Mission18「何だ…これは…」 目の前に広がる光景に、背筋が凍る。 クラウドは呆然とそれらを見つめた。 クラウドとシュリの目の前には、星痕症候群で亡くなった人間の身体がカプセルの中でフワフワと小さく上下に浮遊している。 その様は、ガラス張りの窓から見て知ってはいたが、直に見ると『それら』が『生きている』事が分かった。 いや、『生きている』と言って良いのだろうか!? 半開きになった瞳は虚ろにクラウドとシュリを見下ろし、黒く残った痣を持つ腕が、浮遊の為ではない動きをしている。 まるで……死の国から二人を『死』に招いているようだ。 おぞましいとしか言いようの無いその光景に、クラウドは声を失った。 「これがディモンのプロジェクト。中の液体はライフストリームだ」 「なに!?」 「ライフストリームはまだまだ未知の分野だが、それでも『精神の集合したもの』だという事は分かってる。死体をその所謂(いわゆる)精神世界にどっぷり浸けると……」 「……浸けると…なんだ…?」 聞きたくないのに質問してしまう。 シュリは冷めた表情のままクラウドを見た。 「こうなる」 淡々とカプセルを指差し、顔を戻した。 「所詮、身体とは魂の『入れ物』だ。『器(うつわ)』なんだよ。その空っぽの『器』を精神が詰まった液体に浸け込んでちょっとした刺激を与えると、身体は再び『魂』を宿す」 クラウドは完全に頭が混乱した。 確かに、ライフストリームは人々の精神の集合したものだった。 ライフストリームに落ちた時、様々な思いが自分達の頭の中に入り込んで来たのを、今でも思い出すことが出来る。 しかし、だからと言って『ただの死体をライフストリームに浸け込むだけ』で生き返ったり出来るはずが無い。 もしも、そんな事が可能なら、もう大昔からその手法が使われ、愛しい者を失った人々が失った命を甦らせていたはずではないか!? クラウドの心を読んだかのように、シュリは言葉を続けた。 「確かに身体をライフストリームに浸け込むだけではダメだ。言っただろ、刺激が必要なんだって。それに、魂が失われた『器』に再び『魂』が宿ったとしても、果たしてそれが『器』本来が宿していた『魂』とは限らない」 「…意味が分からん」 「要するに、別の人間の『魂』が入り込む可能性が高いってことだ。精神…魂の集まったライフストリームは、それだけで莫大なエネルギーを持つ。かつて、神羅がライフストリーム…、魔晄エネルギーを使って世界を制覇していたように、様々な分野でもこのライフストリームという奴は謎だらけなんだ。考えても見ろ、人も動物も植物も死んだらライフストリームに還るんだ。その沢山の命の中で、どれが本来の宿していた『魂』なのか…どうやって判別するんだ?」 シュリの言葉に、クラウドは漸く理解した。 確かに、あの無数の精神が混在するライフストリームから、本来の『身体』に戻ってこれる可能性など、ゼロに近い。 しかし、ディモンは資産家達を騙して『死者を生き返らせる』と約束し、彼らの家族をこのカプセルに浸けこんで己の道具にしようとしているのだ。 「だが…仮に『器』に『魂』が戻ったとしても…、家族には本物ではないとバレるじゃないか」 ようやっとの思いでクラウドは己の考えを口にした。 甦らせたい…。 例え世の理(ことわり)に反する行為であったとしても、どうしても失いたくない。 その強い想いを抱いているからこそ、ディモンのプロジェクトに身を委ねてしまった資産家達が、この『まがいもの』が失われた家族だと受入れられるとは考えられない。 シュリは相変わらず冷めた表情のまま、歩き出した。 それにクラウドも続く。 シュリは、歩きながら口を開いた。 「確かに…アンタの言う通りだと思うさ、『このまま』じゃな」 「『このまま』ってことは……これ以上何かするつもりなのか!?」 ギョッとするクラウドに、シュリは相変わらず淡々とした動作で頷いた。 「ああ。言っただろ?ディモンの目的はあくまで『主人の意志に忠実な人形を創り出す』ことだってね」 「…………」 「この液体に付け込んでいる間に、脳にある刺激を与え続けてるんだ」 「脳に刺激?」 「そう。『ディモンに忠実に動けるように』ってね。脳が『器』の司令塔だからな。脳を支配してしまえば、その人間を支配した事になるだろ?」 「………確かに…」 「それに、『ディモンに忠実に動く』っていう事は、ディモンがその出来上がった人形に『あの家族の失った人の振りをしろ』という命令にも『忠実に』従うことにも繋がる」 「…だが、そんな簡単に…」 「ああ。簡単にその家族を騙せるだけの演技を要求しても無理だろうな。だが、そこは口の上手い奴のことだから、色々言い訳考えてるだろう。『暫く身体が死んでいた時間が長かった為、脳が完全には再生しなかった』とか何とか言うんじゃないか?」 ま、それだけでも家族にとったら充分なんだろうな。何しろ、死んだ最愛の家族が温かくなって戻って来たんだから、多少のことには眼を瞑るだろう。 シュリの言う通りだとクラウドは思った…。 もし…。 もしも、彼女とアイツを『本当に』甦らせる事が出来るのなら…。 自分はどうする? ティファは……どうする? 仲間達は……反対するだろうか…? 命の理(ことわり)に反する行為だとしても…、それでも仲間達はエアリスを…ザックスを甦らせる事に反対するだろうか…? だが、その可能性が限りなくゼロに近いと知った今、クラウドはこのプロジェクトを潰す事に迷いは無かった。 正直…、その事実を知る事が出来て助かったと言える。 でないと、本当にディモンやラミアと同じ道へ足を踏み入れていただろうから…。 黙り込んだ二人は、そのまま暫くカプセルの並んだ部屋を無言で歩いていた。 カプセル内の『人間だったもの』は、ある者は力なくカプセルのガラスを引っかき、ある者はパクパクと口を動かしてまるで何か話しているようだ…。 クラウドは、カプセルから顔を背けるようにしてシュリの半歩後を歩いて行った。 そうして歩く事約五分。シュリが再び足を止めた。 目の前に更に扉が立ち塞がっている。 ただ、その扉はこれまで威圧的に存在していた扉とは違っていた。 どこか……大切なものを大切に保管している…そんな装飾の施された綺麗な扉。 そして、その扉の横の壁にもセキュリティーロックのコンピューターが設置されていた。 シュリは躊躇いなくそのキーボードを数回押すと、これまで同様、その扉は役目を放棄して二人の前に口を開いた。 中は、うっすらと青白い光で包まれており、神聖な雰囲気すら漂っている。 どうも、このプロジェクトには場違いな印象を受けざるを得ない。 シュリは黙ったままその部屋の中に入って行き、クラウドもそれに従った。 何にはそれまで目にしていたのと同じカプセルが二台設置されていた。 その中に漂う人間に…クラウドは目を見開いた。 「こっちがラミアの恋人で婚約者だった男。その隣が、シアスの弟」 声も無く食い入るようにカプセルを見上げるクラウドの耳に、シュリの声が響く。 まるで、鏡の中の自分を見ているようだ。 そして、『彼』の双子を見ているようだ。 カプセルの中には…。 クラウドに良く似た青年と…。 シュリに瓜二つな青年が…。 穏やかな顔で眠っているようにカプセルの中でユラユラと揺れていた。 「これが……理由か……」 ラミアが言っていた言葉の意味を漸く半分理解した。 『ジェノバ戦役の英雄だから惹かれたのではない』 彼女が自分に惹かれたのは、この目の前で穏やかに眠る彼女の婚約者の面影をクラウドと重ねていた為だろう。 しかし…。 『私は、この世界を愛している。一刻でも早く、安定して、皆が平和に暮らせるようになって欲しい…そう願っている。その為に、クラウドの力が必要なのだ』 この言葉の意味が分からない。 黙って目の前の自分と似た青年を見つめているシュリに、クラウドがこの疑問を質問しようとしたその時、二人は急に『何か』の気配を感じ取り、瞬時に左右へ飛びのいた。 間一髪で、それまで自分達がいた所を、弾丸が飛んでいく。 二人に当たるはずだった弾丸は、その本来の目標物に当たらなかった為そのまま空を突っ切り、カプセルに被弾した。 カプセルに幾つもの弾丸が打ち込まれ、ひびが入る。 ひびからカプセル内の液体が勢い良く放出され、その為にひび自体がカプセル全体に広がるのに時間はかからなかった。 「し、しまった!!何てことだ!!」 「じょ、冗談じゃないぞ、こんな事がバレたら…!!」 「い、今すぐ別のカプセルを用意しろ、早くお二人をそちらに移せば…」 入り口で青い顔をしている二人の科学者が、銃を両手で握り締め、目の前の惨状にパニックになっている。 クラウドとシュリは、瞬時に科学者の目の前へ飛び出すと、その手に持っていた銃を奪い取り、腕を捻り上げて床に押し倒した。 元々、一般人以下の力しかない二人は、たやすく二人に押さえ込まれ、聞き苦しい苦痛の呻き声を上げる。 しかし、それでも目の前でビシビシと音を立てて今にも壊れそうになっているカプセルに、二人は、 「ああ…なんて事だ!!頼む、あの方々をお助けせねば!!」 「この事がディモン様とラミア様にバレたら……我らは終わりだ!!」 半狂乱になって、カプセルの中の二人を助けるよう懇願した。 クラウドは、科学者を押さえつけながら困惑していた。 自分に似た青年が完全に『死』を迎えようとしている。 カプセルの中の液体は、既に半分以上なくなっており、青年の身体もカプセルの底の方で倒れこむ形になっていた。 何より、カプセル自体からは何やら煙らしきものが上がっている。 このまま何もしなければ、本当に……。 クラウドは思わず隣で同じ様に科学者を押さえ込み、何やらその科学者の懐をあさっているシュリを見た。 シュリは、自分に似た青年が『死』を迎えようとしている事に対して、全く無関心のようだった。 彼がカプセルに対して無関心を決め込んでいるのではなく、本当に興味が無いのだとクラウドには分かった。 バリン! クラウドがシュリへと視線を移した直後、何かが割れる音と科学者達が悲鳴を上げる声が同時に耳を打つ。 カプセルが、とうとう大破したのだ。 中にいた青年達は、カプセルの外に投げ出されることなく、カプセルの底に蹲るようにして倒れていた。 クラウドは迷った。 このまま、何も見なかった事にしてこの場を去るか…。 それとも、せめて『遺体』だけでもラミアとシアスに届けるべきか…。 「行くぞ。じきにこいつらのお仲間がやって来る」 迷っているクラウドに、シュリは淡々とそう言うなり、さっさとその場から立ち去ろうと踵を返した。 「ちょ、ちょっと待て!」 クラウドがシュリを引き止めたのは、無意識だった。 怪訝な顔をして振り向く青年に、クラウドは次の言葉が見つからない。 クラウドの心の迷いを感じ取ったのだろう。 シュリはつかつかとクラウドに近付くと、クラウドの手首を取り、強引に引っ張って歩き出した。 二人の背後で、科学者達が悲痛な声を上げながら、カプセルの底に横たわっている青年達を助けようとしている物音がする。 「あの二人は既に死んでる。それも随分昔にだ。だから、ああなってむしろ良かったんだ」 「…………」 「アンタが言いたい事は分かるつもりだ。せめて身体だけでもラミアとシアスに返してやりたい…そう思ったんだろ?」 「…………」 「でも、俺達にはそんな余裕は無いんだ。急いで最後の締めをしないといけないからな」 「…『最後の締め』?」 漸く口を利いたクラウドをシュリは離し、歩調を緩めずチラリとクラウドを見やった。 「ああ。この施設を潰す。二度とこんなばかげた事が出来ないように、跡形も無く…な」 不遜に言い放った青年に、クラウドは目を見開いた。 簡単に『潰す』と言ったが、これだけの広い施設を跡形も無く消し去る為には、一体どれほどの爆薬が必要な事か。 それに、そもそもシュリがそんな爆薬を持っているようには見えない。 クラウドが眉を寄せて考え込んでいる内に、二人はメインコンピューターの所まで戻っていた。 シュリは、胸ポケットから先程ハッキングした物とは別のディスクを取り出し、挿入口に差し込んだ。 ブン…と言う、コンピューターが立ち上がる音がして、クラウドには判読出来ない文字の羅列が画面に現れる。 それらがめまぐるしく画面に次々現れ、そしてピタリと止まった。 その一連のコンピューターの作動が終了すると、今度はシュリの指がキーボードを走り出す。 これまた、何を打ち込んでいるのか全く分からない。 クラウドは、ハッキングした時同様、シュリを背後に庇うようにして部屋の中をグルリと見渡し警戒した。 部屋の床には、先程伸した科学者達がまだ同じ格好で伸びている。 『あんまり加減しなかったからな…』 クラウドは苦笑いを口許に浮かべながら、その狂人達を眺めた。 その時、視界の端に何かがチラリと掠め、バッとそちらを振り向く。 部屋の中からも見えるガラス張りの窓の向こう。 つまり、部屋の外の廊下を、凄まじい形相で駆けて来る人間がいる。 「シュリ…どうやらご主人様達のご到着だ」 クラウドの言葉が終わると同時に、部屋の扉が開かれた。 怒りで真っ赤なディモンと蒼白なラミア、そしてどこまでもポーカーフェイスのシアスがボディーガード候補達をゾロゾロ引き連れて現れた。 |