The bonds between he and her7




「ああ、俺だ…。実は、ティファにバレた…。…ああ、そうなんだ。それで、悪いが部屋を一つ貸してもらえないだろうか?…ああ、そうだ。………そうか、すまない。ところで頼んでいた話は…?……そうか、助かる!…ああ、今日はカームへの配達だけだからな、夕方にはそっちに着く。ああ、それじゃ、よろしく頼む」

 バイクにもたれかかり、電話を切ったクラウドは、そのまましばらくそこに立って、エッジの街を見下ろした。
 風が金髪をなぶる。
 手にしていた携帯をポケットにしまいこむと、ゴーグルを装着してフェンリルに跨った。
「……やれやれ…」
 誰に言うでもなく一人愚痴をこぼすと、エンジンを勢い良く吹かせて走り去った。
 時刻は早朝。
 たった今、子供達を見送ったところであった…。



 翌日。
 ティファが朝刊を取りに店から出てくると、近所の奥さんが通りの向こうから手を振ってきた。
「あ、おはようございます」
 笑顔で奥さんに挨拶をするティファに、奥さんはそそくさと近寄ると声を潜めて話しかけた。
「ちょっと、ティファさん!落ち着いてるけど、大丈夫?」
「え…?」
 わけの分からない顔をするティファに、じれったそうに身をよじりながらにじり寄り、更に声を低くして「だから!クラウドさんとティファさん!お二人が別れたってもっぱらの噂よ!!」と言った。

 ティファは、目を大きく開くと、困った顔をして俯いた。
「もう奥さんの耳に入ったんですか?」
「もう…って!…それじゃ…!?」
 ティファの言葉に、奥さんは目を剥き、口にパッと手を当てる。
 ティファはそんな奥さんに困ったように笑いかけると、曖昧に「それじゃ、私はこれで…」とだけ口にして、さっさと店の中に戻ってしまった。
 奥さんは、しばしその場に呆然と佇んでいたが、ハッと我に帰ると猛然と自宅へ戻って行った。

 その話が奥さんの口コミで、エッジに住む噂好きの人々の耳にこの話があっという間に知れ渡ったのは言うまでも無い。

 そして、その晩。
 セブンスヘブンの前には噂の真相を確かめようとする野次馬で、開店前から長蛇の列が出来た。
 皆、エッジの英雄達が別れたという話に、盛り上がっている。
「私は信じられないわ。だって、一緒に死線を乗り越えた仲なのよ?」
「俺は信じるな〜。だって、クラウドさんもティファさんも、あんなに美形なのに今まで浮いた話が無かったのが逆に不自然なんだよ。きっと、魔がさしたんだぜ」
「そうかしら…」
「あ、俺は信じない派で!だって、やっぱ何かショックじゃん?あんだけ初々しいカップル振りを見せられてたのにさ〜、いきなり世間一般のカップルみたいになったら、俺、逆に幻滅するな〜」
「あたしは信じる派〜!人生色々なのよ〜?それなのにたった一人に縛られるなんて〜、絶対にイヤ〜!」
「………それはお前の場合だろ…?って言うか、その発言って彼氏の俺の前でするか、普通…?」
 などなど、様々な人々のおしゃべりでセブンスヘブンの前は非常に賑やかであった。

 その様子を、ティファは店の窓からそっと窺い、溜め息を吐いた。
『もう、本当に皆、暇なのね…』
 そして、店の時計に目をやり、開店時間までまだ時間がある事を確認した。
 そっと携帯をポケットから取り出す。
 しばらく手の平のそれを見つめていたが、そのまま誰にもかけずにポケットにしまうと再び溜め息を吐いた。

 時刻はまだ開店よりも早いが、ティファは店を開ける為に、ドアへと足を向けた。



「おーい、ティファちゃん。こっちもオーダーね!」
「はーい、すみません、今行きますね」
「ティファちゃん、そっちが終わったら、悪いけどこっちもヨロシクね!」
「はい!ごめんなさい、すぐ行きますから!」
「良いよ〜、気にしないでゆっくりしてくれ!」
 店は開店と同時にほぼ満席となり、開店直後からティファは一人、店内を走り回っていた。
 一人で注文を聞き、一人で料理を作り、一人で料理を運んで空いた皿を下げる。
 決して広い店内ではないが、満席になるとどうしても一人では回りきらない面が出る。
 そして、その事を客達は十分分かっている為、決してティファを急かすような言動はしなかった。
 逆に、一人で走り回っているティファの手伝いをしようと、独り身の男性客達が敢然と立ち上がったりするのであった。

 最も、ティファはその客達の好意を気持ちだけ受け取るのであったが…。

 噂の真相を確かめる為にやって来た客達は、忙しく一人働くティファに声をかける事など出来ず、ティファの作った料理に舌鼓を打つのみであったが、それでも時折、他の客達と噂の信憑性を囁き合い、店のドアを意味ありげに見たり、カウンターに本来あるはずの置物を探したりしていた。

 今夜も、予約プレートを挟んだチョコボの置物は無かった。

 その事実に、店内の客達はまことしやかに話をする。
 そして、その話の渦中にあるティファをそっと盗み見るのであった。

 一方、噂を立てられているティファ本人は、そんな客達の好奇の視線を一身に浴びながらも、至って平静に仕事をこなしていた。
 いや、そう見えるだけなのかもしれない…。
 少なくとも、彼女が打ちひしがれている様子には、見えなかった。

 そして、いつもよりも慌ただしい開店となったセブンスヘブンは、その割には目立った混乱もなく、無事に営業を終えたのだった。

 セブンスヘブンがその明かりを落とした後でも、クラウドのエンジン音がエッジに響く事は無かった。

 その事実に、近所の人々が更に噂し合い、チョコボの置物がカウンターから消えた僅か三日後には、ティファは『クラウドに捨てられた可哀想な女性』というレッテルを貼られ、クラウドは至っては『二度もティファを捨てた最低男』という、何とも不名誉な肩書きを与えられてしまった。

 それでも、ティファはいつも通り店を開け、訪れた客達に笑顔を振りまき、美味しい料理、美味しいお酒を出し続けた。
 その姿に、客達は胸をときめかせ(男性限定)、女店主に自分の存在をアピールするのであった。


 そうこうするうちに、三日目もあっという間に過ぎ去り、店は相変わらずティファ一人が残ってその明かりを消した。

 エッジの住人は、今夜もフェンリルのエンジン音を聞く事が出来なかった…。

 チョコボの置物がカウンターから消えて四日後には、店に来る客層も以前と同じになった。
 噂の真相を確かめようとする野次馬から、ティファ目当ての男性客に移行したのだ。
 チョコボの置物は相変わらず姿を消したままだった。
 その現実に力づけられ、独り身の男性客達は、揃って声高に己の存在をアピールする。
 ティファは、そんな男性客達を以前と同じ様に上手くあしらいながら、一人で店を切り盛りしていった。

 その一人で頑張る姿に、ティファ目当ての客は勿論、純粋にセブンスヘブンのファンの常連客達は胸を打たれるのであった。

 そして、四日後の晩もティファは一人、店の明かりを消した。

 五日後には、ティファを案じて常連客達が半分セルフサービスで空いた皿をカウンターまで運ぶ様になっていた。
 明後日には、子供達も帰って来るとの事だったが、果たして本当に帰って来るのだろうか…?
 常連客達は、そんな不安な気持ちを口にする事も出来ず、もしも帰って来なかった時の為にと、彼女の支えとなる存在になるべく、自分達の出来る事を模索していた。
 当然、ティファはセルフサービスをしようとする客達に申し訳ないから…、と断りを口にしたものだったが、いかんせん一人では手が足りない。
 心苦しい表情をしつつも、感謝の言葉を口にする彼女に、客達は温かい言葉と微笑を向けるのだった。

 そして、五日後の夜もティファは、たった一人で店の明かりを消した…。


 いよいよ、明日は子供達が帰って来るという前日。
 ティファは、久しぶりにエッジの街を歩いていた。
 足りなくなった調味料やちょっとした食材を買い足す為だ。
 両手一杯に買い物を抱えて歩く彼女の姿を、やや遠巻きに近所の奥様達が見守っている。
 手助けしても良いものかどうか小声で相談している。
 ティファは、そんな視線に気付いていたが、周りにばれない様、小さく溜め息を吐くと顔をしゃんと上げて店へと歩いて行った…。

 そしてその日の晩。
 いつも通りに営業しているセブンスヘブンに、六日ぶりにエリックとクレーズがやって来た。
 二人共待ち合わせをしてやって来たらしく、二人の手にはカームで評判と言うケーキ屋のケーキが土産として持たれていた。

「あら、いらっしゃいませ!」
「あ、ああ…」
「こ、今晩は…」
 明るく笑いかけるティファに、二人はどこか落ち着きなくそわそわとしていたが、席に促されて大人しく従った。
「あの、これ…」
「何ですか?」
「……土産だ…」
 差し出されたケーキの箱に首を傾げるティファに、二人はあらぬ方を見ながらその手に押し付けた。
「え…、土産って…?」
 戸惑いながらも、店は忙しく他に働ける人間がいない為、素直に差し出されたケーキの小箱を受け取り、礼を言う。
「それで、お二人共ご注文は?」
 二人はメニューに目を通すが、本当はその目が料理を見ていない事がすぐに分かった。
 視線が不自然に泳いでいる。
「……今夜のオススメを……」
「あ、じゃあ僕もそれで……」
「? はい。少々お待ち下さいね…?」

 何故か緊張している二人に小首を傾げつつ、ティファはカウンターに戻って行った。
 その途中で、別の客から注文を受ける彼女の後姿を見つめながら、クレーズは深々と溜め息を吐いた。
「…何だ…。特に落ち込んでいるって事も無いみたいだな…」
「そうですね…でも、子供達はこの事を知ってるんでしょうか…」
 エリックも溜め息を吐きながら心配そうな顔をする。
 クレーズは髪を掻き回しながら「さぁなぁ…」と沈んだ声を出した。
「どちらにしろ、クラウドの旦那が出てったって事だけは本当みたいだな…」
「…………そうみたいですね…」
「……なんでお前がそんなに落ち込んでるんだ…?」
「いや、やっぱりデンゼル君とマリンちゃんが可哀想で…。二人共、本当にクラウドさんとティファさんが好きだったから…」
「…お前って本当に良い奴だな…」
 ともすれば涙ぐみそうになるエリックを、クレーズがやや呆れた様な顔をして見やる。
 そして、カウンターの中で忙しく立ち回るティファに目をやった。
 クレーズの視線の先では、他の客達に話しかけられて笑顔で応じる女店長がいる。
 大半の男性客が、『我こそは!』との意気込み強く、ティファに必死に話しかけているのが見える。
 その光景は、まるで一輪の花に群がる虫の様だ…。

 そんな中でも、ティファは気丈に笑顔を絶やさず、料理を作り、酒を出し、注文を取り、空いた皿を片付ける。
 普段、子供達が買って出てくれている事柄一切を、一人でやりくりする彼女の底力に、二人は勿論、他の客達も尊敬の眼差しで見守っていた。
 そう、彼女は決して一人ではない。
 例え、彼がいなくなっても、彼女を支えてくれる人達がこんなに存在する…。
 そう思わせてくれる光景であった。



「ありがとうございました、またいらして下さいね」
 最後の客を送り出して、ティファはホッと息を吐いた。
 その彼女の背に、「お疲れさん」と声をかける者がいる。
 ティファは、くるりと振り返って苦笑した。
「フフ、ありがとう。でももう店じまいなんだけど…」
「ああ、俺達の事は気にするな」
「う〜ん、そうは言うけど…」
 ティファは店内に戻って腰に手を当てた。
 ティファの視線の先には、酔い潰れて突っ伏しているエリック、そしてその隣には呆れきった顔のクレーズがいる。
 エリックは元々酒にあまり強い性質で無いらしく、クレーズの勧める酒を半分も飲まないのにあっという間にグテングテンになってしまったのだ。

「悪かったな〜…、まさか、こいつがこんなに弱いとは思わなかったんだ…」
「フフ、仕方ないわ。出会ってからそんなに時間が経ってないし、まともにお酒を酌み交わしたのって四日前が初めてでしょ?四日前は他のお客さん達も沢山いて、クレーズさんもエリックさんとばかり飲んでたわけじゃないんだし…。お酒が弱いのに気付かなくて当然よ」
 申し訳なさそうにうな垂れるクレーズに、ティファは苦笑しつつ手を振って見せた。
 
「なぁ、ティファちゃん?」
「………なに?」
「知ってるかな…、クラウドの旦那が今どこにいるのか…」
 唐突になされた質問に、ティファはギクッと体を強張らせた。
 ゆっくりとクレーズに視線を移す。
 クレーズは、全く酒に酔っていない真剣な眼差しで、じっとティファを見つめていた。
「どうしてそんな事聞くの…?」
 震えそうになる声を必死に強く保つ。
 クレーズはゆっくりと椅子から立ち上がると、カウンター席までのんびりとした歩調で歩み寄った。

 行き着いた先は、チョコボの置物がいつも置いてあった席。
 この四日間ほど、その姿を消してしまっている席。
 …クラウドの為の…、クラウドの為だった席…。

 そこにゆっくりとした動作で腰を下ろすと、黙って見つめているティファに向き直った。
「昨日、実は見ちまったんだ…」
「何を…?」
 キュッと手を握り締めるティファに浅い笑みを見せると、クレーズはじれったいほどゆっくりと口を開く。
「クラウドの旦那が若い女と一緒にいるのを…」



 店内に張り詰めた空気が流れる…。
 時計の針の音が、耳に痛い…。


 そんな緊迫した空気の中、クレーズとティファは黙ったまま視線を交わし合った。


 時刻は間もなく翌日になる。
 後数時間で、子供達が帰って来る予定だ…。


 セブンスヘブンは、緊張の只中に放り込まれた。