Mission7




「……申し訳ありません。もう一度仰って下さいますか……?」
 いくら雇い主相手だからと言って、彼に似つかわしくない丁寧な口調。
 それが、彼の動揺を大きく物語っているのだが、それを知る人間は残念ながらこの場にはいなかった。
「ええ、ですから今日、私と一緒に仕事先へ来て頂きたいのです」
 温和な笑みを浮かべ、柔らかな物腰の女主人は新米ボディーガードにもう一度、同じ台詞を口にした。
 金髪で紺碧の瞳を持つ青年は、持ち前の無表情・無愛想な面持ちの為に、とうとう最後まで頭の中で激しく暴れている『パニック』を周りの人間に気づかれる事はなかった。


 そもそも…。
 クラウドがこの屋敷にボディーガードとして雇われたのは…警備の厳重なこの屋敷に潜入する為だ。(しかし、ここまで警備が厳重なのは潜入してから初めて知ったのだが…)
 知り合いの盗まれた家宝の宝石『スタールビー』を取り戻す…要するに盗み出す為の作戦だった…はずなのに。
 雇われた初日の夜、早速大仕事をさせられる羽目になり、一気に女主人と他の『ボディーガード候補達』から認められ、一目置かれる存在となってしまった。
 たった一日しか経っていないと言うのに、『候補』達の眼差しが『嫉妬・猜疑心』から『憧憬・尊敬』に変わってしまっている。
 いや、それは好都合のはず…。
 盗まれた物を盗み返すには、ある程度信頼を得て、この屋敷の仕組みを知り、どこに盗まれた宝石が保管されているかを知らなくてはならないのだから…。
 しかし、それはあくまで『ある程度』の信頼関係で良いのだ。
 屋敷内を歩いていても不審に思われない程度の『信頼関係』。
 それが欲しいのだ。
 断じて『絶大な信頼』が欲しいわけではない。
 むしろ、女主人が他の腕利きと思われるボディーガードを伴って屋敷から出ている時間帯こそを狙っているというのに、自分が一緒に屋敷を後にしてどうするのか!!
 おまけに、自分のボディーガードという足固めが固くなればなるほど、本当にこれから先、ボディーガードから抜けられなくなってしまうではないだろうか…!?
 何と言っても、女主人は最近政財界で勢力を伸ばしてきているやり手の男の『愛人』なのだから…。
 下手に『やっぱりボディーガード辞めます』などと言ってみろ。
 政財界に力があるなら、あの手この手でクラウドを引きとめようとするだろう。
 それも、彼の弱みを最大限に利用し、突きまくって…!
 宝石を盗み出す事に成功しても、それから先、ボディーガードを抜けられない状況になったらそれこそ本末転倒だ。
 何しろ、自分にとって家族以上に大切なものは無いのだから。
 従って、取り戻すべき宝石も、家族の元に帰れない…家族を失ってしまうのなら何の意味も無い、ただの『石ころ』と同じだ。
 いや、『石ころ』どころか『不幸を呼ぶ石』じゃないか!!
 そもそも……。

 取り戻してくれとは一言も言われていない!!


「…ラウドさん、クラウドさん…?」
「は、はい?」
「あの…大丈夫ですか?もしかして、肩の傷が痛むのでは……」
「あ…いえ。かすり傷ですから…」
 申し訳ありません…。
 そう小さく呟いて、クラウドは溜め息を吐きそうになった。

 訝しげな顔をした『ボディーガード候補達』の視線が痛い。
 しかし、その視線よりも何よりも…。
 女主人の隣に静かに立っているボディーガードのリーダーが怖い。
 何もかもを見透かしたようなその静かな眼差しは、後ろめたい事が盛り沢山なクラウドには針の筵(むしろ)に座っているような心地にさせる威力が充分にあった。

 日頃のポーカーフェイスがどこまでこのリーダーに通用するのだろう…。

 キリキリと胃が痛むのを感じながら、クラウドはたった今受けたばかりの命令に従うべく、身支度を整える為に自室に戻ったのだった…。



 自分達の大黒柱がそんな目に遭っているとは露ほども知らない彼の愛しい家族達は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
「おはよう、ティファ!」
「おはよう!あ〜、腹減った!」
 カウンターで朝食を作っている母親代わりに元気良く朝の挨拶をする。
「おはよう、二人共。もうすぐご飯が出来るからね」
「「は〜い!」」
 それは、どこの家庭にも見られる穏やかで明るい朝の風景。

「お〜お〜、羨ましい光景だねぇ」
 そんな心温まる家族の姿に、双眼鏡を覗いていた男が実に面白くなさそうな顔をした。
 朝も早くからセブンスヘブンの様子を監視する哀れな雇われ人達の姿が、セブンスヘブンから離れた路上の車の中にあった。
「俺達、いつまでこんなくだらない事しなくちゃいけないんだろうなぁ…」
「ま、英雄さんが家を出てからまだたった二日目だからな。仕方ない」
 車内の三人は、昨日とは顔ぶれが違うようだ。
 昨日の三人比べ、本日の三人はどうもデキがイマイチの印象を受ける男ばかりだった。
 そして、その事がティファと子供達を助ける事になるとは……。

「ティファ〜!俺達、遊びに行ってくるね!」
「ティファ、クラウドが帰って来たら教えてね!」
「うん、分かってるよ。二人共、気をつけて行ってらっしゃい」

 店のドアの前で、遊びに行く子供達をティファが笑顔で手を振って見送った。
 子供達は、首から携帯電話を吊るし、嬉しそうにそれを弄んで(もてあそんで)いる。

「やっぱ、英雄だと稼ぎが違うのかね。このご時勢だって言うのに、子供にまで携帯持たせられるなんてよ」
 気に入らない、と言わんばかりに車窓から唾を吐き出す。
 丁度通りかかった通行人が、ギョッとしながら慌てて身を避けた。
 文句も言わずに足早に通り過ぎたのは、男の人相が悪すぎたせいだろう…。
「あ〜あ、それにしても暇だよなぁ」
 後部座席に身を沈め、行儀悪く助手席へと両足をかける。
「お前、頭蹴るなよな!」
 実にイヤそうな顔をしつつ振り向いた助手席の男が、ふと通りに目を凝らした。
 その表情に、他の二人も視線を移す。

「お、おい…!」
「確か、あいつ…!」
「ああ、間違いない!!」

 三人は、一瞬で気を引き締めた。
 そして、スモークウィンドウを完全に閉めると、気配を殺してその『人物』が目の前の通りを物凄い形相で駆けて行くのを見つめる。
 その『人物』が駆け込んだ先…。
 それは、彼らのボスが危惧していた店。

「「「…………」」」

 三人は無言でそれぞれ片方しかしていなかったイヤホンを両方の耳にねじ込んだ。
 そして、すぐにそれを大慌てで引き抜く。
 引き抜かれたイヤホンからは、若い女の甲高い怒鳴り声が響き漏れていた…。



 彼女が突然遊びに来る事は珍しくない。
 今日、この時間に来る事の方がむしろ珍しいくらいだ。
 しかし、常の彼女はいつも元気一杯で、明るい笑顔、何故か自信に満ちた態度で堂々たる態度で現れるというのに…。

「ティファ!!!ちょっと、どういうことさ!!!!」
「は……って、ユフィ!?」

 突然、店の扉が蹴破られるかの勢いで悲鳴を上げたかと思うと、ユフィが駆け込んできた。
 その形相は般若顔負けもの…。
 ギラついた眼で店の中を一巡すると、カウンターの中で呆気にとられているティファを見つけ、一気に詰め寄った。
「ティファ!あのバカどこ!!」
「へ…?え…なに…?」
 ユフィの剣幕に完全に気圧され、思わず後ずさる。
 カウンターは狭い。すぐに食器棚に背中が当たり、半歩たりとも退けなくなってしまった。
 顔を引き攣らせて出来る限り仰け反るティファに、ユフィはカウンター越しに大きく身を乗り出した。
「だ・か・ら!!あのズルズル・ウジウジ・サイテー浮気男!!!!」
「は……?」
「くぁ〜〜〜〜!!!『は?』じゃない、『は?』じゃ!!!」

 ガシガシと頭を掻き毟りながら「キィーーーー!!!!」と金切り声を上げるユフィに、思わず耳を塞いで顔を背ける。
 全く、このお元気忍者娘は旅の頃から良く分からないところがあったが、今日は一体なんだと言うのだろう…。

 しかし、ティファの疑問は次の台詞で完全に吹っ飛んだ。


「ティファ!アンタ、クラウドに捨てられたんでしょ!?そうなんでしょ!?!?」
「え!?」
 何故、昨日の今日の出来事をユフィが知っているのか!?

 驚いて目を見開くティファに、ユフィは漸く少し落ち着きを取り戻したようだった。
 それでも、イライラと店の中を動き回ってはいたのだが…。
「実はさ、昨日の夜中にカームに着いたんだ。流石に深夜に街の外を歩くのは危ないからね。仕方ないからカームで一晩泊まったんだ。そしたら…」

 ユフィの話はこうだった。
 カームの宿で夕食を摂った時、後ろの席に座っていたオヤジ達が大声で話をしていたのだと言う。
 最初は、他愛の無い話をしていて気にもしなかったらしいが、突然彼らの会話の中で「クラウド」と「ティファ」の名前が飛び出した。
 びっくりして思わずスープを吹き出しそうになりながらも、後ろの席に聞き耳を立てること約一分。
 たった一分で、ユフィは『クラウドが再び家を出てしまった。今度の家出の原因は、あろうことか他に女が出来たからだ』という話を入手したのだった。

 ケラケラと無責任に笑いながら、『やっぱりジェノバ戦役の英雄でも、何年も同じ女は飽きるんだなぁ』『あんなに美人なのになぁ』『あ〜、でもティファちゃんって少し気が強いところがあるからな。その点、新しい女はすっげー物腰の柔らかい、良い女らしいぜ』『へぇ!羨ましいねぇ!』『あ〜、俺達もあやかりたいもんだ』などなど聞き捨てなら無い暴言を吐きまくったオヤジ達へ熱々のスープを浴びせかけ、一人一人の胸倉を掴み…。

『ふっざけんなーーー!!!クラウドがそんなことするかーーーー!!!!』

 大乱闘…いや、一方的にボコボコにしてしまったのは言うまでも無い…。

 しかし、暴れまくるユフィを遠巻きで見ていた他の客が、
『やっぱり…でもそれじゃ、俺が聞いた噂って俺だけじゃなかったんだ」
 ポツリと呟いた言葉に、ユフィは固まった。

 その後、その他の客達もその噂を耳にしていた事を知ったユフィは、すぐにでも宿を飛び出す勢いだったが、流石に宿の主人に引き止められた。
 夜中に街の外を歩くなど、自殺行為だ。
 勿論、ユフィはそこらの人間とは違って、殺しても死にそうに無いのだが、それでもやはり、夜に街の外を一人で歩く事が危険である事には変わりない。
 結局、宿の主人とその他の客達に説得され、宿泊する事にしたユフィは、眠れぬまま悶々と朝までゴロゴロ、寝返りを打って過ごし、朝日が昇ると同時に宿を飛び出した。
 そして、丁度エッジに向けての始発バスに駆け込み乗車する事に成功し、セブンスヘブンへやって来たのだという。

 ユフィの話を、ティファは遮る事無く最後まで黙って聞いていた。
 その顔色が、段々青ざめていくのを見て、ユフィも上りきっていた血が下がってきたらしい。
 話しの最後では、ちょこんとカウンターのスツールに腰を書け、恐る恐るといった表情でティファを窺っていた。

『ああ、どうしよう…。アタシったらカッとなってたからこんな風に怒鳴り込んできちゃったけど、良く考えたら一番傷ついてるのってティファじゃん!?』

 青い顔をして黙り込んでいるティファを前に、ユフィは激しい後悔に襲われていた。
 自分がこうやって怒鳴り込んできた事が、ティファの傷をさらに広げる結果になったと思い込んでいるのだ。
 しかし、事実はそうではなかった。
 ティファの頭の中は、ある疑問で一杯だった。


 ― 何故みんな、クラウドの家出の原因を知っているのだろう…!? ―


 確かに、不仲説を流そうと計画は立てていた。
 しかし、実際にはまだ『具体的に話を流していない』。
 昨日の今日だというのに、『クラウドが新しい女の人に想いを寄せている』という噂…。それがもう流れている事はどう考えても不自然ではないか?
 確かに昨日、セブンスヘブンの開店前に沢山の常連客達が事の真相を確かめるべく押しかけてきた。
 しかし、その時ですら『クラウドが他に好きになった人が出来た』などと一言も言わなかった。
 当然、押しかけてきた男性客達も『他に女の影が…!?』とは言っていなかった。
 勿論、何も知らない他人から見たら、クラウドが家を出た原因の一つとして『浮気』を挙げるのは自然だと思う。
 しかし、『相手の女性の特徴までもが噂として流れている』のはどう考えても不自然だ。
 いくら、ターゲットが『クラウドの家出説』を流したがっているとはいえ、あまりにも『具体的過ぎる』ではないか。
 よくよく考えれば……そもそも『クラウドが家を出た』という話を何故、ターゲットはこんなにも流したがっているのだろう…!?
 おまけに、その『家出』の原因まで詳しく…具体的に…。

 何を狙っている?
 そんな事をして…クラウドが家を出て、自分達家族から離れてしまったという噂を流して…、そんな事をしてターゲットに一体何のメリットがあるというのだろう!?


 黙ったまま自分の考えに没頭しているティファに、ユフィはすっかり意気消沈してしまった。
 ティファを傷つけてしまったと完全に思い込んでいるのだ。
 頭の中で、あれこれティファを慰めようと口を開けたり閉めたりしている仲間をぼんやりと見つめながら、ティファはふと何かが大きく引っかかるのを感じた。
 それが具体的に何を示すのかまだ分からない…。
 しかし、一つだけハッキリと言える。


 ― もしかしたら、自分達はとんでもない事に首を突っ込んでいるのかもしれない… ―


『ただの』宝石ドロボー…そして、その愛人である『ただの』政財界の資産家を相手にしているのではないのかもしれない。
 もっと大きな…どす黒い何かがターゲットの後ろにとぐろを巻いてジッと見据えている…そんな不気味な予感がして、ティファは思わず身震いをした。

「ティファ…あの…」
 自身の身体をギュッと抱きしめたティファに、ユフィがオロオロと声をかける。
 その時…。
 ユフィの視界の端に何かがサッとかすめた。
 長年の戦士としての勘が、ユフィを咄嗟に動かした。
 その身のこなしに、自分の考えに没頭していたティファは、反応が遅れた。

「あ…!」

 小さく声を上げた時には、既にユフィの姿は窓から店の外に飛び出していた。


「あんた達、そんなところで何してるのさ!!」
 コソコソと窓の外から店内を窺っていた若い男達は、突然窓から飛び出して来たユフィに腰を抜かした。
「えっと…その…」
「俺達…ティファちゃんが心配で…」
「その…クラウドさんが余所に女を作ったって聞いたもんだから…」
 しどろもどろ言い訳する男達に、ユフィはキレた。

「こんの〜〜…ストーカーどもがーーーー!!!!」


 ユフィの怒鳴り声と、ティファの「ダメよ、ユフィ!」と言う制止の声が重なる。
 しかし、ティファの制止も空しくユフィによって放たれた必殺技は…『森羅万象』。
 文字通り、光の束がストーカー共を…そして、盗聴器の仕掛けられた窓をも含めて包み込んだ。




「あ…ちくしょう!」
「盗聴器…イカレちまった」

 忌々しげに耳からイヤホンを毟り取ると、車内の三人は大きく溜め息を吐いた。
 彼らの視線の先では、ティファに庇われて何とかかすり傷で済んだ若者達が、命からがら逃げ去っていた。
 
「やっぱ、あの若い女も只者じゃないな」
「流石は英勇の一人…か」
「まぁ、頭の方は少し足りないみたいだから、心配は無いだろう。このまま計画通り行けば、すぐに『奴』が尻尾を出す」
 何とも胸の悪くなるような言葉の毒を吐きながら、車内の三人は嘲笑を浮かべた。
 今、彼らの視線の先では、ティファが何事かをユフィに言っている。
 その赤い顔と怒った表情…更にはユフィがシュンとうな垂れている様子から、かなり叱責を食らっている事が窺えた。
 カウンターに近い窓は全て破損し、壁も少々抉れている。
 店内がその抉れた穴から丸見えだ。

「あんな細っこい身体であの威力か…」
「やっぱ、敵に回すには恐ろしい奴らだな」
「ま、だからこそ、奴らのリーダーだけはこっちの手中に入れたかったんだろうぜ、ボスはよ」


 セブンスヘブンの周りに、野次馬が集まりだした為、車内の男達からティファ達の姿が隠れてしまった。
 盗聴器も壊れてしまった為、セブンスヘブンの様子が分からない。
 男達は「ま、仕方ないか」「盗聴器を一つ仕掛けるだけでも命がけだったからな」「まぁ、今はクラウド・ストライフもいない事だし、今度はいくつか仕掛けても大丈夫だろう…」など、どこか間の抜けた会話を交わしながら、車を発進させた。



 ティファもユフィも、自分達を見張っていた男達が去って行った事をまだ知らない…。



 

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