「…クラウド、大丈夫だって気にすんな。名誉挽回の機会くらいいくらでもあるっつうの」

 就寝直前。
 メイドの件からシャルアの逆鱗に触れてしまったことまで、エアリスのいないときを見計らって全てを話し、うな垂れたクラウドをザックスは苦笑しながら慰めた。







人魚姫の恋 番外編 第二王子の恋 4








 その日の晩、ベッドに潜り込んでからも中々寝付けなかった。
 何度も寝返りを打っては、脳裏に浮かんだティナの顔を心の中で凝視する。

 ピッチリと分けた前髪にお団子ヘアー、きわめつけが太い黒縁めがね。
 パッと見た瞬間、誰もが『ダサッ!』と呻いてしまうようなスタイル。
 だけど…と思う。
 太い黒縁めがねの奥の彼女の目はどうだった?
 いきなり現れた人間に頭ごなしに疑われ、思い切り敵視されたティナの目は…?
 驚愕に見開かれ、薄っすらと涙ぐんでいた彼女の瞳は……薄茶色。

 幼馴染の少女と同じ色だった。

「……」

 イライラとクラウドは上半身を起こした。
 取り返しのつかないことをしてしまった、という焦燥感が全身を駆け巡る。

 ベッドから抜け出し、窓辺による。
 月はあいにく見えなかった。
 その夜空がまるで、自分自身の心のようだ…とクラウドは思った。
 曇っていて明日(未来)が見通せない…と暗示しているかのようで…。

「いや…でもまさかな」

 1つ頭を振ってバカな考えを振り払おうとする。
 ティファという幼馴染をクラウドはここ数年、密かに探していた。
 クラウドがバレンタイン王家に引き取られた僅か半年後に故郷からどこかへ越してしまった少女のことを…。

 養父たちには内緒で探していたので、バレンタイン王家としての捜査網は使えない。
 そのため、自分で地道に聞き込みをするくらいだった。
 それも、執務の合間で…のこと。
 人を放って大掛かりに捜査することは出来なかった。
 なにしろ自分は一国の第二王子。
 王族がたった1人の少女の行方を捜しているなど、一般人に知られたらどうなるか?
 いや、貴族や諸侯に知られた場合の方がもっと性質が悪いことになる。
 幼馴染の少女とクラウドの関係を調べられるのは明白だし、『幼馴染』以上の関係がなかったと言うことが分かったとしても、クラウドがそれ以上の感情を持っていることは即行でバレる。

 その少女と同じ、というよりも故郷の花と同じ香りを匂わせたあのティナという女。
 もしかしたら、同郷の者かもしれない。
 だから、彼女の髪に故郷の花の香りがしみこんでいて……。

 だが、その可能性をクラウドはすぐに否定した。
 ティファだ。
 身体が…、心が…、魂がそう叫んだ。
 ティナはティファだ!…と…。

 だがしかし、ティファだとしたら何故この城に『偽名』を使っているのだろう?
 名を騙るということは、真実を隠す必要があるときにこそ…だ。
 なら…ティファは…?
 名を騙らなくてはならないような必要に迫られてこの城に?

 その考えに思い至ると、クラウドの心は千々に乱れた。
 ティナの正体がティファではない可能性は当然だがある。
 それも踏まえ、もしも…、もしも彼女がティファだったとしたら?と己に問いかけた。
 ザックス、ヴィンセント、ルクレツィア…。
 クラウドにとって、残された大切な家族だ、彼らに類が及ぶようなことを彼女が画策していたらどうする?
 国の中枢を担うがゆえに、余計その可能性が高かった。
 もうこれ以上、大切な家族を絶対に失いたくない。
 しかし同時に、自分が酷く傷つけてしまった女…、ティナを思うとどうしても決意がつかない。
 彼女がもし、良からぬことを画策していたとして、それが分かった場合、果たして彼女を追い詰め、捕らえるために追随の手を強められるだろうか?
 いや……出来ない。
 何度その弱気な己を振り払おうとしても、その場に立たされた自分はきっと出来ないはずだ、と感じてしまうのだ。

 クラウドは月のない夜空を見上げながら、名も知らぬ神に祈りを捧げ、慈悲を乞うた。


 *


 次の日の朝食でも、まだクラウドは冴えない表情をしていた。
 よほど、シャルア博士の逆鱗に触れたことがこたえたのだろうか?と案じているエアリスの視線を感じながら、クラウドは一睡も出来なかったティファへの思いを鬱々と考えていた。
 もしかしたら…、とエアリスをチラリと窺う。
 ティファ…いや、ティナはエアリスになにか大切な話をしたのだろうか?
 自分の考えもつかないような…、この城に来るためにシャルア博士まで巻き込んで、城の者たち全員を謀(たばか)るような大きな秘密を、口の利けないエアリスに打ち明けていないだろうか?
 そう思うと、いても立ってもいられなくなった。

「あのさ…エアリス。ちょっと……良いか…?」

 食事の後、クラウドは思い切ってエアリスに声をかけた。
 不思議そうにコックリ頷いたエアリスを伴い、昨日の噴水へ向かう。
 道すがら、何度も誘惑に負けそうになってはエアリスに口を開きかけた。
 それを必死の思いで堪えたのは、誰にも聞かれたくないからだった。
 王族、貴族と並ぶだけの要人以外立ち入れない場所で彼女の話を聞きたかった。

「その……昨日の…ティナのことだけど…」

 ようやっと目的の場所についたというのに、クラウドは自分自身の歯切れの悪い物言いに心底嫌気が差した。
 もっとこう、男らしく問いかけたかった。
 自分がまるで、悪いことをたくらんでいるかのような後ろめたさを感じながら問いたくはなかった。
 クラウドが抱えている感情が『後ろめたい』のではなく、『気恥ずかしさ』と『昨日の彼女への悔恨の念』、そして、それらをはるかに超える『幼馴染への情念』だと、本人は気づいていない。

 エアリスはたいそう複雑な顔をしながらコックリ頷いた。
 お互い俯き、地面の一点のみを見つめている。
 そのままの状態でクラウドは言いにくそうに口を開いた。

「あの…俺が行くまでなんの話をしてたんだ?」
「?」

 キョトン…とエアリスが首を傾げた気配がした。
 どうしようもなく焦れる。
 ティナのことを気にしているのは確かなのだが、あまり人に知られたくないという気持ちが強かったからだ。
 頼むからこれ以上、突っ込んで聞かないでくれ、と身勝手にも思ってしまう。
 しかし、何を勘違いしたのかエアリスはいささかムッとすると、サラサラ、とメモにペンを走らせた。
 その一文を読んでクラウドは困ったように眉尻を下げた。

「…『別に当たり障りのないこと』って言われてもなぁ。具体的に何の話しをしたんだ?」

 しかし、その質問に答えるつもりはないのだろう、エアリスはプイッ、と横を向いた。
 困った…。
 どうにかして、彼女の本当のところを知りたいと気持ちがはやって仕方ない。
 ティナの正体(?)を知りたいと望むのは、彼女が案じているような人間ではないと知りたいがため。
 ただその一念だけだ。
 じりじりとした焦燥感に駆られかけたとき、
「女の子同士の話に男が口挟むなんて野暮だぞ、クラウド?」
「…ザックス…またいつの間に…」

 頭から降ってきた呆れた声音にクラウドは脱力した。
 エアリスは『助け舟!』と言わんばかりで、拗ねたような顔をザックスに向けると、口パクでクラウドへの抗議を訴える。
 本当に分かっているのか、それとも『フリ』をしているのか、大仰にザックスは頷いて見せた。

「そうだよなぁ。わざわざシャルア博士を通じてクラウドや俺をたぶらかそうと目論んでるとは思えないよな。そんなことしたら、逆にティナの実家は博士によって抹消されちまう」

 クラウドはザックスのしたり顔にイラッとした。

「そんなことを考えたんじゃない!」
 語気が荒くなったのはクラウドが短気だから…というばかりではない。
 ザックスがクラウドの性格を知りながらあえてからかったせいだ。
 事実、わざと呆れた顔を作っている兄の瞳の奥は、楽しそうに揺らめいている。
「へぇ、じゃあなに考えたんだ?」
 クラウドはイライラとベンチから立ち上がった。
「別に、ザックスには関係ないし」
「エアリスには関係あるのか?」

 見事なザックスの切り返しに言葉を詰まらせた。
 言うべきだろうか?
 ティナが幼馴染に似ている…と。
 話したところで、あり得ないと一蹴されるのは目に見えている。
 いや、このお人よしな2人なら、その可能性を認めてくれるかもしれない。
 だが、それは同時に『思い切りからかわれる』ことをも示していた。

 一蹴されるか…、2人の『からかいのおもちゃ』という道を選ぶべきか。

 迷いはそのまま目の動きに表れ、ついつい「……………いや……別に」という説得力もない安寧な逃げ口上を口にしてしまった。

「なんだそれ」

 と呆れるザックスの隣には同じ表情のエアリス。
 やっぱり2人は似合いなような気がする…。

 などなど、ちょっぴりだけ現実逃避をしたくてそんなことを考えた。

 クラウドは何度か大きく息をして、踏ん切りをつけた。
 結局のところ、自分にはこの2人にしか打ち明けられることも、助力を求めることも出来る人間はいないのだから。


「幼馴染にちょっと似てるかな…って思って…」


 思い切って白状すると、予想通りザックスとエアリスは顔を見合わせた。
 クラウドは覚悟した。
 兄のからかいの言葉の数々を。
 しかし、意外にも彼は、
「へぇ…そうなのか…?」
 と目を丸くしただけだった。
 心の中でそれだけで済んだことを安堵しつつ、それでも顔を上げるにはちょっと勇気が足りなくてクラウドは顔を伏せたままだった。

「クラウド、良いか?」

 真剣なザックスの声音。
 顔を上げると、声と同じだけの真摯な眼差しがクラウドに向けられていた。
 その眼差しが意味を含めて隣を指す。
 傍らには困惑顔のエアリス。

 そうだった、エアリスは自分の過去を知らない。
 そして、その過去をザックスは打ち明けてやれ、と言っている。
 拒むだけの理由をクラウドは思い浮かべることが出来なかった。

「俺の両親が亡くなったのは7年前だ。それまでは、隣の国に両親と3人で住んでた。そのとき、俺の隣の家に住んでた女の子がいたんだけど、その子とティナが似てるなぁって思って…」
「お前、ティナを最初見たときには気づかなかったんだろ?なんでそう思ったんだよ」

 膝を組み、その膝の上に肘を着いて頬杖を着いた怪訝そうなザックスの言葉の中に、一種の『拗ね』が混じっているのを感じた。
 クラウドは昨夜を思い出す。
 そして、『あぁ、そうだった』と思い至ることがあった。
 ティナがティファかもしれない、という重要なことを告げていなかったのだ。
 あの時は、言っても良いものかどうなのか自分の中で踏ん切りがつかなかったのであえて隠していた。
 そのことをザックスは『水臭い』と拗ねている。
 面映い心地が胸にじんわりと広がったものの、それをなんと説明して良いのか分からないので、
「…別に…」
 とだけ口にし、言葉を濁した。

「ウソつくならもっとマシなウソをつけ」

 ジト目で突っ込んだザックスに、彼が思った以上に拗ねていたことを感じ、クラウドは内心で苦笑しつつ『ティファかもしれない』と気づいた理由を言おうとした。
 だが…。

(『ティファの香りがしたから』って言うのか!?)

 あまりと言えばあまりの理由に愕然とする。
 思い出の少女と同じ香りをしていたから…などと言ってみろ、確実に『変態』扱いされてしまうだろうし、エアリスには『ケダモノ』として蔑まれてしまうかもしれない。

(た、耐えられん…!)

 結局最後までクラウドは頑としてそのことを話さなかった。

「お前、よっぽど恥ずかしいこと想像したんじゃないだろうな」

 執務に戻る直前、ザックスは最後とばかりに挑発的な台詞を口にした。
 あやうく真っ赤になってザックスのトラップに引っかかるところだったが、クラウドは最後の最後まで『黙秘』を貫いた。
 そのお陰でクラウドは不名誉な称号を与えられる事態を回避出来たのだが、その代償としてティナの正体を知る手がかりを得ることは出来なかった。

(…本当に……どうしたら…)

 午前中いっぱい、執務をこなしながらも上の空になってしまったことは言うまでもない。


 *


「なぁ、なんかエアリスおかしくなかったか?」

 晩餐の後。
 歩くと足が痛むエアリスを送ったクラウドに、隣を歩きながらザックスが言った。
 クラウドは無言で頷くと、憂鬱な気分でため息をこぼした。
 昼食前、彼女を中庭の奥まったところまで迎えに行った時からエアリスはなんとなくおかしかった。
 彼女はなにも打ち明けてくれなかったので分からないが、きっとティナのことなのだろうなぁ…と思っている。
 エアリスは人が良い。
 だが、それだけではなく、ティナと普通以上に波長が合ったらしく、昨日の失態からこっち、シュン…とした様子を見せている。
 それがクラウドを二重に責めていた。
 1つは勿論、ティナへの暴言等々。
 もう1つが、自分のしでかした暴走によってエアリスから唯一の友達を取り上げてしまったことだ。

(本当に…俺ってろくなことしないよな…)

 どん底に落ち込みそうになる気力を奮い立たせるたった1つの思いは、ティナがこの城に来た目的を知ることだけだった。
 正義感が異様に強い堅物のシャルア博士があんなにまでして庇ったのだ、ティナがどこぞの悪巧みをしている組織の人間とは考えにくい。
 なら、彼女は一体どうしてこの城に?
 直接博士に問うという選択もあったが…。

(無理…だよな…)

 思いため息をまた1つこぼす。
 彼女のあの憤怒の表情を思い出しただけで裸足で逃げ出したくなる。

 ティナの正体を聞きに行ったとしても、絶対に白を切りとおされるのがオチだ。
 いや、それ以前に門前払いを喰らう可能性のほうがうんと高い。
 クラウドは仮にもこの国の第二王子だが、そういう身分云々は博士に通じない。

『あら、なにかご不満?なら結構、この国から出て行って差し上げてよ?』

 腰に昂然と手をあて、隻眼に侮蔑の光を湛え、普段使わない丁寧語(?)を駆使する彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
 想像の産物のくせに、妙にリアリティーに富んでいるシャルアの姿に、ゾッと背筋を凍らせた。

「クラウド?大丈夫か?」
「……あぁ…」
「大丈夫じゃ…ねぇな」
「……あぁ…」
「…もう部屋に着いたぞ?」
「……あぁ…」
「…お休み〜…」
「……あぁ…」
「ダメだ、こりゃ」
「……あぁ…」

 ザックスはガックリと肩を落としてため息を吐き出すと、心ここにあらずな弟の背中を思い切り叩き、文句を言われる前に第二王子の部屋へと押し込んだのだった。

「大丈夫かね…、あいつもエアリスも」
 やれやれ。

 弟の部屋のドアを閉め、両手を上げて肩を竦めつつザックスは呟いた。
 呟きながら、なんとなしにイヤな予感が胸中に競りあがってくるのを感じている。
 クラウドもエアリスも、あのティナという女性に異様に執着している。
 きっと、ティナという女にはなにか人を惹きつけるものがあるのだろう…とは思っている。
 だけど…。

「…本当にシャルア博士の親戚…か?」

 顎に手を添えて考える。
 自分の部屋に戻ってベッドにだらしなく寝転がって、う〜ん…と唸った。
 昨日、自分に告げられた重要な『王子としての責務』。
 そのタイミングで現れたティナという女。
 なんとも…符合しすぎていないだろうか?
 自分が今、考えた『可能性』がもし、現実のものとなったら?

「うっわ〜〜、シャレになんねぇ…」

 片手で顔を覆ってうつぶせに寝転がる。
 奇しくもそのポーズを隣の部屋でクラウドがとっているとは夢にも思わないまま、ザックスは悶々と眠れない夜を過ごした。

 一方、隣の部屋で兄と同じタイミングで同じポーズをとったとは知らないクラウドは、ゴロリ…と寝返りを打った。
 振り払っても振り払っても着いて回る不吉な予感。
 それがなんなのかまで具体的には分からないし、想像も出来ない。
 せいぜい想像出来たとしても、ティナへ弁明の機会が永遠に与えられない…というくらいだ。
 勿論、それだけでもクラウドの心は軋みを上げて痛むのだが…。

 ベッドに寝転がったまま窓を見る。
 今夜は月が空にかかっているのが見えた。
 だが、いつものように心が凪ぐ様な感傷を与えてはくれない。
 それほどクラウドとって、ティナへの失態がとても重い重い鉛となって胸の奥深くに転がっている証なのだとクラウド自身気づけないまま、夜が過ぎていく。
 眠れない夜、第二日目はこうして更けていった。


 その翌日、クラウドは絶賛寝不足状態で執務をしたお陰で、信じられないミスの連続だった。
 ザックスがフォローしてくれなかったらどうなっていたのか、想像するだに恐ろしい。

「おい、気にしすぎんなよ…」

 メイドが淹れた紅茶を一口啜ったザックスが苦笑した。
 あまりにも使い物にならないので、無理やり休憩を取らされているところだ。
 クラウドはぼんやりとしながら、
「あぁ…そうだな…」
 感情の無い声で紅茶を一口口に運んだ。
 薫り高いバレンタイン王家自慢のロイヤルティーも、今のクラウドには勿体無さ過ぎるほど味気無い。
 吐くとはなしにため息を吐き、クラウドはカップをソーサーに戻した。

「なんだよ、辛気臭いなぁ」

 ほとほと困ったような顔をしながらザックスもカップを置いた。
 そっと片手で口元を覆い、寝不足のためについ出てしまった欠伸をごまかす。
 クラウドにはバレなかったその欠伸だったが、
「殿下、大丈夫ですか?」
「へ?」
 恐る恐る、声をかけたメイドの1人にザックスは顔を向けた。
 ほんのり頬を染めたメイドが、小さな声で「出すぎた真似を…、申し訳ありません」と謝ったのが聞こえる。
 ザックスはカラリ、と笑うと、
「いや、見られてたとは思わなかった。これは失礼」
 気さくにそう言った。
 クラウドは鬱々とした気分で何気なくその会話を耳にしていたが、ふと顔を上げてザックスの視線の先を追った。

「………あ」
「ん?なんだ?」

 思わず洩れた驚きの声。
 ザックスに問われ、咄嗟に「なんでもない」と返し、ジッと兄のカップを見る。
 そして、おもむろに立ち上がるとそのカップを取り上げた。

「なんだよクラウド」
「…なんか虫が入っている」

 驚きの声がメイドと部屋で控えていた執事から上がった。
 ザックスも目を丸くしたが、小走りで駆け寄ったメイドよりも早く、クラウドはカップの中身を窓辺に置いていた観葉植物に注ぎ捨ててしまった。

「も、申し訳ありません」

 そして蒼くなって恐縮するメイドを尻目に、クラウドは駆け寄った執事にカップを渡した。

「もう休憩は良い。俺とザッ…兄上は仕事に戻るから下がってくれ」

 最敬礼をする使用人2人を前に、ザックスはただただ目を丸くした。
 クラウドらしくない行動に唖然としている。

「なんだよ……クラウド、虫なんか入ってなかっただろ?」

 メイドたちが下がってからザックスは不審そうな顔丸出しでクラウドに問うた。
 クラウドは無表情のまま、肩を竦める。

「あれが一昨日言ってたメイド」
「ゲッ…」

 顔を歪めた兄を見ることなくクラウドは自分用の大きなデスクへ戻った。
 書類をめくりながら、
「虫は入ってなかったけど、ヤバイ薬が入ってたら困るだろ?」
「お前……なんつうことを…」
 呻くように言ったザックスに、クラウドは淡々と言った。


「女は本当に怖いからな…見た目と違って」


 ここ数日で身にしみていたクラウドの言葉は、とてもとても重いものにザックスは聞こえたのだった。