The bonds between he and her 3



 デンゼルとマリンに両手を引かれる様にして帰宅したクラウドは、いつもの様に子供達に柔らかな笑みを浮かべていた。
 そして、子供達の頭をそれぞれ撫でながら「遅くなって悪かった」と、謝罪している。
 そう、ここまではいつもの彼の姿だった。
 しかし、ここからがこれまでの彼とは違っている。
 最近の彼は子供達への挨拶が終わると、すぐに店内の奥にある扉へ消えてしまうのだ…。
 いつもなら、必ずカウンター、もしくは店内を見渡してティファを探し、微笑んで見せるというのに…。
 今のクラウドは、ティファには視線を合わせず、
「ただいま」
と、たった一言告げるだけで、仕事の装備を外し、シャワーを浴びに行ってしまう。

 ティファは、そんなクラウドにどこまでも笑顔で、
「おかえりなさい」
と声をかけるのだった。
 しかし、その瞳は寂しそうな、悲しそうな色を湛えて揺らめいている。
 その姿に、子供達は勿論、常連客の数人は気付いていたが、あえて口にしない様、暗黙の了解が出来ていた。

「旦那と喧嘩でもしたのかね…?」
 ぎくしゃくしている二人を心配していたクレーズがふとこぼす。
「喧嘩ですか?」
「ああ、前ならこう、もっと、こっちが見てて恥ずかしくなるくらい、初々しい愛情表現してたのに、最近ではちっとも見られねぇんだよな…」

 寂しそうな声を出すクレーズに、エリックは何か話さなければ、と思ったらしい。
「デンゼル君もマリンちゃんも、『二人が喧嘩してる』なんて心配してませんでしたけど…」
と言ってみる。
 そんなエリックに、クレーズは片手を振って見せ、溜め息を吐いた。
「ああ、あのお子様達なら家族の心配事は他人には言わないだろうな…。何て言うか…、二人共そういう事は『精神的に大人』ってやつでさ。マリンちゃんなんかは、特に卓越してるぞ」
「…他人、ですか…」
 感心したように語るクレーズに、いささか肩を落としながらエリックが繰り返す。
 クレーズは、エリックのガッカリした様子に豪快に笑って見せると、彼の背中をバンバン叩いた。
「まあ、そう落ち込むなよ!あいつらは血よりも強い絆があるのさ、分かるだろ?だからと言って、あんたの事を疎んじているわけじゃないんだしよ!」

 エリックは、大きく前傾姿勢になりながらも、クレーズの励ましに弱々しく微笑んで見せた。


「あら、喧嘩でもしてるの?それとも、私には分からない『男の友情』って奴かしら」
 笑みを含んだ声で、ティファが料理とカクテル、ビールの乗った盆を持ってやって来た。
 その料理とアルコールの数々を見て、クレーズが口笛を吹く。
「本当は、普段子供達がお世話になってるエリックさんの為なんだけど、相席してくれたから、クレーズさんにもサービスしちゃうわ」
 ウィンクするティファに、クレーズは二カッと笑って見せた。
「いやぁ、本当にティファちゃんは良い女だよな!クラウドの旦那がいなかったら、俺の嫁さんになってもらいたいくらいだぜ!」
「フフ、お褒めに預かり光栄だわ。でも、これ以上サービスはないわよ」
「本当の事なのになぁ」
「まぁ、嬉しいわ。ありがと!」
「本当にそんな風に思ってねぇだろ?」
「まさか。ちゃんと嬉しく思ってるわ」
「本当かねぇ?」
「本当よ」

 笑顔でポンポン軽い会話をしている二人を、エリックは微笑みながら黙って見つめていたが、
「本当に、お二人は仲が良いんですねぇ」
 ティファとクレーズの会話が途切れ、ティファが料理をテーブルに並べていると、唐突にそう口にした。
「え?」
「な…!?」
 エリックの言葉に、ティファとクレーズはポカンとする。
 そして、クレーズはやや焦りながらカウンター奥へ視線を飛ばした。
「お、お前な!そんな滅多な事言うんじゃないよ!ここの店長は、常連さんにはこんなもんなんだよ!」

 顔を赤くしながら早口になり、焦るクレーズの姿にに、今度はエリックがポカンとした。
「あ、えっと、そうなんですか?」
「『そうなんですよ!』大体、ティファちゃんにはクラウドの旦那がいるんだから、他の男なんざ目に入らないっつうの!」
 だろ?と言って、ティファに振り向く。

 ティファは、顔を赤くしながら「もう!」と口を尖らせると、エリックに苦笑して見せた。
「クレーズさんの言う通り、常連さんにはこんな感じなんです。エリックさんも、デンゼルとマリン含め、これからもよろしくお願いしますね」
 エリックは、ティファのはにかんだ笑みを眩しそうに見つめながら、ニッコリ微笑み、頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。デンゼル君やマリンちゃんの言う通り、ティファさんは素敵な方ですねぇ。いつも、二人からティファさんやクラウドさんの話を聞かせてもらってるんですよ」
 ティファは、エリックの言葉に恥ずかしそうに頬に手を当てた。
 その子供っぽい仕草に、思わずエリックとクレーズは頬を緩める。
「やだ、あの子達ったら、どんな事を話してるのかしら」
「そりゃあ、おたくら二人がいつまでも青春してるって話じゃないのか?」
 クレーズのからかいに、ティファは「もう!」と頬を膨らませると、顔を真っ赤にさせながら逃げるように足早にカウンターへと戻って行った。

 まるで穢れを知らない少女の様な仕草に、周りの客達も自然に笑みを誘われる。

「クレーズのおっちゃん、またティファを苛めたのか?」
 カウンターに戻ったティファの様子を一部始終見ていたデンゼルが、悪戯っぽく笑いながらやって来た。
 両手には、ティファの運びきれなかった料理がある。
 その料理の数々を見ながら、再び口笛を吹き、クレーズはその料理を受け取った。
「ばぁか、いつも苛めてなんかないだろ?いわゆる『愛情表現』ってやつだよ。それにな、おれはまだまだヤングマンなんだ!おっちゃんって呼ぶんじゃない!」
「そんなこと言っちゃって。クラウドに殺されちゃっても知らないよ」

 さらりとクレーズの言った『ヤングマン』という言葉を無視して、デンゼルがそう言った時、
「何の話をしてるんだ?」
 呆れた口調でクラウドが声を掛けた。

 シャワーを浴びたばかりで、生乾きの髪が店の照明の下、キラキラと輝いている。
 その姿に、デンゼルは憧憬の眼差しを向け、ニッコリと笑って見せた。
「クラウド!ホラ、いつも話してるだろ、エリックの兄ちゃんだ」
 デンゼルの嬉しそうな言葉に、クラウドはエリックに顔を向けた。
 エリックはクラウドの視線が自分に向けられると、少々慌てながら立ち上がり、クラウドに右手を差し出した。
「初めまして、エリックです。デンゼル君やマリンちゃんから、お話は沢山聞かせて頂いてます。ぜひ一度お会いしたいと思ってました」

 笑顔で挨拶をする彼に、クラウドも短く自己紹介と子供達が日頃お世話になっている事のお礼を、これまた簡潔に述べて差し出された手を握り返した。
 その様子を、クレーズはニヤニヤ、デンゼルは嬉しそうに笑いながら見つめている。


 クラウドは、エリックの事をデンゼルやマリン、そしてティファからの話で少々知っていた。
 子供達がとても良くしてもらっている事、彼の弟が星痕症候群の為なくなった事、それも、奇跡の雨の直前の悲劇であったということ等を…。

 それらの話を聞いていたクラウドは、直接会う事が出来たら、ぜひいろいろな話をしたい、と思っていた。
 そう、寡黙で人付き合いの苦手なクラウドにしては珍しく…!!
 そして、その事をデンゼルやマリン、ティファにこぼした事もあったのだ。
 その時の三人の反応は、揃って『目を丸くする』だった…。

 その為、今夜やっとささやかな願いが叶ったクラウドは、一時店の手伝いからはずれ、クレーズとエリックのテーブルに椅子を持ってきて腰掛け、話をしているのだった。
 デンゼルはそんなクラウドを羨ましそうに見ていたが、滅多に他人と話がしたいなどと口にしないクラウドの為、自分がその分見せの手伝いをするのだ!と、言葉にせず、行動によってそれを表した。
 クラウドはそんなデンゼルの気遣いに心の中で感謝しつつ、ゆっくりとエリックから話を聞かせてもらう事が出来た。

 ところが今、こうしてそのささやかな願いが叶ったというのに、クラウドは面白くない気分だった。
 目の前で笑顔を絶やさず、嬉しそうな顔をして日頃どんな風に遊んでいるかを語っているエリックに、苛立ちにも似た感情を覚える。

 エリックが話すデンゼルやマリンは、本当に生き生きとした『子供らしい子供』の姿をしている。
 それこそ、自分を慕ってじゃれてくる姿よりも、何故か彼の語る子供達の方が『本当の姿』なのではないか…?と、思えるほどの自然な姿…。
 彼にこうして会って話をするまで、クラウドは自分の知らないデンゼルやマリンの姿を、エリックから聞きたいと思っていた。
 大切な子供達の色々な姿を知りたい…、そう思っていたと言うのに…。
 それなのに、今、エリックの語る子供達の姿に、不快な、それでいて取り残されたという感じがするのは一体何故だろう…?

「あの、どうかしましたか?」
「え?」

 いつの間にか、エリックの話に相槌すら打つ事を忘れたクラウドに、彼が心配そうに見つめている。
 クレーズもどこか呆れたような、それでいて少々労わるような顔をしていた。
 何となく、今のクラウドの心情を理解している…、そんな目をしていた。

 クラウドは、ハッと我に返ると、短く非礼を詫びて立ち上がり、「店の手伝いに戻るから…」とか何とか逃げ口上にしか聞えない台詞をボソボソ口にし、カウンターへと去って行った。
 その後姿を見つめてエリックはどこかガッカリした顔をする。
「僕、何か気に入らない事を言ったのでしょうか…?」
 気落ちするエリックに、クレーズはグラスを傾けながら苦笑して見せた。
「いや、多分そんなんじゃないさ…」
 その言葉に、困ったような、戸惑ったような表情で、クレーズを見る。
 クレーズは、グラスの中身を空けると、短い癖のある赤茶色の髪をガシガシ掻き回した。
「ま、旦那には旦那の悩みとか、思いがあるって事だろ…?」
「はぁ、そうなんですか…。でも、僕、話の中で何か悩ませるような事を言いましたかねぇ…?」
「ま、それこそ人それぞれって奴じゃねぇのかな」
 クレーズは苦笑して、「まぁ、気にするな」と、エリックの肩をバシンと一回叩いて慰めた。

 エリックは、少々痛そうな顔をしつつも、クレーズの心遣いに嬉しそうな顔をして、
「有難うございます」
と、頭を下げた。
 その彼に、クレーズは目を瞬かせ、フッと笑みを浮かべた。

「あんた、本当に言い奴だなぁ」
「え?い、いいえ、それを言うならクレーズさんの方ですよ」
「へ!?何でそうなるんだ!?」
「だって、初めて会った僕に、相席を快く勧めてくれたし、それに、クラウドさんにも僕にも気を使って下さってるじゃないですか。クレーズさんの方こそが良い人ですよ!」
「い、いや、そんな事ないって!」
「ふふ、照れてらっしゃるんでしょ?何だか、そういうところを見るとホッとしちゃいます」
「な、何で!?」
「何だか見た感じ、あんまりそういう心の奥を見せてくれない気がしてたんですが、今のは正真正銘、本心を表しておられたと思いますから」
 エリックの言葉の一つ一つに、クレーズはこの一見穏やかで、いつでも笑顔の青年が、本当は人の様子をよく見ており、その心の本質を見極める資質を持っている人間だ気付かされた。
 そして、そのおっとりした顔立ちの奥に隠されたものを思ったとき、心なしかぞっとするものを感じてしまったが、そんな事は表には全く出さず、「ったく、本当にあんたはお人好しだよな!」
 と、豪快に笑って見せた。


 そんなエリックとクレーズの視線の先には、二人のところからカウンターへ戻ったクラウドと、カウンターの中で料理を続けているティファの姿があった。
 ティファが、料理の手を途中で止め、クラウドに何か話しかけているのだ見える。
 無論、ここからでは、一体何を話しているのか分からない。
 しかし、二人の話している様子は見る事が出来る。
 当然、話をしてる二人はお互いの顔を見て話をしているので、客席から興味津々に見つめているクレーズとエリックの視線に気付かない。
 そして、そのカウンターの中では、ティファがクラウドに何か話しかけており、それに対してムッとした顔で何か反論めいた事を口にした様だった。

 一方、クラウドがそういう風に、ティファに何かを言った光景に、デンゼルとマリンはびっくりしていた。
 店のあちこちにいて、同じ場所にはいないが、クレーズとエリックのように、二人の話をしている姿は見える。
 会話を聞けないのが何とも歯がゆく感じる。
 そう、普通ならお客様の前で口論は絶対にしない…、むしろ普段の日常の生活においても…、そんな二人の姿は見た事が無かったのに、あろう事か今、二人の雰囲気はピンと張りつめているのが分かる。
 クレーズ、エリック、マリン、デンゼルに見守られている事など知らない二人は、さらに会話を続けていた。
 ティファが気遣わしそうな顔をしながら彼に口を開く。
 すると、クラウドは不機嫌な顔のまま、更に何事かをやや激しい口調で言い捨てると、くるっと踵を返し、カウンター奥の階段へと姿を消してしまった。

 この光景を遠くから一部始終見ていたクリードとエリックは驚きのあまり、顔を見合わせた。
 そして、注文をティファの元に持っていったマリンや、料理を運ぶべくカウンターに戻ったデンゼルを反射的に見る。二人の子供達にとっても衝撃的だったようで、大きく目を見開き呆然と立ち竦んでいるのが見えた。
 そして、それはティファも同様で、子供達以上にショックを受けたように見えるのは、店内のお客達の間違いではないだろう。
 ティファは、泣き出しはしなかったものの、作りかけの料理がフライパンに焦げ付いているのにも気付かず、じっと彼の消えた方を見つめていた。
 その姿は、以前良く目にするものだった…とクレーズは苦虫を噛み潰したような顔をして、そっと呟いた。
「はあ、もう二度とこんな顔は見なくて済むと思ってたのによ…」
「え?」
「ああ、お前さんは知らないだろうな。クラウドの旦那、一度ここを出て行った事があるんだよ。その時も、ティファちゃんはそれはそれは見ていて可哀想だったぞ。顔は笑ってるのに、目が笑ってないんだよな…」
 エリックはその話を聞いて、そっとティファの後姿に視線をやった。
 彼の目には、ティファの後姿がとても小さく見えた。