「どうだ、少しは城の生活に慣れたか?」

 隣を歩くエアリスに優しく声をかけると彼女ははニッコリ微笑んだ。

 クラウドがエアリスを浜辺で助けてから1週間が経っていた。






人魚姫の恋 番外編 第二王子の恋 2







 一週間前、自分が倒れていた浜辺で見つけたエアリス。
 クラウドはバレンタイン王国に迎えられてから初めてと言っていいほどの安らぎを覚えていた。
 もしかしたら、あの時聴いた歌声の主が現れるかもしれない…と、未練たらたらで訪れた浜辺で、まさか本当に『誰か』と会うとは思いもしなかった。
 勿論、クラウドはあの時、夢うつつの中で聴いた歌声の主はエアリスではないと思っている。
 彼女は声が出ないのだから当然だ。
 だが、それでも彼女の持っている清々しいまでの明るさに惹かれずにはいられない。
 こんな気持ちになるのは幼馴染の少女以外では初めてのことだ。
 そんなクラウドとは反対に、いまだにザックスや養父であるヴィンセント王やルクレツィア王妃、重臣達はエアリスをどこぞの貴族の差し金と疑っている。
 クラウドは呆れていた。

(エアリスが下心を持って俺に近づいただなんてありえない。そもそも、俺があの浜辺に行ってエアリスを見つけたのなんかは偶然に過ぎないのに…)

 ほんの少しの苛立ちを感じながら、その一方でクラウドはちゃんと本当は養父たちの気持ちを分かっていた。
 自分は第二王子。
 玉の輿などと言う言葉では済まされないほどのものを狙われているという自覚はある。
 事実、王家の人間としては頼りなさ過ぎる存在でしかない自分に媚びへつらう貴族令嬢たちが次から次へと現れるのだから。
 パーティーや会食等々、何かの集まりには必ず自分の周りに沸いて出る。
 もっとも、そんな下心満々の女性たちに囲まれる数はザックスの比ではないのだが…。

 ザックスは生来の陽気で気さくな人柄を最大限に生かし、媚びる女性たちに『ひぃこら』しているクラウドを尻目に、はるかに多い数の女性たちを実に優雅にあしらっている。
 その姿を視界の端に映しながら、クラウドはいつもザックスのそんなところは真似てみたいと思っていた。
 勿論、そんな芸当出来るはずもないので試してすらいないのだが…。
 本人に言うと喜んでくれるのは分かっているが、それ以上にからかわれることが確定しているので絶対に言わないと心に決めている。

 そんなザックスはエアリスが現れてからと言うもの、ひっきりなしにクラウドに絡むようになっていた。
 そのことがまた、クラウドには少し鬱陶しい。

(もうそろそろ来るな)

 そう思いながら中庭を歩いていると、
「よっ。ご両人!」
 と声が降ってきた。
 裏切って欲しいのに予想通り登場したザックスにクラウドはうんざりと振り返った。

「ザックス…、アンタ、執務は良いのか?最近前にもまして出現するが…」
「それはお互い様だろ?お前だって執務はどうしてるんだよ」
「俺はちゃんとこなしてる!」
「そうかそうか。えらいなぁ、お兄ちゃんは嬉しいぞ」
「………」
「な〜に嫌そうな顔してるんだよ。大体だなぁ、可愛い弟に会いに来て何が悪い!」
「気色の悪いこと言うな…」
「気色が悪いとはご挨拶だなぁ。こんなに愛してるのに〜。お兄ちゃんは悲しいぞ?」
「やめろ!」

 ザックスのスキンシップを振りほどくことに苦心している間に、またもやザックスにエアリスとの間に割り込まれ、クラウドは内心でため息をついた。
 兄の行動が純粋に自分を心配してのものだと分かっているからこそ、あまり邪険にも出来ない。

(そこまで心配してもらわなくても…)

 とも思う、勿論だ。
 既に成人した男なのに、ここまで過保護にされると反発心が芽生えてしまう。
 しかし、あからさまな反発にまでいたらないのは、やはりクラウドが一番心を許しているのがザックスだからだ。
 この城に来た日からずっと、従兄弟はどこまでも優しく、明るく、そして強い兄だった。
 そんな憧れとも言うべき人にここまで心配されて悪い気ばかりするわけがない。
 若干、自分自身が不甲斐なく感じてしまう…。
 この兄に追いつく日は来るのだろうか?
 ザックスに頭をガシガシ撫でられながらそんなことをぼんやり思ったのだった…。


 *


「クラウド、エアリスのことなんだけどさぁ」

 昼食の後。
 からかうでもなく、さりとて真剣すぎるということもないザックスの『普通の声』に、クラウドは意外な思いで隣を歩く兄を見た。
 この一週間、エアリスの名を口にするとき、必ずザックスはからかい口調になっていた。
 警戒していることを誤魔化しているがゆえの口調。
 それが、どうしたことか『普通の声』で名を呼んだ。
 クラウドは黙ったまま視線だけで続きを促した。
 ザックスは前を向いたまま、
「お前さ、本当にエアリスの正体、知らなくても良いのか?」
 静かな声で、しかし、言い逃れやはぐらかしは絶対に許さない意志を滲ませて訊ねた。
 クラウドは足を止めた。
 同じように足を止め、真っ直ぐ見つめてきたザックスを見つめ返す。
 クラウドはごまかしも、はぐらかしも必要と感じなかった。

「あぁ、必要ない」

 キッパリと言い切る。
 ザックスは少しの間、黙ってクラウドを見つめていたが、やがてニッ…と笑った。
 まるで少年のような笑顔はザックスの持っている数多い宝物だとクラウドは思った。

「そっか。じゃあ俺もそういうことにする」

 そう言うと、今度こそザックスは足を止めないで広い廊下を歩き出した。
 やや遅れてその背を追う。

「クラウド」
「…ん?」
「頑張れよ」

 足を止めないまま、ザックスは振り返ってニッコリ笑った。
 その笑顔に胸が突かれる。

 そうじゃない。
 彼女のことは確かに気になるけど、それは恋慕とは違う。
 恋とか愛とか、そういうものではなくて純粋に『大切にしなくては』と思えるだけ。

 などなど、言いたいことは沢山あるのに言葉が出ない。

 そもそも、幼馴染の少女に淡い恋心を抱いたのが今のところ最初で最後。
 本当の『恋』や『愛』とはいったいどんなものなのか知らない。
 それに自分自身、エアリスへの思いが本当に『大切にしなくては』という漠然としたものだけなのか分からなくなってもいた。
 エアリスの傍にいると純粋にホッとする。
 媚びへつらうことなく、真っ直ぐに本当の自分を見てくれる彼女の澄んだ深緑の瞳は、見ているだけで吸い込まれそうで思わず見惚れてしまうことも1回、2回ではないし、他の男が彼女の隣に立つ姿を想像しただけでイライラしてしまう。
 だが、それが『恋』なのかと自問してみると、ただ単に小さな子供がお気に入りのオモチャをとりあげられた時の感情に似ているとも思ってしまう。

 思いもしなかった兄の激励の言葉に思考が止まり、足も止まっていた。
 小さくなるザックスの背中がクラウドにはとても大きく見えたのだった。


 その翌日。

「エアリス、どうしたんだ?目が腫れてる…」

 朝食の席に着いてすぐ、エアリスの目が腫れぼったくなっていることにクラウドはいち早く気がついた。
 まるで泣き腫らしたかのような瞼の厚みに、彼女が記憶喪失という境遇を嘆いて泣いたのかと心配になった。

「クラウド。お前ってほんとに野暮。あのな、記憶のない女性が不安に思って泣くくらい普通だろ?」

 案の定、とでも言うべきか。
 口下手で人付き合いの苦手な第二王子とは違い、社交的で気配りの長けた第一王子が軽くたしなめた。

「そうだな…すまない」

 クラウドは謝りながら、慌てて首を振ったエアリスから視線を外すと内心でため息をついた。
 どうしてこうも自分は配慮に欠けるのだろう…。
 首を振って慰めるように微笑んでくれたエアリスに、申し訳なさが募る。

 それにしても…と、クラウドは朝食を口に運びながらエアリスとザックスをそっと観察した。
 ザックスがエアリスへ向ける視線が昨日と今日では違う気がする。
 それは、先ほど泣き腫らしたエアリスに無神経なことを言ってしまった直後に感じた小さな違和感からのもの。

(あんなに警戒していたと言うのにどうしたことだろう?)

 もしかしたら、彼女がなにかザックスの心を解かすようなことをしたのだろうか?
 いや、そうなんだろう…と思った。
 それがいったい、どういったものかは分からないが、それでもクラウドにはそれがただの想像ではなく真実だと思えた。
 自分自身を振り返ってみて、そうだと言い切れる。
 エアリスは、人嫌いな自分がこんなにも気を許してしまうのだから。
 彼女が傍にいてくれると、それだけで気持ちが穏やかになる。
 7年以上も住んでいるこの城だが、いまだに自分の居場所とは思えない。
 たまに視察で城下町を廻ることがあるが、村や町に下りたときに感じるのは、『望郷の念』。
 どこまでも自分は王族にはなれないと痛感させられる瞬間だ。
 そして、そんな弱気な自分を否定したいと強がって、結果、自分で自分の首を絞めてしまうのだ。
 どこにいても安らげない。
 唯一、兄がからかってじゃれついたときこそが、自分の居場所を感じられるとき。
 もっとも、それを認めてしまうのは癪なのだが…。

「お、エアリス、もういらないのか?もっと食べないと立派に育たないぞ?」

 ごちそうさまでした、と口パクで言いつつ、手を合わせたエアリスにザックスがからかった。
 勢いよく顔をザックスに向け、真っ赤になったエアリスが眉を吊り上げた。
 猛然と、
『どこを育てるって言うのよ!』
 と唇が言っている。
 ザックスは悪戯少年の顔で笑うと、
「そりゃ、身長に決まってんじゃん。他にどこがあるって言うんだよ」
 憤然として言葉に詰まったエアリスにますます調子に乗ってからかった。

『失礼な〜!!』

 わなわなと身体を震わせ、唇をきゅ〜〜っと引き結んでいるエアリスに、それを見ていた執事や女官たちが必死になって笑いを堪えている。

(………)

 なんとなく。
 なぁんとなく、クラウドは面白くない気分になった。

 なんだっていきなりそんな『フレンドリー』になってるんだ?
 つい昨日まで滅茶苦茶警戒してたくせに。

 そこまで思ってクラウドはハタ…と思いとどまった。
 まてまて、今のはまるで『好きな子をお兄ちゃんに盗られて拗ねている子供』のようではないか!

 自分で出した結論にブンッ!!と1回だけ首を振る。

 いやいや、自分が好きなのはティファだから。
 エアリスは勿論大切だけど、異性としては違うから。
 …なら、この面白くない気分はなぜ?

「エアリスって意外とスケベなんだな〜」
『〜〜!!このバカ王子!!』

 エアリスが悔しすぎて涙を薄っすら浮かべて勢いよく立ち上がり、荒い足取りでザックスに近寄った。
 ザックスはサッと立ち上がると彼女を待たずして、
「ご馳走さん」
 やや小走りで食堂から出て行った。
 その後をエアリスが追いかける。
 いつもなら、一緒に食堂を後にする兄が自分の方を見ることなくさっさと出て行ってしまったことにクラウドは憮然となった。
 そして、またしてもハッとする。

(……これじゃあ、ザックスをエアリスに盗られてイライラしてるみたいじゃないか…)

 好きな子をお兄ちゃんに盗られて拗ねている子、という設定もイヤだが、お兄ちゃんを他の人に盗られて拗ねている子、という設定はもっとイヤだ。


「殿下、パンのおかわりはいかがですか?」
「…………いい…」


 がっくりとうな垂れた第二王子に、執事がそっと声をかけた。
 力なくそれに応えたクラウドの元にエアリスの気が済むまで叩かれてやったザックスと、気が済むまで叩かせてもらってすっきりしたエアリスが笑いながら戻ってきたのはそれからすぐのことだった。

「クラウドをおいてったから、悪かったなぁと思って戻ってきたぞ」

 兄のこの一言で気分が浮上した自分を、『現金人間だなぁ…』と、自分で自分に苦笑した。


 *


「ザックス殿下、クラウド殿下、国王がお呼びです」
「「 げっ 」」

 家臣からの無情なその言葉をクラウドとザックスが聞いたのは、朝食後すぐのこと。

 家臣はその呻き声を完璧なまでに無視し、
「お伝えしましたぞ。今すぐです」
 念押しすることを忘れずに一礼して去っていった。

「…」
「…」

 そう、逃げようのない命令だった。
 ザックスとクラウドは暫く食堂のドアを呆然と見つめていたが、おもむろに顔を見合わせた。
 そして…。

「「 じゃんけんポイッ! 」」

 唖然とするエアリスには気づきもせず、壮絶なじゃんけん争いに突入した。
 中々勝負のつかないじゃんけんに、2人の背中がじっとりと汗ばむ。

(なんで呼び出し!?俺、なにもしてない…はずだよな?)
(…また…、貴賓客をもてなせ…とかだろうか…。勘弁してくれ)

 真剣勝負をしている間、両殿下の頭の中はグルグルと急な呼び出しの理由を探ることでいっぱいだった。
 この勝負に勝っても負けても、謁見の間に行かなくてはならない事実は揺るがないのに、それでも真剣だった。
 謁見の間に一番最初に足を踏み入れるか、二番目で済むか、その違いは意外と大きいのだ。
 実際に王の拝謁する身になればこの違いの大きさはイヤでも気づく。


「よっしゃ!」
「………くそ…」


 ガッツポーズを決めるザックスに腹が立つものの、勝負に負けてしまったクラウドに文句を言う権利はない。

「じゃ、エアリスは適当にゆっくりしてて」

 笑顔で手を振るエアリスに見送られ、ザックスはうな垂れたクラウドの背を押しやりながら食堂を後にした。
 広い廊下を歩く間、ザックスに背中を無理やり押されながら渋々歩くクラウドの胸には1つの不安があった。
 もしかして、エアリスのことだろうか?
 彼女を拷問にかけろ、という重臣は実は結構多かったことを思い出すと、怒りと不安でおかしくなりそうだ。
 しかし、この一週間で彼女への疑問を持つ者はあらかた消えたはず。
 疑問視している者たちの筆頭であったザックスがこんなにも態度を和らげていると言うのに…。


 重厚な作りのドアの前で足を止める。
 ドアの向こうから言い様のない重圧を感じ、クラウドは1つ、深呼吸した。

「あ〜、なんだろうなぁ…。すっげぇ、イヤな予感する」
「…言うな…ザックス」
「クラウド〜、お兄ちゃまって呼べっていつも言ってるだろ?」
「…本当にそう呼んで欲しいのか?」
「ごめん、ウソ」

 くだらないやり取りは一瞬。
 ザックスとクラウド、両殿下の訪室を伝える兵士の声と共に衛兵の手によってその扉が重々しく押し開けられた。


 *


「エアリス…、俺は旅に出る」

 謁見後。
 茫然自失状態のザックスと共にクラウドはなんとなくエアリスの部屋を訪れた。
 たった今、王から告げられた決定事項は直接的にはクラウドへ、ではなくザックスへ、だったのだが、それでもその衝撃はちょっと…、かなり重かった。
 困惑しきりのエアリスを前に、クラウドもどうしてやったら良いのか分からず途方にくれる。

「ザックス……」
「慰めはいらないクラウド。俺は…俺は!!」
「…別に慰めはしないけど、『会ってから』決めても良いんじゃないか…?旅に出る云々は…」
「おまえ〜〜、他人事だと思って軽く言いやがってー!」
「イ、イタイイタイ、だから、髪が抜けるだろ!?」
「抜けるかこれくらいで!!そんな根性なしな髪ならいっそ丸ごと抜けてしまえ!!」
「なに言ってるんだ、支離滅裂だ!!」
「やかましいー!!」

 今までにないほどの取り乱しように、クラウドはどうしたものかオロオロするばかりだ。
 しかしそれも、エアリスが思い切り手をパチン!と鳴らしたことで2人ともはハッと我に返った。

「ご、ごめん、エアリス。なんのことか分かんないよな」
「…すまない…」

 シュン…、とうな垂れる2人を前に、エアリスはニコニコ笑いながら彼女が座っているソファーをポンポン、と叩いて座るように促した。
 躊躇うことなくドッカ…、とザックスが隣に座ったのを見て、クラウドは真向かいに椅子を移動させて座った。
 さきほど、食堂で感じたような面白くない気分にちょっぴりなりかけたが、ザックスの心情を思うと拗ねるわけにもいかない。

 頭を垂らして心底参っているザックス。
 そのザックスを案じているエアリス。
 2人が並んで座っているその様子に、突然クラウドは胸を突かれた。

 なんて似合いの2人だろう。

 突如、突きつけられたその事実にクラウドは愕然とした。
 ザックスはクラウドと違い、人付き合いが非常に良い。
 憧れる女性は数知れず、パーティーの時なぞ彼の周りには必ず見目麗しい美女が群れていた。
 しかし、その美女たちの誰もがザックスの隣に相応しいとは思えなかった。
 だが、エアリスはどうだ?
 こんなにザックスの隣がしっくりくる女性をクラウドは知らない。


「…来週、俺の結婚相手が城に来ることになった」


 ボソッと呟いたザックスの言葉に、エアリスがビキッ!と体を強張らせたのを見ても、それでもやはりエアリスこそが相応しいと思った。
 そして、エアリスの隣に立つ男もザックス以外ではちょっと考えられなかった。
 それなのに婚約者とは!
 それまで具体的な話は出てこなかったというのに。

 ギギギギギ…、とブリキのおもちゃのごとく、ぎこちない動きで自分へ視線を向けた彼女にクラウドは小さく頷くので精一杯だった。

 ギギギギギ…、と、ザックスに顔を戻したエアリスを注意深く見守る。

 エアリスは何を考えているのだろう?
 もしかしたら、彼女もザックスのことを少しくらいは思ってくれていないだろうか?
 今までずっと、この城に来てから心砕いてくれた兄がもしかしたら手に出来るかも知れない大切なモノ。
 それが…もしも目の前にあるなら、自分はどうしたらいい?

 クラウドが自問している目の前で、エアリスがザックスの手を握った。
 驚いてザックスが顔を上げる。
 クラウドは目を見開いてそれを見ていた。
 完全に2人の世界だ。
 エアリスは眉尻を下げた悲壮な面持ちで瞳を潤ませている…。

(……え〜っと…、俺はこの場合、そっと出て行くべきなのか…?)

 悩んだのは数秒だっただろうか。
 瞳を潤ませたエアリスが、ザックスを見つめて深く深く頷いた。
 なんとなく、
『分かるわ、その気持ち!』
 と言っているように見えるのは…気のせいか?
 クラウドの疑問に対し、ザックスはハッとした顔をすると、
「そうか……そうだったのか、エアリス!」
 握ってくれているエアリスの手を握り返して、ズイッと顔を寄せた。
 思わず「お、おい、こら!」と慌てたがクラウドの声は2人の耳に入らないらしい。
 至近距離で見詰め合っている。

 これは、いよいよ本格的に恋の到来か!?

 クラウドが緊張のあまりゴクリ、と唾を飲みこんだ、そのとき。


「エアリス、キミも意に沿わない結婚相手がいて、旅に出たんだな!!」


(んなアホな!!)


 常識では考えられないその言葉。
 あまりのことに心の中で突っ込んだクラウドだったがエアリスは目を見開いた。
 そして、何度も頷いてますますザックスの手を握り締める。

(えぇぇえ!?マジか?!)

 驚愕に固まるクラウドを置き去りに、2人はすっかり意気投合していた。

「そうだよな、いきなり『お前の結婚相手が来週来るから、しっかり務めを果たせ』だなんて言われて、『はい、分かりました』なんて言えないよな!?」
「言ってたじゃないか…」

 思わず洩れた突っ込みもこれまた完全に無視される。
 なんとなく面白くないものを抱きながら、兄に訪れたかもしれない新しい可能性を思い、クラウドはほんの少しだけ明るい気持ちになった。
 疑問は沢山ある。
 エアリスの言うとおり、本当に意に染まない婚約者があてがわれようとしていて家出をしたのなら、捜索隊が結成されててもおかしくない。
 今のところそういう話は届いていないし、彼女自身、積極的に失われたとされる記憶を取り戻そうとしている風には見えない。
 いや、記憶喪失という境遇を嘆いて泣き腫らすくらいなのだが、悩んではいるのだろうが、それにしても…。

 興奮の波が収まりつつあるザックスとそのことを話しているとき、ドアがノックされた。
 現れたのはリーブ大臣。


「クラウド殿下。…大変申し上げにくいのですがお客様がいらっしゃってます」


 その一言で、クラウドはエアリスが抱えている謎を考えることをプツリ…、と切られてしまった。