Mission6




 確か、目の前に転がっている男はこう言わなかっただろうか…。

『ここで見張ったり、庭で巡回したりするようになって半年になるけど、不埒な輩も侵入者も今まで来たことはないからな。今夜も特に何も無いだろ?気楽にやろうぜ』

「…何が『気楽にやろうぜ』だ…」
 クラウドは毒づきながら、柱の影に身を潜めた。

 たった今、その『来た事のなかった侵入者』が招待状も出していないのに訪れたのだ。
 廊下の突き当たりにある大きな窓ガラスは、一応防弾ガラスだったはずなのに、その防弾ガラスを突き破って投げ込まれたのは白煙筒。
 窓に近い椅子に座っていた今夜の相棒は、座っている椅子から腰を上げたところで煙を吸い込み、あっという間に倒れてしまった。
 安らかな顔をして眠る男を救出する暇など無く、クラウドは柱の影に飛び込んだ。
 口許にハンカチを当てつつ廊下を窺うと、既に投げ込まれた白煙筒から煙は出ていないものの、白煙がうっすらと靄のように残っている。
 その中を人影が数人分揺らめいていた。
 防弾ガラスが破られた時点で屋敷の中には警報が鳴り響いている…はずだったのに、何故かうんともすんとも鳴りはしない。
 屋敷のセキュリティーシステムを完全に突破しているらしい侵入者に、クラウドは正直困惑していた。

 そもそも、この屋敷に来たのは知り合いの盗まれた宝石を取り戻す為だったというのに、いつの間にかボディーガードとなってターゲットである女性を守るという立場になってしまった。
 いや、それはいい。
 何といっても、あまり疑われる事なく宝石を取り戻すチャンスを掴む事が出来るのだから。
 それにしても、まだボディーガード一日目にして何故にこんな目に会わねばならないのか…。
 何の障害も無く宝石を取り戻す事は無理だと思ってはいたが、まさかこんな風に本当にボディーガードとして働かなくてはならない状況が来るとは思ってもみなかった。

 深々と溜め息をつくクラウドの目の前では、侵入者が『女主人』の扉を包囲し、今にも突破しようとしている。
 その迅速で統一された彼らのチームとしての動きに、素人ではない事が読み取れる。

 ……もっとも、こんなにも厳重なセキュリティーを突破するくらいなのだがら、素人なはずはないのだが…。

 クラウドは、ハンカチで顔半分を覆うようにマスクをすると、大きく息を吸い込み薄靄の残る廊下に飛び出した。
 侵入者がクラウドに気付いて銃を構えるが、発砲させる前に殴り飛ばして他の侵入者へぶつける事に成功する。
 もんどりうって転倒する仲間を無視し、他の侵入者が銃を構え、一斉に発砲した。
 それを、横っ飛びでかわしながら、床に転がっていた椅子を蹴り飛ばす。
 狙い通り、侵入者二人を道連れに椅子が大破するが、その間にも先に倒れていた侵入者と、まだ倒れていなかった侵入者が発砲する。
 しかし、まだ薄靄が残っていて視界が悪いことと、クラウドの動きが俊敏であった事により、狙いが定まらない。
 次々と不埒者共を片付け、残る一人になった時、思わぬアクシデントが起きてしまった。

 カチャリ。

 護衛するべき『女主人』が自ら危険地帯に顔を出したのだ。
「あの……クラウドさん?」
 不安そうな顔をしながら扉の中から顔を出したラミアに、侵入者が銃を向けた。
「危ない、下がれ!!」
 叫ぶと同時にラミアの身体を思い切り突き飛ばす。
 乾いた音と共に左肩に焼け付くような痛みを感じたが、構わず体勢を整えると床を一回転して侵入者の足元近くに一気に詰め寄り、発砲直前に銃を蹴り飛ばす事に成功した。
 武器を失った侵入者は、そのまま逃走するのかと思ったが、意外にも素手での攻撃に転じてきた。
 しかし、身近で最強の武術を見てきたクラウドにとっては、子供のお遊戯並みにしか見えない。
 あっさりとそれらの攻撃を流し、鳩尾に鋭い膝蹴りをお見舞いした。

 侵入者の最後の一人が床にのびる。
 その時、漸く屋敷の異変に気付いた『ボディーガード候補』達が庭先や屋敷内のあちらこちらからやって来た。
『ったく…遅すぎるだろう…』
 オタオタとやって来た候補達に、クラウドは苦々しく思いながら、ふと部屋の中を覗き込み、固まった。
 固まったクラウドを押しのけるようにして、候補達が部屋に駆け込む。
「ラミア様、ご無事ですか!!」
「ラミア様って、あーーー!!」

 候補達の叫び声が屋敷に響き渡った。



「本当に、申し訳ありませんでした」
「良いんです。むしろ、守って下さったんですからお礼を言わなくては」
「いえ…本当になんとお詫びをして良いのか…」
 頭を下げ続けるクラウドに、ラミアは困ったように微笑んだ。
 彼女の額にはアイスノンが包帯で巻き付けられている。

 ラミアが狙撃されそうになった瞬間、クラウドは彼女を突き飛ばす事で凶弾から彼女を守った。
 しかし、咄嗟の行動だった為、力加減が全く出来ていなかったのだ。
 思い切り突き飛ばされた結果、ラミアは部屋の中央にある天蓋付きのベッドまで吹っ飛ばされ、ベッドの『脚』で強かに額を打ちつけ、失神してしまったのだ。
 彼女は、世で言うなら『絶世の美女』に値する顔立ちをしている。
 その顔に、いわば『傷をつけてしまった』のだ。
 クラウドの罪は重い……と思われても仕方ないだろう……候補達に…。

 先程から突き刺さるような視線を全身で感じる新米ボディーガードは、ただただ平身低頭するしかなかった。


「良いって仰って下さってるんだ、気にするな」
 静かで重厚な声が響き、クラウドは顔を上げた。
 いつの間にかシアスがラミアの部屋の扉前に立っていた。
 候補達は一斉に身を引き、彼の為に場を空ける
 その候補達には一瞥もくれず、シアスは真っ直ぐにラミアの元へ歩を進めた。
「ラミア様、遅れて申し訳ありません」
「良いんです。クラウドさんが守って下さいましたし、シアスは昨夜からずっと警護をしてくれてたのですから、疲れていたのでしょう?私の方こそ無用心でした。本当にごめんなさい」
 最敬礼で謝罪を口にするシアスに、穏やかな眼差しで見つめ返すラミアを、クラウドはこの時初めて『綺麗な人だな』と思った。

 今更…と言われるかもしれないが、人の家から宝石を盗み出して素知らぬ顔をする女としてしか見ていなかったのだから仕方ない。
 しかし、今、こうして自分やシアスといった『自分が雇った人間』に対して、どこまでも物腰の柔らかい態度を崩さない人間は、そうそういるものではない。
 見た目だけでなく、心が綺麗な人なのだと純粋に思えたのだ。
 それと同時に彼女が何故、宝石を盗み出したのかが益々分からなくなった。

『女は謎だ…』

 誰かが言ったその言葉をしみじみと思い出していると…。
 慌ただしい足音と共に、一人のひょろりとした男が駆け込んできた。
 それは、今夜の夕食の時に話題に上った…元神羅の科学者、デル・ピノス。
 少々伸ばされた髪は走った為乱れており、目の下の大きな隈が更に濃くなっている印象を受ける。
 彼は、喘ぐように肩で息をしながら鬼気迫る形相でラミアに詰め寄った。
「セキュリティーシステムが作動しなかったというのは本当かね!?」
「ええ、本当です」
「そんなバカな!こちらでは…、メインコンピューターは全く異常無かったんだぞ!!」
「そうは言われても…作動しなかったのは事実です」
「ハッキングされた形跡もない。ましてや誤作動を起こす事も考えられん!この私が管理しているんだ、システムエラーなど……!!」
 興奮しきりに捲くし立てるデルに対し、ラミアはどこまでも落ち着いた態度を崩さなかった。
「しかし、事実システムは作動しませんでした。至急、原因を調べて下さい」
「な…!!私の管理ミスだとでも言うのかね!?」
「当然、セキュリティーシステムを管理している者の責任でしょう…違いますか?」
 それまでラミアの傍で黙っていたシアスが口を開いた。
 その声は静かで決して居丈高ではなかったのに…。
 その場にいた全員が、息を呑むほどの迫力がその声には宿っていた。
 そして、それはそれまで不遜な態度を主人に取り続けていた科学者にも当てはまる事だったようだ。
 明らかに、デルはシアスに対して一目置いている。
 ラミアに突っかかって行った勢いがない。
 しかしそれでも彼は、自身の過失を認める事が出来ないらしく、尚も言葉を重ねようと口を開いた。

「へぇ、じゃあ博士は内部の人間がやったって言うんだ」

 新たな人物の出現が科学者の言葉を封じ込めた。
 全員が扉を振り返る。
「シュリ」
 女主人が柔らかな笑みを浮かべ、扉にもたれかかるようにして立っている青年を呼ぶ。
 まるで、モデルのようなその立ち居振る舞いに、『候補』達が息を呑む気配がする。
 シュリは、その『候補』達が立ち竦んで見守る中、平然とした顔をして自称科学者の前まで歩み寄った。
 その歩く姿も…何とも言えず、さまになる。
「じゃ、博士は認めるんだ」
「な、なにを…」
 目の前で悠然と笑みを浮かべる青年に、デルはやや気圧されながらも、何とか己を鼓舞して睨み返す。
 そんな彼の努力をあざ笑うかのように、どこまでも己のペースを保ったまま、シュリが口を開いた。
「だから…博士以上の頭脳を持った人間がこの屋敷の中にいるってこと」
「な……!!」
「だって、それ以外考えられないじゃん?ここのセキュリティーは世界一だって言ってただろ?」
「そ、それは…」
「それとも、ここのセキュリティー管理者以上の頭脳の持ち主が世の中にいるって認めるわけ?」
「……!!」
「違うなら、やっぱり管理者の管理不行き届きじゃないか。どっちにしても、ここのコンピューターは全部博士が管理してるんだから、どう転んでも責任は博士にあるよな」
「…………」
「違うなら、他に責任者出してよ。あんた以上の頭脳の持ち主をさ」

 シュリの言葉の効果は絶大だった。
 デルは、口をパクパクさせていたが、やがて顔を真っ赤にさせて踵を返し、部屋から出て行った。
 遠ざかる怒気を孕んだ足音に、徐々に部屋の空気が緩んでいった。
 誰からともなく胸につかえていた重苦しい息を吐き出し、部屋の中にいたほぼ全員が強張っていた表情を緩めた。
 変わらなかったのは言うまでもなく、クラウドと女主人とシアス、そしてシュリの四人だ。
 シアスは身を屈め、「大丈夫ですか?」「ええ、大丈夫です」などと声をかけている。

 こうして見ると、シアスは歳こそラミアよりも上ではあるが、二人は良くお似合いではないだろうか…?
 そんな事をぼんやり考えていると、不意に右肩を叩かれた。
「アンタ、左肩怪我してるじゃないか。さっさと治療した方が良いんじゃないのか?」
 どこか小バカにした口調でシュリが声をかけた。
「あ、ああ。そうだな」
 自分が怪我をしている事に改めて気付くと共に、左肩に鈍い痛みが走る。
 この瞬間が、己のポーカーフェイスを喜んだ場面に加えられた事は言うまでもない。
「そうでした。クラウドさん、早く怪我の治療をなさって下さい」
 ラミアが美しい顔(かんばせ)を悲しそうに歪ませ、潤んだ瞳で見つめてくるのには、流石のクラウドも落ち着かない気分になった。
「はい。では、これで失礼します」
 軽く頭を下げ、これ以上女主人の顔を見ないように、クラウドは部屋を後にした。
 そのクラウドの後ろをコツコツと靴音を立ててついて来る者がいる。
 この屋敷で一目置かれている存在の一人…。
「クラウドさんよ…アンタ、本当にティファさんからうちのご主人様に乗り換えたのか?」
 投げかけられた不躾な質問に、クラウドは無表情・無関心を決め込んだ。
 黙々と自室へ向かって歩くクラウドに、シュリはいつの間にか横に並んでその歩調に合わせて歩いていた。

「…………」
「…………」

 お互い何を言うでもなく、ただ黙々と歩く。
 シュリはどうか知らないが、クラウドにはどうにも居心地が悪かった。
 そもそも、この青年は何故自分と歩調を合わせて歩いているのだろうか…。
 確かに、部屋が隣なので向かう先が同じなのは分かる。
 しかし、だからと言ってわざわざ隣を歩く事は無いではないか!
 しかも、お互いに何も語る事なく黙って歩くには……心を許した相手ではない。

 ここは無視だ。
 そう、断じて俺の隣には人はいない!!

 空しく無駄な努力の時間は僅か五分。
 果てしないその五分後に、漸く目的地である自室が近づいてきた。
 ホッと息を吐きそうになった次の瞬間、クラウドは自分の意思を無視した力によって、方向転換させられた。
「な…」
 何をする!?

 続くはずだった言葉は、青年の冷めた漆黒の眼差しによって封じられる。
「やっぱり…このまま部屋に戻るつもりだったんだ…」
 溜め息を吐きながら、シュリはぐいぐいクラウドを引っ張り、これまで歩いてきた廊下を戻りだした。
「アンタ、バカ?」
「は!?」
 あまりにも唐突な一言に、思わず素っ頓狂な声を上げるクラウドを、心底呆れ返った顔をする。
「仮にも撃たれたんだぞ?弾丸に遅効性の毒とかが塗ってあったら?治療せずにそのまま眠ったりして、明日の朝には冷たくなってました〜…なんて事になったらどうするんだ」
「…………」
「アンタ…本当にあの『ジェノバ戦役の英雄』かよ…」
「…………」
 一言も言い返す事が出来ない。
 クラウドは、心底惨めな気分を味わいながら、黙って自分よりも年下の冷静な青年に引かれ、広い屋敷を歩いて行った。


 俺…本当に家に帰れるのかな…。
 って言うか…宝石…取り戻す前に死ぬかも…。
 どうせ死ぬなら、ティファと子供達の傍で死にたい…。


 まだ一日も経っていないのに、我が家が懐かしくてたまらない…。
 そんなクラウドの嘆きを余所に、夜は更けていく。
 シュリに引かれて『メイド達の控え室』たる部屋にて治療を受けながら、クラウドはしみじみと後悔していた。
 珍しく『仏心』など出した事に…。

 頬を染めながら、今夜の当直当番というメイドの手当てを受け始めたクラウドを見届けると、シュリはサッサと自室に戻って行った。
 面倒見が良いのか悪いのか判断が難しい青年の後姿を見送る頃、日付は漸く『翌日』を迎えたのだった。

 クラウドとストライフファミリーの闘い二日目。
 その朝日が昇るまであと5時間と少し…。




 


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