例え記憶をなくしても、人間の根幹は変わらない。 そう…信じてる…。 ただ…アイシテル 6「ティファ…大丈夫かな」 暗い顔をして俯くマリンにデンゼルが同じような表情でパフェを見つめた。 実においしそうなチョコレートパフェだ。 しかし、デンゼルとマリンの関心は目の前の魅惑的なそれよりも、家に居るであろうティファで頭がいっぱいだった。 「大丈夫です」 「「 …シェルク… 」」 「大丈夫です」 縋るような顔で見つめてくる子供達に、シェルクはもう1度言った。 力強い口調ではないが、淡々としたその声音に込められている絶対の信頼に、少しだけ気分が浮上する。 シェルクは紅茶を一口啜り、カップをソーサーに置いた。 「あれだけ泣けたということは、ティファの心がようやっと解放されたということでしょう。記憶を取り戻す、取り戻さない以前の問題がようやく解決した証。これから徐々に良くなります」 少しだけ硬い説明に、だが聡い子供達は首を傾げることなく、逆に嬉しそうに頬を緩めた。 「シェルクがそう言ってくれるとなんか安心するよな」 「うん!そうだよね、ティファ、良くなるよね」 声を弾ませた子供達に、だがシェルクはその陰に潜んでいる拭いきれない不安を感じ取った。 だが…。 「えぇ。心配は無用です」 結局、気の利いた言葉を思い出せなくて、当たり障りのない平凡な言葉を舌に乗せた。 クラウド並みに口下手な彼女の精一杯。 デンゼルとマリンは、その年齢からはちょっと想像しにくい『大人びた』内面を兼ね備え、シェルクの拙い励ましにニッコリと笑って返した。 まだまだ甘えたい盛りのはずのこの2人を前にして、シェルクは自然と背筋が伸びる気持ちがした。 自分だって幼い頃に攫われて人体実験などというとんでもない境遇で今日まで生きてきたのだが、その閉塞的な環境から救出されたあの日からこっち、急速に心は成長を始めた……と、自分でも感じている。 何しろ、姉と再会したばかりのあの時、目の前で姉が半殺しにされてもなにも感じなかったというのに…。 (人間とはいくつになっても成長するもんなんですね…) さほど年齢がいっているわけでもないくせにそう思う。 クラウドの無骨な優しさ。 ティファの包み込む温かさ。 それらを当たり前のように一緒に住むようになってから受けていたが、それが決して当たり前なんかじゃなかったとようやく気づいた、目が覚めたような感じがしている。 そして、自分の出来ることの少なさに内心で歯噛みした。 だがそれも、今朝までのこと。 あんな風にティファに怒鳴られることは、確かに辛いし、ちょっと泣きそうだった。 だが、ティファにむき出しの感情をぶつけられたことを少し誇らしく感じている。 クラウドにも、ましてや子供達にも出来ない役目を担えたのだから。 ティファはもっと早くにああやって爆発しても良かった。 それなのに、ずっとずっと、我慢して自分の中に溜め込んで…。 そのことに、家族全員が気づいていたのに、さてどうやってその溜め込んでいく『ストレス』を放出させるか…ということがここ数日間のクラウドとの相談の議題として持ち上がっていた。 だから、近々家族みんなで旅行か買い物か…。 なにか開放感溢れることをしよう、と話し合っていた。 少しだけ計画が狂った感じがしないでもないが、結果オーライだ。 きっと、今頃は2人して目を覚ましている頃に違いない。 クラウドもティファも、毎日毎日、目の下にクマを作って寝不足の顔をしていたから、久しぶりに熟睡できただろう。 こうして子供達を連れてクラウドとティファに2人だけの時間を作ってやったのは、中々自分で言うのもなんだがナイスプレーではないだろうか? 「シェルク?」 「どうかした?」 デンゼルとマリンが心配そうに声をかけたことで、シェルクは物思いから現実の世界に戻ってきた。 「なんでもありません」 澄ました顔してサラッと流す。 2人とも小首を傾げたが、いつものシェルクに戻ったと感じたのだろう、心配そうな顔をやめて年相応の表情で、目の前の溶けかけのパフェをスプーンですくった。 「「 やっぱり美味しい!! 」」 声を揃える2人に顔が緩む。 微笑むな、という方が無理だ。 デンゼルとマリンの可愛さは天下無敵だ。 などと考えてしまうくらいに、シェルクの心は成長(?)していた。 そんなシェルクに、 「「 はい! 」」 2つのスプーンがズイッと差し出された。 それぞれのスプーンに乗っているのは、デンゼルのチョコレートパフェとマリンのフルーツパフェ。 小さなスプーンから今にもアイスが落ちてしまいそうだ。 「「 早く早く! 」」 「…あ、はい」 パク、パク。 続けざまにチョコレートパフェ、フルーツパフェをパクついた。 正直、味がこんがらがって美味しいのかどうかよく分からない。 だが、 「…美味しいですね」 「でしょう!」「だろう!」 期待で目をキラキラさせている2人に正直な感想を言えるものか。 2人が期待しているであろう言葉を口にして、その喜ぶ顔に満足する。 もしかしたら、さっさと飲み込んでしまった二種類のパフェは本当に美味しかったのかもしれない、とか、味を思い出そうとするくらい、今のシェルクは心が柔らかだった。 実に喜ばしい成長振り。 だからこそ、ティファが退院する時、シャルアはシェルクをセブンスヘブンで生活するように促したのだ。 ここまで心豊かになったシェルクならば、きっとティファの支えになるばかりでなく、クラウド達にとっても助けになるだろう…と。 その予想は覆されることなく、大きな役割を果たしてくれた。 その事実をまだ、シェルク自身は知らない。 クラウドとティファが、実はシェルク達のいるパフェ専門店のすぐ傍のオープンカフェテラス形式のレストランで遅い昼食を摂っていることなど知りようがない。 そして、クラウドとティファが記憶を取り戻すために事故に遭う前を再現しようと行動に移したことも当然知らない…。 「シェルクも注文したら良いのに〜」 「抹茶パフェも美味しそうだったよ?抹茶嫌い?」 「いえ、昼食を食べ過ぎたのかお腹がいっぱいだったので。それに2人からもらったから充分満足」 食べ終わって店を後にする時、そう言って見上げてきた子供達の頭を軽く撫でる。 デンゼルとマリンに挟まれ、両手を繋いで歩くのは何となく新鮮だった。 いつもはティファがこの輪の中に必ずいたからだ、と気づくことに時間はかからない。 だが、あえてそれを口にしない。 子供達が自分以上に違和感を感じていることが痛いくらいに分かるからだ。 傷をわざわざ広げるようなこと、どの口が言えるものか。 と…。 「あ…」 シェルクはその目に飛び込んできたものに目を見開いて立ち止まった。 急に立ち止まったシェルクに、子供達が少しだけ驚いて一緒に立ち止まる。 シェルクの視線を追って、デンゼルとマリンも見た。 目を見開く。 信じられない思いで顔を見合わせ、シェルクを見る。 シェルクの目も大きく見開かれていたが、デンゼルとマリンの視線に気づいてパアッと笑った。 デンゼルとマリンも破顔する。 「「 クラウド、ティファ!! 」」 4車線の通りを挟んで並び立つ2人の姿がそこにあった。 赤信号のため、立ち止まっている2人と自分達の間を車が何台も通過する。 エンジン音と人々の喧騒、自分達と2人との距離を考えると、どんなに大声を上げたとしても聞こえるとは考えられない。 だが…。 クラウドが、そしてティファが驚いたように顔を向け、そして笑ったのが見えた。 デンゼルとマリンがもう1度シェルクを見上げ、2人へ顔を戻す。 嬉しさのあまり、赤信号を無視して走りかねない子供達を、シェルクは少しだけ焦りながら…、それでもクラウドとティファへ視線を逸らせないまま、笑いながら2人の小さな手を握る己の手に力を込めた。 クラウドとティファの手が繋がれている。 緊張した雰囲気は微塵もない。 周りにいるどのカップルよりも輝いている2人。 失ってしまった大切なものを取り戻した証拠。 早く早く。 赤信号を待つのがもどかしい。 子供達の小さな手からその気持ちが強く伝わってくる。 シェルクにも、その気持ちが胸のうちに瞬く間に広がっていく。 (もう…大丈夫) そう思った。 (ようやっとこれからスタートなんですね) そう思った。 だから…。 ティファの笑顔が少し驚いたそれに変わったことが…。 傍らに立っているクラウドが、ティファの異変に気づいて顔色を変えたことが…。 更には、頭を抑えながらフラフラと周りを見渡したティファが、突然何かに気づいて駆け出したことに、息を呑んだ。 ティファが走り出したその先にあったものを見て全身が凍りつく。 デンゼルとマリンもビクッと身を硬くして恐怖に目を見開いた。 その場にいた通りすがりの人達の悲鳴は、ティファの狂った行動への驚き一色。 クラクションと同時に上がるブレーキ音。 「 ティファ!! 」 ティファを追いかけてその腕を捕まえたクラウドの叫び声が、それらの喧騒を縫って辺りに響き渡った。 * (ぎりぎりセーフだった…はずだ。なのに…) クラウドは己の手を見て拳を握った。 確かに捕まえたはずの細い腕。 格闘術をする彼女なだけあって、無駄な肉が一切ない引き締まった感触は、だが女性らしい柔らかさをも持っていた。 そう、ぎりぎりでティファを引き止めた。 なのに、彼女はクラウドの腕に包まれた直後、激しく抗った。 ティファにしか見えない何かへ必死に手を伸ばしたかと思うと、唐突に失神してしまったのだ。 急に駆け出したティファの行き先は、交通真っ只中の道路。 車が恐ろしいスピードで走っているその真ん中。 一体何を見て慌てて駆け出したのかさっぱり分からない。 分からないが、ティファが記憶をなくした事故現場だったことは確かだ。 トラックが横滑りをして、ティファが巻き込まれた…あの事故。 普通ならその程度の事故に巻き込まれるティファではない。 もっとも、一般人なら巻き込まれた時点で死んでいるのだが、不幸中の幸いでティファは一般人とは違う身体能力を持っている。 お陰さまで、命に別状はなかったのだが…。 (なにをしようとしたんだ…?) 失った記憶を取り戻すために、退院してから何度も足を運んだ事故現場。 何度も足を運んだが、全く成果なく今日まできてしまった。 だから、 『クラウド…、もう1度あの場所に行ってみたいの』 そう言ったティファに、内心では反対だった。 だが、記憶を取り戻すことに対し、別の意味で前向きになったティファの気持ちに水を差すことが憚られ、結局一緒に行くことになった。 取り戻した絆のお陰というやつなのだろうか? 確かに、今まで足を運んでなんの反応もなかったティファが、新たな反応を見せた。 しかし…。 (喜べる反応じゃないところが…またなんとも…) はぁ…。 重苦しい溜め息を吐く。 と。 「クラウドさん、終わったよ」 勢い良くクラウドはソファーから立ち上がった。 クラウドにくっついて座っていたデンゼルとマリンがおっかなびっくり、落っこちそうになってなんとか体勢を整える。 シェルクは診察室から顔を出した姉に身を乗り出した。 「どうでした?」 「あぁ、大丈夫。脳に過剰なストレスがかかって失神しただけみたいだな」 その説明に、4人は全身から力を抜いた。 クラウドはあまりの緊張から解放され、脱力してソファーにどっか、と逆戻りした。 膝に肘を置いて虚脱する…。 「クラウドさん、ティファさん、念のため一泊入院した方が良いかと思うんだけど…」 「え…、あぁ…そうですか…」 「どうする?連れて帰る?」 クラウドはノロノロと顔を上げた。 デンゼルとマリンが不安そうに眉根を寄せて見つめてくる。 シェルクも無言でクラウドに問うていた。 クラウドは少しだけ考えて、 「連れて帰っても大丈夫そうなのか?」 「あぁ…多分ね。あくまで念のため…だから」 「そうか…」 もう1度デンゼル、マリン、シェルクの順で視線を向け、最後にシャルアを見た。 「連れて帰る。もしもなにかあったらバイクを飛ばすことにする」 「そうか、分かった」 デンゼルとマリンはホッとしたように頬を緩め、シェルクはいそいそと診察室へと入っていった。 その後ろを子供達がピッタリとくっついて行った。 クラウドもゆっくりと腰を上げると診察室へ入ろうとして…。 ガシ。 「え…?」 シャルアに腕を掴まれる。 視線だけで、そっと隣の部屋へ促される。 胸に言いようもない不安が押し寄せた。 子供達に聞かせられない内容なのだとイヤでも察しがつく。 「ティファさん、なにしようとしてたのか分かる?」 隣の部屋にそっと入ってすぐ、そう話しを切り出された。 クラウドは首を振るしかない。 本当に分からないのだから。 シャルアはほっそりした顎に手を添えた。 「事故の時からずっと疑問だったんだ。どうして彼女は事故に巻き込まれたのか…ってね」 「……」 それはクラウドだって感じていた。 ティファならばよけられたはずなのに。 何故よけられなかった? よけなかったのだろうか…? もしもよけなかったとしても、どうしてよけなかった? よける必要がないと思ったのか? いや、まさかそんなバカなことは考えないだろう。 ティファは自分の力を過信するようなバカではない。 では何故? 「実はね、あのトラック、無人だったって知ってた?」 「……は?」 それは全く知らないことだった。 シャルアは軽く溜め息を吐いた。 「事故を起こしたトラックは炎上したんだけどね、運転席からなんにも出てこなかったんだ。それに、ブレーキ跡はなかったしね。横転した時にタイヤが片輪走行になったから、その跡しかなかった」 「……初耳だぞ…?」 呻くように声を押し殺す。 そんな大事なことを何故今まで黙っていた!? クラウドの中に沸々と怒りが湧く。 シャルアは気まずそうに首を振って、最後は『降参』と言わんばかりに肩をすくめた。 「言ってなかった。だって、言ったらアンタ、そっちの方にばっかり神経がいくだろ?」 「……う…」 「そうなったら、ティファさんの傍にいてやることよりも、事故の真相を洗う方へ駆け出しちゃうだろ?」 「……うぅ…」 「というわけで、局長と一緒に黙ってた」 あ、次いでに言っとくとこの事件、他の英雄の皆と一緒に目下捜査中だから。 本当に、次いでのように付け加えられた真実に、クラウドはガックリと頭を垂れた。 確かに、今聞かされたことを事故当日に聞かされていたら、記憶喪失となったティファを置き去りにして真相を暴くために必死になったに違いない。 もしもそんな風になってしまっていたら…? 今日、やっと取り戻した『絆』は、取り戻せないままズルズルと辛い日々をティファに与え続けていたに違いない。 だがそれでも、なんとなく蚊帳の外にされていた感は拭えない。 思えばおかしいな、と思ったのだ。 他のメンバーはいざ知らず、あのお元気娘であるウータイの忍びが、退院当日にしかセブンスヘブンに顔を出さなかった。 ティファの記憶を取り戻すために、それこそ階段上から彼女を突き飛ばすとか、そういう恐ろしい手段を色々考えそうなのに…。 「はぁ…本当に俺はなんにも見えてないんだなぁ…」 情けなくなってつい弱音が口をつく。 シャルアは苦笑した。 「そんなことないさ。現に彼女が急に走り出したのをファインプレーで引きとめたんだろ?シェルクから聞いてるよ」 「…それくらいは全くなんの役にも立ってない…」 「なに言ってんだか。アンタがあそこで止めなかったらティファさん、今頃棺桶の中か、身体中チューブまみれでベッドにいるよ」 「……グロテスクな表現はやめてくれ」 「事実さ」 「………」 「それにしても…」 軽い口調でポンポンと会話していたが、真剣な声音になった科学者をクラウドは見た。 理知的な瞳を細め、宙を見つめるシャルアは、 「ティファさん、本当に何を見たんだろう…」 最後に一言、そう呟いた。 その答えを知っているのは、ティファだけなのかもしれない…。 (ようやく出口が見えたと思ったのに…) クラウドは暗澹たる気持ちでまた1つ、溜め息を吐いた。 |