黄色と白を基調とした花が咲き乱れ、きらきらと輝く水面が美しい波紋を広げるその場所は、雑多で喧騒に溢れるエッジに飲み込まれることなくまるで切り取られたかのように清浄な雰囲気を保っていた。 大きく壊れた天井から降り注ぐのは、昼間は陽の光、夜は月と星明り。 優しい優しい時間がたゆたうそこは、大切な親友とその恋人がその心を休ませているはずの場所でもある。 だからきっと、ここなら寂しくない。 小さな小さな白い墓石。 その前には色とりどりの花が供えられている。 クラウドはしゃがみ込むと手を伸べ、愛おしむように墓石を撫でた。 「…また来る」 そうして一言呟くとそっと顔を寄せ、墓石に口づけを落として立ち去った。 ティファが死んで3週間が経っていた。 時の剥落 11葬儀、というにはお粗末とすら言える弔いは、ミッドガルの教会で行った。 親しくしてくれていた隣近所には全てのことが終わってから報告した。 当然、ティファを愛してくれていた隣近所やセブンスヘブンで世話になった食材や酒の取引先は、水臭い等々のちょっとした恨み言を言いはしたものの、『故人の遺志で』との言葉を前にしてそれ以上絡むことも出来ず、哀悼の意を表してクラウドや子供たち、英雄たちに深々と頭を下げた。 最初の1週間はそういうティファを惜しむ人たちへの対応で追われた。 2週間目はティファが世話になった主治医や助けてくれていた看護師たちへの謝辞と、ずっと傍にいてくれた仲間たちへの家族や仕事仲間への謝辞廻りに費やした。 シドの妻、ユフィの父親、ナナキの故郷の人たちにバレットの油田開発メンバーへの謝辞だ。 みな、それぞれの言葉でそれぞれの気持ちを表してくれた。 誰も彼もがティファの早すぎる死を悼んだ。 ティファの名を口にし、決して多いとは言えない彼女との時間(思い出)を語るうちに涙ぐむ者も決して少なくなかった。 ティファがいかに多くの人に愛されているかをクラウドや子供たち、それに英雄たちは知らされた。 そうして、3週間目にもなってようやっと諸手続きや挨拶回り等がひと段落した。 少しずつ少しずつ、日常の生活が通常のものへと戻ろうとしてきている。 そんな中、ツライ作業があった。 ティファの遺品の整理だ。 いくらしっかりしているとは言え、まだ幼い子供たちに手伝わせるような作業ではないため、大人組が率先して行った。 勿論、ところどころでは子供たちにも手伝ってもらった。 形見分けと言う意味もあったし、子供たち自身が手伝いをしたがった。 だが、遅々として進まない。 デンゼルもマリンも、ティファの衣類やカバン等、身に着けるものを処分することに良い顔をしなかった。 良い顔をしない、というよりも、ゴミ袋の中へ入れようとすると傍でみている者が罪悪感を感じてしまうほど悲しそうな顔をし、目を伏せるのだそ。 だから結局、ティファの遺品の整理はもっと後になって…、時がティファを喪うことで負った大きな傷を癒してくれるまで先送りにすることにした。 そうして、本当にようやっと。 ティファのいない生活が始まったのは3週間を過ぎた頃だった。 最初、ティファの面影をそこここに感じ、子供たちも大人組も涙ぐむことが日常茶飯事だった。 今でもマリンやデンゼルは、カウンターの中で料理を作ったり、2階に洗濯物を干す時などでふと作業の手を止め、グッと唇を噛み締めることがある。 それは、深い悲しみを乗り越えなんとか前を向いて生きようと必死に足掻いている姿。 胸に迫るものを感じさせる姿だ。 だからこそ、願わずにはいられない。 1日も早くこのツライ時期を乗り越えてティファの話を笑顔で出来るように、懐かしめるようになりたい…と。 だが、そう簡単にその時が訪れてくれるとは誰も思えなかった。 ティファの存在はセブンスヘブンに沁みついている。 セブンスヘブンという空間の主(あるじ)は間違いなくティファで、主のいないその空間が空々しく感じられないようになるまでどれほどの時を要するのか想像もつかない。 もしかしたらそんな時など永遠に来ないのではないかとすら思える。 それは、極々当たり前のことだとクラウドは思った。 セブンスヘブンは。 我が家は。 ティファがいてこそ成り立っていたのだから。 主のいない家など崩壊するしかない。 いつしかクラウドの脳裏にそんな恐ろしいことが当たり前のように浮かぶようになった。 それは、ティファが生きている時から薄らと感じていた”予感”。 恐ろしいはずなのに不思議とさも当然として…、決定事項のように脳裏に浮かぶようになった”予感”。 ティファを完全に失った今、まさに現実のものとなろうとしている。 それをクラウドはとても冷めた目で現在(いま)を見つめ、感じ取っていた。 同時に、自分の中で問いかけるもう1人の自分がいることも自覚していて、そちらの方はどうしても受け入れることが出来なかった。 − お前(自分)が新しい家族の要(かなめ)になる努力をすべきじゃないのか? − 無理だ、と即答する。 自分には出来ないと。 ティファの様な包容力も、沈んだ心を救い上げてくれるような微笑みも言葉かけもなにも出来ない。 ただそこにいてくれるだけで安心するような、そんな存在にはなれない。 だから無理だ。 だが、とその否定する自分に対して更にもう1人の自分が抗う。 − 努力すべきだ。無理なのは分かっている。ティファの代わりなんかこの世のどこにも存在しない。必死に頑張って、頑張って、頑張った結果が大したことなくても、頑張ったという姿をきっと星の中にいるティファは喜んでくれる − − 彼女を愛しているのなら、努力すべきだ − 吐き気がするほどの正論。 それを導き出したのはカケラほどしかない”強い自分”。 だが今は…。 今は無理だ、とクラウドは自嘲する。 今は…クタクタに疲れてしまった今は。 …。 いや、違う。 もうどうでもいいんだ。 もうなにもかもどうでもいい。 本当にもう…どうでもいい。 何を頑張らないといけないのか。 どうして頑張らないといけないのか。 子供たちを守るため?そんなの、バレットやシドたちがいるじゃないか。 俺が頑張らなくても子供たちはあいつらがちゃんとしてくれる。 俺がいなくなったって平気だ。 そりゃ、少しは悲しんでくれるだろう、嘆いてくれるだろう。 だがそれもティファを喪ったことと比べるといかほどのことか。 − なにバカなことを考える。俺にとってマリンとデンゼルは大切な家族だ、だから俺が守っていくべきなんだ。 − あぁ、それも全部含めて。 どうでもいい。 「クラウド、夕飯はちゃんと一緒に食べてもらうからな」 突然耳に飛び込んできたデンゼルの声にクラウドはハッと我に返った。 視線を上げると厳めしい顔をしたデンゼルと、その隣には同じく厳めしい顔をしたマリンが仁王立ちに立っていた。 更に更に2人の後ろには静かな目で見つめる紅玉の瞳。 クラウドは数回瞬きをして自分の状態を振り返った。 ここはクラウドの寝室。 いや、ティファとクラウドの寝室だった。 ”だった”と表記しなくてはいけない事実に、凍ったはずの心が小さく悲鳴を上げる。 それから無理やり意識を逸らすと室内を見て眉をしかめた。 「………夕方?」 「そう!もう夕方!」 一体いつの間に時間が経ったのだろう? 朝食を一緒に、と強請る子供たちに帰ってきたら一緒に食べると言い残して、1人ミッドガルの教会へ行った。 そうして、ティファを葬った教会から戻って…。 …、そこからの記憶がない。 と言うことは、朝食はおろか、昼食すら食べていないことになる。 窓辺の椅子から身を起こすと身体がギシギシと軋む。 自分が長時間同じ姿勢で窓の外を眺めていた事実を知り、改めて舌打ちしたいような不満と苛立ちのない混ざった思いが駆け巡る。 視線を下に向けると厳めしい顔を”装っている”子供たち、そして自分たちを見守っている静かすぎるヴィンセントの気配。 デンゼルとマリンは怒っているふりをしている。 自分自身を保つために、怒って気力を奮い起こしているのだ。 それに気づかないほどクラウドは愚か者でも愚鈍でもない。 ティファが生きている時は、笑顔を浮かべることでティファと自分たちを守っていた子供たちが今、怒っているふりをすることで自分を守っているその姿、そのギャップ。 クラウドは小さく苦笑を浮かべようとして…結局諦めたように吐息を吐き出した。 今の自分には例え苦笑であろうとも笑みを浮かべることが出来ない。 顔の筋肉がそれを忘れてしまったかのように動いてくれない。 だが、思いを言葉にすることは出来る。 「分かった、悪かったデンゼル、マリン」 そう言うと、子供たちの顔が歪んで泣きそうになった。 しゃがみ込み、その流れで子供たちの頭をくしゃりとかき混ぜてやると2人はギュッと唇を噛み締めた。 大きな2組の双眸が当たり前のように潤む。 クラウドは心の中だけで少し身構えつつ、子供たちが泣き出すのをじっと待った。 だが、どうやら2人は涙をのみ込むことに成功したらしい。 デンゼルは怒ったような顔をそのままに、マリンはグイッと手のひらで目元を強く拭って、2人同時にクラウドの両手をそれぞれ掴むとそのままクラウドを先導するように手を引いた。 (泣いて良いのに…) それとも、泣く姿は立ち上がることの出来ない情けない自分には見せられないのだろうか…? どこか皮肉に考えながら、それでもクラウドは子供たちを拒否することなく手を引かれるまま階下へ足を向けた。 通り過ぎざまにヴィンセントへチラリと視線を向ける。 それがクラウドなりの感謝の表れであることがヴィンセントには十分伝わった。 だがやはりと言うべきかヴィンセントは無反応のままで、黙ってクラウドに続いて階下へ向かった。 不器用な奴だ。子供たちと共に泣けば良いだけなのに。 寡黙な男の呟きは階下に辿りついたクラウドの耳にも、手を引く子供たちにも聞かれることなく宙に溶けた。 階下へ降りると、床に伏せていたナナキが首をもたげ、パッと立ち上がった。 炎を宿す尾を振りながらじっと見上げるそのさまは、さながら忠犬のようだ。 「クラウド、すぐ用意出来るから座って」 硬い口調で席へと促すデンゼルにクラウドは小さく「ああ」とだけ応えるとナナキの前を横切ってテーブル席の1つに腰を下ろした。 すぐ後ろをナナキがくっ付いてきたことに空気の動きだけで分かったがあえて語る言葉も見つからず、そのまま黙ってぼんやりと店内を見渡す。 なんとなく人の気配がいつもより少ないように感じ、内心で首を傾げる。 「バレットとユフィはコレルとウータイに帰ったよ」 まるでクラウドの心を読んだかのようにおずおずとナナキが言った。 クラウドはナナキを見ずに、「あぁ、そうか」とだけ静かに呟いた。 だからかいないのか、と納得する。 そう言えば、一昨日WROへ戻るシドを見送った際に2人がそのように言っていたことを思い出す。 ティファのためにずっと仲間たちは自分たちの生活をかなぐり捨ててここにいてくれた。 ティファを亡くした今、もうそろそろ自分たちの生活に戻らなくてはならない。 たった2人(シドを含めると3人だが)、いなくなっただけでこんなにもガランとした印象を受けるものなのか、と軽い驚きすら感じる。 カウンターの中でまめまめしく動いている子供たちへと視線を戻し、ここでもまた納得した。 2人が心細さを隠して怒ったように振る舞ったのは、バレットとユフィがいなくなってしまった寂しさも多分に含まれていたのだろう。 クラウドは黙って子供たちがスープをよそい、メインとなる鶏肉の照り焼き、サラダ等を皿に盛りつけている姿を見つめながら、心は宙に浮いていた。 どうしてこんなに”なにも変化がない”のだろう? どうして”いつも通り”に時間は流れているのだろう? 自分たちの生活へと戻って行った仲間。 家事をこなす子供たち。 昇る朝陽に沈む夕日。 輝く星に棚引く雲。 時間が経てば腹は減るし、さほど強くはないとは言え睡魔は毎夜、ゆっくりとやってくる…。 それら全部が不思議で不思議で仕方ない。 だって、いなくなってしまったのに。 だって、ティファは死んでしまったのに。 それなのにどうして? どうして、ティファがいないことがさも当然のように、世界は何も変わることなく存在している? 「クラウド?」 ハッと我に返る。 いつの間にか目の前には夕餉の食卓が整い、デンゼルとマリン、それにナナキとヴィンセントがジッと自分を見つめている。 デンゼルとマリンの心配そうな、不安そうな色を浮かべた大きな目にクラウドは何か言い訳を言おうとして、結局何も言わずに口を閉ざした。 言ったところでどうしようもない。 それに…やはり言い訳を口にすることすら”どうでも良かった”。 だから、素直に「ごめん」と謝罪する。 何に対しての”ごめん”なのだろう?と、謝ったのは自分のくせに不思議に思いながら、それでも不思議そうな、不誠実な顔はしないようにだけ気を付けなくては、と思えたことがなんだかとても滑稽だった。 デンゼルとマリンはそんなクラウドに特に突っ込むわけでもなく、怒るでもなく、ただただ、”わざと”呆れたような顔をして、 「しょうがないなぁ」 「しっかりしてよ、クラウド」 と、大人ぶった口調でやれやれ、と首を竦めて見せた。 腰に手を当て、小さくため息を吐くその仕草に亡き人の面影が重なる…。 その幻影を振り払うように、クラウドは湯気を立てている皿へ無理やり視線を落とした。 『それで、クラウドさんはまだ?』 「ああ、まだ無理なようだな」 『そうですか』 沈鬱な溜息が携帯の向こうから耳に届く。 ヴィンセントも思わず深いため息を吐いて窓の外へ視線を投げた。 切り取ったような漆黒のキャンパス。 そこに点在する数多の星明りを見るとはなしに見つめながらヴィンセントは重い口を開いた。 「恐らく、アレを聞くことが出来たなら、少しは良い方へと向かうのだろうが、無理やり声を流しても仕方ない」 『…そうですね。ですが…』 「今はそっと見守るしかないだろう。アイツもいい大人だ。いつまでも腑抜けではいまい」 『…えぇ』 「それにしてもリーブ、お前の方は大丈夫なのか?」 『ハハハ、なんとか大丈夫ですよ。私はこれでも自分の限界はちゃんと分かっていますからね、倒れるギリギリ直前にならないよう気を付けています』 「……まぁ、そういうことにしておいてやる」 『おや、信用ないですねぇ』 「ふん。ではな」 『はい。ヴィンセント、もう暫くそちらをお願いしますね』 「どうせ私は暇だ。憂いが無くなるその時までくらいなら留まることに差し障りはない」 おや、そんな皮肉にとらなくても。と、言って笑ったリーブにヴィンセントは軽いため息で応じると、簡単な別れの言葉を互いに口にして通話を切った。 そうして星空を眺めた姿勢のままにヴィンセントは瞳だけを閉じる。 思い出すのはティファの葬儀の翌日。 多忙な合間を縫い、前日の葬儀と合わせて2日続けてセブンスヘブンを訪れたリーブは、皆の揃った席で驚くものを取り出した。 手の平サイズのスティックタイプの黒い金属。 「ボイスレコーダーか?」 シドの言葉に皆がきょとんとリーブを見た。 リーブは微かに微笑みながら頷いた。 「ティファさんの遺言です」 その一言でその場に落ちたのはなんと表現すれば良いだろうか? 驚き、戸惑い、疑念。 しかし、それ以上に強くその場を支配したものは厳(おごそ)かと表現さるべき重く敬虔な空気だった。 それは一重に死者への敬意が如実に表れた証し。 ティファがどれほど皆にとって偉大な存在だったのかを表していた。 リーブはそっとボイスレコーダーのスイッチを入れた。 『− デンゼル、マリン −』 流れてきたその声に、その場の全員が息を?む。 まず、皆の胸を衝いたのは言葉に出来ないほどの切なさ。 胸に競りあがってくる熱い塊は、そっくりそのままティファへの想いの大きさを表す。 一体いつの間にリーブはティファと一緒になってこんなものを用意したのだろう。 よぎった疑問は、耳慣れたその声がか細く、掠れ、一言言葉を紡ぐ毎に息を整えていることから彼女がいよいよ臨終を迎えるその直前に録(と)られたのだ、と分かった。 ボイスレコーダーから流れるティファの声は一言一言に想いを込めて、1人1人への最後の言の葉を紡いでいた。 それはまさに、彼女にとって最後の言葉だった。 ティファは語る。 子供たちが自分の所へ来てくれたことが、どれほど大きな幸せだったかを。 どれほど心強く、大きな大きな支えとなっていたかを。 そして、願う。 子供たちの健やかな成長と未来の展望を。 幸せな人生を送れ、と語るティファの最期の言葉は紛れもない母親としての愛情に溢れていた。 『− デンゼル、マリン。今まで本当に ありがとう −』 そう言って、子供たちへの言葉を締めくくったティファが、次に名を呼んだのはユフィだった。 ユフィへの言葉は以下、続けられる仲間たちへの言葉と大差はなかった。 ただ、仲間たち1人1人に対してきちんとした言葉をそれぞれに贈っている。 ユフィには父親を大事にするよう語り、ナナキには星の姿を自分の分まで見てきてくれるように頼み、シドにはシエラを慈しむよう勧め、バレットには無茶をせずに時には周囲の人の意見に耳を傾けるよう諭し、ヴィンセントには贖罪の人生ではなく自分の人生を歩んでも良い頃合いだと解き放ちの言葉を紡ぎ、リーブには多忙で重責を負う生活への労いと、遺言をこのような形で残してくれることへの感謝の言葉を贈った。 その間。 誰も口を挟まなかった。 一番最初に名を呼ばれた子供たちは目を大きく見開いたまま、ボロボロと大粒の涙をこぼしている。 ユフィも同様だ。 子供たちに負けないくらいボロボロと涙をこぼし、しゃくり上げながら腕で涙を何度も拭った。 バレットとシドは目を強く瞬(しばたた)いて涙を飛ばし、リーブとヴィンセントは神妙な面持ちでボイスレコーダーをじっと見つめていた。 あたかもそこに病に臥せるティファが見えるかのように。 ただ、リーブへの言葉の途中では、本人を目の前にして言うのはなんだか変に照れ臭いわね、と笑い声交じりだったのが皆の胸を微かにくすぐり、涙に濡れる者たちをほんの刹那、頬を緩ませた。 そして。 『− クラウド −』 一番最後。 とうとう彼女にとっての最愛の者の名が呼ばれた。 皆、それまで以上に息をひそめ、彼女の最後の言葉を邪魔しないように、聞き漏らさないようにと耳をそばだてた。 だが。 唐突にボイスレコーダーの電源は切られた。 ブツッと何の前触れも躊躇いものなく電源を切ったその手は微かに震え、強く力が込められている。 皆、呆然と電源を切ったクラウドの固く強張った顔を見つめた。 「………悪いが……聞けない」 たった一言、そう絞り出した低い声が微かに震えていて誰もがもう、それ以上何も言えなかった。 だって、分かってしまったのだから。 クラウドがティファの死を本当の意味で受け入れられていないのだということが。 それほど、クラウドにとってティファはかけがえのない存在で、どうしてもどうしても、失いたくなかった人だったのだ。 皆の憐憫の眼差しを避けるように、クラウドはボイスレコーダーを握りしめたまま寝室へと上がって行ってしまった。 そうして、それから3週間経つ今でも黒いボイスレコーダーはクラウドの寝室のチェストの上に置き去りにされている。 クラウドへの言葉(想い)を一度も再生しないまま。 「アレを聞くことが出来れば恐らく今よりもほんの少し、前に進めるだろうに」 ヴィンセントはそう呟くと、あの時の蒼白で硬い表情を浮かべて逃げるように背を向けたクラウドを思い出した。 あの頃から今日まで、全くクラウドの時は動いていない。 深い悲しみは時の流れが癒してくれると一般的に言うが、果たして本当に青年の心の傷が癒やされるのか、疑問と不安に感じながらヴィンセントは目を上げ、天井を見た。 荒い木目に継ぎはぎとすら言えるコンクリートの天井の向こうでは、今夜もまんじりともせずにベッドに臥し、夜が更けるのを黙って待っているクラウドがいるはずだ。 何らかのきっかけが必要なのかもしれない。 子供たちを擁護すべき立場へクラウドを立ち戻させるためには。 そのためには少々強引な手も使わなくてはならないかもしれない。 いや、むしろそうしなければならない時期に来たと判断して良いだろう。 もう3週間経つのだから。 3週間も、擁護すべき子供たちを擁護せずに過ごしているのだから。 子供たちを殊(こと)の外(ほか)愛していた彼女も、それを望んでいる。 そんな気がしながら、ヴィンセントは小さく息を吐き出した。 |