思いがけずに一人旅 2




 子供達を乗せたシエラ号を見送ったティファは、そのまま真っ直ぐ帰路に着いた。

 まず、店の中と自分とクラウドの部屋、そして子供部屋を綺麗に掃除しよう。
 そして、きちんと片付いた家で、クラウドを待とう。
 きっちりと話をして…。
 ちゃんと謝って…。
 そして…ゆっくり休養を取ってもらって…。
 それから、二人でボーンビレッジへ向かおう…。

 ティファは胸の中にわだかまっている不安を振り払うように、一つ一つ計画を頭に描き、帰宅と同時にそれらを実行に移した。

 店内と各部屋の掃除は、いつもよりも丁寧に行った。
 店内の掃除では、普段出来にくい天井のファンまで布巾で拭き清めた。
 換気扇の掃除も出来た。
 子供達のお気に入りのぬいぐるみやお面も日に干した。
 自分達のベッドのマットも、ベランダに無理やり出して干す事に成功した。

 一通りそれらをやり終えたティファがホッと一息ついたのは、既に正午を回っていた。

「あ〜、疲れた…」
 綺麗に磨きのかかったカウンターに突っ伏すと、冷たい木の感触が頬に気持ち良い。
 ティファは突っ伏したまま顔を反転させると、改めて時計を見つめた。

 コチコチコチコチ…

 静まり返った店内で、時計の針の音だけが静かに響いている。

『クラウドは……今、どの辺かな……』

 これまで一度も見た事のない彼の激昂した様子を思い出すと、途端に胸の中の不安が膨張する。
 確かに…、彼の事を心配している…と言いながらも、どこかで子ども扱いしていたのかもしれない…。

『だって…クラウドったら自分の事は後回しにしちゃうんだもん…』

 だから…いつか倒れてしまうんじゃないかと心配になる…。

「もっと自分を大切にしてくれる人なら、こんなに心配したりしないのになぁ……」
 ポツリと零れた言葉は、シンと静まり返った店内にいるティファに寂しさを募らせる。
 ゴソゴソとポケットから携帯を取り出すと、パカッと開き……。

 ピッピッピ…。

 表示させた『クラウド』の文字。
 そのまま通話ボタンを押す事も出来ず、溜め息を吐いてそのままパタンと携帯を閉じた。

 もしかしたら、バイクの運転中かもしれない…。

 そう自分に言い訳をして、ティファは苦笑いを浮かべた。
 どんなに自分に言い訳した所で、所詮自分の心を偽る事なんか出来ない。

 電話しないのは…出来ないのは……。
 怖いから…。
 今朝、クラウドが見せた苛立った顔…。
 自分に投げつけられた怒りの言葉…。
 それを思い出すと、どうしても通話ボタンが押せない。
 もしも…。
 もしも本当に『自分の事を子ども扱いするイヤな女』だと思っていたら?
 もしもこのまま、彼の心が自分から離れてしまったら?

 もしも…というだけで、こんなにも身が竦んでしまう…。

 もっと彼の事を考えて…冷静になって言葉を使えば良かった…。
 疲労が溜まっている彼に、あんな風にお説教してしまうだなんて…。
 本当に何て考えなしだったんだろう……。

 後から後から、後悔と不安が胸に押し寄せてくる。
 泣きそうになりながら、それでも泣くまいとグッと唇をかみ締めた。
 握り締めた携帯は、それでもクラウドからの着信を告げてはくれない…。
 ティファは鳴らない携帯を握り締め、そのままカウンターに額を押し付けた。




 一方、ティファの心痛の原因であるクラウドは、と言うと……。


「はぁ………」

 深い深い溜め息を吐いて、フェンリルに寄りかかっていた。

 パカッと携帯を開き、ピッピッピ…と憂鬱そうに携帯を操作、表示させたのは『ティファ』の文字。
 そのまま、通話ボタンを押す事もなく、再び溜め息を吐いて携帯を閉じる。
 その動作を繰り返す事、既に小一時間になる。
 はたから見たら滑稽な彼の仕草に、突っ込む人間も、首を捻る人間いない。
 何故ならクラウドは、エッジが見下ろせる小高い丘に愛車を停めていたのだ。
 そうして、眼下に広がるエッジの街を眺めながらほとほと困り果てていた。

 急遽入った仕事に出かけた頃に上っていた頭の血は、依頼主の所へ着く前にはすっかり冷めていた。
 そして、仕事が終わる頃には、自分がしでかした事に対して血の気が引いていた。


 とんでもない事を言ってしまった……


 常の自分なら絶対に口にしない言葉を、あろう事か一番大事な人に言ってしまった…。
 つくづく、自分が気付いている以上に疲れていたんだと思う…。
 そして、彼女の言葉の一つ一つが、そんな自分を労わってくれているものだったと痛感する。
 それなのに…!!
 自分はそんな彼女に一体何と言った!?

『いつからティファは俺の母親になったんだ!?』
『子ども扱いされなくても、自分の健康管理くらい出来る!』

 挙句の果てに……。

『もう良い!説教は沢山だ!!』


 もう…本当に……。
 時間が巻き戻せたら巻き戻したい……。
 と言うか、その時間に戻って自分を殴りたい…。


 埒の明かない思考の迷路にはまり込んでかれこれ小一時間…。
 そんなクラウドの脳裏に、
『ありがとうございました!!クラウドさんのお陰で彼女と結婚出来ますよ〜!!』
 と、急遽仕事を依頼してきた青年の幸せ絶頂の笑みが浮かび、クラウドは苦々しく足元の石を蹴り飛ばした…。



『もう、ほんっとうにお願いします!!クラウドさん以外に頼れる荷物の運搬屋さんはいないんですよ!!』

 そう早朝に電話をかけてきた依頼主。
 クラウドがその依頼主から荷物を受け取り、運んだ先は見事な大邸宅。
 依頼主の青年の家は、極々平凡な家だったと言うのに…。
 クラウドの荷物を受け取ったその屋敷の主らしき壮年の男性は、満足そうに…しかしどこか寂しそうな…そんな様々な表情をない交ぜにしながら、荷物の受け取りにサインをした。
 クラウドはサインを受け取ると、依頼主の青年の元へとんぼ返りした。
 本来なら荷物を配達し終えた時点で仕事は終了なのだが、青年のたっての願いだったし、荷物を受け取った時点では『このままジュノンに向かうのも…な…』とボーンビレッジへ行く事に酷く消極的だった。
 そして……。
 クラウドは青年の家にとんぼ返りした事を後悔した。

 何の事は無い。
 クラウドが運んだ荷物は、結納の品だったのだ。

 大邸宅の主であるご令嬢の父親は、一般人の青年と自分の娘が結ばれる事を快く思っていなかった。
 まぁ……当然だろう。
 しかし、二人の気持ちは父親の予想を上回って強かった……らしい…。(『らしい…』というのは、あくまでも依頼主の青年の言葉を借りている為だ。)
 数々の無理難題をこなしていく青年に与えられた最後の試練が……今日、父親が出勤する前に結納の品を届ける…というもの。
 その品を届けるのは青年以外の誰かでないと認めない…という条件付き。

『なんだその条件は…!?』

 青年の元へ戻って事情を聞いたクラウドは、軽い眩暈に襲われた。
 そして、青年が何故、配達が済んだ後でもう一度自分の所に来るよう強く希望したのか…。
 その理由を耳にした瞬間に、この仕事を引き受けた事を後悔した。

『いや…。まさか、クラウドさんが配達して下さった直後に、お父様から縁談承諾の電話をもらえるとは思っていなかったので、結納の品を届けた時のお父様の様子をクラウドさんから直接聞きたかったんです。いやぁ…本当にお忙しいのに無理を言ってすいません』

 すいません。
 口でそう言いながらも、これっぽっちも申し訳なさそうではない、幸せ絶頂の青年。
 クラウドは、
『そ、そうですか……』
 怒りで震えそうになる声を何とかコントロールし、ドッと押し寄せる疲労を肩に背負って青年の家を後にした。

 子供達との約束を反故にし、貴重な時間を費やして…。
 おまけに大切な彼女と喧嘩をするというアクシデントつきの状態で家を後にした、緊急の仕事の内容が、
『他人の仲を取り持つ為の配達』
 だったとは…!!

『本当にありがとうございました!これからも何か配達する物があったら、ストライフ・デリバリーサービスを利用させてもらいますね〜』

 背中にかけられた言葉に、
『二度と請けるか!!』
 と、心の中で一蹴する。

 そうして、クラウドはそのままエッジの見下ろせる丘にやって来たのだった。


 分かっている。
 もう既にユフィ達が迎えに来て、エッジにティファ達がいないという事くらい…。
 そして、今回の騒動はどう考えても自分が悪い。
 そして、早くティファに謝るべきなのだ…という事も…。
 だが…。

 だがもしも…。
 もしも彼女が『もうクラウドとは口を利かない!』とか思っていたら?
 携帯をかけても無視されたら…?
 いやいや…それくらいなら良い方だ。
 怒っている…という事は、元気な証拠だ。
 反対にもしもまだ、彼女が傷ついた瞳をしていたら…!?
 何と言って謝罪すれば良いと言うのだろう!?
 いやいや、きっと今頃シエラ号の中で子供達と一緒に自分の愚痴をこぼしているはずだ…。
 それに何より、ティファがまだ落ち込んでいたらユフィ達が黙っていないだろう…。(怒りの電話攻撃が来るのは間違いない。)
 それが無いという事は、きっとティファはもう落ち着いた……という事……だと思いたい……。(かなり必死で切実な願望)

 ………そう言えば、デンゼルとマリンに急に入った仕事の説明もしないで飛び出してきちゃったな……。
 はぁ……本当に、俺って奴は……。


 グルグル同じ事を想像しては、溜め息を吐く。


 もしもこんな情けない姿をザックスに見られたら、絶対に笑われるだろうな…。
 エアリスが見てたら……張り倒される事は確実だ…。
 いや…それくらいで今朝の事が帳消しになるなら安いもんだな……。
 本当…どうしようか……。


 その時。
 それまでクラウドの掌に収まりうんともすんとも鳴らなかった携帯が、着信を告げた。
 びっくりし過ぎて、小さなそれを落っことしそうになりながらも、何とか持ち直して液晶画面を見る。
 そして、表示された人物名にクラウドは眉を顰めながら、通話ボタンを押した。

『…………もしもし?』
「ああ…なんだ?」
『…クラウドか?』
「…そうだ…。一体誰にかけるつもりだったんだ?」
 耳に低く響いてきた寡黙な仲間の言葉に、クラウドは首を傾げた。
『いや、呼び出し音が切れたと思ったら何も言わないので、他の人間が出たのかと思った』
「ああ…なるほど…。それで?」
 恐らく、ヴィンセントも今朝の出来事を知っているのだろう…。
 という事は、わざわざお説教の為にかけてきたのだろうか…。

 すっかり卑屈モードに入っているクラウドの脳裏に、寡黙な仲間の背後にいるであろうお元気娘の怒り狂った顔が浮かび上がる。

『それで…とは?』
「…いや、だから何か用事があったんだろう?」
『あ、ああ…そうだった…』
「…………」
『…………』

 どうにもかみ合わない会話に、クラウドはますます首を捻る。
 そんなクラウドの耳に、
『ちょっと、しっかりしてよ!』
『そんなに言うなら、お前がすれば良いだろう?大体…私は話すのが苦手だ…』
『なに言ってやがんでぇ。おめぇがじゃんけんで負けたんじゃねぇか』
『ヴィンセント…頑張って』
『おうよ!って言うかよ〜、早く話さねぇとクラウドの奴、短気だから携帯切っちまうぜ!?』
 と、他の仲間達が何やら言い争っている声が聞えてきた。

 …ヴィンセント…。
 送話口に手を当てて無いからまる聞こえだぞ…。
 それに……。
 お前ら…なに企んでるんだ!?
 絶対にろくでもないことだろう!?!?


 クラウドは仲間達が何やら計画を立て、それを実行に移すべく自分に電話をかけてきたことを悟った。
 常の彼なら、察した時点で携帯を切り、電源を落とすのだが、今朝の事がある。
 仲間達が立てた計画も、十中八九、それが元凶となっているはずだ。
 という事は……。
 自分が犯してしまった過ちの償いに少しでもなるなら、仲間達の計画とやらに乗るべきだろう……。
 というか、それ以外に自分には道が無い気がする…。

 仲間やティファ、それに子供達が知ったら卒倒するような判断を、クラウドは自らに下した。
 そして、そんなクラウドの耳に再びヴィンセントの暗い声が聞えたのだった…。

『クラウド…実はな…』
「…なんだ?」

 言い辛そうなヴィンセントに、クラウドの背中を冷や汗が流れる。

 一体…どんな難題を押し付けられるのだろう……?

『実は……乗ってないんだ…』
「……は?」
『ティファが…シエラ号に乗ってない』

 ヴィンセントの言葉が脳内に浸透するまで、暫しの時間を要した。

 乗ってない…。
 誰が?
 ティファが…。
 何に…?
 ……シエラ号に……。

「乗ってない!?」
 思い出したようなタイミングで大声を上げたクラウドに、携帯の向こうでヴィンセントがびっくりして何やら変な声を上げた気がしたがそれどころではない。
「どういうことだ!?」
 再び大きな声を出すと、
『今からそれを説明するから……少し落ち着け…』
 溜め息を堪えたような声でヴィンセントは宥めつつ、早口で事情を説明した。



『と言うわけだ。分かったか?』
「…………」
『…クラウド。ショックなのは分かるが、一刻も早くジュノンに向かえ。とりあえずはそこからだ。良いか?寄り道をするんじゃないぞ?』
「…………」
『……では……健闘を祈る…』

 プツ、ツーツーツー…。

 ヴィンセントとの会話が終わったクラウドは、半ば呆然とした顔で携帯を切った。
 グルグルグルグル…。
 たった今やり取りした会話が頭の中を駆け巡る。



『実は、ユフィと私が迎えに行ったんだが、店に臨時休業の看板が既にかけられていてな。携帯に電話したら……その……良く分からないんだが『お前と喧嘩した…』と言ってな。それで……『お前の顔を今は見たくない』とか言って……『このままボーンビレッジに行くのはイヤだから』……『それでも子供達を置いて行く事も出来ないし』という事で……あ〜…なんだ…。まぁ、そういうわけで『子供達を連れて暫く放浪の旅に出る』……とか言ってな。携帯を切られたんだ。そのまま電源も切ったらしくて携帯が繋がらない。……ここまでは分かったか?』

『ティファがどこに行ったのか分からないが…。店のトラックがなかったからな。大陸繋がりでどこかに行ったか…、もしくはジュノンから船で別の大陸に向かったか…。私は後者だと思うが…』

『クラウド。何があったのか知らないが、早く追いかけてティファに謝れ。彼女がここまで怒るのは滅多にないことだ。良いな?すぐに追いかけるんだぞ?』

『どこに…って。いや…だから…。恐らくジュノンじゃないかと…。まぁ、これは私の勘なので確かではないが…』

『まぁそうだな。カームや他の街でティファの姿を見かけた人間がいないか尋ねるのも良いかもしれないが、もしもジュノンに向かったのなら、早く行かないと船に乗り遅れてしまう。ティファがジュノンにいないことを確認してから周辺の町や村で聞き込みをする方が良いだろう。そうすれば、万が一、ティファが船に乗り込んでいた際に、遅れを取らずに済む』




「ティファ……そんなに怒ってるのか……。そうだよな、そりゃ…怒るよな…」
 ポツリと呟いたクラウドの頭は、今朝ティファが見せた傷ついた表情で一杯だった。
 その為か…。
 仲間達が何やら画策しているという事を、すっかり忘れていた。

 もしも、仲間達がなにか企んでいる事を察したまま、忘れずにいることが出来ていたなら、もう少し冷静に現状を検討出来ただろうに…。

 太陽が頭の真上で燦々と惜しげもなく陽の光を注ぐ中。
 クラウドは一人、頭上に暗雲を垂れ込めて突っ立っていた。


 そうして、同じ頃…。
 ティファは一人、ジュノンの港で途方に暮れていた…。



 あとがき

 漸く『一人旅』らしくなってきました(苦笑)。
 これからどうなるのか……!?(笑)
 では、次回をお待ち下さいませm(__)m