涙 7



 濃厚な殺意の中、ひた走るクラウドは、傍らにピッタリと付き添うティファの気配に、戦いによる緊張と同時に至福を感じていた。
 共に戦えることの、なんと幸せなことか。
 シュリに釘を刺されたとは言えティファはまだ、先走っている傾向にある。
 しかし、今くらいの興奮加減なら大丈夫、自分がフォロー出来るだろう。
 そうして、フォロー出来ることが嬉しいと感じている。

(ティファがピンチになったとき、助ける約束だからな)

 ガラにも無くそんなことを考え、1人こっそり照れてみる。
 そしてすぐに、そんな場合ではない、と己を戒めた。

 ユフィ、シド、ヴィンセントは既に傍にいない。
 村にスカイボードで着地すると同時にバラけたのだ。
 村には既に、WROの精鋭部隊が突入すべく待ち構えており、ナナキ、バレットもその中にいた。
 言葉を交わす間もなく、全員が突入し…そして…。


「こんにちは。あら、でも”こんばんは”…の方がいいのかしら?」


 おっとりとした口調とは裏腹に、醸し出す殺気、闘気は並みのそれではないその女に、クラウドはティファと共に足を急停止させた。

「…お前…あのときの」

 脳裏に、失神しているユフィと瀕死の重症を負ったプライアデスを救い出したあの夜が蘇る。

 クラウドの呻きにも似た呟きにティファは視線だけで女がユフィとプライアデスを追い詰めた存在であることを知った。
 殺せそうな目を向けた。
 女…、クレハは笑った。

「あら、怖い。さすが、ジェノバ戦役の英雄さんね」
「…アナタが…」

 地を這うような声音に傍らに立つクラウドの肝が冷える。
 ティファがここまで怒りに狂い、戦いに心傾けるのはあの時以来、見ていない。
 あの…、セフィロスとの最終決戦以来…。

「ユフィは本当にいいお友達を持ったわ。本当にあの子には勿体無いくらい」
「それ以上、くだらないことを口にしないで。でないと…」
「『でないと』…なぁに?」

 怒りを押し殺したティファの声が震える。
 クラウドですらゾッとするティファのその様子に、しかし女は無頓着だった。
 どこまでも余裕のある声音、言葉でもって、まるでティファを煽るように首を傾げる。
 そしてティファは、その見え透いた挑発に乗ることをいとわなかった。

「許さない!!」

 叫ぶと同時に頭上高く跳躍する。
 クラウドが止める間もない。
 跳躍し、宙でクルリと一回転すると踵落としを女の頭上目掛けて繰り出した。
 しかし当然、女はそれを黙って喰らったりしない。
 軽やかに飛び退ると、トンッ、と大地に足を付けるや否や、それまで自分が立っていたところに踵落としを食らわせ、且つ、飛んで避けた自分の方へ射殺さんばかりの視線を向けたティファへ向かって手首を翻した。
 ユフィの扱うものよりも小ぶりではあるが、大きな手裏剣がティファの顔面を切り裂く。
 しかし、ティファはその直前に右へ身体ごと倒してそれを避けると、そのまま勢いを殺さず地面を二回転した。
 そうして、回転の勢いを利用して軽やかに起き上がると、一気に女目掛けて大地を蹴った。
 地面すれすれを飛ぶティファは、さながら海面すれすれを飛ぶトビウオのようだ。
 女は目を見開き、その口元には称賛の笑みが浮かんでいる。
 ティファはそのまま、蹴りを繰り出した。
 女は狙われた首の前で両腕をクロスさせるとティファの蹴りを受け止めるフリをして後方へ軽く飛んだ。
 ティファの蹴りの威力がそのせいで半減される。
 しかし、ゼロではない。
 蹴りを受け止めた腕がミシミシと音を立て、軋む。
 思わず痛みのために顔が歪むが、女はどこまでも楽しそうだった。
 ティファの蹴りの勢いを殺して受け止めると、女は利き腕を頭上高くに振り上げた。
 小気味の良い音がして先ほど放った手裏剣がその手に戻る。
 いや、絶妙のタイミングで戻るように女が放っていたのだ。
 ティファの攻撃まで見切っていたわけではないだろうが、それにしても素晴らしい先見の力。

 戦いの先を見る力。

(これが…ウータイの忍)

 内心、ティファは舌を巻いた。
 同性として、戦う者として、目の前の女は称賛に値する。
 対して女もティファの力に陶酔していた。

(素晴らしいわ。ユフィ…アナタが本当に羨ましい)

 幼馴染で今は敵である同族の女へ呟く。
 自分たちには無かった”力”を手にしたユフィが純粋に羨ましかった。

「でも、負けません」
「私こそ!!」

 身を捻りながら半回転の勢いでティファへクナイを投げつける。
 ティファはそれを手の甲で弾き返しながら、女目掛けて突進した。
 そして、目の前5メートルほどのところで再び跳躍する。
 しかし今度はただの跳躍ではなかった。
 飛び上がる寸前、足元に転がっていた瓦礫のカケラをクレハの顔面目掛けて蹴り飛ばしていたのだ。
 クレハはその攻撃を横飛びに避けた。
 そうすることで、頭上高くに飛び上がったティファからの攻撃も避けた計算だったのだ。
 しかし、ティファはその動きを読んでいた。
 宙に舞っている状態で、ティファは右手首を思い切り振り払った。
 クレハの目が見開かれる。
 音を立てて身体にめり込んだのは、ティファが蹴り飛ばしてきた瓦礫のカケラと同じ程度の大きさの木の破片。

 鳩尾よりも若干下の腹でそれを受け止めた女は息が詰まる思いを味わいつつ、痛みを無視して手裏剣を投げつけた。
 迎撃。
 ティファはその攻撃を左手の甲で弾き飛ばす。
 そうして、気合を込めた声を上げながら、女目掛けて自慢の足を繰り出した。

 クレハは避ける。
 それをティファは追う。
 しかし、クレハは地面を転がったまま、蹴り技を繰り出すティファの足元を掬おうとし、バランスを崩してティファが転倒しかけるが、丁度小屋がすぐ後方に控えていた。
 転倒するのではなく小屋の壁と女に挟まれ、逃げ場を失った状態になる。
 その隙をクレハはクナイで目を狙って突く。
 ティファはかろうじて避けた。
 ギリギリのところで避け、クナイを丁度背にした木製の小屋に突き立てさせ、クレハが引き抜こうと一瞬、もがいたその隙を逃さず、完全に体勢を整え、間髪入れずに拳を握り、思い切り殴りつけた。
 クレハは顔面目掛けて繰り出されたその拳を己の両の手の平で受け止めた。

 至近距離でにらみ合う。

「本当に…ユフィが羨ましい」
「……黙りなさい…!」
「私たちは…私の一族はこの100年ほどの間、不当な扱いを受けたというのに…」
「……知ったことじゃないわね」
「ふふ、そうよね。あなた達には関係ないわね」
「えぇ、関係ないわ。ユフィがウータイの忍であろうとなかろうと!ユフィはね、私たちの仲間なの!そんな肩書きが無くったって、ユフィ・キサラギでいてくれたらそれだけで良いのよ!意固地になって、変な妄執に囚われたまま前に進めないアンタたちと一緒にしないで!!」

 怒鳴りながらティファは力任せにクレハを持ち上げ、突き飛ばした。
 そうして、自身も宙高く飛び上がると、宙を舞うクレハが繰り出したクナイをギリギリで避け、女の右足首を強く掴んだ。
 掴まれたクレハは身を捩り、武器を手にするがそれよりも早くティファはクレハの身体を思い切り振り回した。

 短い悲鳴を上げ、クレハの身体が宙で旋回する。
 ティファは足首を離さない。

「あぁあああっ!!」

 ティファは渾身の力を込めてクレハを地面にたたきつけた。
 見も凍るような爆音、異音を立て、土埃が舞う。
 地面に叩きつける直前で手を離したティファは、巻き添えを食らうことなく少し離れたところに立った。
 女の気配はまだまだ濃厚だ。
 これほどの攻撃を喰らっても尚、その闘争心を止めることは出来ないらしい。
 しかし、ティファはそれをじっくり感心している立場に無かった。
 女と一対一で勝負している間、クラウドは5人の忍を相手に大立ち回りを演じていたのだ。
 それは薄闇の中を潜んでいた”忍”だった。
 クレハを前面に押し出し、自分たちは闇に紛れて確実に敵(クラウドたち)を討とうとしたのだ。

 どんどん薄暗くなっていく村にある家々は、どれ1つ、夕餉の支度もしていなければ明かりすらついていない。
 そんな村の中には、激しい戦いの音だけが響き渡っている。
 空が茜色から紫色へとその色合いを濃くしていくこの時刻、闇が徐々にその勢力を広げる中、おどろおどろしい気配が銃声や怒号、悲鳴によって更にその色合いを強めていた。
 視覚的にも聴覚的にも、普段の状態からはかけ離れた”世界”に放り込まれ、感覚が鈍るのが普通だ。
 更に言えば、クラウドたちは地の利にない。
 2人がいつしかすっかり敵に囲まれていたのと同じように、村中に散った隊員たちや仲間たちも同じように囲まれているのだろう。
 これが、並みの隊員ならば相打ちへ持ち込むのが関の山かもしれない。
 しかし、2人はジェノバ戦役の英雄。
 ユフィのように夜目が利かずとも、敵と戦うことに躊躇いはなく、気配を読む集中力は並外れている。

「クラウド!」

 5人の敵のうち、3人が同時にクラウド目掛けて刀を振り下ろした。
 鈍い陽光を受けて刃がギラリと光る。
 思わずクラウドへ意識を取られたティファは、次の瞬間、目から火花が飛ぶほどの衝撃と世界が暗転するのを感じた。
 自分が思い切り側頭部を蹴りつけられたのだと知ったのは、地面に無様に這い蹲る寸前のことだ。

 ギリギリのところで両手を地面に着き、大地に爪を立てるようにして蹴りの勢いを殺すとティファは両腕の力だけで自身の身体を宙へ舞い上がらせ、近くのログハウスの屋根に降り立った。
 地面を蹴って飛び上がるのと寸分違わない動きに、クレハは称賛の眼差しを向ける。

「流石ですね…見事です」

 うっとりとした声音でクレハが言う。
 ティファは蹴られた左こめかみを軽くさすりながら、チラリ…とクラウドを見た。
 2人が既に地面に伸びている。
 クレハと違い、伸びている2人は本当に意識を失っているようで、”気絶している演技”ではなさそうだ。
 残り3人はクラウドを囲みながらも腰が引けている。
 クラウドは落ち着いた動作でバスターソードを構えなおすと、腰を落とし、一気に駆け出した。
 1人がその気迫に推されて後ずさると、3人で作り上げられていた包囲網が若干崩れた。
 クラウドはその隙を見逃さない。
 1人に狙いを定めた突進は、しかしその手前で右真横に飛んだ。
 狙われたと思った1人と、その1人の左に構えていた男仲間を援護するために渾身の力を込めて振るった刀、2本が共に空を切る。
 右真横に飛んだクラウドが狙ったのは、3人のうちたった1人怯んだ忍。
 口を絶叫の形開けたまま、男は悲鳴を上げる間もなく胴をバスターソードの腹で殴り飛ばされ、数十メートルも後方にある小屋に突っ込んだ。
 凄まじい音を立てて小屋の内部に突っ込んだ男は、そのまま出てくる気配が無い。
 敵が立ち上がるかもしれない、と確かめることをしないまま、クラウドは残りの2人へソードを振るう。

 これらは僅か数秒で成されたことだ。
 クラウドの力がいささかも衰えておらず、その剣技、体術共に敵を上回っていることをティファはその目で認めた。
 クラウドへの援護は必要ないことを改めて確認すると、フルリ、と頭を一振りして気持ちを完全に切り替えた。

 腰を深く落とし、屋根の上から女目掛けて思い切り飛び出す。
 女もまた、腰を落として小太刀を構え、同時に小太刀を持っていない方の手を振り上げ、身を捩るようにして思い切り振り放った。
 放たれた武器は勿論手裏剣。
 ティファは身を捩ることでそれを避けた。
 そのまま、勢いを殺さず小太刀を振りかざしたクレハに向かって拳を繰り出した。
 ビュッ!という空気を切る恐ろしい音がティファの鼓膜を叩く。
 避けられた右拳を突き出した形でティファの体幹ががら空きになる。
 そこを狙って、クレハも避けられてしまった小太刀の切っ先を半回転させ、ティファの背中に突き立てようとした。
 しかし、ティファは背後に回りこまれた形となった形勢にも怯まず、伸ばした右拳の腕で鋭い肘打ちを繰り出す。
 鈍い感触と共にクレハの息が詰まった音が耳元近くで聞こえた。
 そのままティファは左足に重心を置くと大きく右足を振り上げ、上体を左へ倒す。
 そして、何の躊躇いも無く右足での踵落としを繰り出した。
 クレハは鳩尾を押さえながらも小太刀を落とすことなく後方へ飛び退った。
 地面をティファの右足が穿つ。
 攻撃がかわされたわけだが、それもティファには計算の内。
 すぐ体勢を突進へと切り替える。
 クレハはその流れるような動きを見せるティファに、鳩尾の痛みに顔を歪めながらもどこかうっとりとした眼差しを向けていた。
 そうしてそのまま、ティファの攻撃を避けようともせずその場で腰を低くした状態で待ち構えている。
 女の目がキュウッ、と楽しそうに細められたのはティファの繰り出した右足が女の横っ面を捉えようとしたときだ。
 ティファの全身を悪寒が駆け抜ける。
 己の背後に避けきれない死神の鎌を感じた。
 振り向く一瞬すらティファにはなかったのに、分かってしまった。

 このままだと死ぬことが。
 宙を飛び、右足を繰り出した状態の自分ではその鎌を避ける術はない…と。

(でも……私は!!)



(1人じゃない!!)



 背中に熱を感じるほどの衝撃。
 ティファはそれに怯むことなく、勢いを殺さず女を蹴り飛ばした。
 蹴り飛ばされる寸前、女が驚愕に目を見開いたように見えたが、それはほんの一瞬のこと。
 次にティファが見たもの、いや、感じたものは、慣れ親しんだ力強い腕に引き寄せられる甘美な温もり。
 こんな時だと言うのに、一瞬、その甘い温もりにうっとりとする。

「ティファ、頼むから1人で先走らないでくれ」

 耳元でホッと安堵の息をついたクラウドの少し汗ばんだ温もりと香り、そして信じていた通りクラウドが助けてくれたことに胸の中いっぱいに喜びが溢れる。

 女が先ほど放った手裏剣が旋回してティファの背に迫ったそれを、クラウドがギリギリで叩き落したのだ。
 そう、手裏剣は戻ってくる。
 まるでブーメランのように、放った者の腕が良ければ良いほど、正確に狙ったその”先の先”へ。
 女はティファの丸腰の背を狙ったのだ、ティファの動きの先を読んで。
 空恐ろしいほどの先見の力。
 しかし、1人だと恐ろしいかもしれないが、ティファは1人じゃない。
 ピンチを救ってくれたクラウドが先ほどまで相手をしていた5人が地面に転がっている。

「あ〜…痛い。流石、ジェノバ戦役の英雄。小ざかしい手は通じない…か」

 ガラガラと、突っ込んだ建物の漆喰や瓦礫のカケラを払い落としながらクレハは立ち上がった。
 おっとりした口調はそのままだが、明らかに手負いだ。
 肩で息をし、左腕を押さえている右手は真っ赤に染まっている。
 対して右足をあまり地に着けず、左に重心を落として立つが、ともすれば力が抜けてしまいそうなのが見ていても分かった。
 蹴り飛ばされた先にあった場所が悪かった。
 建物の”壁”ならまだ良かったのに突っ込んだのは”窓”だったのだ。
 窓枠やガラス類が女の肌を裂き、肉に食い込んでいる。

「あ〜、全くダサイわねぇ、私」

 ゆるゆると頭を振りながらクレハはフラリ、と宙を舞った。
 片足だけで跳んだとは思えないほどの身軽さで、後方にあった村で一番大きめの小屋の屋根に舞い降りる。
 クラウドとティファが並んで腰を落とし、自分を追うとするのを見てクレハは笑った。
 それは、イヤな笑いではなく純粋な笑み。
 その笑みにクラウドとティファは虚を突かれる。

「本当に…羨ましい。あの頃から成長してないのは…私も一緒か…。ふふ、そうじゃないか…。成長していないのは…むしろ…」

 クスリ、とクラウドたちには分からないことを呟いてまた笑う。
 険しい顔のまま、怪訝そうに眉を顰めるクラウドたちに女は一瞬だけフッ…と視線を外した。
 遥か彼方の空を見る。

「…日は暮れ、また昇る……か。でも…私たちにそれは相応しくない…」

 スゥッ…と、女はまたクラウドたちに視線を戻した。
 どこまでも穏やかなその眼差しに、クラウドたちは一瞬戸惑った。
 そして、クレハにとってその一瞬だけで十分だったのだ。

 突然、己の血に染まった右手を懐に突っ込むと、クラウドたちが警戒するよりも早く、抜き出した手を翻した。

 たちまち上がった濛々たる煙にクラウドは反射的にティファを胸元に引き寄せ、顔を片腕で覆う。
 身を軽く丸めるようにして次の攻撃に自然と構えたクラウドだったが、しかしクレハの気配は忽然と消えた。

「クラウド!」

 それに気づいたクラウドはティファを離すと薄くなった煙幕のカーテンへ向かって駆け出し、突っ切った。
 女が立っていた小屋の上へ飛び上がったがしかし…。

「くそっ、逃げられたか…」

 クラウドは屋根の上からあたりを見渡した。
 見えるのは村のあちこちで仲間たちや隊員たちが善戦している姿のみ。
 自分たちが相手をしていたクレハ、そしてユフィを狙っているリューガの姿はどこにもない。

「クラウド…もしかしたらどこか、地下に通じる入り口みたいなものが家の中にあるのかもしれない」

 ティファの言葉にクラウドも頷いた。
 決して大きくはない村だが、シュリが言ったように子供を誘拐し、”忍”として洗脳教育しているのなら、それなりの施設があるはずだ。
 しかし、それらしきものがない。
 ということは、考えられるのは2つ。

 1つは、この村以外の別の場所で監禁している。
 もう1つは…、地下施設がある。

 そして、先ほどまで戦っていたクレハの姿も、ユフィの姿も無い。

 可能性は後者に絞られた。


 *


 身体が宙を舞う感覚に襲われたかと思うと、ユフィは自分の手を離れて小太刀が落ちていくのを知った。
 無様に床に這い蹲(つくば)ることだけは避けたが、”たたら”を踏んでよろめいてしまうのはどうしようもなかった。
 この部屋に入ってからずっと、おかしな感覚に付き纏われていたのだが、ついに身体の力を奪うほどにまでなってしまった。

「あ〜っ…たく…くっそ〜…」
「お前は相変わらず口が汚いな」
「うっさい!こんな小賢しい、小ズルイ手を使うアンタに言われたくないね!!」

 一番最奥にあった小屋。
 そのログハウスに突入して最初に気づいたのは微かに香る甘い香り。
 身体の感覚を麻痺させ、洗脳教育する際に使用するお香だ。
 ユフィはすぐに手ぬぐいで口を覆ってマスクにすると、その香りを極力吸わないように気をつけつつ地下への入り口を探した。
 地下へ入るとその香りはマスク越しでも感じるようになり、ユフィは若干、焦りを感じた。
 電気の変わりにロウソクを使用した明かりとは別に、お香が炊かれている。
 温かな印象を受けるログハウスからは想像しがたいほど、その地下に作られていた空間には寒々しい印象しかなかった。
 だだっ広い地下は、まるで一昔前のシェルターだ。
 ただのコンクリートの箱をそっくりそのまま地下に埋め込んだだけのような…そんな無機質感を与えるその場所で、ユフィは見つけてしまった。

「リューガ。あんた、この子たちをどうするつもりなのさ」
「だから、それを聞いてお前はどうする?ここで死ぬのに」

 ぼんやりと虚ろな目をした10歳未満と思しき子供たちと、子供たちに囲まれているリューガ本人。
 明らかに洗脳されていることが分かる子供たちの覇気の無いそのさまに、ユフィは怒りと共に失望を感じた。
 まだ自分の中に、リューガやクレハを思う気持ちがあったのかと臍(ほぞ)を噛む。

 世界各地で多発している幼子の誘拐。
 それにリューガたちが噛んでいることを知ったあの3ヶ月前からこういう光景を目にする日が来ると覚悟していたはずなのに…。

 今、子供たちは虚ろな目をしたまま、リューガの後方に控えている。
 決してこの戦いの間、手を出さないようにとリューガが命令したのには意外だった。
 子供を使って攻撃させれば少なくともユフィは絶対に手が出せないというのに。

「大事な商品だからな。お前に傷つけられてはかなわん。それに、お前の相手は俺だけで十分だろ?」

 そう言って始まった戦いだが、ユフィの武器はもう1つしかなかった。
 クナイのような飛び道具をはじめ、隠し武器はもう全て使い果たした。
 同じように、リューガの武器もことごとくユフィとの戦いで使い物にならなくなっている。
 残っている武器は恐らく、手にしている巨大手裏剣だけだろう。
 お香に身体を慣らしていたリューガと違い、慣れていないが故に身体の自由が利きづらくなっているユフィの状態から考えると、素晴らしい善戦ぶりとしか評しようが無い。
 しかし、この場合『過程ではなく結果』がものを言う。
 善戦しているとは言え、リューガは身体を自由に動かすことが出来るのに対し、ユフィはとうとう力を奪われてしまった。
 この差は致命的だ。

(まったく…相変わらず勝つためには手段を選ばない…と言うか、なんと言うか…)

 幼い頃、一緒に修行した当時を思い出し、ユフィの口元が微かに綻ぶ。
 眼光は鋭いまま、薄っすら微笑んだユフィにリューガは無表情のまま、目を眇めた。
 しかし、『何故笑う?』と問うことなく、手にしていた巨大手裏剣を構えた。
 その構えに、ユフィはギョッと息を呑んだ。

「まさか…!」

 目を見開き、驚愕するユフィにリューガは淡々と答えた。

「”お前たち”だけが我ら一族の奥義を使いこなせるなどと驕るな」

 ユフィは咄嗟に両腕をクロスさせて防御の構えを取った。
 確かに地下にしては広いが、こんな逃げ隠れするところが1つもない場所で、”森羅万象”なぞ使われたらひとたまりも無い。
 そして、お香によって身体の力を奪われているユフィには、それを止めるだけの攻撃を仕掛ける力が無い。


「今度こそお別れだ、ユフィ」


 リューガの声と共に、ユフィは全身を叩きつける闘気の渦に巻き込まれた。