キーーンッ!!
 ドガガガガガガッ!!
 ブンッ!!
 ドゴッ!!!



 身の毛がよだつような剣戟と、瓦礫に拳や蹴りがめり込む音が廃墟に響く。
 それに混じって聞えるのは…。

「ハァッ!だから…ちょっと…待って…!!」
「ハアァアッ!!!」
「ちょ、ちょっと……ハァ…、少しは……ッツ!!…俺の話を……クッ!」
黙れ!!

 ビュッ!!!

 必死に説得を試みようとする青年と、怒髪天を突きまくっている青年の気合や怒号。
 そもそもこの二人がこんな大激闘を繰り広げる羽目になっているのか…。

 癖のある漆黒の髪が、大剣に切られて数本宙を舞う。
 青年は激しい乱闘と、相手の殺気による冷や汗を同時に噴き出させながら、どうしてこんなことになったのか、振り返らずにはいられなかった…。



とどのつまり…。(前編)




 そもそも、約二時間前は自分の身にこんなことが起こるとは思いもしなかった。
 いや。
 彼は非常に優秀なWROの隊員。
 若くして中佐と言う肩書きを手にした青年。
 そんな彼にとって、『一寸先は闇』という言葉がただの『ことわざ』だけではなく、真実のものとして体験したことは数知れず、非常に親しみをもった言葉として身に染み付いている。
 だからこそ、『もしかしたら今は平和でも、数分経ったら事件に巻き込まれて死ぬかもしれない』と、いつも心のどこかで警戒を怠らず、悔いの無い様に生きている…そんなちょっと歳の割りに老けた…いやいや、悟りを開いた青年だった。

 だが!

 まさか、目の前の人にこんな目に合わされるとは夢にも思わなかった。


 ― 昨日の友は今日の敵 ―


 誰が言った言葉だろう…。
 本当にその通りだ…。

 などと、命の危険に晒されながら、どこか一部分だけ冷めてくれている頭でそう考えているあたり、やはりこの青年は只者ではない。
 だがまぁ、事態は非常に切迫して、相手は『手加減』という尊い言葉をすっかり宇宙の彼方にすっ飛ばしてくれているようなので、そんなくだらない事を考えている余裕など微塵も無いのだが…。

 ギラギラと紺碧の瞳が自分を睨みつけ、全く逸らそうとしない。
 まるで獲物を狙う野生の豹のようだ。
 美しく、しなやかで…。
 俊敏で容赦が無い。
 命を狙われていると言うのに、『流石……綺麗だな…』と感じずにはいられない。

 本当に…、そんな余裕は無いのだが…。






 チリンチリン…。

 頭の上で、ドアベルの軽やかな音が響く。
 その音に反応して、その店の店長が明るい笑顔を振りまきながら駆け寄った。

「シュリ君!」
「こんにちは」

 笑顔を向けられた青年…シュリは、いつもの無愛想な表情そのままに軽く会釈でもって、その輝かしい微笑みに応えた。
 彼女のファンが見たらこめかみに青筋を1・2本立てそうな無愛想さだ。
 だが、彼の人となりを良く知っているティファにとって、シュリのその無愛想さはなんでもない。
 むしろ、『これこそシュリ君!』と思っている。
 無愛想な表情の裏側に隠れている優しさを知っているのだから、なんてことはない。
 子供達も、この無愛想で一見冷たく見えるこの青年をたいそう気に入っている。

「デンゼルとマリンがいなくて残念だったわ。あの二人、シュリ君がいつきてくれるのか〜…って、よく話をしてるもの」
「そうですか…それは光栄です」
「ふふ」

 にこりともしないで、いたって生真面目にそう応えるシュリに、ティファはフンワリとした笑みを浮かべた。
 コトリ…、と温かいカフェオレを出す。
 シュリの眉がほんの少しだけ、怪訝そうに寄せられたのを見てティファは笑った。

「ふふふ、そういう反応、クラウドに少し似てるわね」
「 ? そういう…?」
「うん。『なんでカフェオレ?』って思ったんでしょう?」

 カウンターに肘をつきながら楽しそうに話すティファに、シュリは軽く溜め息を吐いて右手を上げた。
 いわゆる、『降参ポーズ』だ。
 ティファの楽しそうな表情が深くなる。
 何も知らない人間がその光景を見たら、ティファとシュリが恋人同士のように見えたに違いない。
 それも、『美男美女』のカップルだ。
 スッと通った鼻筋、意志の強そうな黒曜石を思わせる瞳、癖のある髪が程よく小さな顔に収まっている。
 実に羨ましい容姿をした青年。
 しかしながら、女性には興味を示したことが無い。
 いや、それどころか『友人』ですら、積極的に作ろうとしない。
 いつも自分の周りに透明の壁を作り、他者との関わりを絶とうとする傾向にある。
 孤独に身を置き、出来うる限り自分独りで物事を解決しようとする…。

 それが…シュリ。
 WROの局長から絶大な信頼を得ている若き隊員。

「シュリ君、どうせ任務で今の今まで無理してたんでしょう?疲れている身体に甘いものって、よく言うじゃない?」

 楽しそうに説明するティファに、シュリは『参った』と口にする代わり、そっとカップを口に運んだ。
 程よい甘さ。
 甘いものがさほど好きではないのだが、程よくコーヒーの苦味も残っており、青年の口には良く合った。
 何より、彼女の言う通りなのだ。
 無理をして任務をこなしている。
 無理をしないで済む理由が無い…というのが彼の言い訳だ。

『中佐…、貴殿は無茶をしすぎる。このままではいつか命を落としかねんぞ?』

 呆れたように年配の同僚にたしなめられるなど、日常茶飯事だ。

 無理はしていても無茶をしているつもりはない。
 無理と無茶は違う…。
『無理』は強いて事を成すこと。
『無茶』は強引にものを言わせること。
 自分の場合、強引にものを言わせることもあるが、それでもちゃんと結果を出している。
 当然、悪い結果ではない。
 今のところ、心配されている『殉職』も免れられている。
 このままのスタイルを今後も続けていくつもりだ。


「美味しい?」


 温かで甘いカフェオレにいつの間にかホッと気が緩んでいたのだろう。
 物思いにいつの間にか耽っていたらしい。
 心配そうな顔をしてティファが顔を覗き込んでいた。

「美味しいです」
「そう!良かった〜!」

 パッと顔を輝かせて無邪気に笑うティファに、シュリはもう一口カップに口をつけた。


「この前は…本当にありがとう…」

 空いたカップを受けとったティファが、改めて真面目な顔をして頭を下げた。
 深々と頭を下げる女店長に、シュリは微かにたじろぎつつ、
「やめて下さい。そんな事されるほどの事はしていません」
「ううん!本当に嬉しかったから!!」
 やめさせようと近付いたことと、ティファが頭を上げたタイミングがバッチリ合った。
 何と言うことだろう。
 至近距離で見つめ合う形になってしまった。

 普通なら、照れて笑って、適当にごまかして…。
 それで終わり。
 シュリはティファに異性に対する特別な想いなど微塵も持っていなかったし、ティファはティファで、シュリの事を親友としか思っていない。
 だから、二人にとってこの至近距離で見つめあう事態…というのは、さほど大きな出来事ではなかった。

 だが!!


『あ、あわわわわわわわわ!?!?』

 窓から偶然…ではないのだが、見てしまった青年にとっては、それは大変な大事件だった。
 何しろ、シュリは窓に対して背を向けて立っており、ティファが微妙な角度でしか見えないのだ。
 更には……その微妙な角度のお蔭で、二人が……キスをしているように見えてしまった!!


『ぼ、ぼ、ぼ…!』
 よろつきながら、一歩…また一歩と後ずさる。

『僕のティファちゃんがーーーーっ!!!!』

 脱兎の如く、青年は駆け出した。
 しかし、生来の鈍足ゆえか…はたまたちょっとはみ出たお腹に重心がかかったゆえか…。
 勢いよく彼は前のめりにド派手に転倒した。
 かけていた分厚いメガネがスポーンッ!と道路に飛び出してしまった。
 慌てて手探りのまま青年は愛用のメガネを探す。
 あのメガネがなければ、まともに世の中が見えないのだ。
 なにやら周りで悲鳴や怒声が飛び交っているようだが、今の青年には全く聞えない。
 何しろ、メガネを探すことと先ほどの衝撃シーンだけで彼の脳内はキャパが一杯になってしまったのだから…。

 ようやっと、指先が目的の物を探し出し、その場にしゃがみ込んで青年は無事にメガネを装着し…。
 石化した。
 目の前に迫る巨大バイク。
 金髪の髪が風になぶられているのがほんの一瞬だけ見えた。


 キキキキキーーーーーッ!!!!!
「ヒィィィィイッ!!!」


 頭を抱え込むよりも早く、バイクが急ブレーキをかける。
 立ち上る砂煙に人々の悲鳴。
 その場が騒然となる。


 青年は思った。

 あぁ、美しいあの人には心に決めた人がいるのを知っておきながら、どうしても捨てきれないこの想い。それ故に、神罰が下ったんだ…。

 なんともセンチメンタルな話である。






「おい…大丈夫か?」
「………へ?」

 暫く一人でブツブツ呟いている青年に、クラウドは危うく轢くところだった青年に声をかけた。
 こんなに車が走っているのに車道で座り込むなど自殺志願者か、何も知らない赤ん坊くらいだ。
 仕事で疲れて元々そんなに気長な性格ではないのに、さらにそれが倍増されていたクラウドは思わず『ひき殺されたいか!?』と大声で怒鳴りつけるところだった。
 だが……。
 あまりにもブツブツ独り言を言っているので、もしかしたら今のショックで頭が変になってしまったのではないか…?という、なんとも恐ろしい結論に達し、一気に血の気が引いてしまった。
 いくらこちらの主張を言ってみても、『精神をここまで追い詰めてしまうとは…』『前方不注意で免許取り消しですね』などといわれかねない。
 いやいや、それよりもなによりも、もしかしたら頭を打っているのも知れない。
 …打った様子はなかったが…。

 そこで、仕方なく思い切って声をかけたのだが…。

 自分を呆けたように見上げてくる青年に、ちょっと…かなり……深刻にヤバイかもしれない…!!と、焦りを感じたその瞬間!!


「 クラウド・ストライフーーー!!!!」
「え…、え!?な、なんだアンタ!?!?」


 ガバッとその青年に抱きつかれてしまった…思いっきり。
 しかも…車道と言う大通りのど真ん中、迷惑極まりない上に人々の視線を一挙に集めてしまうその場所で。
 クラウドは……透明の空気になりたい…と、心底願わずにはいられなかった。
 まぁ、勿論叶うはず無いのだが。

『なんでこんな目に…!』

 忌々しそうに尚も抱きついてくる青年を、軽々ベリッと自分から引き剥がし、
「俺はアンタを知らないし、『こんな趣味』も持ってない。だから、ここで斬られたくなかったら大人しく「アンタがしっかりしてないから、ぼくのティファちゃんがあんな奴とーーー!!!!
 殺(や)る気満々の目で睨みつけて脅し文句…が、青年の怒鳴り声で完全に吹き飛んだ。
 と、同時にぼってりした体躯の青年の懐から、何かがヒラヒラと地面に落ちる。
 その一枚に紺碧の瞳が釘付けになり、クラウドは…あまりの衝撃に石化した。






 バッターーン!!
 ドアベルの音が可愛らしい音を奏でるのを阻止するように乱暴に開けられたドア。
 ティファの作ってくれた軽食を口に運んでいたシュリと、そんなシュリを嬉しそうに見つめていたティファが驚いて振り返る。
 そこには…。

「クラウド!?」「クラウドさん!?」

 鬼気迫る形相をし、仁王立ちのクラウド・ストライフ。
 いつもは疲れを隠して澄ました顔で深夜近くに帰宅する彼からは想像出来ないほどの……怒りの表情。
 さっぱりわけが分からない。
 分からないのだが………彼が非常に怒っていることだけは分かる。
 もう……手がつけられないほど……己を見失っているほど……とてつもなく怒っている。
 いや、怒っているでは表現が足りない。
 恨み、憎しみ、そして嫉妬。
 それらの感情を悲しみが包み込んで一つにしている…そんなところか…。

「どうしたの…クラウドこんなに早くかえ「シュリ!!

 躊躇いがちにクラウドへ近付きながら声をかけるティファを完全に無視し、クラウドはギラギラと光る魔晄の瞳をひた…と、シュリに向けて怒鳴りつけた。
 ビクッとティファが身を竦ませ、足を止める。
 シュリはシュリで、ギョッとしてパチクリ…と目を見開いた。
 だがしかし、ギョッとしているのにそれが表に出ない。
 だから…。

「なんですか……?」

 いつものように澄ました声音でそれに応えてしまう。
 勿論…頭は混乱状態なのだが、損な性分でそれが全くと言って良いほど表に出ない。
 そんなことはいつものクラウドなら知っているのに、この時は違った。

 シラッとした顔で自分の恋人を垂らしこんだ憎い男。
 挙句の果てに、友人と思っていたのに自分を裏切った…裏切り者。

 この二点がクラウドの冷静さを完璧に消し去ってしまった。
 周りが見えない。
 ティファの制止が逆効果になる。


 仕事の都合上、星の隅々まで駆け回り、家を留守にすることが多い自分。
 子供達の世話も、店の経営もティファに任せきり。
 いつも本当に申し訳なく思っている。
 だがそれでも、ティファは『それで良いの。私は私の出来る事をするだけだもの。クラウドもクラウドの出来る事を目一杯やって?いつでも私はクラウドが安心して帰ってこられる『家』になるから…』そう言ってくれていた。

 それなのに!!

 それを信じて疑わなかった自分の目を盗むようにしてシュリがティファと会っていた。
 しかも…『不倫の関係』へ持ち込もうとしていたとは!!



 ― いくら『愛してる』って言われていても、長い時間ほったらかしにされていたら、目の前の『エサ』に喰いつくものよ。せいぜい、彼女をこまめに大切にすることね ―



 配達先の顧客人である熟女の言葉がリフレインする。
 クラウドの怒りは、愛しい人よりも『親友』に向けられた。
 クラウドの脳内では…。

 ・ティファはクラウド一筋。
 ・そんなティファを、シュリが何食わぬ顔をして自然と距離を縮めていく。
 ・いつしか丸め込まれる形でティファはシュリを受け入れていく…。
 ・シュリほどの頭の切れる青年には、純粋で無垢なティファはイチコロ。
 ・よって……全部シュリの策謀!!

 カタカタカタ……ピーンッ。

 以上の構図が成り立ってしまった。
 思えば、シュリとの出会いはサイアクに程近いものだった…。(注:Mission参照)
 冷静沈着、凄腕で博識。
 女性受けするはず間違いなしのスラリとした容姿。
 そんな青年が近くにいて、何かと助けてくれたら純粋なティファは簡単に懐に入れてしまうだろう。
 そうして、気がついたらティファは……。

 ティファの腕っ節は勿論知っている。
 しかし、すっかり相手に気を許しており、その相手が突然牙を向いたとして…。
 凄腕だったら……?
 いくらティファでも…。


「クッ……!!」

 そこまで勝手な妄想が広がった所でクラウドは耐え切れずにギュッと眼を瞑って顔を逸らした。
 苦しくて…辛くて……胸が張り裂けそうなその表情にティファの胸が締め付けられる。
 同時に、シュリは本能で己の身の危険を察知した。

 何かよく分からないが、とてつもなくヤバイ気がする。
 スーッと水が流れるような仕草で席を立つと、必死になってクラウドに「どうしたの?なにかあったの?」と声をかけながら肩や腕に手を添えているティファ、何故だか分からないが怒りに呑まれているクラウドに気付かれないよう店の裏口から消えようとした。

 まぁ。
 そんなに上手くことが運ぶはずもなく。


シュリ!!!!
「ひっ!!」


 怒声と共にティファの短い悲鳴が聞える。
 裏口へ一瞬向いたその僅かな隙に、クラウドがあっという間に距離を縮めて斬りかかった。


 メキメキメキッ!!


 床が鈍い音を立てて割れる。
 紙一重でそれを交わしたシュリの頬から薄っすらと血が流れ、その容赦ない攻撃に全身が粟立った。
 自分に向けられているのは、間違いなく殺気。
 本気で殺(や)る気だ!!


「な、なにを…!?」
「この…裏切り者!!


 クラウドの悲痛な叫びに、硬直していたティファと全身から冷や汗を噴き出させたシュリは目を見開いた。

「信じていたのに…、お前はそんな奴じゃないって…信じてたのに!!」
「いや、なにが『そんな奴』なんで…って……うわっ!」

 もうわけが分からない。
 分からないが…今は…。


「ッ!」


 シュリは身を翻すと、度重なる鋭い斬戟をかわしつつ、裏口からエッジの街に逃げ出した。
 当然のことながら、それをクラウドが弾丸のような速さで追う。


 こうして。
 ジェノバ戦役の英雄であり、英雄達のリーダーであるクラウド・ストライフと、WROの希望の星である中佐の、命がけの鬼ごっこが始まった…。