Mission3




「では…引き受けて下さるのね?」
 喜色を全身で表す目の前の女性に、クラウドは無表情に一つ頷いた。
 彼女は、クラウドの無表情ぶりに顰め面をするどころか、逆に益々好感を持ったようだ。
 嬉しそうな顔をしながら、テーブルを挟んで向かい合って座っているクラウドへ近寄ると、硬く握り締められた彼の手をそっと握り締めた。
 自分の手を重ねた瞬間、ピクリと頬を振るわせたクラウドに、彼女は嫣然と微笑んだ。
「そんなに緊張しなくても良いんですよ…、これからどうぞよろしくお願いしますね」
 蕩ける(とろける)ようなその笑みと声音に、周りを固めていた強面のボディーガード達がうっとりとした眼差しを向けている。
 そして、一向に表情を変えないクラウドに、敵意の眼差しを突き刺す。
『ここにいる奴ら…もしかして全員この女の愛人候補か…?』
 怖気(おぞけ)を全身に走らせながら、クラウドはかろうじて己を保っていた。
 何しろ、まだ彼女のテリトリーに入ったばかりだ。
 盗まれた宝石を取り戻す為には、彼女のテリトリーの最深部まで到達しなくてはならない。
 今はまだまだ玄関の呼び鈴を鳴らし、玄関先で話をしている様なものなのだから…。

『やっぱり…止めとけば良かったかもしれない…』

 早くも弱音を吐きそうになり、クラウドはグッと背筋を伸ばした。
 こんな事でどうするか。
 自分を信じてくれている家族の為にも……頑張らねば!!

「…ラウドさん、クラウドさん…?」
「え…あ、す、すみません」
「大丈夫ですか…?何だかボーっとされてましたけど…もしかして緊張されてます?」
 いつの間にか自分の世界に入っていたらしい…。
 クラウドは慌てて頭を下げた。
 ボディーガード達がイヤらしい笑みを浮かべて眺めているのが目に入るが、それには完全に無視を決め込む。
 彼女は、クラウドがボディーガード達に対してどこまでも冷静な態度を取れる姿を見て満足そうな顔をした。
「では、これから屋敷の方を案内します」
 そう言って、自らクラウドの手を引いて案内しようとする女主人を、他の者達が黙って見ているはずはない。
「ラミア様、恐れながらもうお時間も迫っております。そろそろご準備されては如何かと…」
「それに、その新参者の案内はメイドにでもさせれば事足ります」
 口々にそう言って嫉妬心を露わにする男達に、ラミアが口を開こうとした。
 その時。

 荒々しく扉の開けられる音が廊下の向こうから響いてきた。
 次いで、誰かの足音がクラウド達のいる部屋へと向かって来る。
 男達の表情が一変、引き締まったものになる。
 クラウドは、噂の資産家の愛人が来たのかと思い、グッと気を引き締めた。
 しかし、勢い良く開けられた扉から現れたのは、まだ若い男性。
 クラウドよりも一・二歳若いと思われる彼の出現に、クラウドは内心で拍子抜けした。
 クラウドを蔑みの目でしか見ていなかった男達が、扉の開いた音と足音だけで緊張したのだ。
 かなりの大物が来たと思ったのだが…まさかこんな青年が現れるとは…。
「あら、シュリ。おかえりなさい、早かったのね」
 おっとりとした口調で、ラミアが微笑みかける。
 しかし、青年はその彼女を無視すると、クラウドの目の前までつかつかと歩み寄った。
 そして、いかにも胡散臭そうな顔でクラウドの頭から足先までを眺め回す。
 流石にそれにはクラウドも眉間にシワを寄せた。
 すると青年…シュリは突然腰に下げていた剣を引き抜くと、そのまま隼のようにクラウドに切りかかった。
 一瞬の出来事。
 クラウドでなければ、頭と首が離れていたところだ。
 クラウドは紙一重でその攻撃から身をかわすと、そのままの勢いで後方宙返りでシュリと間合いを取り、背に下げていた大剣の柄に手をかけた。
 一瞬にして張り詰めた空気に、ラミアは勿論、他のボディーガード達も真っ青になり、言葉も出ない。

 クラウドは、柄に手をかけたままジッとシュリを見据えた。
 シュリの真意がどこにあるのか分からない以上、バスターソードを抜くべきではないと判断したからだ。

『もしかして……もうバレたのか…!?』

 内心、かなり焦ったのだが、だからと言って隙を作ることはない。
 相手の突き刺すような視線を真っ向から受けて立つ。
 すると、シュリは切りかかった時と同じ様に、突然手にしていた剣を腰の鞘に収めてしまった。
 唖然とするラミアとボディーガード達の目の前で、シュリは漆黒の瞳に宿る眼光を弱める事はなかったが、とりあえずはクラウドに対する攻撃は止めたようだ。
「シュ、シュリ!一体何をするの!!」
 我に返ったラミアが、声を震わせながらも叱咤する。
 すると、シュリは冷めた表情のまま、チラリと女主人を見やると口を開いた。
「何をする?それはこちらの台詞だな。どうしてジェノバ戦役の英雄がここにいる?」
 シュリの言葉に、ラミアはグッと言葉に詰まったがそれも一瞬だった。
 すぐにいつもの余裕を取り戻すと苦笑を口許に湛える。
「彼は…私の事を…その……」
 最後まで聞かなくとも、その口調、その表情から、彼女が何を言わんとしているかがどんなに鈍い人間でも分かるだろう。
 シュリは、少々癖のある漆黒の髪に長い指を絡ませると、クシャクシャに掻き回した。
「あんた…それ本当に信じてるのか…?」
 心底呆れ返ったその口調に、流石の女主人も眉根を寄せて不快感を表す。
「おい、雇われ人のクセに口が過ぎるぞ!」
「大体、お前だってたった一ヶ月前に雇われた新参者じゃないか、偉そうな口を利くんじゃない!!」
「それに、大体自分のご主人様を呼び捨てにするとは、言語道断だ!!」
 不遜な態度を取る青年に、他のボディーガード達が一斉に怒りを表した。

『へぇ、こいつも雇われ人…って事は、これだけの腕だ…。この男もボディーガード…か…』

 クラウドは改めてシュリという青年を見た。
 身長は、クラウドとほぼ同じ位。
 痩身でスラッとした体つきだが、先程の剣技がかなりのものだった事から、相当鍛え上げられている事は間違いない。
 そして、黒水晶の様な瞳は全てを冷静に見抜く知的で抜け目なさを感じさせる。
 人の見てくれには疎いクラウドから見ても、彼の容姿はかなり良いのではないだろうか…。
 端整でどこか幼さを持ち合わせたその彼の顔立ちは、街を歩けば女性が振り返る事は間違いないと思われる。
 更に、このシュリという青年はどこか人間らしさを感じさせない何かを醸し出していた。
 それは、長年神羅兵として身を置いていたクラウドが慣れ親しんだ感覚…。
 戦士としての…ある種の感情の欠落…。
 人間らしさを残していては、生きていけない…そんな環境に身を置いていた者が持っている飢えた野生的な感性を、この青年は持っている…そんな感じがした。

「あのな…呼び捨てにして良いって言ったのはそのご主人様なんだ。何なら、今からでも傅いて(かしずいて)『ご主人様』って呼んでも良いんだぜ、俺は」
 バカにしたように先輩達を見やると、本当にラミアの目の前で肩膝をついて頭を垂れて見せる。
 その姿が、まるで姫君に忠誠を誓う騎士のようで、それはそれは絵になる光景だった。
 一瞬、ボディーガード達がその光景にあんぐりと口を開けて見ほれる。
 ラミアは苦笑すると、「もう、やめて頂戴。シュリには今まで通り呼び捨て、砕けた口調で接して欲しいわ」と言いながら、跪いている(ひざまずいている)シュリを立たせる。
 シュリはあっさりと立ち上がると、苦虫を噛み潰したような先輩達には目もくれず、真っ直ぐにクラウドへ視線を突き刺した。
「それで話を戻すけど、アンタ、何でここにいるんだ?本当にラミアの言う通り、ラミアに惚れたのか?それに確か、アンタはティファって人と一緒に住んでたよな。別れたのか?」

 突然の鋭い突っ込みに、咄嗟に返事が出来ない。
 何を言ってもボロが出るような気がする…。
 本当は、ちゃんとティファとは打ち合わせをしていたのだ。
 この質問は必ずいつかされるはずだから、その時には、

『まだきちんと別れ話しを切り出してはいない。自分自身、正直今の気持ちに戸惑っている。その気持ちを確かめる為、暫くティファとは距離を置いて、その間にラミアとの事を真剣に考えてみる…』

 などなど、もっともらしい事を答えるように…と。

 しかし…。
 こんなにも聡明な人間が現れるとは予想していなかった。

 …………。
 ……………。
 …………まずい。
 バレるかも知れない…!!

 背中をイヤな汗が伝う。
 異様に時間が長く感じられる。
 しかし、ここで何も言わないのは逆にまずい気がする…!!

「…その…俺は……」
「クラウドさん…アンタ、本当はティファさんと別れてないんだろ?」

 ギックーーン!!!!

 な、何て鋭い奴だ…!!
 こいつはもしかして……読心術が使えるんじゃないのか!?
 いや、もしかしたら自分ではポーカーフェイスだと思っていたが、実際は顔に出やすい人間だったのかも…!!

 焦りとパニックで更に言葉を無くしたクラウドを、他のボディーガード達が疑いの眼差しを向けてくる。
 このままでは、ボディーガードになってテリトリーの最深部に近づく事はおろか、玄関先でピシャリとドアを閉められてしまう。
 いや、このままいっそ……強盗にでもなってしまうか…!?!?
 いやいや、そんな事したら何の為に、昨夜と今朝、ティファと子供達に話をして己の決意を固めたのか分からない…。
 それに、大っぴらに強盗などしてみろ。
 自分だけでなく、家族にまで累が及んで大変な事になるではないか!!

 考えろ…。
 考えろ、クラウド!!

「ハァ〜…」
 必死に打開策を練っているクラウドの耳に、心の底から呆れ返った深い溜め息が聞えた。
 溜め息を吐いたのは、クラウドを追い詰めた張本人。
 シュリは、心底情けなさそうな顔をしながら、肩を竦めた。
「アンタさ…どこまでお子様なわけ?」
「え……?」
「大方、ラミアとティファさんのどっちが本当に好きなのか分かんないんだろ…。だから、ティファさんと別れることも出来ないし、ラミアの傍にいることを望んでしまう…。煮え切らない上に、欲張りで我がまま…、まさしくお子様じゃないか」

 何とも酷い言われようだが、自分とティファが考えていた台詞をこの青年が口にしてくれた事は、窮地に立たされていたクラウドにとっては天の救いだった。
 その証拠に、疑いの目で見ていた他のボディーガード達が納得したような表情になる。
 ラミアは、と言うと、少し寂しそうな顔をしていたが、それでもクラウドと視線が合うと笑みを浮かべた。
「良いんです…それでも。クラウドさんの心の中に私がいる事が分かったから…。それに…、ティファさんとの事も真剣に考えた上で、それでも私の事、忘れる事が出来ないって事なんですよね?それって…それって本当に、本当に嬉しいです」
 ニッコリと微笑む彼女を前にして、クラウドは黙り込むしかなかった…。
 これ以上、この話題に触れて欲しくなかったし、何か口にしたら折角良い雰囲気で潜り込めそうだというのに、あっという間に水泡に帰してしまう気がする…。

「ま、ラミアがそれで良いって言うなら俺は何も言わないさ。ただ…」
 何かを言いたそうに言葉を切った青年に、女主人はコックリと頷いた。
「大丈夫よ…、シュリは心配し過ぎです。彼にはバレても大丈夫。だって、私のボディーガードにジェノバ戦役の英雄が就いてくれたって知ったら、きっととても喜ぶわ」
「なら良いけど…。あの男、結構嫉妬深いからな。気をつけないと不味い事になるぞ」
「ええ…ありがとう…。でも……」
 言葉を切って床を見つめる彼女の目には、それまでとは打って変わって何かを決意する力強い意思の光が宿っていた。
 その姿に、クラウドは意外に思った。
 沢山のボディーガードに守られているだけの女…、そして、獲物が隙を見せたら盗みを働く性悪の女…。
 そう思っていたのだが…。
 どうやらクラウドの持っている情報は、本当の彼女のほんの一部分に過ぎないのかもしれない…。
 いや、そもそも、クラウドの持っている情報の彼女が、本当の彼女ではないのかも……。
 そんな事を考えていたクラウドは、シュリの次の言葉に一瞬にして現実に引き戻された。

「ところで…アンタ…クラウドさんは、一体どこでラミアと会ったんだ?」
「え……!?」
「………何でそんなにびっくりしてるんだよ…」

 これはまずい…。
 どこでラミアと出会ったのか…という質問をされる事までは考えていなかった…。

 冷や汗がドッと吹き出る。
 心臓があり得ない速さで脈を打つ。

「そ、それは…」
「それは?」
「エッジの『フローラ』という被服店の前で…」

『フローラ』とは、問題の金持ちの青年が買い物をするはずだった高級被服店の名前だ。
 彼は、その店の前でラミアとすれ違い、フラフラ彼女の後を追ったが為に暴漢に襲われそうになった彼女を助け(正確には一発ノックアウトだったのだが、ノックアウトされた時にこぼれ落ちた手帳で彼の身元が判明し、彼の身分を知った暴漢達が恐れをなして彼女と彼をそのまま放置してくれた)、意識を取り戻した彼は、彼女を自分の屋敷に連れて帰るという愚行に走り、結果、『スタールビー』という家宝を盗まれてしまったのだった…。
 全ての元凶であるその店の名前を口にした時、一瞬ラミアが驚いた顔をした。

『もしかして…アイツ(金持ちの青年)と出会った時しか、あの店の前を通りかかった事…なかったのか…!?』

 またしても窮地に立たされた…!!

 そうクラウドが焦りに焦っていると、ラミアがガシッとクラウドの手を握り締めた。
「本当に…本当にそうなんですか!?私、私もそうなんです!!」
「え!?」
 彼女の言葉が理解出来ず、目を丸くする。
 ラミアは感極まったようで、涙すらその美しい瞳に浮かべ、夢見るように微笑んだ。
「私もあの店の前を通りかかった時、丁度向かいの通りに配達の荷物を届けていたクラウドさんを初めてお見掛けしたんです。その時、配達し終えてクラウドさんが大きなバイクに跨る一瞬、私の方へ顔を向けられて…。私、その時貴方に一目惚れを…。でも…でもまさか、クラウドさんまでそうだったなんて…!!」

 ラミアから語られた新事実に、クラウドは唖然とした。(勿論、そこはクラウドなのでその表情はほとんど変わらないのだが…。)

 シュリは、やれやれ…と言わんばかりに再び溜め息をこぼすと、
「分かった、俺の負け」
 そう言って両手を軽く上げて見せる。

 どうやら、クラウドはこの屋敷で一番の切れ者の疑いを晴らしたらしい…。
 シュリの言動により、他のボディーガード達も、渋々ながらそれに従うようだった。
 ラミアは未だに感極まった、夢見るような表情でうっとりとクラウドを見上げている。

「それじゃあ、屋敷の方を案内しなくては。あ、その前に…」
 ラミアは改めてクラウドに右手を差し出した。
「改めまして…。この屋敷の主、ラミア・パラスです。どうぞよろしくお願いします」
「クラウド・ストライフです。よろしくお願いします」


 こうして、クラウドはドキドキ・ヒヤヒヤしながらも、何とか彼女のテリトリーの玄関をくぐる事が出来たのだった。






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