Mission4




「…………」
 カツカツカツカツ…。
「「「…………」」」
 コツコツコツコツ…。

 現在屋敷の簡単な案内をメイドから受けているクラウドは、非常に居心地の悪い状況に身を置いていた。
 それは、自分を取り囲むようにしてゾロゾロとついて歩く屈強な男達の存在の故である。
 彼らは、クラウドがヒヤヒヤしながらも何とか近づく事に出来たターゲットのボディーガード……だと思っていた男達…。
 ところが、何とそうではなかったのだ。
 彼らは言わば、『ボディーガード候補』達だった。
 彼らは見た目は屈強で強面、いかにも『それ』と思わせる風貌を持ち合わせていたのだが、『彼』が言うには『主人の盾になるにはほど遠い実力しか持たない』面々なのだそうだ。

『彼』。

 クラウドが先程対峙したクラウドよりも一・二歳若いと思われる青年。
 見た目は、まだ幼さを残した美男子。
 華奢にすら見える痩身の体躯からは、信じられない程の力強くて鋭い攻撃を仕掛けてきた青年は、恐らく『ターゲット』のボディーガードの中でもトップクラスだろう。
 その青年は、『ターゲット』に雇われてから何と、まだ一ヶ月しか経っていないのだという。
 それなのに、もう既にこの屋敷の男達から一目置かれている存在となっていた。(尊敬や同志、そう言った温かな感情とは全く無縁の印象しかないようだったが…)

 その青年…シュリは、先程『ターゲット』…ラミアに伴われて「仕事」に出かけて行った。

 シュリを筆頭に、壮年の男が二人ボディーガードとして、更に秘書らしき女性が一人、ラミアと共に屋敷を後にした。
 ラミアは、いかにも高級そうな車に乗り込む時、潤んだ瞳でクラウドを見上げ、頬をほんのりと染めながら、
「メイド頭に屋敷の案内を申し付けています。案内が済んだら、貴方の部屋にご案内するように言ってますから、そこで私が帰って来るのを…待ってて下さい」
 周りのボディーガード候補達がうっとりとしているのに気付かないのか、気付いているのか…彼らを見向きもせず、クラウドのみを見つめてそう言うと、クラウドが何か言う前に恥ずかしそうにサッと車に乗り込んでしまった。

『ボディーガードと言う名目でここに来たのに……良いのか、そんな事を人前で言って……!?』

 クラウドの困惑を余所に、ラミアの話していたメイド頭が、無機質な声音で話しかけ、サッサと踵を返して屋敷の案内を始めてしまったのだった。


「こちらが書庫になっております。ラミア様は大変な読書家で、お仕事がない日は大抵、ここの書庫でお過ごしになられます」
 クラウドは、メイド頭の言った『書庫』を目の前に、唖然とした。
 書庫…と言うには言葉が適切ではないと思われる。
 まるで国立図書館のような膨大な本の数々に、カフェを思わせる洒落た内装。

『こんなご時勢に…あるところにはあるもんだな…』

 内心の皮肉など知らないメイド頭は、書庫に足を踏み入れると、ズンズン歩いて行く。
 クラウドは、その後をついて歩きながら、改めて部屋を見回した。
 高い天井はガラス張りになっており、自然光がふんだんに書庫へ降り注いでいる。
 白を基調とした内装は、この屋敷全体に共通しているようだ。
 外から見た屋敷も白を基調としていた…。

『白…ね。彼女…ラミアには確かに白が似合うが……』
 それでも、他家の家宝を平然と盗み出した女に白が似合うとは、何とも滑稽に思える。
 そこまで考えたクラウドは、突然、何かが頭の隅に引っかかるのを感じた。
 それが一体なんだったのか…?
 その答えに辿り着く前に、メイド頭の声でクラウドは現実に引き戻されてしまった。
「こちらが別館に続く扉になっております。こちらから先は、ラミア様が許可を降ろされた人しか入る事が出来ません。無理に入ろうとすると…」
「……すると?」
「黒焦げになります」
 メイド頭のサラッと口にした一言に、クラウドは固まった。

 黒焦げ……。

「…それは…入ろうとした人間が…って事か…?」
「さようです」
「…………」
 言葉をなくしたクラウドに、後ろをゾロゾロくっ付いて来たボディーガード候補達がニヤニヤ笑っている気配が伝わる。
「クラウドさんよ、アンタがいくらジェノバ戦役の英雄だからと言っても、雷並みの電流が流れたら焦げるしかないよな?」
「それとも、それくらいの電流じゃ、平気なのかい?」
 バカにしたような男達の言葉が耳に届くが、クラウドはそれを完全に無視した。
 それよりも気にしなくては…考えなくてはならない事が出来たからだ。
「この扉…別館に繋がっているって言ったな。どうして書庫の突き当たりに扉があるんだ?」
 クラウドのもっともな質問は、メイド頭の鉄面皮の前ではじかれる。
「ラミア様のお考えは、私には存じかねます」
「…………」
「それに、別館に何があるのかも…私には質問しないで下さい。答える事を禁じられておりますから」
「アンタが禁じられてるって事は、他の誰に聞いても無駄…って事だな」
「さようです。ラミア様ご本人にお聞きになられるかは…アナタ様のご判断にお任せします」
 淡々と口にする彼女の言葉からは、言外に『聞かないほうが身のためだぞ』という彼女の警告を感じたが、クラウドは時期を見計らって彼女に問いただす必要を感じた。
 もしかしたら…盗品がその別館に保管されているのかもしれないのだから…。

「では、この屋敷の一通りの案内はこれで終わりでございますが、最後にアナタ様のお部屋をご案内します」
 そう言うと、メイド頭はこれまたサッサと踵を返すと、書庫の入り口へ向けて歩き出してしまった。
 書庫には他に扉がない。
 一面、大きなガラス張りの窓が床から天上までを覆っているが、どうも窓は手動では開けられそうにない。
 窓からは、広い庭が見渡す事ができ、美しいバラ園が広がっている。

『この庭で、ティファやデンゼルやマリンとお茶をしたら…喜ぶだろうな…』

 早くも家に帰りたくなってきたクラウドは、愛しい家族の笑顔を思い浮かべながらその庭を横目に、書庫を後にした。


「こちらがアナタ様のお部屋でございます。隣は、シュリ様のお部屋、そして、その逆隣がシアス・アムド様のお部屋になります」
「…ボディーガードが個室なのか?」
「はい。候補の方々は四人一部屋になっておりますが、正式なボディーガードの方は個室でございます」
 クラウドは驚いた。
 普通、ボディーガードは数人一部屋に集められ、緊急時には一斉に召集されるものだと思っていたのだ。
 しかし、それは自分が神羅兵の経験からそう思っていただけのようだ…と、一人納得してみたものの、後ろから付きまとっている候補達が嫉妬と妬みの視線を突き刺してくる為、嬉しくとも何ともない。
 正直、彼らのつまらない自尊心故の嫉妬と、クラウドを品定めするような眼差しはもううんざりだったのに、個室が与えられた事によってその視線が強められる。

 クラウドは溜め息を吐いた。



 一方。
 クラウドが孤独な戦いを強いられている頃、セブンスヘブンでは違う戦いが繰り広げられていた。

 セブンスヘブンの女店主を巡り、醜く、正視出来ない男達の争奪戦が勃発してしまったのだ。
「ティファちゃん…クラウドさんが…また出て行ったって…本当かい?」
 常連客達の情報の速さに情報網の豊富さ…。
 正直、ティファと子供達はそれに驚きを禁じ得なかった。
 クラウドが出て行ったと装ったのは、つい今朝の事なのに、まだ準備中の店内には常連客が押しかけている。
 それも、一人や二人じゃない。
 五人、六人と時間が経つごとにその数を増やしているのだ。

『一体誰から聞いたのかしら…』

 以前、ストーカーをあぶりだす為に別れた振りをした事があった。
 しかし、その時はその偽装が周りの人間に浸透するのが、こんなに早くなかったはずだ。

『もしかして…ターゲットが何かしたのかしらね』

 そう考えながらも、ティファは困ったように…それでいて悲しそうな表情を作って見せる事を怠らない。
「そんな…誰から聞いたのかは知りませんけど、クラウドは出てってなんかいませんから…」
 憂い顔のティファを守るように、子供達が客達の前に立ち塞がる。
「まだお店開けてないんだから、外で待ってて下さい」
「それに、クラウドの事悪く言うなら…いくらお客さん達でも俺、絶対に許さないからな!」
 健気な子供達を押しのける事も出来ず、だからと言って引き下がれない愚かな男達が店のドア付近でウロウロとたむろする。
 その間にも、どこからか情報を耳にした常連客達が店に訪れて来る。
 文字通り、店先には人があふれてきた。
 ティファは作戦を変更する事にした。
 本当は、作戦初日の今日は店を開店させ、クラウドが出て行ったかもしれない…という雰囲気を客達に印象付けるつもりだったのだ。
 しかし、ここまで話が周りの人間に浸透しているなら、自分達がその芝居をする必要などどこにもない。

『もうそろそろ頃合かしら…』

 店に集まった常連達を見やり、ティファは口を開いた。
「ごめんなさい…やっぱり今日は、お店、お休みします」
 途切れがちに宣言したティファに、客達は勿論、子供達も驚いた。
 しかし、聡い子供達は一瞬でティファの意図を読み取ると、
「うん、それが良いよね…」
「ティファ、疲れてるもん」
 そう常連客達に聞えるように言うと、子供とは思えない気迫に満ちた顔をして客達を睨みつけた。
「そういう訳だから…」
「お引き取りください!!」
 子供達の剣幕に押され、常連客達は浮き足立った気持ちから冷静さを取り戻した。
 そして、バツが悪そうに、
「あ〜…本当にごめん」
「その…また来るから…」
「悪気はなかったんだ…その…ティファちゃんを力づけたくて」
 言い訳めいた言葉を口にしながら、あっという間に店内から消えてしまった。
 デンゼルは、最後の男が未練がましくティファへ振り向く背を押し出すようにして見送ると、ドアのそとに『臨時休業』の看板を下げた。

 ティファは、デンゼルが看板を下げたのを確認すると、子供達へ向かって手招きをした。
 心配そうな顔をする子供達をギュッと抱きしめる。
 子供達の髪に頬を埋め、その耳元で、
「私達が考えてる以上に、アチラさんは行動派みたい…。だから、これからは『お話し』する時は、二人の部屋で…ね?』
 と囁いた。
 その声が、盗聴器で拾われる事は無く…。
 店から離れた所に停車していた車の中で、ティファ達の様子を監視していた男達には、悲しげに寄り添う家族にしか見えなかったのだった。

「本当にあのジェノバ戦役の英雄が、あんな美人を捨てたのかよ…?」
「…こちらから見る限りは、そうとしか見えんな」
 クチャクチャとガムを噛みながら、ハンドルにもたれるようにして一人の男が言うと、助手席に座っていた生真面目な顔をした貫禄のある男がそう答えた。
 それに対し、後部座席に身を沈めていたもう一人が口を開く。
「だが、あの女も英雄の一人だ。もしかしたら『振り』をしている可能性が高い」
「…まぁ…その可能性も否定出来ないが…。だが、本当にあの『男』が話を持ちかけたと思うか?」
「さぁ、それは分からん。しかし、英雄仲間なのだからな。協力を依頼していたとしても不思議じゃないだろう?」
「まぁ…な」
「俺としては、性悪女に英雄が引っかかったって方が嬉しいけどねぇ」
「ボスだってそっちを望んでらっしゃる。お前が口にするな」
「何でだよ〜、良いじゃん。俺の意見とボスの希望が同じだけだろ?」
 だらしなくガムを噛む男が、いやらしい目で再び双眼鏡を手にする。
 勿論、視線の先には美しい英雄の姿。
「それにしても、本当にいい女だよなぁ。あれで世界を救った英雄だなんてよ、信じらんねえな〜。あの腕の細いこと、それに滅多にお目にかかれない抜群のプロポーション…たまんねぇな」
「もしも本当にお前の言う通り、英雄がラミアに心移りしていたとしても…手を出すなよ。腕っ節で敵う相手じゃないんだからな」
 助手席の男の言葉に、「わぁってるよ、んなことは!」と、噛み付きながらも、双眼鏡を手放す事無く食い入るように見つめている。
 視線の先では、ティファが子供達に淡い笑みを向けて立ち上がっていた。
 その動きの一つ一つに対して、男が「くぅ〜、ほんっとうにいい女だよな〜」といやらしい口調で反応する。
 助手席の男は、黙って双眼鏡をその男からもぎ取ると、猛然と抗議にかかろうとする男に向けて、
「時間だ…行け」
 一言口にした。
 男は、ムッとしながらも「へいへい、ボスに睨まれたらたまんねぇからな」と、思い切り拗ねながらも、エンジンをかけるとハンドルを握りなおすのだった。


「ねぇ、ティファ。今夜はお店閉めるけど…クラウドに連絡する?」
 マリンの言葉に、ティファは躊躇した。
 デンゼルが驚いた顔をするのを、マリンが鋭い目で見つめ返す。
 デンゼルがハッとして慌てて表情を取り繕った。
 ここはまだ店内。
 自分達を監視している男達が去った事を知らない三人は、まだ演技をし続けているのだ。
 ティファは、そんな子供達に苦笑すると、ゆっくりと首を振った。
「ううん。クラウド…『今日は』帰って来れないって言ってたもの…。お仕事が忙しいんでしょう。忙しい時にわざわざ今日の事を話すことは無いわ」
 ティファの寂しげな口調に、子供達は眉尻を下げた。
 ティファの寂しげな表情が、演技でないことを悟ったのだ。
 今日から暫く、クラウドに会う事は出来ない。
 勿論、別れを切り出す演技をしなくてはならない日が来たなら、その時には会えるだろうが、それは家族として会うのではないのだから…。
 話し合って決めた事だが、やはり寂しいのに変わりなど無い。
 子供達は励ますようにティファに微笑みかけると、明るい声を上げた。
「じゃ、今夜は私達だけで豪遊しようよ!」
「そうそう!クラウド抜きで……『ごうゆう』って何?」
「もう、デンゼルったら。豪遊って言うのは『贅沢に遊ぶ』って事だよ〜」
「なるほど」
 年下のマリンに説明を受けて納得するデンゼルに、ティファは吹き出した。

 大丈夫。
 自分にはこんなにも頼もしくて可愛い子供達がいる。
 それに、クラウドはきっと、すぐに目的を果たして帰ってきてくれる。

 ティファは大きく息を吸い込むと、
「よし!それじゃ、今夜は二人の大好きなチーズケーキとココアを奮発しちゃおう!」
「「やった〜!!」」

 ティファと子供達の明るい声が店内に響く。
 そしてそれはエッジの街を疾走いる車内にも同様に響いていた。
「健気だねぇ〜」
 どこかバカにしたような口調で、ガムを噛みながらハンドルを握る男がニヤッと笑った。

 エッジの街を西日が赤く染める中、スモークの張られた車は街の外へと走り去ろうとしている。
 クラウドとティファ、そして子供達の作戦初日が漸く終わろうとしていた。







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