幸せのかたち4




「は~い、それじゃあ、思わぬ出会いにかんぱ~い!!」
「「「かんぱ~い!」」」
 楽しそうな乾杯の音頭に、アルコールとジュースの入ったグラスが掲げられた。

 ここはホテルのレストラン。
 宿泊客のみではなく、一般の客にも対応したこのレストランで、プライアデスを引き止める事に成功した四人は、プライアデスとアイリを交え、夕食を一緒にする事になった。
 当然、プライアデスは遠慮したのだが、子供達の満面の笑みの誘いに勝てるはずもなく、結局苦笑しながら首を縦に振る事になった。
 アイリまで同席したのには、医師と看護師の勧めがあった。
『たまには病院以外の場所で食事をするのも彼女にとって良い事だろう』
『最近では中毒症状も落ち着いてきたし、食事も手渡しすれば自分でスプーンを口に運べるまでになったから、きっと、レストランで食事をしても変に目立たないでしょう。それに何よりもそうすれば、ライ君も気兼ねなくクラウドさん達と一緒に過ごせるでしょう?』
 この医師と看護師の言葉に、プライアデスと子供達は手放しで喜んだ。
 そして、彼女は今、病院着とは違う、シンプルな白いワンピースに身を包んで座っている。

「う~ん、美味しいね!」
「本当だ!あ~、この魚のムニエル、すっごく美味しい!!」
「あら、本当に。今度、お店で出してみようかな」
「ティファ、レシピも無いのに作れるのか?」
「う~ん、全く同じのは無理だと思うけど、似たようなものなら多分作れると思うわ」
「へぇ、流石ですね!」
 紫紺の瞳を丸くしてプライアデスがティファを見る。
 ティファは、ニコニコと笑いながら、
「そんな事無いわよ。料理を作ってる人なら、皆、ある程度もの真似みたいな事はやってるし」
と、片手を振り振り答えている。
 その様子に、デンゼルとマリンが、
「そうやって自分を過小評価するところがティファの悪いところだよな」
「うん。でも、そうやって謙遜するところがティファの良い所なのよね」
「そうなんだよな…」
と、囁き合った。
 その会話を唯一聞いていたクラウドは、思わず吹き出しそうになって慌ててグラスを傾けた。

 食事は賑やかで、楽しいものだった。
 子供達とティファは終始笑顔で話し続け、クラウドとプライアデスが時折その話に相槌を打ったり笑ったりした。
 プライアデスは、時折、自分の隣に座っているアイリに食べ物の乗ったスプーンを手渡したり、ジュースのグラスを差し出したりと世話を焼いた。
 その二人の光景に、ティファは二年前の自分とクラウドの姿をどうしても重ねずに入られなかった。

 もっとも、あの当時のクラウドは食事を口に運んでも食べる事が非常に困難で、食事の世話もアイリよりうんと大変だったが…。

 ティファが自分達の過去と重ね合わせて見ていた様に、クラウドもまた、二人の様子を自分達の姿と照らし合わせていた。
 勿論、クラウドの場合は中毒症状が重くて当時の事ははっきりと覚えてはいない。
 それでもアイリの世話を焼く紫紺の瞳の青年を見ていると、ふとした拍子に苦しかった闘病生活の中で感じた温もりを思い出した。

 ティファもああしてずっと傍にいてくれたんだよな…。

 当たり前のように隣に座る彼女に、しみじみと感謝の気持ちが湧き上がるのだった。

 アイリはやはり能面のように無表情だった。
 食事を口に運ぶのもかろうじて出来る程度で、今にもスプーンから食べ物がこぼれ落ちそうだし、ジュースをストローで吸う際にも暫く口にくわえてからようやく吸う事が分かるようだった。
 何をするにも動作が緩慢で、食事を楽しんでいる雰囲気は微塵も感じられない。
 まるで、表情のない動物に餌を与えているような錯覚さえ感じてしまう。
 それよりも何よりも、どこを見ているのか、何が目に映っているのかすらさっぱり分からない。
 
 それでも。
 プライアデスは笑顔で彼女に話しかけ、スプーンを持たせてやり、その合間に自分も食事に手をつけるという甲斐甲斐しさだった。
 普段離れて暮らしている反動からか、アイリが全く反応しない事にはまるで気にしていないかのように、穏やかな笑みを浮かべて話しかけたり、時折子供達と会話をしつつ話を振ったりしている。
 勿論、話を振られても彼女がそれに応える事はない。

 デンゼルとマリンは、クラウドとティファの様に二人に対してそんなに遠慮が無い様だった。
 しきりに物言わぬアイリに話しかけたり、自分達が食べて美味しかった物をアイリに勧めたりしている。
 その素直で逞しい姿に、クラウドとティファは子供達をますます頼もしく思うのだった。



 やがて、出された料理もそれぞれのお腹に治まり、皆が満足の溜め息を吐く頃、レストランのドアが荒々しく押し開けられた。

 入ってきたのは、クラウドとティファの同年代くらいの青年三人と、プライアデスとアイリの同年代くらいの女性二人の計五人だった。
 見るからに柄の悪そうな若い客に、ホテルの従業員が目配せしあうのが見えた。
 何かよからぬ事を起こした際、迅速に対応出来るように従業員同士で警戒し合っているのだろう。
 五人はそんなホテルの従業員に気付かないのか、キャーキャーと騒ぎながらレストランの中程までやって来た。
 そこでレストランの従業員が声をかける。
 クラウド達のテーブルからは離れていたのだが、従業員が「係りの者がご案内するまで入り口の待合用の椅子でお待ち下さい」と、説明しているのが分かった。
 すると、若者五人はクラウド達の予想通りの反応をしてくれた。
「あー?何言ってんだよ!」
「そこのテーブル空いてるじゃねぇか!」
「金ならあるっつうの!」
「それともなに?私達がこんな格好してるからそんな事言うわけ!?」
 今にも殴りかかりそうな勢いで従業員に詰め寄る。
 レストランがざわざわとしだし、扉や壁に配置していた他の従業員が動き始めた。
 その時。

 ガッシャーーン!!!

 派手にグラスが割れる音がした。
 クラウドとティファ、デンゼルとマリン、それにプライアデスはその音のした方へ一斉に振り向き、ギョッとした。
 そう。
 その視線の先には…。

「あ……!!」
 アイリの白いワンピースの裾が零れたジュースで濡れている。
 そして、彼女の足元にはグラスの欠片が飛散している。
 たちまち、従業員達は行き先をアイリに変更し、砕けたガラスを片付けにやって来た。
 その間、若者達と従業員の険悪な雰囲気は、突然響いた派手な音によって興醒めしたようだ。
 若者達は、渋い顔をしながら従業員の指示に従って待合用の椅子へ向かっている。

 プライアデスは、駆けつけた従業員に頭を下げ、片づけを手伝い、ティファはアイリの前にかがみこんで彼女の足に傷がないかを素早く確認した。
 そして、特に怪我が無い為、ホッと一息つくとアイリの顔を覗き込む。
「大丈夫よ、怪我して無くて本当に良かった」
 微笑みながら彼女にそう話しかける。
 そのティファが軽く目を見開き、口の中で「え?」と呟いたのを聞いた者は誰もいなかった。
「それじゃ、もうそろそろここを出るか」
 クラウドの声に、ティファはハッと顔を上げる。
 そして、アイリに視線を戻すが、その時には彼女の表情はそれまでと変わりなく能面のように無表情だった。

 気のせい…、よね…?

 ティファは首を捻りながら、クラウド達の後に続いた。
 一瞬。
 アイリと目が合ったほんの僅かな瞬間、彼女が微笑んでくれたように見えたのだ。



 子供達を先に促し、クラウドはレストランを出た。
 その後ろをやや遅れてティファとプライアデス、最後にアイリがプライアデスに手を引かれてフラフラと付き従う。
 レストランの入り口付近に三人が着いた際、ダラダラと歩いていた例の五人組が、入口近くの待合用の椅子にやって来るのと鉢合わせしてしまった。
 五人は憤懣やるかたない様子で、イライラと待合用の椅子に腰をドサッと下ろす。
 その際、男の一人とプライアデスの肩が当たってしまった。
 アイリに気を取られていた為、前方不注意になっていたのだ。
「テメェ!どこ見て歩いてやがる!!」
 イライラしている上に、元々が気性の荒そうな性格の若者達だ。
 肩が当たった事をそのまま無視してくれるはずがない。
 当然、八つ当たりの対象としてプライアデスに目をつける。
 腹立ち紛れにプライアデスを怒鳴りつけ、イライラを発散させようとする若者に、プライアデスが一言口にした言葉。
 それは…。


「あ…。失礼」

 無意識に出た上流階級の育ちの良さ…。


 この一言が、更に若者の精神を逆なでしてしまう。
「あー!?『失礼』だと!?どこのお坊ちゃんだよ、コラ!!」
 たちまちレストランが騒然となる。
 他の客達が一斉に入り口に注目する。
 中には、腰を浮かしていつでも逃げられるようにしている人もいる。
 先にレストランを出ていたクラウドと子供達が、慌てて戻って来た。
 ティファも厳しい顔をして見守っている。
 いつでも応戦出来るような体勢だ。
 そして更に、壁際にいた従業員が数人、慌てて早足で近づいてくるのが見える。
 プライアデスは『しまった』と思ったが、口から出た言葉は戻ってこない。
「あ、いえ。すみません。」
 軽く頭を下げてそのままアイリの手を引いてレストランを出ようとしたが、そうそう簡単に事を済ませてくれる相手でもない。
 荒々しくプライアデスの肩を掴むと、グイッと引っ張り、自分と向き合わせた。
 クラウドとティファがサッと動こうとするのを視線で押し止め、プライアデスは自分を睨みつけている男に真っ直ぐ向き直った。
「テメェ、なめてんじゃねぇよ!!」
「えっと…、馬鹿にしたつもりはないのですが、気に障ったのなら謝ります」
 無表情に近い顔で淡々とした口調で謝罪し、頭を下げる。
 この場合、変にヘラヘラ笑わない方が良いだろうとの判断からなのだが、何をしてもこの手のタイプには効かないのが現状だ。
 いつの間にか、座っていた仲間の四人までもが腰を上げて取り囲もうとしている。
「ったく、なにスカしてんだ!!」
「お~お~。このご時勢にカラーコンタクトかよ!本当のお坊ちゃんってか!?」
「そういや、長期間入院している女にいれあげてるどっかの金持ちのボンボンがいるって噂だけど、お前の事かよ!」
「あ~、そうなんだ~!じゃ、そっちの女がその薄幸の美少女ってやつ~?」
「女連れだからって格好つけてんじゃねぇよ!」

 それはまさに、自分達の事だろう!?

 一体何人のその場にいた客達がそう思った事か…。
 『自分の事は棚に上げる』精神旺盛である。

「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、おやめ下さい」
 従業員が厳しい口調で若者達に注意を促す。
 それがまたまた気に喰わない。
「あん!?何で俺達だけに言うんだよ!」
「先にぶつかったのはこいつの方だぞ!!」
「ケッ!どうせ俺達の事をお前らもバカにしてるんだろう!」
 怒りの矛先が従業員に向かいかけたその時、若者の一人が息を呑んだ。
 そして、目を見開き凝視する。
 口許が微かにわななき、たちまちの内に顔が青ざめていく。
 その青年の視線の先には…。


「アイリ……?」


 まるで幽霊でも見たかのように声を震わせ、アイリを見つめるその青年の一言に、他の若者達が一斉に「「「「え!?」」」」、と声を上げ、次いで青年の視線を追ってアイリを見た。

「「あ…!!」」
「「アイリ!?」」
 青年二人が声を上げ、女性二人が口許を手で覆い、アイリの名を叫ぶ。
 そして、呆然とするプライアデスを押しのけ、呆気に取られているティファを無視し、アイリを取り囲んだ。

「アイリ…、アイリだろ!?」
「そうだ、絶対にアイリだ!」
「ああ、生きてたんだ!!」
「おい、俺達が分かるか?なぁ、何か言えよ!!」
 喜色満面に、口々にアイリに声をかける。
 しかし、当然アイリは何も答えない。
 若者達は、何も言わないどころか、虚ろな表情の彼女にあっという間に喜びの表情から不審の表情へと変化した。
 そして…。

「アイリ…、あんた、その目の色!!」
 女性の一人がアイリの紺碧の瞳に気がつき、後ずさる。
 他の若者達もその一言でアイリの状態に気付き、驚きのあまり言葉を失った。

 若者達のその様子に、従業員は勿論、他のレストランの客達も互いに顔を見合わせたり首を捻ったりしている。

 そんな中、プライアデスが一番最初に衝撃から回復した。
 そして、堪らず茫然自失としている若者達に声をかける。
「すみません。アイリを知ってるのですか?」

 若者達の驚き、戸惑った視線がプライアデスに注がれる。
「何でお前がアイリを知ってるんだよ?」
「って言うよりもアイリのこの眼って、まさか魔晄中毒か!?」
「お前、何か知ってるんじゃねぇのかよ!!」
「て言うか、お前のその紫の目、もしかしてカラーコンタクトじゃないのか!?」
 目を見開いてプライアデスを凝視する。
 そして、戸惑っているプライアデスに女性の一人が激しい口調で言い放った。

「アイリが失踪する前日、森の中で会ったっていう男の子、もしかしてアンタね!?」

 その瞬間。
 若者達が歯をむき出し、怒りの形相も露わに呆然としているプライアデスに掴みかかろうとした。
 しかし、それらの手は横から伸びてきたクラウドの大剣によって阻まれた。
 若者達はギョッとし、体を強張らせる。
 クラウドは冷く一瞥すると、大剣を突きつけたままゆっくりとプライアデスの前に彼を庇うように立った。
 アイリと同じ紺碧の瞳に、アイリにはない凛とした輝きを宿すクラウドの氷の眼差しの前に、若者達が平常心を保てるはずもない。
 たちまちのうちに殺気立っていた感情をかなぐり捨てて立ち竦む。
 そんな若者達にクラウドは、
「話なら外でしよう。ここでは他の人達に迷惑だ」
そう言うと、大剣を突きつけたまま、若者達に先にレストランを出る様に顎をしゃくる。
 若者達がそれに抗う事など出来るはずもない。
 顔を引き攣らせながら、無言でそれに従う彼らのすぐ後をクラウドが続いた。
 ティファは不安そうな顔をしている子供達を守るようにしてその後に続く。
 そして、プライアデスも無言でアイリに手を伸べると、そっと手を伸ばしてきた彼女の繊手を優しく握り、一番最後にレストランを後にした。
 嵐のように去って行くクラウド達と若者達を、レストランの従業員と他の客達が呆然と見送った。