰に溜め息を吐くと、両膝の上に肘を置き、手を組んでその上に顎を乗せた。

「クラウドさん、私は貴方がラミアの本当の恋人になって世界の先駆者になってほしい…本気でそう思ってました。
しかし、こうなってしまったら貴方をラミアの恋人はおろか、このままこの屋敷にタダでおいて置く事は出来ません」

 そう言って、自分の後ろに静かに立っている黒人のボディーガードにそっと手を上げて合図を下した。

 その黒人は、他の候補達とは明らかに別格だ。
 恐らくシアスと同レベルか、あるいは……もっと手ごわいかもしれない。

 クラウドは身構えた。
 この応接間に通される前に取り上げられた大剣が手元にないのが痛い。
 素手で何とかなるだろうか…?

 そう案じた時、応接間の扉が前触れもなく開いた。


 皆の意識がそちらに集中する。
 現れたのは、端整な顔立ちでありながら、まだ幼さを併せ持った美男子。

 シュリは、漆黒の瞳に冷めた感情を滲ませ、応接間をぐるりと見渡した。
 そして、クラウドの前に立ち塞がるようにして身構えている黒人に、目を止めると、軽蔑したような眼差しをディモンに向けた。

「本当、アンタは狭量だな」
「なに!?」
 シュリの不遜な言い草に、ディモンがカッとなって声を上げる。
 そんな自分の主人の兄に対して、青年は無表情のまま隣に座る女主人へ視線を移した。
「あのさ、クラウドさんの身体チェック、ちゃんとしたのか?」

 シュリの一言で、ディモンはさっと顔色を変えた。
 そして、急いで自分の部下にクラウドに与えた個室を家捜しするよう指示をし、残った部下にクラウドが何か怪しいものを所持していないかのチェックを言い渡した。

 クラウドは焦った。
 先程、ケット・シーから受け取ったディスクが胸ポケットに入ったままだ。
 ここのプロジェクトを入手する為、内容を入手する為に…、と渡されたディスク。
 プロジェクトのメインコンピューターに差し込むだけで簡単にハッキング出来るというその優れもののディスクを、クラウドはケットから渡された時に胸ポケットにしまいこんでいたのだ。

 恐らく、それが見つかったら自分だけでなくケット・シー=リーブにまで危害が及ぶだろう。
 自分は何とかこの場を逃げ切れればそれで済むが、リーブにまで影響が出るという事は、彼が統率しているWROにまでその危害が及という事になる。
 自分の身体を調べる為に取り囲んで来た『候補達』を睨みつけ、クラウドは咄嗟に身構えた。
 しかし、それを後ろから羽交い絞めにした者がいる。

「ホラ、今のうちにサッサとやれよ」

 華奢な体つきのクセに、その体躯からは想像出来ないほど力強く押さえ込んだシュリに、クラウドは本気で抗おうとした。
 それを推し止めたのははやりシュリだった。

『アンタ、このままだとアンタだけじゃなくてセブンスヘブンに残して来た人達にも迷惑かかる。だから大人しくしてろ』

 耳元で誰にも聞かれないよう、そっと囁かれた言葉に、クラウドは固まった。
 その隙に、『候補達』がポケットというポケット、そして、服の中をくまなくチェックする。
 胸ポケットに手が突っ込まれた時は流石に身体がビクッと震えたが、何故かその突っ込まれた手は何も収穫を得ることがなかった。


「何も所持していないようです…」

 困惑したように告げる『候補達』に、ラミアはほんの少し安堵の表情を浮かべ、ディモンは忌々しそうに睨みつけてきた。
 そして、クラウドのボディーチェックが終わる頃、クラウドの個室を調べていた者達も戻ってきて、同じく不審なものは何もなかったと告げた。

「ふ〜ん、本当になかったのか?」
 つまらなそうに言うシュリに、
「はっ!何もありませんでした!!」
 生真面目に敬礼までして応える男を、ディモンは苛立たしげに見やり、隣に座っている妹を見た。
「何も出なかったからと言って、彼が怪しい奴とあっていたことは事実だ。これが何を意味するか分かってるな?」
 居丈高に言う兄に、ラミアは悲しそうな顔をすると、コックリと一つ頷いた。
 気遣わしそうにシアスがラミアの肩に手を置く。
 シュリは、漸くクラウドを自由にすると、
「じゃ、そういう事で、この人は軟禁かな?」
 と、ディモンに向けて質問をすると、頷いた女主人の兄に肩を竦めて見せた。

「だそうだ」
 クラウドと、クラウドを取り巻いている『候補達』に向かって口を開く。
 それが合図だったようだ。
 問答無用でクラウドは応接間から引き出された。
 応接間から出る直前、「だから、言っただろ?『ジェノバ戦役の英雄』を引き込むなんか無理だって」というシュリの呆れ返った言葉が聞えた。
 その言葉が、誰に向けられたものなのかは分からなかった…。



 クラウドが連れて行かれたのは、屋敷の地下にある小さな物置小屋……らしきところ。
 そこには、使われなくなったと思われる食器類や、家具、そして、どう考えても不気味としか言いようのない置物が乱雑に放置されていた。
 明かりは、裸電球が一つ、薄暗くその部屋を照らしている。

 正直、牢獄のようなところに入れられると思っていたクラウドは拍子抜けした。
 勿論、何個か施錠するような音が外から聞えてきたが、それでもここからなら、扉を蹴破って逃走出来そうだ…。
 まぁ、ドアの外には見張りが何人かついているだろうが…。

 クラウドは、小さな部屋で適当に壁を背にして座り込んだ。
 そして、そのまま目を閉じて己の思考に没頭する。


 確かに、自分はケット・シーからディスクを受け取り、それを胸ポケットの中に入れた。
 しかし、先程チェックを受けた時には無かった。
 ケットが帰ってからものの五分後にはシュリが来て……その後、間髪入れないほどの短時間で『候補達』のお出迎えがあった。
 という事は…。
 考えられる事はただ一つ。
 シュリが、自分の胸ポケットからディスクを抜き取ったのだ。
 しかし、自分に気付かれない様にして、どうやっていつの間に盗ったのだろう…?

『あ…あの時か!?』

 クラウドが椅子から転落しそうになった時、それを助けてくれた時に……身体を密着させてきた……あの時かも…!?

 まずい…。
 非常にまずい…!!
 シュリは元・WRO隊員だ。
 もしも、今、こうしてウダウダしている時に、シュリが例のディスクを変態デル・ピノスに渡していたら、リーブに迷惑がかかることは間違いない。
 それどころか、WROにとってかなりの大打撃になるのではないだろうか……!?
 ディスクには何が保存されているのか分からないが、ここのプロジェクトをハッキングする為にはある程度、科学的なものを入力しているのだろう…。
 しかも、メインコンピューターに差し込むだけでOKだという代物だ。
 かなり高度な化学式か何か分からないが、そんなものが入力されているに決まってる。
 クラウドは、立ち上がるとドアにそっと近付き、気配を探った。
 予想通り、何人かの気配を感じる。
 しかも、何だか他の『候補達』とは違う気迫のようなものを感じる。
 恐らく、ディモン直属のボディーガード達だろう。
 ラミアの周りに集まっている『候補達』からは感じられない手強さが、肌に直接伝わってくるようだ…。


『まずいな』


 ドアを蹴破ったとしても、この見張りを簡単にあしらう事は難しいかもしれない。
 少しでもてこずったら、あっという間にセキュリティーを作動させられ、屋敷内が大騒動になるだろう。
 そうなったら、ディモンのプロジェクトを潰す事は愚か、自分も無事、この屋敷から出ることは難しい。

 この屋敷に正式に所属するボディーガードのシアスとシュリは、かなりの腕の持ち主だ。
 そして、ディモン直属の部下のあの黒人も…恐らくかなりの達人と思われる。
 ディモン直属の部下達には、あの黒人以外にも腕っ節の良い人間が多数いるのではないだろうか…?
 そうクラウドが思うのは、ディモンが実の妹の屋敷にあんな『ヤバイ』ものを設置し、自分はあくまで安全圏にいる男だからだ。
 そんな男が、あの黒人一人で満足出来るとは到底思えない。
 きっと、腕に覚えのある人間をかなり手ごまとして準備しているに違いない。

 そう思うと、やはり迂闊な行動には出る事が出来ない。
 今のところ疑われてはいるが、それはディモンに関して…だけ(だと思う)。
 ラミアは、まだ自分を信じたいと思う気持ちが滲み出ていた。

 女主人の悲しそうな顔、そして、身体チェックをして何も出てこなかった時に見せた安堵の表情。

 その顔を思い出すと、少しばかり罪悪感が胸をチクリと刺す。

 イヤイヤ!
 彼女は、知人の家宝を盗み出したドロボーなのだ。
 彼女に対して同情を寄せるのは間違えている。
 でも……。

 グルグルと思考の迷路にはまり込んだクラウドが、その表情をピクリとひくつかせた。

 何やら、外から話し声がする。
 ジッと耳を傾けると、どうやら見張りの交代に誰かが来たようだ。
 そしてその申し出に、外で見張っている見張り番達が困惑しているらしい。

『ですが…まだ交代の時間では…』
『それに、貴方自らが見張りに立たれるとは…』
『ですが…』
『…………』

 途切れがちに聞えるその会話が、突如、途絶えた。
 そして、ドアに張り付くようにして耳をそばだてていたクラウドの顔面に、突如衝撃が与えられた。





「それじゃ、気をつけてね」
「うん…」
「ティファこそ、気をつけろよな?」

 心配そうな顔をする子供達に、ティファは笑顔を見せ。
 少し高めの車の窓から身を乗り出す子供達一人一人に、その額へキスを贈る。

「じゃあティファ。落ち着いたらまた連絡くれよ?」
「うん、突然ごめんね、バレット」
 野太い声に心配そうな色を滲ませ、バレットはトラックをゆっくりと発進させた。

 見る見るうちに遠くなる大きなトラックから、いつまでも身を乗り出して手を大きく振る子供達に、自然と涙が浮かぶ。
 そんなティファ達を、近所の人達が遠巻きに見守っていた。

「ティファちゃん……大丈夫かい?」
 心配そうな顔をした一人のご近所さんが声をかける。
「ええ……もう少し落ち着いたら迎えに行きますから…」
 伏目がちにそう答えティファからは、何とも言えない哀愁が漂っている。

 その姿に、見守っていた大多数の人間が胸を大きく打たれた。

『ったく、いくら旦那でも許せねぇ!』
『おうとも!あんなに辛そうな顔をさせるだなんてよ!』
『子供達まで遠方に預ける事になっちまって……ティファちゃん、俺の胸で泣いてくれ!』
『イヤイヤ、お前の胸で泣くくらいなら俺の方が筋肉があって良いに決まってる!』
『何おう!?』
『やんのか、この野郎!!』


 遠巻きに見つめている顔馴染達が、ヒソヒソ、ボソボソ囁きあっている声が、ティファの耳にはしっかりと届いていた。

 ティファは、子供達をバレットのところに預ける…という選択をしたと、近所の人達にそれとなく伝えていた。
 やはり、クラウドと別れたばかりで子供達の世話をする事がままならないから…という名目で。
 勿論、そんなのは嘘八百なのだが、顔馴染の人達はそんな嘘にコロッと引っかかってくれた。

 子供達が尾行された昼間…。
 帰宅した直後にユフィから連絡が入った。
 バレットとシド、そしてナナキと連絡が無事取れて、残すは放浪癖のあるヴィンセントのみだという事だった。
 バレットが迎えに来たのは、子供達をシドの奥さん=シエラさんの元へ送る為だった。
 ユフィがセブンスヘブンに一泊したその夜、子供達をシエラさんにお願いする事に決めた。
 子供達は最初は渋っていたのだが、結局案外素直に承諾してくれた。
 自分達がまだまだ足を引っ張る存在だと自覚してくれているからだろう。
 聞き分けの良い子供達に、ティファは嬉しさと自慢に思う気持ちが溢れ出てくるのを抑えきれなかった…。

 シエラさんに子供達を見てもらえるかどうかの確認を取るべく、そして、頼もしい仲間を招集するべくユフィは早朝にエッジを出た。
 勿論、尾行が無いかどうか細心の注意を払ってだったが、そこは『腐っても鯛』のウータイの忍。
 無事に尾行される事もなく目的を達成させたようだ。
 エッジの郊外にシエラ号が到着するのは明朝の予定。
 ティファは、気遣わしそうな目を向けてくる近所の人達に笑顔を見せると、そのまま軽く会釈をして店の中に入って行った。

『私の演技って中々なもんじゃないかしら』

 などと思いながら、自室で準備をする。

 そう…。
 敵地に乗り込む為の準備を…。






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