Mission17




「………アンタ……何してんの?」

 急に開けられたドアから、端整な顔立ちの青年が呆れたように蹲っているクラウドを見下ろした。
 強かにドアで顔面を打ち付けたクラウドは、涙混じりの視線を上げた。
 口を開こうとするのだが痛みの為声が出ない。
「あ〜、もしかしてドアに張り付いて外の様子窺ってたのか?悪かったな、思い切り開けてしまった」
 少しも悪びれなく淡々と言うと、恨みがましそうな目で見てくるクラウドに、「急ぐから」と、半ば強引に立たせて倉庫から連れ出した。

 クラウドにそっと人差し指を立てて声を出さないように指示を出し、そのまま周りを警戒しながら屋敷内を進んでいく。
 ドアからすぐのところに、屈強なボディーガード候補達が六人、床に伸びていた。


『何で助けてくれるんだ…?』


 わけも分からず、着いて行くしかないクラウドの頭の中は、その疑問でいっぱいだ。
 おまけに、シュリが向かっている先が例のプロジェクトであるらしい為、その疑問は頭を埋め尽くす。
 書庫を真っ直ぐ迷う事無く突っ切り、開かずの扉を開け、これまた迷路のような廊下を躊躇いなく進む。

 クラウド一人なら、完全に迷子になっていただろう。

 シュリは、クラウドを救出し、物置を出てからは一切口を利いていない。
 その為、クラウドには彼が何をしようとしているのか、全く分からなかった。
 それでも、シュリに従って大人しく付いて行っているのは、彼が例のプロジェクトを憎悪している事実を知っているからだろう…。


『命への冒涜だ』


 シュリの言葉が甦る。


 確かに、一度失われた命を再び甦らせようとするのは『命への冒涜・命の理(ことわり)への冒涜』なのかもしれない。
 しかし、大切な者を……愛しい者を亡くした者にとって、それは例え藁(わら)の様に頼りにないものでも、可能性があるのなら縋りつきたいと思うのもまた、人間の心理じゃないだろうか…。


「着いたぞ」
 シュリの静かな言葉と共に、クラウドの目の前には重厚な作りの物々しい扉が現れた。
 どうやら、この扉の奥に例のプロジェクトのメインコンピューターがあるらしい。

「それで……ここまで黙って付いて来たけど、一体何をするつもりなんだ?」
 クラウドのもっともな質問に、シュリはドアの右側の壁にあるボタンを躊躇いなくいくつか押していく。
「アンタに手伝ってもらいたくてね」
「手伝う?」
 クラウドが眉間にシワを寄せた時、重厚な扉はいともあっさりと彼ら二人の侵入を許した。

 静かに両側の壁に吸い込まれるようにして扉が消える。

 シュリは、躊躇いなくその中へと足を踏み入れた。
 クラウドもその後に続く。

「ここには、例のプロジェクトのメインコンピューターがある。それはもう気付いてるだろ?」
 シュリの言葉に、クラウドは無言のまま頷いた。
「例の計画は、『失われた命の甦り』という名目だ。だが……」
 ピタリと足を止めて右側のガラス張りを顎でしゃくる。
 クラウドがそちらに視線を移した。

「な……!?」

 思わず、驚嘆の声が口から漏れる。

 目の前のカプセルには、昨日侵入した賊がフワフワと青緑色の液体の中を小さく浮き沈みしているではないか。
 てっきり侵入者達は警察に突き出されるか、屋敷内で監禁されているものと思っていたクラウドにとって、この事実は信じられないものだった。

「これがこのプロジェクトの実態だ。デル・ピノスは『死者を甦らせる』という名目の下、実際には『主人の意志に忠実な人形を創り出す』事を目的としているんだ」
 シュリの言葉に、クラウドは目を剥いた。

 神羅兵時代にニブル山で見たあの光景が甦る。
 あの時は、純度の高過ぎる魔晄に浸けられた人間が、異形の者と化していたが、目の前にある無数のカプセルの中の人間は、まだ『人としての形』を保っていた。

「じゃあ……ディモンがやってることって言うのは……」
「そう。自分に都合の良い人形…要するに人間の形をしたまがいものを創り出す事だ」

 シュリの言葉が、上手く頭に浸透してこない。
 ただ分かるのは、シュリが言っていた『命への冒涜』という現実が、今、目の前で行われていると言う事だ。

 腹の底から怒りが湧いてくる。
 どうあっても……何を理由にしたとしても、こんなことは許されることじゃない!!


 シュリは冷めた眼差しでそれらのカプセルを眺めていたが、やがてクラウドを促し、更に奥へと足を進めた。

 二人は黙ったまま広い廊下を進んでいく。
 途中で科学者らしき者と数名鉢合わせたが、問答無用で気絶させた。
 手近に合った部屋に彼らを放り込むと、白衣を頂戴し、自分達の服の上から簡単に羽織る。

 重厚な扉の中は、その扉に辿り着くまでにも大変だったと言うのに、これまた巨大な迷路のような作りになっていた。
 その中を、シュリは迷う事無くどんどん進んでいく。
 そんな青年の後ろを付いて行きながら、クラウドは眉を寄せた。


 どうして、こいつはこんなにも迷わずに進めるのだろう……?


 そう思った次の瞬間に、脳裏に閃いた事は、『自分を罠にかけようとしているのではないだろうか!?』だった。

 そう思ってしまうと、ここまであまり障害らしきものがなかった事も納得出来るではないか。
 万全のセキュリティーシステムを誇るこの屋敷の中でも、最も厳重に管理されていなくてはならないこの場所で、シュリは難なく前進している。
 クラウドの胸の中で、シュリへの疑いが強まった頃、突然シュリがその歩みを止めてクルリと振り返った。
 そして、思わずギョッとするクラウドの腕を引っつかむと、すぐ傍にあった部屋へと身を隠した。

 クラウドの口を手で塞ぎ、自身はジッと息を殺す。
 クラウドもジタバタする事無く、ジッと息を殺して部屋の外へと意識を飛ばした。

「全く……だから言ったんだ。あの男をラミアのボディーガードに採用するなどもってのほかだと!」
「しかし、ラミア自身があの男を気に入ったんだ。仕方ないだろう?」
「ふん!いくらあの男が自分の婚約者に似てるからといって、そんな単純な理由で採用なんぞしおって!どうするんだ?もしかしたら、既にWROにばれてるかも知れんぞ!?」
「大丈夫だ。あの男と例の英雄の女はリーブと接触していない。今はまだな」
「どうだかな。案外、あの例の変な現象を引き起こした猫がリーブからの差し金かも知れんぞ?」
「まさか。あんな小さな猫もどきに何が出来る?それとも、あんな猫一匹にしてやられるほど、お前のセキュリティーは穴だらけなのか?」
「な!!これは心外な!!元はと言えば…!!」

 クラウドとシュリの潜んでいる部屋の前を、デルとディモンが言い合いながら歩き去って行く。
 まさに間一髪だった。
 それにしても、自分とティファが相変わらず見張られていたと言う事実に、クラウドは鳥肌が立った。
 それに……『婚約者』とは……?

 いくつか気になる事を言っていたが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
 無言のまま自分から離れ、外の様子を窺うシュリに、視線を移す。
 どうやら、罠にかけるつもりはないようだ。
 なら、何故彼はここにいるのだろう…?

 そう言えば、『手伝って欲しい』と言っていたが……。


「もう良いだろう…行こう」
 促されてクラウドはシュリの後を付いて行った。



 それにしても広い。
 本当にここが、ラミアの敷地内なのか!?と、疑ってしまうほどの距離を、二人は歩いていた。
 重厚な扉から歩く事既に十分以上だ。
 シュリは無言で足早に歩いていたが、その理由をクラウドは薄々感じ取っていた。
 早く目的を達成しないと、クラウドが逃げ出したことに屋敷の人間が気付くからだ。
 そうなると、シュリ自身にも疑いがかかる。
 何故なら、招集がかかったとしても、すぐにはせ参じることが不可能だからだ。

「さっきから聞きたかった事があるんだが…良いか?」
 そっと声を押し殺して前を歩く青年に声をかける。
 チラリと振り向く事だけで肯定した青年に、クラウドは口を開いた。
「何で、警報装置とかが作動しないんだ?そこかしこに監視カメラらしきものが俺にも見えるんだが…」

 クラウドの言う通り、廊下のいたるところには監視カメラが設置されている。
 おそらく偽者ではなく本物の監視カメラだろう…。
 それなのに、明らかに不法侵入者である自分達を映し出しても、監視カメラが警報を察知しないのだ。

 監視カメラは他の部屋でモニターとして管理されているのであろうが、それにしても、ここまで何のトラブルもなく侵入出来た事が不思議で仕方ない。
 すると、シュリは「ああ、それね」と、実に興味なさそうな声を出した。
「デルは『ざる』なんだよ」
「『ざる』?」
 シュリの言葉の意味が分からず、首を捻る。
 青年は歩く速度を落とす事なく肩を竦めた。
「あいつ、自分では天才だって思い込んでるんだけど、実際あいつのプログラムって穴だらけなんだ。その穴にちょっと細工をしたら、あっという間にあいつのプログラムは俺のプログラムになる」
「………そうなのか…?」
「ああ」
 何とも凄い話を淡々と語る青年に、クラウドは舌を巻いた。
 腕っ節だけでなく、科学の知識も相当なものらしい。

「それで、今まで監視カメラが俺達を見ても作動しなかったのか…」

 感心したように呟くクラウドに、シュリは「そう言う事だ。まぁ、メインコンピューターのハッキングは遠隔操作よりも直接操作した方が確実だからな。だから、今日決行する事にした」と、これまた淡々と説明する。

 その言葉に、クラウドが更に疑問をぶつけようとした時、青年は足を止めた。
 目の前には再び扉が立ち塞がっている。
 その扉の横にも先程入って来たおりにあった暗証番号を入力する機械が設置されていた。
 シュリは、その作業も難なくこなして、当然のような顔をしてその扉を開けてしまった。


 その扉の中は、もう廊下はなかった。
 だだっ広い部屋の中央に、メインコンピューターと思しき巨大な機械がその存在を主張していた。
 そして、そのメインコンピューターの上方からは、いくつも細い管のような物が延びており、それらの一本一本が例のカプセルに繋がっているらしかった。
 当然、その部屋は無人ではなかった。
 デル直属の部下である科学者達がデータの集計を取ったり、メインコンピューターに異常がないかのチェックを行ったり、あるいは、カプセル内での『人間もどき』に何らかの変化がないかを観察したりと、実に忙しそうに働いている。
 クラウドとシュリが入って来た事に、科学者達は無反応だった。
 自分達の仕事だけで頭がいっぱいなのだろう…。

 自分の目の前を慌ただしく働いている科学者達を見て、クラウドはぞっとした。
 どの顔も、正常とは言い難い表情を浮かべている。

 取り憑かれたようにデータの集計を収めている痩せた男、メインコンピューターを愛しそうに丹念にチェックする目の下にクマの出来た小太りの男、そして、カプセルを前にいやらしい笑みを浮かべて眺め回している男…。
 どれもこれも、正常な人間とは思えない。
 自分達のしている事が間違っているとは微塵も感じていない輩なのだと、直感で感じ取る。

 シュリは、そんな科学者たちには目もくれず、メインコンピューターに向けて歩きだした。
 クラウドもそれに続く。

 メインコンピューターを愛しそうに丹念にチェックしていた小太りの男が、クラウド達に最初に気付いた人間となったが、それでも彼にとってはあまり関心がなかったようだ。
 すぐに視線を自分の手元に戻す。
 小太りの男が自分達を見た時、クラウドは咄嗟に身構えたが、すぐに男の興味がなくなってしまった為に、肩透かしを喰らった気分だった。
 もっとこう……何かリアクションがあっても良いのではないだろうか……?

「無駄だ。こいつらの頭にあるのは、科学の進歩=自分達の自己満足の達成しかないんだから」
 メインコンピューターに辿り着いたシュリが、クラウドの心を読み取ったかのように淡々と言う。
「……そうみたいだな」
 何とも釈然としたに気持ちを抱えて、クラウドが答えた。
「ま、でも、俺が今からする事には無関心ではいられないだろうからな。だから、俺の作業が済むまでボディーガードよろしく」
 ポンッ…と軽く肩を叩かれて、クラウドは目を丸くした。
 そんなクラウドに、シュリは胸ポケットからある物を取り出して見せた。
 それを見て、クラウドは大声を上げそうになって慌てて口に手を当てる。
 それは、紛れもなく夕方にケット・シーから受け取ったはずのディスク。

 やはり、シュリが持っていたのだ。

 そのお陰で助かったのだが、それにしても……。
「お前……いつの間に……」
 呆れたような顔をするクラウドに、シュリは「アンタの肩に肘を置いて話をした時」とこれまた簡単に答えてくれた。
 クラウドは、笑うべきなのか怒るべきなのか……どうするべきか困ってしまい、結局、眉を顰めるに止まった。

「じゃ、始めるから周りが騒ぎ出したらよろしく」

 シュリはそう言うと、目の前にあるメインコンピューターのカードの挿入口からディスクを挿入し、次いで画面上に現れた文字の羅列を見ると、信じられない速さでキーボードを叩き始めた。
 その指の動きの滑らかな事といったら…!!
 まるで、プロのピアニストがピアノを演奏している様だ。

 クラウドは、シュリの指の動きに呆気にとられていたが、それも一瞬。
 バッと振り向くと、青い顔をしてシュリの奇行を止めようとする科学者を蹴り飛ばした。
 派手な音を立てて科学者が部屋の隅に置いてあった機材の上に落下する。
 その騒ぎで、自分の世界に浸っていた科学者達が、漸く現実世界に戻って来た。
 そして、メインコンピューターに接触しているシュリと、シュリを守るクラウドの存在に真っ青になり、大慌てでクラウド達に駆け寄る。

 クラウドは、ある程度の力加減をするだけで、容赦しなかった。
 こんな、命を冒涜するような……そして、人を人とも思わない行為を自分達の野望達成の為の道具にして悦に入るような輩を、許す事など出来ない。
 次々、クラウドの前に科学者達が悶絶しながら床に倒れる。
 大勢いた科学者達が、残り数名となった時、そのうちの一人が漸く思い出したのかドアの横に設置されている警報装置に手を伸ばした。
 それに気付いたクラウドが、それを阻止する為に猛然と突っ込んでいく。
 しかし、それを床に倒れていた科学者の一人がクラウドの足を死に物狂いで掴むことによってクラウドを止めてしまい、その間に警報装置は押されてしまった…。


 ……………。
 ………………。

 何も起きない。
 警報装置を押した科学者は、青白い顔を一層青くさせながら、再度警報装置を押した。

 やはり何事も起きない。

 クラウドは、足に科学者をくっ付けたままシュリを見た。
 恐らく、この屋敷のセキュリティーシステムは、既にシュリの手中にあるのだろう…。
 何と言う青年か・
 確か、最初に会った時に『この屋敷に雇われてまだ一ヶ月』と言っていなかっただろうか…?
 それなのに、その短期間でここまで掌握してしまうとは…!

 クラウドは未だに自分の足にしがみついている科学者を、足を一振りすることで引き剥がすと、シュリの元へ戻った。

「終わりそうか?」
「ああ…あと少しだな」
「そのディスク……リーブは差し込んだだけで良いって言ってたぞ?」
「……そんなわけないじゃないか…。相変わらずだなぁ…統括は…」
 溜め息を吐きながら、手を全く休める事無く、必要なコードを入力しているシュリに、クラウドは確信した。
「お前、WROを抜けただなんて嘘だな?」
 クラウドの言葉に、シュリは片眉を上げるだけの仕草で肯定して見せた。


 なるほど……それでね……。


 これまでのシュリの行動が漸く理解出来た。
 何故、自分に不利な状況になったら、都合よく話をフォローしてくれるのか…とか、気にしていないような不利を装いつつ、自分を気遣ってくれた事とか…。


 参ったなぁ…。これじゃ、借りがいくつあるか分かりゃしない…。


 苦笑交じりにクラウドが内心でこぼした時、シュリが漸くその手を止めた。
 そして、コンピューターからディスクを取り出す。
「これで、完了だ」
 そう言うと、今度は無数のカプセルが設置されている部屋へと足を向ける。
 メインコンピューターのハッキングだけでいいと思っていたクラウドは、シュリの行動に戸惑いながらも、その後を付いて行った。



 その部屋にあるのは…。
 まさにこの世の地獄だった…。




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