「局長と俺の指示に従うよう、今回の任務が始まる前にお願いしたはずですが?」

 冷ややかなその物言いに、ティファはグッ…と一瞬言葉を詰まらせた。
 しかし、滾(たぎ)る怒りのため、すぐにその『後ろめたさ』は消える。
 だから、
「えぇ、そのつもりよ」
 噛み付くように言い放ち、睨みつけた。

「そうですか。なら、俺がさきほど今回の任務に就いている者全員に言ったこと、聞いているはずですよね?なのに、ユフィさんたちがティファさんとは別行動していることを何故アナタは知らないんです?」

 シュリは臆することも、ティファの怒りに物怖じすることもなく、かと言って怒り返すわけでもなく、ただ事実を淡々とした口調で言った。

 淡々とした口調だからこそ、怒り心頭のティファの耳にそれは突き刺さった。






なにを失ったとしても…。(中編)







「ティファ…大丈夫かなぁ…」

 物陰、柱の陰に隠れながら隠密らしい行動をとりつつ、ユフィが小さく小さく呟いた。
 ナナキはそれに小さくため息をつくことで言葉にはしなかった。
 2人は今、ティファたちとは反対の廊下をひた走っている。
 ところどころ、申し訳程度に監視カメラが設置されているが、そのカメラの死角を縫って迅速に行動していた2人の姿は、カメラで捉えることは出来なかっただろう。
 今のところ、非常に順調に2人は奥へと進んでいた。
 にもかかわらず、胸を支配しているのは大きな不安。
 その不安の大きな理由は勿論、冷静さを欠いているティファ。
 そして、クラウドの安否。
 しかし、今、2人が抱えている不安の原因はそれだけではなかった。

「…ユフィ、なんだか首の後ろの毛がチリチリする…」

 それは、あの旅の頃に何度も感じたものと同じだった。
 こちらが察知する前に、敵がこちらをターゲットとして認識した時のもの。
 ということは…。

「…やっぱ、簡単にはいかないよねぇ」
「…そうだね…」
「あ〜あ、アタシたちでこんなんだったら、おっさんズは大丈夫かなぁ…。バレットもシドも、まだまだ遣り残したこと沢山あるでしょうに〜」
「もう、不吉なこと言わないでよ」

 2人でのほほん…としたやり取りをして、直後、外側の壁へと跳躍した。
 同時に、丁度差し掛かっていたドアが内側から爆発する。

「「 きたきたきた〜! 」」

 濛々と上がる埃。
 その埃の向こうでユラユラと揺れる人影が2つ。
 すぐ晴れた埃のベールに、ユフィとナナキはそれぞれ腰を落として敵と対峙した。

 2人とも目だし帽をかぶり、1人の手にはナックル、もう1人の手にはボーガン。
 両方の武器にはめ込まれているソレを見て、ユフィとナナキの目に怒りが宿った。

「この…!アタシのマテリア!!」
「別にユフィのじゃないけどね、許さないから…!」

 それ以上、言葉を発する必要はなかった。
 敵ももとより無駄話しをするつもりはなかったらしい。
 最初から叩きつけてくれていた殺気を迸らせ、ユフィたちに踊りかかった。


 ユフィたちが一番最初に戦闘へ突入した丁度そのとき。
 ユフィに『おっさんズ』などという不名誉な称され方をしたバレットとシドは、建物の中にはいなかった。
 一旦は突入したのだが、その直後に『指示』されたため、ティファとヴィンセントが通り過ぎた廊下の一角をぶち破って外に出ていた。

「それにしても、頑丈そうに見えたのによぉ、どこもかしこもスカスカじゃねぇか」
「ま、そんだけ手抜き工事したってことだろ?クラウドを誘拐するためだけに作ったんだとしたら、丹精こめて建てる必要ねぇから…よ!」

 最後の『よ!』で、何度目かの『穴』を壁に開けたシドは、開いた穴に親指ほどの物体をねじ込むと、自慢の槍を地面に立ててそれにもたれた。

「それにしても、俺様たちって結構地味な仕事が多くねぇか?」
「あん?そっか?」
「はぁ、もっとこう、ど派手にやらかしてぇんだけどよ」
「けっ。心配しなくてもそういう舞台にはすぐ上がらされるに決まってるぜ」

 シドのぼやきを横目に、バレットは義手を壁に直接押し付けて発砲した。
 また1つ、壁に穴が開いた。
 その新たな穴にバレットもシド同様、親指ほどの物体をねじ込む。

「にしても、ほんっとうに世の中アホな奴がいるもんだ。こんなハリボテみたいな建物でも、建てるにはある程度まとまった金が要るだろうによぉ…」
「まぁな。でも、ソレをいうならWROも金や文化を大切にしている…とは言いがたいんだがなぁ」
「あん?なんでそうなる?」
「さっき一瞬だけ中にいた時にチラッと見たんだけどよ、有名な画家の絵画とかが飾ってあったからな。あれってやっぱ贋作か?」
「なに!?」
「シエラが結構美術関係が好きでな。そういう類の本を見てるんだよ。そん時にチラッと見た中にあったはずだ」
「うおっ!マジか!?それが本当なら…!」

『お2人とも、余計なことを言っている場合じゃないですよ』

 ヒートアップしかけたバレットは、突然耳に飛び込んできたリーブの呆れたような声に文字通り飛び上がった。
 取り繕うようにせわしなく手を振る。

「いやいや、大丈夫だ。しゃべっててもちゃんと手は動いてるからよ!」
『そうですか?私の目が正しければ、シドは槍にもたれてて、バレットは手を振っているだけに見えるんですけが?』
「……う…すまない」

 元々素直な性質のバレットはシュン…とうな垂れた。
 シドは「やれやれ…」と言いたげに首を振り振り、槍を地面から抜いてグルリ…と上空を見渡した。
 空にはこれと言って何もない。

「リーブよぉ、お前、どこから見てるんだ?」

 言いながら、槍を壁に突き刺す。
 鋭い刺し跡が壁に開いた。
 なんなく槍を引き戻し、シドは次の地点に向かうべくゆっくり歩き出す。
 バレットもそれに続いた。

『まぁ、企業秘密ってことで』
「けっ!仲間だろうが!!」
『それはそれ、これはこれ』
「なんって薄情な」

 がなったバレットにどこか楽しんでいるようにも聞こえる口調で返したリーブに、シドは一瞬だけ苦笑いをした。
 それは、自分たちへ向けられている殺気に気づいたからだ。

「ま、外でこんだけ派手にやってたら気づかれるのも時間の問題だわなぁ」
『そういうことです。ついでに盗聴もされていますからね、だからここでは企業秘密なんですよ、バレット』
「は?なんだそりゃ?」

 怪訝気に眉をしかめたバレットの目の前でシドは立ち止まり、腰を落とした。
 上空を睨みつける。

「ほらよ、企業秘密の理由がおいでなさった!」

 シドの言葉が終わるかどうか…。
 2人の目の前に建物の最上階付近から2つの人影が飛び降りた。
 ギョッと目を見開くバレットに、飛び降りた敵は間髪いれず、踊りかかった。

「うおっ!」

 シドに突き飛ばされてその初撃に空を切らせる。
 と…。

 ビシッ!!

 異音と共に、バレットが背にしていた外壁がバックリと切り裂かれた。
 巨漢をゴロゴロと地面に転がせてから立ち上がったバレットに、第二、第三撃が叩き込まれる。
 義手を盾にしたり、慣れてはいないが蹴りを繰り出したりしてバレットはその攻撃を辛くもしのいだ。
 ようやっと体勢を整えて荒い息をつき、バレットは驚愕に目を見開いた。

「げげっ」

 バレットの丁度背後にあったのだろうか、外壁が部分的に抉られ、地面も陥没している。
 まともに喰らったら恐らくその時点で戦闘不能だ。

「なんちゅう威力だ…」

 黒の目だし帽をかぶっているため、どんな容貌をしているのかさっぱり分からないが、ノースリーブから覘いている太い腕は成人男性のものだ。
 その男が手にしている武器を改めて見やり、バレットは怒りに駆られた。

「てんめぇ!2年前の悲劇を知ってるくせに、まだマテリア使ってやがるのか!!」

 空気が震えるほどの怒声。
 しかし、男には何の感銘も与えなかった。
 向けられる殺気は微塵も揺るがず、手にした自身の身長ほどもある長くて太い鉄の棍棒をブンッ!と頭上で一閃させた。

 ギリリ、と歯軋りが口から洩れる。

 あんなクレイジー野郎にクラウドが…?
 まったく、どこまで甘ちゃんなんだ、あの野郎!
 助けたらみっちりしごいてやる!!

 いまだ救出出来ていないクラウドへちょっぴり八つ当たり気味なことを考えながら、バレットは義手(あいぼう)を構えた。


 バレットが棍棒使いと一戦交えているとき。
 シドも激戦真っ只中だった。

 相手の攻撃を『紙半重』でかろうじて交わす。
 しかし、あまりの風圧で鎌居たちのように、シドの頬がぱっくり切り裂かれた。
 切れた傷口から血がアゴを伝って滴り落ちる。

「ったく、なにしてくれんだか、この野郎…」

 槍を構えなおしながら悪態をつく。
 その姿は決して虚勢を張っているものではなく、戦いを楽しむ男の姿だった。
 敵も同じらしい。
 手にしているのは鞭。
 鞭の先は枝分かれしており、先に小さな鉄や強化ガラスの欠片がついている。
 まともに喰らったら最後、一生治らない傷が出来ること間違いない。

「にしても、マジで趣味悪い武器だよなぁ…っと!」

 最後の『と!』で思い切り踏み込み、槍を繰り出す。
 敵は身体を反転させてその攻撃を避ける。
 避けざまに危険極まりない武器を振り回す。
 敵が避けるのを見越していたシドが繰り出したまま槍を横に滑らせて敵を追ったが、敵も追われることを想定していた。
 振り回した鞭はシドではなく槍に絡みつく。
 互いに武器を放さないまま、身体を武器の流れのまま反転させた。
 無理に抗うよりも流れに乗ったほうが良い。
 シドも敵も、そのことを知っていた。
 必然的に背中をビッタリと合わせる。

「おめえら、クラウドを掻っ攫ってなにがしたいってぇんだ!」

 背中合わせの状態から相手を地面にねじ伏せる動きに同時に移る。
 力比べの間の問い。
 敵は何も答えない。
 と、一瞬背筋に悪寒が走り、シドの左手が右わき腹へ咄嗟に動いた。
 ギリギリで敵の肘鉄を受け止める。
 受け止めるために身体を捻った反動で、槍に絡み付いていた鞭が離れた。
 同時に敵の右手首が翻る。
 これまた間一髪でシドは身を沈めて回避した。
 一瞬前までシドの頭があった場所を的確に鞭が唸りを上げる。
 身を沈めたままの勢いを殺さず、シドは地面に手をついて思い切り左足を己の背面へ蹴り上げた。
 鈍く重い感触がブーツ越しに伝わる。
 くぐもった唸り声。
 敵の顔面を蹴りつけることに成功し、そのまま槍攻撃を繰り出す。
 しかし、第二撃も第三撃も敵はかろうじてかわし、後ろへ跳躍してシドと間合いを取った。
 この間、僅か数秒。
 流れるような身のこなしに、シドは舌を巻いた。
 目だし帽の上から鼻辺りを押さえている敵の眼光は、いささかも衰えていないどころか、どこか愉悦した光を湛えている。

(ありゃあ完全に、戦いを楽しむ狂人の目だ…)

 シドは全身に悪寒を走らせた。
 正直、戦いは好きではない。
 無論、大切なモノを守るためなら男は命を懸けて戦わなくてはならないと思っているし、だからこそ、槍術なんぞを体得したのだ。
 しかし、楽しいと思ったことはあまりない。
 戦わずに済むならソレが一番。
 しかし、腕に覚えがある人間ほど、戦うことに喜びを感じる者が多いこともシドは知っている。
 そんな大勢の中の1人が目の前の敵なのだろう。
 そして、この目の前の男は、『強さ』を追求するが故に手を出してはいけないものにまで手を出したようだ。

 敵の持っている鞭の柄(え)の部分に埋め込まれているものを見て、シドは静かな怒りにブルリ、と身を震わせた。
 表情が冷たく凍る。

 闘気の中に怒気と殺気を滲ませたシドに、敵が微かに揺れた。
 シドへの恐怖心から…ではないだろうことは、言われなくとも分かっている。

「てめぇのその狂った玩具、てめぇごと回収してWROに引き渡してやるぜ!」

 シドは槍を構えて跳躍した。


 *


 手にした銃を、ターゲットはおろか、その方向すら見ることなく突然発砲したシュリを、ティファはギョッと銃口が向いている方へ振り向いた。
 うめき声を洩らしながら壁の突起した部分に身を潜めていた敵がゆっくりと倒れる。
 その距離、わずか数十メートル。
 拳銃で発砲する上ではそんなに短い距離、というわけではないのだが、ティファにとっては衝撃的だった。
 そんな近い距離にまで敵が迫っていたことに気づかなかったのだから。
 いや、確かに誰かが近くにまで迫っていることは感づいていた。
 しかし…それが『己の身の危険』という当たり前の判断へ結びつかなかった。

「あ……」

 口を手で押さえる。
 頭に血が上るあまり、自分を諌めようとしたヴィンセントへ意識が持っていかれて、周囲の警戒を完全に怠った。
 何たる失態か。
 もしも、あの暴走したままの状態でいたとしたら?
 自分は勿論、ヴィンセントの身まで危険にさらしていたに違いない。
 自分が危険に陥るのは勝手だ、自業自得なのだから。
 しかし、それに仲間を巻き込んだとしたら、どうやって償ったら良い?
 クラウドだって、そんなことになってしまったとしたら、絶対に自分を責めるはず。

 ―『俺が間抜けにも捕まったりしたから…ティファにも…仲間にも…。本当にすまない…』―

 自分自身の存在理由まで問うて悲観するに違いないではないか。
 あと少しでクラウドも、仲間もたった今想像したサイアクの事態へと追いやるところだった。


「へぇ、意外だ。荒療治がうまくいきましたね」


 自己嫌悪に苛まれだしたティファに、なんとも緊張感のない言葉がかけられた。
 ノロノロと顔を上げると、いつもの『ただ、無表情なだけ』のシュリがジッと見ていた。
 わけが分からなくてヴィンセントを見ると、彼もまた、いつもの『ただ、無表情なだけ』な顔にほんの少し、安堵を浮かべて立っていた。

「さ、行きますよ」

 手を差し伸べる…という気の利いたことをするはずもなく、シュリはさっさと背を向けると走り出した。
 ヴィンセントもそれを追う。
 1人、取り残される形になったティファは、困惑しきりに駆け出した。

「あ、あの………良いの?」

 なにが?とは言わない。
 先を走る2人はチラッと視線だけを寄越した。

「良いですよ、元に戻ってくれたので」
「クラウドを助けるんだろ?」

 言葉少ない許しの言葉。
 ティファはなんだかとても泣きたくなってクシャリ、と顔を歪めた。
 だが、喉元までこみ上げた嗚咽を飲み下し、乱暴に目元を拭ってやり過ごす。
 まだ泣くわけには行かないし、泣く場面にはなっていない。
 泣くなら…。
(クラウド…)
 クラウドを取り戻したときだろう。

 もう、ティファの胸の中にドス赤黒い感情はわだかまっていなかった…。


『中尉。バレットさん、シドさんの任務は順調のようです』
「了解。そのままお2人の補佐をしつつ1階部分の『崩落』の準備を各隊員、急ぐように。ノーブル准尉隊、バルト准尉隊はそのまま任務遂行のため、作戦続行せよ」
『『了解』』

 作戦本部にいる他の中尉クラスの隊員からの報告にシュリは淡々と受け答えをして指示を出した。
 ヴィンセントがその隣で黙って銃を構える。
 後ろを走ってくるティファも、落ち着きを取り戻したお陰で自分たちを追ってくる敵をちゃんと把握しているようだ。
 それが、とてもありがたい。
 追ってくる人数を数える3人のまま。
 先ほどシュリが撃ち抜いた敵は、『敵』として力不足だったらしい。
 こちらの様子見…といったところだろうか。

 シュリが視線を寄越してきた。
 ヴィンセントも目配せだけでそれに応える。
 言葉は必要ないし、言葉かけをするなら、シュリではなく…。

「ティファ、先に行け!」

 振り返り様に足を止め、銃を発砲する。
 弾丸は敵に当たることなく天井に穴を開けただけだった。
 全速力で走っていたティファはあっという間にヴィンセントとシュリを追い抜いた。
 ティファは思わず足を緩め、振り返った。
 銃撃の音と共に赤いマントが広い廊下をところ狭しと舞っている。
 シュリもいつの間にか腰帯からファルシオンを抜き放ち、神業的な剣戟を繰り広げていた。
 敵は3人。
 いずれも目だし帽をかぶっているその姿は、『武芸者』というよりは、映画の中でよく見る『強盗』のようだ。
 いや、事実強盗と変わらない。
 人質をとって自分たちをおびき寄せたのだから。

「早く!」

 天井近くまで跳躍し、敵2人を相手に一歩も引かずに相手をしていたシュリが怒鳴った。
 それに後押しされるかのように、再びティファの足に力が入る。

 仲間に背を向ける一瞬、ティファは叫んだ。


「ありがとう!帰ったらうんと腕によりをかけてご馳走作るんだから!!」


『ありがとう』の一言に込めた意味をちゃんと汲んでくれただろうか?

 クラウドを助ける大役を任せてくれてありがとう。
 信じてくれてありがとう。
 自分の想いを汲み取ってくれてありがとう。

 仲間でいてくれてありがとう。


 沢山の『ありがとう』を残して、ティファは思いっきり跳躍した。
 頭上に広がっていたのは、天井ではなく…。


 屋上までの吹き抜け。


 廊下の終わりに突如開けたその吹き抜けをティファは躊躇うことなく突き進む。