「あ、帰って来たみたいですね」
 窓の外から広い庭園が見えるその広間で…。
 サライがゆっくりと立ち上がった。

 談笑していた面々も一斉に腰を浮かせたり窓の外へ視線を向ける。
 遠くの門扉から一台の車がもうもうと土煙を上げながら、凄いスピードで走ってくるのが見える。

「なんか……凄いスピードだけど…」
「大丈夫なのかな…?」
「って言うか、誰が運転してんだろ…?」
「さぁ?」

 窓に張り付くようにして見守る子供達の目の前で、やや斜めに位置する玄関先に車が急ブレーキで停車した。
 乱暴すぎるその運転に、同乗者はさぞ肝が冷えた事だろう…。

 呆気にとられてポカンと口を開けるセブンスヘブンの住人達の後ろで、
「やれやれ…。あの運転は……」
「…ラナですね…」
 屋敷の主夫婦が苦笑している。

 耳に飛び込んできたその名前に、クラウド達はギョッとしてバルト夫妻へ顔を向けた。
 凝視してくるクラウド達に、夫妻は困ったように苦笑いを浮かべ、
「ラナはちょっと『スピード凶の気(け)』があるんですよ」
「でも、ちゃんと私達が乗る時はそれなりに気を遣ってくれるんですけどねぇ…」
「あ~、でも今日は同乗者がライとリトだから、遠慮しなかったんだなぁ…」
「ふぅ…。あの子もそれなりにスピードを落として運転してくれたら何の問題もないのですのに…」
 結局、フォローしきれないまま口を閉ざした。
 クラウド達がもう一度視線を玄関に戻した時には、既に三人の友人達は屋敷に入った後だったらしい。
 車内に人影はなかった。



とある大財閥の素顔(中編)




 フラリ。
 椅子に座っていたアイリがフラフラと立ち上がる。
 おぼつかない足取りでドアに向かう彼女を、傍にいた使用人がそっと手を差し出して支えた。
 彼のその手に支えられてアイリがドアに向かう。
 その背を、屋敷の主である一家は嬉しそうな表情を浮かべて見つめていた。

 どこか…。
 ホッとしたその表情に。
 クラウドの心にまた何かが引っかかる。

 何故…?
 何故この屋敷にいる人間は、こんなにも『アイリ』という一人の女性を大切にするのだろう…。
 それも、『義務』や『責任感』からではなく『真心』から。
 ライが彼女に想いを寄せているのは分かっている。
 彼が彼女に想いを寄せる経緯を知らなければ、きっとライがアイリを想っていることも不思議に感じただろう。
 しかし、ライの両親とその兄、そして使用人達がここまで彼女を『特別』に思えることが未だに分からない。
 ライの両親は特にアイリを『愛しく』思っていることが『異様』にすら感じてしまう。

 大財閥というしがらみの中に身を置いている人間が…。
 何故『魔晄中毒』という『病人』を『愛せる』のか……?

 グルグルとそんな事を考えている間に、アイリは使用人に手を引かれてドアのまん前に辿り着いた。
 と……。

 バタバタバタバタ…!!!

 誰かが走ってくる足音が段々近付いてきて……。


 バッターーン!!!!!


 勢い良くドアが開いた。
 ………内側に。


 ドアがアイリの鼻先すれすれを通り、アイリの前髪がフワリと巻き起こった風に煽られる。
 アイリの手を引いていた使用人が真っ青になって慌ててアイリの肩を抱いた。
 「「「「ひっ!!」」」
 それを見ていた使用人達から声にならない短い悲鳴が漏れる。

 間一髪。

 肩で息をしながらラナを筆頭にグリートとプライアデスが広間に駆け込んできた。
 いや、転がり込んだ……と言う方が正しいだろう。

 半瞬前までアイリが立っていたその場所には、ラナが膝に両手をつきながら立っている。
 もしもそのまま、アイリが突っ立っていたら、確実にラナに跳ね飛ばされていただろう。

 セブンスヘブンの住人とバルト家の住人全員が青くなった。

「お、お、遅くなりました~!!」
「す、す、すいま、せん……」
 息が切れて言葉がままならない状態の兄妹に、サライが何事かを言おうと口を開いた。
 しかし……。

「はぁ…はぁ…た、ただいま…帰り…………アイリ…?」

 使用人に肩を抱かれて支えられていたアイリが、フラリと身体を揺らせながら自分の息子の腕にそっと触れたのを見て口を閉ざす。

 当の息子はと言うと…。
 まさかこんな間近にいたとは思いもしなかったのだろう、思いもかけない出迎えに紫紺の目を見開いた。
 しかし、すぐにその目は細められる。
「ただいま、アイリ。遅くなってごめんね?」
「………」

 自分の腕に触れた彼女の手をそっと握る。
 アイリの表情は相変わらず変わらない。
 それでも…。
 そっと青年の手を握り返した彼女に、当の青年は勿論の事、傍に控えていた使用人達までもが嬉しそうに頬を緩めている。


『何故……?』


 クラウドは疑問に思わずにはいられなかった。
 確かに…。
 確かに、アイリは『自分達の主』の恩人ではあるだろう。
 しかし、彼らがアイリを見るその目は『大切な人』だと雄弁に語っている。
 何故……?

「クラウド…どうかしたの?」
 そっと小声で話しかけてきたティファに、クラウドは思考を中断させた。
 心配そうな顔をしているティファには……自分のこの疑問を打ち明ける事は出来ないと、そう直感で判断する。
「いや……アイリさんは人気者だな…と思ってな」
 決して嘘ではないその言葉に、ティファは「ええ、そうね。本当に良かったわ」と、自分とは違って素直にその事実を受け止め、喜んでいる。
 クラウドはチラリと子供達を見た。
 無論、子供達もクラウドとは違って、疑問に思う事無く目の前の事実を真っ直ぐ受け止め、嬉しそうに笑っていた。

 クラウドは、己の猜疑心の塊のような考えに辟易し、思わず深い溜め息を吐いたのだった。



「では、本当に遅くなり申し訳ないです!早速始めましょう!!」

 乾杯!!

 遅れてきた三人を席に加え、早速当主が乾杯の音頭を取った。
 チン、とグラスを合わせる音が広間に響く。
 三人は、WROの任務から直帰した為、隊服のままであった。
 予定通りに帰宅していたら、間違いなく家族と同じ格好をさせられた事だろう…。

 後々になって『本当にあの格好をしないで済んで助かった…』とは、お洒落なノーブル家の子息の言葉である。

 グリートとラナはクラウドとティファと向かい合うように座り、その隣にはプライアデスとアイリが腰を下ろしていた。
 相変わらず、アイリはボーっと虚ろな眼差しを宙に漂わせていたが、隣に座っているプライアデスの方を見ることが多く感じたのは、恐らく子供達の気のせいではないだろう…。

 温めなおされた食事が次々とテーブルに運ばれる。
 楽しげな子供達の笑い声と、カチャカチャと皿の鳴る音、そして…。

「「美味しい!!」」
「「うん、美味しい!!」」
「「たまには良いですね!!」」

 料理の美味しさに思わず感嘆の声が上がる。

 食卓を囲んでいた『ほぼ全員』から……。

「「…え…?」」
 クラウドとティファは、驚いて当主とその家族を見た。
 クラウド達の視線に気付いたラーハブムが「あ~、すいません、こんな豪勢な料理は久しぶりですから」と苦笑する。
「は……!?」
「久しぶり…って……」
「「何で~~!?」」
 クラウド達のびっくりした声に、使用人達が苦笑している。
 当主は頬を掻きながら口を開いた。
「いやぁ…あんまりこういう『豪華なもの』を食べる習慣がないんですよ、当家ではね」
「……え…でも……」
 ティファが何を言わんとしているのか分かったのだろう。
 サライが夫の言葉を引き継いだ。
「こういう料理は食べ続けると身体にあまりよくありません。それに、そもそも現在の世界情勢で考えると、こんなに豪華な料理を食べ続けて許される人間など一人もいないはずです。そういう『道楽』に財を費やすのならば、もっと他に遣わなければならない道と言うものがあるでしょう」
 柔らかな口調の中に秘められている確固たる『意志』と『使命感』に、セブンスヘブンの住人達は驚愕した。

 これまでバルト家の人間は本当に出来た人達だと思っていた。
 しかし、まさかここまで『財界人離れ』しているとは……。

 声をなくしたクラウド達に、ライが微笑みながら、
「そもそも、我が家の食卓に並ぶのは、セブンスヘブンで出してくれるような『お袋の味』が多いんですよ。野菜の煮物とか肉団子のスープとか」
「そうですね。あとはちょっとしたお祝いの時にちょっと豪華な肉料理や魚料理が出るくらいですね」
 ヨシアが弟の言葉に頷きつつ大きなエビの蒸し焼きに手を伸ばした。
 上手にナイフとフォークでそのエビを殻と身をより分け、口に運ぶ。
 その流れるような動作は、どうみてもナイフとフォークを使うことに慣れているとしか思えない。
 したがって、たった今耳にした衝撃の事実は……信じられない。

「あ、勿論、お客様が来た時にはちゃんとこういった『ご馳走』を準備しておもてなしをさせて頂いてますよ。でも、あんまりこちらからおもてなしをする事はないんですよね。呼ばれることの方が多いかな?」
「そうですね。でも、今は世界情勢が宜しくないので、流石に『社交界』でも『自粛』する傾向にあるので、パーティーは減りましたね…」
 当主とその妻の話に、クラウド達は「へぇ………」と言ったきり、言葉が続かない。

 セブンスヘブンで美味しそうに手料理を食べてくれるプライアデス達を見るたびに思っていた。
 実家ではもっと豪華なものを口にしていただろう…と。
 だからこそ、WROで支給される食事とのギャップが激しくて、こうした手作りで出来た手の温かい食事が美味しく感じるのではないだろうか……。
 しかし…。
 その認識が誤りであった事に気付かないわけにはいかなかった。
 まさか…。
 まさか、ここまで『財界人離れ』をした『大財閥』だとは…!!

「本当は、もっとこう…こじんまりとした作りの部屋もあるんですよね」

 ポツンと当主が呟いた。
 彼が何を言わんとしているのかイマイチ良く分からない四人の招待客は揃って当主をジッと見る。
「ここの広間。広すぎて話をしようとしてもちょっと遠いでしょう?それに、なんだか距離がある分、お互いの心の距離も広がる気がしてあまり好きじゃないんですよねぇ…」
「じゃあ、狭いお部屋があるならそのお部屋でご飯食べたら良かったのに」
 キョトンとしながら実に子供らしい発言をするマリンに、当主はしみじみと「そうですよねぇ……失敗したなぁ」と応える。

 あまりにも『大財閥』という観念から外れきっているバルト家の面々に、クラウドとティファは目を丸くして言葉がない。
 約半年前にやってきた時にも、通されたのはこの広間だった。
 ただ、その時はありえないほどの豪華な飾り付けに、


『姫vお帰り~!!これからよろしくね♪』


 と書かれた垂れ幕がイヤでも目を引いて、この広すぎる広間を『広すぎる』と思わせなかったので、全く気付かなかった。
 確かに当主の言う通り、こうして招待されているのが自分達家族四人と、グリート、ラナの二人だけだとすると、ちょっと……かなり広過ぎる……。
 ちょこっと気軽にお話しを…という事は出来ない。


「ふふ、でも……」


 ガックリと肩を落としている夫をフォローするように、当主夫人が微笑んだ。
「この部屋でないと、『アレ』が観れないじゃないですか」
「おお、そうだった!!『アレ』を観る為にここにしたのだった!!」

「「「「「「「アレ???」」」」」」」

 ポンッと手を叩いた当主に、客人であるセブンスヘブンの住人と、任務から帰って来たばかりの三人、計七名が一斉に首を傾げる。
 次いで、そのうち三名がサーッと音を立てて青ざめたのを残りの四人は見た。

「ち、ちちうえ……?」
「お、おじうえ……あの……」
「い、一体……『アレ』って……?」

 震え過ぎるその声はもはや片言だ。
 イヤな予感がどうしても頭一杯に浮かぶ。
 バルト家の時期当主が実に気の毒そうな眼差しを三人に向けた。

「うわぁ…」
「お兄ちゃん達…可哀想…」
「良く分からないが…」
「絶対にあまり嬉しくない事なんでしょうね……」

 ヒソヒソヒソヒソ…。

 クラウド達が囁きあう目の前では、三人が腰を浮かせて逃げる体勢に入っている。
 その中でも一番逃げる準備をしているのはグリート・ノーブル。
 次いでラナ・ノーブル。
 プライアデスは隣に座っているアイリを気にして逃げ出したいのに逃げられない……と言ったところか…。
 実に中途半端な姿勢で固まっている。

 その間も、
「では、『アレ』の用意を」
「はい」
 当主はホクホク顔で使用人達に次々指示を出している。
 何故か、指示を出された使用人もウキウキと弾んでいるようだ。


 ウイイィィィイイン…。


「「へ?」」
「「あ……」」

 モーター音と共に、広間の壁の前に一枚の大きなスクリーンが下りてきた。
 そして、照明がゆっくりと落とされる。
 真っ白なスクリーンにスポットライトが当てられ、

『…➂……➁……➀』

 秒読みの数字。
 そして…。

 そこに映し出されたものは。

「「「ゲッ!!」」」
 クラウドとプライアデス、グリートがギョッとする。
「「「あ……!」」」
 ティファと子供達が目を丸くする。
「やっぱり……」
「ごめんねぇ…」
 額に手を添えてラナが首を振り、ヨシアが苦笑しつつ肩を竦めた。

 スピーカーからは熱狂に包まれた歓声が広間一杯に響き渡り、スクリーンには手合わせ試合の映像が綺麗に映し出された。

「なんでここにこんなものがあるんですか!!!」
「勿論、局長にお願いしたからさぁ!試合当日に応援できなかっただろう?ほんっとうに残念で、映像をダビングして欲しいってね。快く了承して下さったよ♪」
 思い切り引き攣りながら勢い良く詰め寄る息子を、父親はご満悦な笑顔満載でサラリと流す。
 それは見事なまでの流しっぷり…!

『『リーブ!!』』『『『局長!!』』』

 WROの局長…。
 懐が大きいのか……はたまた何も考えていないのか……。
 リーブ・トゥエスティ…。
 未だに謎が多い男である。


 なんのかんのと大騒ぎをしながらも、結局はその流れる試合の映像に、一同は釘付けになっていった。
 大型スクリーンで観る試合は、闘技場で見るような高揚感を抱かせるほど迫力があった。

 スクリーンの中で、クラウドがシュリの剣戟を受け止め、武器で押し返す。
 シュリの反撃によろめいて危うく顔面に叩き込まれそうになった場面では、既にそのシーンを目撃していたティファと子供達も息を呑む。
 プライアデスとグリートは選手の控え室にいた為、シュリとクラウドの試合は小さなモニターでしか見ていなかったこともあり、改めて英雄の動きの素晴らしさに目を奪われている。
 大財閥の当主とその妻、そして長男も固唾を呑んで片時も目を離さない。
 使用人達ですら、仕事そっちのけでスクリーンを見つめていた。

 そうして…。

「素晴らしい!!」
 思い切り拍手をしながら当主が褒めちぎる。
 スクリーンには、シュリと握手を交わしているクラウドの姿。
 クラウド自身、こうして自分の闘っている姿を見るのは初めてである為、気恥ずかしい事この上ないのだが、改めて客観的に観ると自分の動きにまだまだムラがある事に気付き、良い経験だ……と思えるようになっていた。

「クラウドさん、本当に素晴らしい試合でした!!」
「あ…と……いえ……」
 ガシッと手を握られてブンブン大きく上下に振られたクラウドは、手放しの賛辞に薄っすらと頬を赤らめた。
 ティファと子供達が誇らしげにその光景を見守る。
 いつしか、使用人達からもパラパラと拍手が贈られていた。

「それにしても…」
「?」
 心配そうに呟いた長男を、母親が不思議そうに見る。
「これだけ凄い試合をされたクラウドさんと、ライ達が……本当に試合を……?」
 言葉だけ聞いたら、弟と従兄弟がクラウドに手加減をされた『お情け試合』をしてもらったんじゃ……という不審げなものに聞えるだろう。 
 しかし、青年の表情は心底心配そうに曇っている。
 弟達は実際に試合を一週間前に終らせているのに、今から試合をするかのような不安に襲われているような彼のその表情に、ティファと子供達、そしてラナがニッコリと微笑んだ。
「勿論ですよ」
「うんうん!」
「観てたら分かるって!」
「そうですよ、ヨシア兄様!兄上もライも、結構やるんですよ!」
 こう見えてね。

 ラナの最後の台詞に「『こう見えて』は余計だ!」と実兄が抗議をしたが、当たり前のようにそれは無視された。

 そして、心配そうなバルト家の長男と、おっとりとした雰囲気を崩さない母親と、異様に興奮して目を輝かせている当主と……。

 相変わらずマネキンの様に無表情のアイリの目の前で…。

 スクリーンは『第二試合』を映し出した。



 あとがき

 はい。やっぱり終りませんでした…(^^;)。
 リクをお受けした時に『あ~、絶対に二部じゃ終らない』と思ったんですよねぇ…。
 本当にまとめるのが苦手でゴメンナサイ(土下座)。
 後編をお待ち下さいませm(__)m