1人でも生きていける。 1人でも『ちゃんと』生きていける。 それが幻想だということに、正確に気づいている人間はどれくらいいるだろう…? ただ…アイシテル 4心身を圧迫して、今にも押しつぶしてしまいそうな目に見えない重圧。 退院してからの目覚めはずっとそんな重圧を感じながらのものだった。 なのに、こうしてまどろみの中にあり、今まさに目を覚ますその現(うつつ)と夢の狭間の中にいるのに全く感じない。 それは、ティファにとって本当に久しぶりな感覚だった。 心地良いまどろみから、徐々に目が覚めていくなんとも言えない幸福感。 もっと眠りたい。 もっとこの温もりの中を漂っていたい。 そう思ったのは随分久しぶりだ…と、思った。 もっとも、ここ数週間以前の記憶はないのだが…。 そこまで考えて、ティファは重たい瞼をこじあけた。 すぐに目に入ってきたのは、キラキラと輝く金色の光。 一瞬、なにが目の前にあるのか分からなかった。 だがすぐに、その光る影にある整った眉、長い睫毛、スッと通った鼻筋、薄く開かれた唇に目がいって、軽く息を呑む。 瞬時に頬が赤くなったのは、もう習慣の1つのようなものなので自分ではどうしようもない。 目の前で愛しい人が眠っている。 自分の腰に彼の腕が巻きついていることにその時初めて気がついた。 そうしてまた、顔を赤らめる。 今はまだ昼を過ぎた頃だ。 お日様は高く、窓から惜しみなくその恩寵を注ぎ込んで来る。 だからか…。 ティファは思った。 クラウドの髪が眩しいほどに輝いているのは、陽の光の恩寵のお陰なのだ…と、ようやく合点がいった。 だが、自分の今の状況にはいまひとつ頭がついていかない。 確か…。 そう、確かクラウドに抱きしめられて思い切り泣いた頃から記憶がない。 無表情で自分の罵声を真正面から受け止めてくれたシェルクを思い出す。 途端、違う意味で頬を真っ赤に染めた。 なんと情けない姿を晒したことか。 いやいや、それよりも、なんの罪も責任もないシェルクに八つ当たりしてしまったことが自分で自分が信じられない気分だ。 子供達のことも気にかかる。 あんなふうに取り乱した自分を見て、子供達はどう思っただろう…? 余計な心配を更に与えることになってしまったのではないだろうか…? もしかしたら、今度こそ呆れられたかも…。 いや、あの子達は優しい子。 そんなことは万に一つもない。 それに、呆れられてしまう相手なら、子供達以上にもっと可能性のある人物がいるではないか。 そうして今、その人物にティファは抱きしめられたままベッドに横たわっているのだ。 なんという幸福か。 恐らく、泣きすぎて酸欠状態になり、そのまま失神するようにして眠ってしまったのだろう。 なにしろ、ここ数週間というもの、熟睡した記憶は全くない。 いつも何かに追い立てられるような…、悪夢の中を必死になって足掻いている感じが付きまとっていたのだから。 思い切り泣いて、クラウドが抱きしめてくれて…。 それが本当に嬉しくて、安心出来て…幸せで…。 そうして、泣きながら眠ってしまったに違いない。 それを、クラウドがベッドに運んでくれて…。 そこまで推測してみてはた、と気がつく。 自分の両手がクラウドの服をしっかりと握り締めていることに…。 真っ赤になってパッと手を離す。 どうりでクラウドが一緒に添い寝する羽目になるはずだ。 服に握り締めて出来たしわが強く残っているくらい、彼にしがみ付いていたのだと思うと、もう頭がどうにかなりそうなくらいに恥ずかしくて仕方がなくなる。 だが、それと同時にやはり嬉しさが抑えきれず、湧き水のように心を満たしていた。 クラウドは縋りつくその手を決して振りほどかなかったのだから…。 一緒に横になって、添い寝してくれた。 こんなみっともない自分を受け入れてくれた…。 一言で言えばこの表現が一番的確だろう。 だが、それ以上のものを感じられる。 それは…。 「…私のこと……好き……?」 ポツリ…。 ティファにとって、僅かな時しか経っていないその彼への問いかけが再び言葉となった。 あの時は、クラウドが目を覚ましてしまったから、慌てて問いかけている主体をマリンに変えてしまった。 でも、本当は…。 「好きに決まってる」 一瞬心臓が止まる。 身体をビクッと硬直させ、ティファは目を見開いた。 そんなティファを、クラウドは抱きしめた腕に力を込め、ゆっくりと目を開けた。 魔晄色に染まった美しいブルーの瞳が、優しい色を湛えて驚き、固まる女性を映す。 「ティファは…俺のこと…好き…?」 口をパクパクとさせ、ティファはこれ以上真っ赤になりようがないほど真っ赤になった。 悪戯っぽく目を細めるクラウドに、『からかうな』とか『冗談ばっかり!』とか、色々文句を言ってやりたいのに、何一つ言葉にならない。 クラウドの瞳を鏡にして、自分が酷く間抜けな顔をしているのを見てもどかしさに拍車がかかる。 「俺は…ティファが大切だ。正直、自分がこんな風になるとは思いもしなかったくらい、ティファのことが大事で仕方ない」 何も言えないティファの代わりに語るように、口下手な男は精一杯の思いを舌に乗せた。 「だから…、大事すぎてどうしたら良いのか分からなかった。あの時……、俺が家を出て行ったあの時は、あれが一番良いと思った。デンゼルの星痕症候群を看ながら、セブンスヘブンの切り盛りまでするティファと一緒に頑張りたいと思ってた。だけど、俺まで星痕症候群になってしまって、ティファやマリンの負担が増えると思った…。そんなことは耐えられない…、そう思ったんだ…」 ティファは黙って耳を傾ける。 あの時、聞きたかったことを彼、自らが語ってくれている…。 「でも、それだけじゃなかった。俺は…自分自身すら守れない。そんな奴が、マリンやデンゼル、それに…ティファの傍にいる資格なんかない…、そう思った…」 「どうして…?」 口を閉ざし、ジッと見つめるクラウドの瞳に吸い込まれそうになりながら、ティファは問わずにはいられなかった。 クラウドはティファが問い返すことを予想していたのだろう。 「それだけティファが大事だったから」 言いにくそうにではあったが、そう言って照れたように笑った。 「ティファは気づいてないみたいだけど、あの時、常連客の男達の大半がティファを狙ってた。その中に、まともな奴も何人かいたし、星痕症候群という治療法のない病に罹った俺よりも、その男達のうちの誰かと一緒にいた方が、ティファは幸せになれる…。そう思ったんだ…それに…」 軽く溜め息をして、クラウドは目を伏せた。 その表情に、ティファの胸がチクリ…と痛む。 悲しげな顔は、一瞬たりともして欲しくない、と強く思ってしまう…。 「ザックスとエアリス。俺の命を救って…、守り抜いてくれた友達。あの2人の血の代償が過去から追いかけてきた。そう思ったんだ…、星痕症候群に罹った時は…」 「そんな…」 思わず口をついて出てきた言葉は、自分でも驚くほどにか細くて力なかった。 そんなティファに、クラウドは目を合わせるとふと微笑んだ。 「あぁ、バカな考えだったと今では思う。でも、あの時は本当にそう思ったんだ。だって、見殺しにしたんだぞ、俺は…。でも…」 ティファが何か言う前にクラウドは『でも…』と言葉の続きを匂わせることでティファから『否』の言葉を奪った。 「実際はそうじゃなかった。弱かった俺は、結局、星痕症候群に罹ったことを2人を見殺しにした報いだと思い込むことで、理不尽な出来事を無理やり納得させようとしただけだ。だから…」 おかしそうに目を細める。 ティファの心臓が高鳴った。 「エアリスとザックスには心配かけっぱなしだったな。デンゼルの星痕症候群が治った時、2人がやっと安心したように笑ってくれた。まるで俺は2人にとって手のかかる小さな子供みたいなんだなぁ…って思ったよ」 「…クラウド…」 「本当に、ごめん」 「…ううん」 「ごめんな…ティファ」 「……ううん、ううん、良いんだよ……クラウド…」 最後の方は涙混じりになった。 ティファは新たな涙に濡れながら、抱きしめてくれるクラウドの胸元に顔を寄せた。 彼のぬくもり。 吐息。 香り。 全てが幸福の証として包み込んでくれる。 暫くそのまま、お互い何も言わずに抱きしめ合っていた。 服越しに伝わる互いの鼓動に、これほどまでに満ち足りた気持ちになったことが過去、あったのだろうか? そう考えて、ティファはふと思った。 きっと、なくしてしまった記憶の中に、こうして手にしている幸福感が沢山あるんだろうな…と。 そう思うと、思い出したくてたまらなくなった。 大切な宝物。 その宝物を隠したのは自分。 それなのに、隠し場所を忘れてしまった間抜けな自分。 そう思うと、記憶を取り戻すことに対して、負い目も、辛さも、焦りも何も感じなくなった。 そう…。 ティファは、無意識のうちに、早く記憶を取り戻さなくてはならないという焦燥感と、記憶を取り戻すことに抵抗を感じている自分、更には、周りの人達が苦しんでいることを知りながらも、どうしても記憶を取り戻すことに対して後ろ向きになっていることへの罪悪感で己を縛り付けていたのだ。 それは、生真面目すぎる性格が災いしてのこと。 記憶のない自分は、家族や仲間、友人に常連客達に、受け入れられない…、必要とされない人間なのではないか…? そう思ってしまったのだ。 周りがなくした記憶を取り戻そうと一生懸命頑張って色々な案を出してくれたり、思い出話をしてくれたり、出来る限りの治療を施してくれたり…。 東奔西走してくれているのに、どうしても皆のその頑張りに自分の心がついていかなかった。 それが…本当に苦しかったのだ。 クラウドに包まれて、安らぎを感じられた今では、自分のその追い詰められた深層心理が良く分かる。 それから2人は、ベッドでくっついたまま、色々な話をした。 主に話をしたのはクラウドだった。 ティファが質問をしてそれにクラウドが答える。 いつもなら、話をするのはティファで、聞き手はクラウド。 だから、この構図はとても珍しい。 だが2人とも、そのことに気づかないほど夢中になって話をした。 中でも家出をしている間の生活ついて、ティファはとても気にしていた。 食事はどうしていたのか? ちゃんとしたベッドでしっかりと休息を取っていたのか? モンスターに襲われて危ない目に合わなかったか? 仕事で行き詰まったことはなかったか? 星痕症候群に侵されているというのに、荒野をバイクで1人走るという行為自体が自殺行為だとは思わなかったのか?等々。 ティファの質問は、どれもクラウドの身を案じるものばかりで、クラウドは時にはつっかえながら、時にはその答え自体を口にせずに聞き流そうとして(勿論、失敗してすっかり白状させられるだけだったが)一生懸命答えた。 そして…。 「クラウド……あの……」 「ん?もう質問は終わりか?」 「ううん…あと1つだけ…」 「あぁ」 「……」 「…ティファ?」 「……怒らない?」 「なにを?」 「…その…今から聞くこと…」 「…内容にもよるだろうけど、ティファに怒ることなんか1つだってあるはずない。反省することばっかりだから」 「あのね、そうじゃなくて…」 「あぁ」 「その…クラウドのことを信じてない…とかじゃなくて…」 「 ? 」 「あの……あのね…」 スーハースーハー。 深呼吸をしてティファは腹に力を込めた。 意を決して紺碧の瞳を見つめる。 「クラウド…、家出している時…、女の人のところとかには……その…」 クラウドは目を丸くした。 言いにくそうにしていたから、どんな質問が繰り出されるのかと内心ヒヤヒヤしていたのだが、なんとも予想外の質問にポカン…としてしまう。 ティファはその表情に勘違いしたらしい。 途端、眉根が寄って盛り上がり、眉尻が下がって八の字になる。 今にも泣きそうな顔に、クラウドは慌てた。 「あるわけないだろう、この俺が」 「…でも…わかんないもん…」 「ティファ…」 はぁ。 脱力して溜め息を吐いたクラウドに、ティファは真っ赤になって涙目で睨みつけた。 「だって、弱ってる時に優しくしてくれる人がいたら、その人に縋っちゃってもおかしくないじゃない」 唇を尖らせ、微かに震えるティファにクラウドは『やれやれ』と軽く首を振った。 呆れた顔しかしないクラウドに、ティファは更に真っ赤になる。 その表情はまるで小さな子供だ。 クラウドはクスッと小さく笑った。 内心で、 (『弱ってる時に優しくしてくれる人がいたら、その人に縋る』って、そっくりそのままティファにも言えることなのに) そう思った。 何しろ、状況だけで考えたらティファの方が『悲劇のヒロイン』なのだから。 信じていた人間に裏切られ、捨てられた女性。 しかも、その女性には血の繋がりのない子供達がいる。 おまけに、そのうちの1人は思い病を抱えている。 女の細腕で子供達を養い、看病するうら若き美女。 完璧なシチュエーションではないか。 よくもまぁ、自分が戻るまでの間に他の男の影が現れなかったものだ、と思う。 ある意味『奇跡』なんじゃなかろうか…。 「ティファ」 ティファの腰に巻きつけていた腕を片方外してそっと頬に手を添える。 途端、拗ね顔は恋する女性のそれに変わり、クラウドの心臓を大きく跳ねさせた。 それでも、胸の鼓動を無視してクラウドはしっかりとした口調で彼女に語る。 言わなくてはならない言葉を。 「俺がそんなに器用だと思うか?」 「……」 「家出して自分の世界にどっぷり嵌り込んでるような奴が、ずっと考えてたこと、何だったのかまだ言ってなかったけど」 「……」 「せめて…俺が死んでしまうまでは、誰のモノにもなって欲しくないって勝手なことを考えてた」 「……」 「生きてる間だけは、ティファに触れて良いのは俺だけでありたい、そう思ってた。だから…」 「ティファの心配はありえない」 この一言で通じて欲しい。 そう願ったのはほんの一瞬。 その願いが叶ったのは一呼吸する間だけ…。 「…良かった…」 そう言って、ティファはまたひとしずくの涙を零した。 その笑顔はとても美しく、クラウドも釣られて微笑んだのだった。 |