「クラウド、この中であの男の言う治療とやらを受けてみることに賛成の人間はバレットだけだ」 ティファに話すべく2階へ向かうクラウドの後ろからヴィンセントがそっと告げた。 他の仲間たちは男の帰った方を見やりながら渋い顔でなにやら話をしている。 無論、バレットは少々興奮気味でここまで足を運んでくれたことに感動すらしているようだ。 だが、押しかけてきたという印象しかなかった他の面々は一様に胡散臭そうな不快感を強めただけであり、そのためバレットと自然、対立する雰囲気を生み出している。 クラウドは振り返らず無言のままだったが、クラウドがちゃんと聞いていることをヴィンセントは知っていた。 だから階段を上がりながら淡々と続ける。 「本当にティファのためになることなら反対しない。だが、悪戯にティファの気持ちをかき乱すようなことになりはしないか?」 ヴィンセントが口を閉ざす。 丁度、寝室のドアの前に着いていた。 ノブに手を伸ばした格好でクラウドは暫し動きを止めた。 「…それでも…」 俯いてぽつりとこぼすクラウドの横顔を見つめる。 疲労感の色濃いその姿は、この数か月という”彼女から剥がれ落ちた時”が、青年をどれほど苛み、痛めつけているかを容易に伺わせた。 「ティファに話をすることが最善だと思う…。何も知らず、何もやらず、『選択する道すら与えられない』だなんてフザケタこの状況も、少しは…」 マシだと、そうは思わないか? 最後のセリフはおおよそ人に話して聞かせるような力を持っていなかった。 これからしようとしていることに対して自信がこれっぽっちもなく、むしろ不安の方が大きくてどうすることが良いのか分からず酷く迷っているくせに、それでも縋るように『正しいことだ』と自身へ言い聞かせているものだった。 それは、ヴィンセントが言った『ティファの心をかき乱す』であろうことをクラウド自身よく分かっていて、だが彼女にせめて選択肢くらい与えてやりたいのだと、激しすぎる葛藤を表している。 ならば、もう何も言うまい。 見守るヴィンセントをチラリとも見ることなく、クラウドは胃の腑がグッと縮まるような苦くて重い思いを押し殺しつつそっとドアを押し開いた。 時の剥落 9病院の匂いは嫌いだ。 否が応でも”あのとき”を思い出させる。 巨大ビーカー、薬品、ギラギラと異様に光る眼を向ける白衣の人間、そして…親友の死。 もう何十年も昔に起こった出来事のように思えるくせに、神羅屋敷での5年間はクラウドの心に黒いシミとなってその影を残している。 そんな忌まわしい記憶を呼び覚ます場所にティファを連れてきたことを、クラウドは早くも後悔していた。 だが、遠い過去にいまだに囚われている愚かな己を振り払うように硬く目を閉じると、意を決してから目を開け、ドアを開いた。 そこは白い白い部屋だった。 真っ白すぎて逆に落ち着かない空間。必要最小限のものしか置いていない寒々しい部屋。 あるのはベッド、点滴スタンド、据え置きキャビネットに数脚の椅子、オーバーベッドテーブル、そして小さなテーブルと2人掛けのソファ。 テーブルとソファは、個室のみに特別に備え付けられているというものだ。 そして、そのソファにはバレットがなんとなく落ち着かない顔をして座っており、ベッドの周りに集まっている面々をチラチラと見ていた。 部屋に入ってきたクラウドに気づいたデンゼルがパッと顔を上げ、ベッドに横になっているティファへ顔を寄せる。 そうして「クラウド」と呼びかけると自身のいた場所を青年に譲った。 「ティファ、気分はどうだ?」 覗き込むと色の白い顔をしたティファがゆっくりと重い瞼を押し上げ、微笑んだ。 「うん、大丈夫だよ」 「そうか」 「クラウド、手続きは終わったのか?」 「あぁ、今済ませてきた。治療は1時間後らしい。もうすぐ看護師が熱とか血圧を測りに来るそうだ。」 問いかけたシドへ簡潔に答えると、クラウドはそっとティファの額に手を伸ばした。 熱は感じられない。 というよりも、むしろヒヤリと冷たいほどだ。 体調が絶不調で食事もあまり摂れていない状態なのだ、熱を作り出すことが出来なくて当然だろう。 それがとても悲しくて、とても恐ろしくてクラウドの心臓を鷲掴みにする…。 心の動揺は大きく、だがクラウドはそれをおくびにも出さなかった。 それなのに。 「クラウド、少し寝てきたら?ここ最近、あまり眠れてないんでしょう?」 ティファはほんのりとほほ笑みをその口元に湛えながら気遣うように見上げてくる。 クラウドは呼吸を乱さないよう意識して静かに深く息を吸い込むと優しく笑いかけた。 「気にするな。俺は丈夫だけが取り柄だからな」 「ふふ、またそんなこと言って」 「それよりもティファ…」 軽く笑い声を上げるティファにクラウドは言葉を続けようとして、中途半端に引込めた。 ティファや子供たちが小さく首を傾げて続きを待つ。 だがしかし、クラウドは軽く首を横に振るとなんでもない、と意思表示をしてティファの額に口づけた。 額とは言え、人前での愛情表現は病が分かる前では絶対にしなかったことだった。 だからティファはいまだに慣れない。 白い顔にほんのりと朱が差す。 子供たちや仲間たちもどこか照れ臭そうにそわそわと目を彷徨わせている。 クラウドはそんな周りのことなど気にも留めず、と言うよりも全く気付かないのかティファだけを見つめた。 「ティファ、ずっと傍にいるから」 言って、軽く目を見開いているティファの頬に指を這わせ、もう一度額にキスを落とす。 「正直、しんどい治療だって先生は言っていた。俺は代わってやれない。その代り、ずっと傍にいるから」 クラウドの真摯な言葉はティファの心にじんわりと染み渡り、暖かな明かりを灯す。 仲間や子供たちも目元を和らげたりうっかり涙腺が緩みそうになっている。 ティファは一瞬目を見開いたがすぐに鳶色の双眸を細め、嬉しそうに微笑んだ。 だからクラウドはたった今、喉元まで出かかった言葉を口にしなくて良かったのだと確信した。 ”本当にこれで良かったのか?” 2日前。あの壮年の医師がわざわざセブンスヘブンにまでやってきて治療を勧めたあの後。 クラウドの話を最後までじっと聞いていたティファは、治療を受けるか否かの問いかけに少しだけ考えた。 だが考えた時間は本当に短く、すぐに『yes』とハッキリ答えた。 反対の意を口にはしなかったものの、その表情を見たら一目瞭然であった子供たちの目の前で、ティファはハッキリ頷いた。 真っ直ぐ。 一切の迷いなく。 クラウドにも、子供たちにも、そして仲間にも受けるか否か相談することなく己の意思で決めた。 だから誰一人反対出来ないまま、本人の意思を尊重するという形で今に至っている。 まだ幼い子供たちですら自分たちの意見をぐっとこらえ、ティファの決断に頷いた。 本当は拒否して欲しいと強く強く思いながら。 だって、誰に止める権利があるというのか。 死を目前にした患者が己が病の治療を受けるという選択肢を選ぶことに対し『治療をするな』など、誰が言える? 明らかにその治療が『詐欺』であるなら話は別だ。 だが、相手は医学界の教授だ。 その世界では知名度も高く、その道での成功例も数多くその手に実績として積んでいる。 だから、反対したくてしたくて、ティファの決断にあと少しで異を唱えようとした子供たちは、寸でのところで数々の言葉を飲み込んだ。 気に食わない相手でも医学の世界ではすごい人間なのだ、だからティファにとって良くない結果をもたらせることはないに違いない、と自分たちに言い聞かせて。 そうしてクラウドも、迷う気持ちを抱えながらも治療を受けると決断したティファの傍にいて彼女を支えいようと心に決めた。 だが、それでも迷う気持ちとは別のものが心の奥底に引っかかっていてそれを無視することが出来ないでいる。 その引っかかっているものの正体をクラウドは知っていた。 それは”安堵”に関係していること。 ティファに治療を受けるか否かを相談されなくて済んだという”安堵”に深く関係していることだ。 ティファに話をしたとき、ヴィンセントに偉そうに言ったくせに本当はとてもとても怖かった。 ティファに相談を持ちかけられたらどう答えるべきなのか…と。 文字通り、ティファにとって唯一残されたたった一つの選択肢。 それを選ばなければ何も選ぶことなど出来ずにむざむざ死を待つのみ。 ならば、その与えられた選択へと手を伸ばしてみたらどうだろう?と、言うは容易い。 しかし、その治療に伴うであろう心身への負担はいかばかりか。 もしも、その負担が大きすぎたら残り少ない寿命はさらに短くなってしまうのではないだろうか? ということは、大げさな話ではなくこの選択肢はティファの遺された時間を左右する重大すぎる選択となる。 それは、恐ろしく重い責任を伴う。 まさしく彼女の人生を狂わせるかもしれない選択肢。 それに対して相談を持ちかけられるかもしれないというのはクラウドにとって筆舌しがたいほどの重責だった。 だから、ティファが自分で決めてくれたことに心底ほっとした。 ホッとして…そんな弱い自分に苛立ちと情けなさを感じずにはいられなかった。 そして、だからこそティファは自分の意思で治療受ける選択を選んだのではないかと思うのだ。 クラウドや周りの人間がもっとも望むであろう答えを自ら選び取るという道を。 本当は治療など受けたくないのに、このままそっと静かに安からな死を迎えたいと言うのが一番の願いなのに、見守っている自分たちのため敢えてツライ選択肢を選んだのではないだろうか…と。 だってあの最後の2人だけのひと時、帰宅する直前。 ティファは死にたくないと言って泣いてくれた。 声を上げて泣いて、泣いて、泣いて。 そうして泣き止んだ彼女はとてもとても綺麗に笑った。 笑って『帰ろう』と言ったのだ、晴れやかに。 あの姿…あれは…。 「クラウド?」 訝しげなデンゼルの声にハッと我に返る。 小さく息を吐き出し、なんだ?と問いかけると少年は心配そうに眉尻を下げた。 「ティファの言うとおり、ちょっと疲れてるんじゃないのか?」 「クラウド、顔真っ白。寝てないの?」 マリンもデンゼルに合わせるようにして眉尻を下げる。 クラウドは小さく笑った。 確かにまともに眠れていない。 だがそれは今さらな話だ。 ティファの病が分かって、彼女にその症状が目に見えて現れてきてからますます眠れなくなっていた。 眠っている間に彼女がどうにかなってしまっているのではないかという恐怖は筆舌しがたい。 だがそれを誰にも、特に子供たちとティファに知られるわけにはいかない。 クラウドは自身の身を顧みずに心配そうな視線を向けてくるティファに気づきながら、絶対に見ないようにしてしゃがみ込み、子供たちと視線を合わせた。 「ちょっと考え事をしていただけだ」 「何考えてたんだ?」 「ティファの治療のこと」 疑わしそうなデンゼルに苦笑しながらこの場で最適と思われる言い訳を口にする。 当たらずと言えど遠からずな答えに、だがデンゼルもマリンも心から納得したようではなかった。 もっと他にもあるだろう?と言外にその表情が物語っているが、クラウドはそれ以上口にしようとはしなかった。 立ち上がり、周りにいる仲間たちも同じように自分を見ている視線に当然気づきながら、肩を竦めた。 「ここは心配性ばかりだな、ティファ」 「ふふ、そうね」 軽くおどけるとベッド上の美しい人はクスリ、と笑って目元を和らげた。 その表情にホッとする。 ドアをノックする音にユフィがはぁい、と返事をすると、白衣の天使と称される女が2人入ってきた。 治療に向けて血圧や検温をしにきた、と1人が告げ、もう1人がティファの胸に聴診器を当てる。 「まだ治療まで時間がかかりますからもう少しお待ちください」 「あと10分ほどで手術室に向かうんじゃないのか?」 腕時計を確認し問いかけるシドに看護師は申し訳なさそうな顔をした。 「すいません、前の方がちょっと長引いてしまって、たった今終わったと連絡があったんです。ですからあと30分ほどかかるかと」 手術室を使えるようにセッティング等しないといけませんから。 なるほど、と皆が頷く。 手術室を使えるようにするには色々と機材を入れ替えたり消毒等々が必要になって当然だ。 それに、今回のティファの治療は完全にVIP扱いだ。 本来なら今日、治療してもらえるはずないのだから。 ふとここで少し気になることが英雄たちの中で頭をもたげる。 ティファの治療は誰かの順番の横入りをしてしまったのでは…というものだ。 だが、それに気づいたところで誰も口にはしない。 そんなことを耳にしたらティファが余計な心配をするのが目に見えている。 期せずして誰もが同じ結論へと至り、誰もがそのことに関しては口を噤んだ。 なんとなく緊張したような、硬い空気が満ちる。 それを察しつつ、クラウドは子供たちに目を向けた。 「まだ時間があるみたいだし、何かジュースでも飲むか?」 パッと顔を上げ、2人が笑顔になる。 ジュースが飲めることを喜んだのではなく、クラウドが気を使ってくれたことが嬉しかったのだとクラウドたちには分かったが、無論看護師には分からない。 良かったわね、とニコニコ1人が子供たちに笑いかけ、もう1人が自動販売機の場所を伝える。 一緒に買いに行くか?とデンゼルとマリンを見たがその問いかけではなく別の言葉を口にする。 「なにが良い?」 「俺、コーラ」 「私グレープジュース。もしもなかったらピーチがいいな」 「あ~、アタシはジンジャーエールね」 当然のようにニヤニヤと手を上げたユフィにクラウドはシラッとした目を向けはしたものの、肩を竦めただけで部屋を後にした。 「一緒に行くか?とは言わなかったな」 なにが?とは問わず、クラウドは前を向いたままくっ付いてきたバレットとヴィンセントに軽く息を吐いてから口を開いた。 「ティファの傍に少しでもいたいと思っているんだ。ジュースを買うくらい、何が欲しいのか聞けばそれで事足りる」 「まぁなぁ」 間延びした返事をしながらバレットはクラウドへと視線を投げた。 元々細い体躯だった。 今ではもっと細く、小さくなったように見える。 力を入れて握ったら簡単に壊れて粉々になってしまいそうなほど…。 看護師に教えてもらった自販機で目当てのものを買い、ついでに自分たちのものを手にして廊下を戻る。 なんとなく無言なのは致し方ない。 重苦しくなりがちな雰囲気を纏いながらあと少しで病室と言うところまで来た時、背後からバタバタと慌ただしい足音が追いかけてくるかのように近づいてきた。 ガラガラとなにかコマのついた重いものが走る音もする。 振り返ると白衣を着た男と女の看護師、それに医師と思しき4人が足早にストレッチャーを押しながら近づいてきていた。 広い廊下ではあるがストレッチャーを囲むようにして4人もの人間が歩いているので幅が狭い。 自然3人は廊下の端により、ストレッチャーが行き過ぎるまで立って待つ。 だから…見てしまった。 すれ違うストレッチャーに乗っている患者を。 その患者を固定しているベルトを。 そしてその患者が、ベルトで固定されているにもかかわらず、まるで陸に打ち上げられた魚のように激しく身体をビクビクと跳ねさせている姿を。 震えている、なんて可愛いものじゃない。 文字通り、ストレッチャーという狭苦しいまな板の上で飛び跳ねている魚そのものだ。 それは一瞬で目の前を通り過ぎ、ティファの病室の2つ手前の部屋へと吸い込まれるようにして消えた。 3人はその消えた部屋を呆然と見つめていた。 冷水を浴びせかけられたように全身が冷たく凍りつくとはまさにこのことだ。 我に返ったのは意外にもバレットが一番だった。 その部屋へ足早に入ろうとした看護師に気が付き、慌てて声をかける。 それは3人が同時に抱いた直感だった。 まさか、と思った。 あれは違う、そうじゃない…と。 だが、あまりにもイヤな予感が強すぎて、今、確かめなくては絶対に後悔すると虫の知らせのようなものがガンガンとうるさくせっついて、だからバレットは急に声をかけられて驚く看護師に詰め寄った。 部屋に運ばれた患者は一体どうしたのか…と。 そして看護師の答えに3人は絶句した。 「ウソだろ…?」 思わず漏れた愕然とした声音に忙しいはずの看護師は労わるような笑みを浮かべた。 「初めて見られた人は皆さんびっくりされます」 「あれは…治療に失敗しているんじゃないのか?」 言外に、あれが普通の姿なのだと、あれで普通なのだと、認めたくない思いが込められる。 だが看護師はプロとしての顔を崩さなかった。 「いいえ。皆さん大体ああいう風になってしまいます。腫瘍に直接薬液を投与するので、体が拒絶反応を見せるんですよ、ある程度ね。ですから高熱も出ますし。ほら、熱が高いと寒気がして体がガタガタ震えるでしょう?あれと同じですよ」 ある程度、と言った看護師の言葉が脳に沁みるまで時間がかかった。 あんなに人間とは思えないほどビクビクと震え、弾んでいた身体。 あれで”ある程度”に分類されるのだ。 にわかには受け入れがたいその説明に呆然とする面々に、看護師は軽く頭を下げて忙しげに部屋へと消えてしまった。 ガンガンと頭痛がする。 吐き気までする。 目が回って足元がぐらつくような感覚に襲われる。 あんなに弱っているティファがこんな過酷な治療を受けたらどうなる? あんな、飛び跳ねてしまうほどの悪寒を伴う高熱を発症してしまうほどの治療を。 ティファが耐えられるのか? 耐えられる。 はずがない! 後ろへよろめいたクラウドを支えたのは冷たい病院の壁。 ヴィンセントがハッと気が付いて腕を掴んだが次の瞬間、クラウドは手にしていたジュースの缶を放り出すように廊下へ落とすと、まるで怒りに駆られているかのように猛然とティファの病室へと向かった。 背後から慌てて呼びかけるバレットの声などまるで聞こえていないかのように勢いよくドアを開け、中にいる面々が驚いて自分を見つめてくるのも厭わず、同じくベッドの上でそろそろと身を起こして何事か問うティファだけを見つめて、手を伸ばして…。 言葉もなく思い切り抱きしめた。 常ならないその様子に座っていたユフィやナナキ、シドは腰を浮かし、子供たちはオロオロしながらクラウドを追うようにして病室へ駆け込んだ大人へ駆け寄った。 誰もかれもがクラウドの様子に驚き惑い、ヴィンセントとバレットへ説明を求めようとしたが、その隙は全くなかった。 「帰るぞ」 短く端的に、クラウドはティファを解放しつつきっぱりと宣言した。 ユフィとシドが「は!?」と声を上げるも、全くそれに取り合わず、クラウドはキャビネットを荒々しい手つきで開けると片っ端からバッグの中に詰め込み始めた。 「ちょ、ちょっと!あと少しでティファの順番が…って、おい、バレット、ヴィンセントまでなに手伝ってんのさ!!」 「おいおいおい、なにがあった?え?なにがあったんだ、説明しろ!」 ユフィとシドの驚いた声がうるさく部屋に響く。 だが、ジュースを買いに行った3人は全く聞く耳を持たないかのようにあっという間に荷物をまとめ上げてしまった。 そうしてクラウドは当然のようにまとめあげた荷物をヴィンセントとバレットに預けるかのように床に放置すると、ベッドに座って言の顛末を見守っていたティファに手を広げ、抱き上げた。 「…クラウド…どうして?」 小首を傾げ、ユラユラと瞳を揺らめかせている鳶色の瞳をようやくまともに見つめる。 そこにはクラウドの行動を不思議に思う以上にホッとした色が浮かんでいた。 クラウドはたまらくなった。 ティファはやはり、本心では静かに死を迎えたいと思っていたのだ。 治療を受けると言った理由はたった一つ。 自分たちにそれと悟らせないため。 どんなに仲間や家族がティファの死を前に恐怖しているのかを知っているから、受け入れてしまっていることを悟らせまいという、その一心だったのだ。 全部全部、周りの親しい人のため、愛している人のため、最期の最後まで頑張ろうと、そう決意してくれたからこその”決断”だったのだ。 抱き上げたままギュッと抱きしめ、耳元でささやく。 「ティファ…もう頑張らなくていいんだ。ティファはティファのためだけにいてくれたらいいんだ。そのために俺たちは…、俺は、傍にいるんだから」 耳元でティファが息をのみ、そうしてほぉっ……と細く長い吐息を吐き出した。 強張っていた身体からスーッと力が抜け、代わりに擦り寄るようにして身体を預けてきた。 その軽くて細くて、温かな彼女という存在に喉の奥底から熱いものがこみ上げてきそうで、クラウドは唇を噛み締めた。 |