渇望   

 

結局、朝の登校にはティファが、下校時は早めに仕事を切り上げたクラウドが子供たちに付き添う事になった。

今まで登校時に男が現れたことは無く、その確率も低い事から、ティファが提案したその役割分担をクラウドはしぶしぶ了承した。

「何もかも一人で守ろうと思わないで。少しは私を頼ってくれてもいいじゃない。協力し合うのが家族でしょ?」

結局彼女は庇護されるだけで納まっていられる性分ではないのだ。

家族を、ティファを守りたいと思うことはクラウドにとって自分の存在理由でもあるがそれは彼女にとっても同じだった。

闘いに身を置いていた日々、拳を構えて前を見据えるティファの姿を頼もしいと感じた気持ちは今も変わらない。

戦う時は互いの背中を預けて立つ。

そんな彼女だからこそ 自分も強く在りたいとクラウドは思う。

 

午後、仕事を終えたクラウドは一旦バイクを店に置いてから、徒歩で学校に向かった。

バイクで駆け抜けてしまっては、通学路の周りの様子や男の気配を感知できないからだ。

大人が子供たちをしっかりガードしている事を知らしめて、男が諦めるのを待つより、出来れば引きずり出して身元を掴みたい。

二度と家族に近付かないようにさせるためなら実力行使も厭わない。

そうしなければ安心を取り戻せない。

 

デンゼルが一人で校門を出てきた。

周囲を伺うでもなく至極落ち着いた様子、だが少し早めの歩調で歩いている。

片手を上げて合図をするクラウドの姿を見つけると、緊張を解いた笑顔で駆け寄ってきた。

「マリンは一緒じゃないのか?」

クラウドがデンゼルの後方に目をやった。

「今日は俺より30分は遅いんだ。どうする?待ってようか?」

「…いや。またその時間に迎えに来る。とりあえずは一旦帰ろう」

「また戻って来るのも大変だろ?待ってた方が一度で済むじゃないか」

「男の尻尾を掴む機会は多い方がいい」

「…なるほど。さすが、クラウド」

心底感心した瞳で幾度も頷くデンゼルにクラウドは苦笑を返すと、行くぞ、と顎で示して歩き出した。

 

クラウドとこうして通学路を並んで歩くのは勿論初めてのことで、デンゼルは昨日の恐怖心も忘れて浮き足立った。

ゴーグル越しに鋭い視線を周囲に走らせながら黙々と歩くクラウドの横顔を時々見上げては、つい頬が緩んでしまいそうになるが

それどころじゃないんだと慌てて口元を引き締める。

「デンゼル、男の特徴をもう一度確認させてくれ」

「あ、うん、ええと…。髪の色は褐色。目の色も同じ。いつもカーキ色の作業服みたいなの着てる。背はクラウドぐらいだけど身体はもっと細い」

「他に目立つ特徴はない…そうだな?」

「うん、クラウドのほうがよっぽど目立つよ」

すれ違う人々は男も女も皆クラウドに一瞬目を留める。

デンゼルにすれば、ただ単にクラウドの容姿の良さが人の目を引くのだという漠然とした理由しか思いつかない。

だが過去の体験や乗り越えてきたものの大きさがその人の持つ空気に影響するとすれば

彼の纏う雰囲気が常人のそれとは一線を画すのは無理からぬ事だった。

ゴーグルで魔晄の瞳が隠れてはいても、滲み出るある種のオーラまでは隠せない。

「目立つか?あまり有難くないな」

自覚の無いクラウドは困ったようにデンゼルを見下ろした。

「あっ…!」

デンゼルが前方を見据えて声をあげたが、すぐに 「ごめん、違った」 と肩を落とした。

似たような作業服姿の人物を、昨日の男と見間違えたらしい。

この年頃の子供にしては気丈で勇敢な面を持つデンゼルの顔色がさっと変わったのを見たクラウドは、彼にとって男がどれだけ脅威なのかを思い知った。

その男の性質がデンゼルの恐怖を駆り立てるのだろう。

人間は概して理解不能なものに恐怖心を抱くものだが デンゼルのそれも、相手の不可解さの度合いに比例している。

ティファのことを何故だか「母親」と慕い、嫉妬心からか息子であるデンゼルに近付いて、男は何をしようというのか。

それはクラウドにも推し測る事は出来なかった。

一刻も早く解決したい―― 

背中のソードホルダーの端を遠慮がちに握り締めたデンゼルを見下ろして、クラウドは改めてそう思った。

 

何事も無く家に辿り着くと、デンゼルは店のドアに手をかけ、ほっと息を吐いた。

振り返り、マリンを迎えに行くために引き返していくクラウドの後姿を人波の間に見送って、微笑んだ。

頼れる、そして優しい大きな背中に、もとより抱いている憧れを更に強くした。

 

「ただいま!」

「お帰りなさい」

カウンターの手前に立っていたティファが安堵の笑みを浮かべて振り返った。

「大丈夫だったのね」

「うん、あれ?お客さん?」

「市場の人よ。食材の配達」

週に二日、市場から食材を運んでくる配達員が野菜の入ったダンボールをカウンターの奥に運び込むところだった。

いつもは午前中に来るはずなのに、珍しいな。

デンゼルがそう思った時、ダンボールを床に下ろして腰を上げた作業服姿の配達員が振り返った。

「おかえり、デンゼル」

デンゼルは凍りついた。

あの男だった。

強張ったデンゼルの表情に気付いて、ティファはまさか、と男を振り返った。

ここ1ヶ月、いつも配達に来てくれている市場のアルバイトの青年。

この人が…!?

「じゃあ、ここにサインを」

男は微笑を浮かべてゆっくりとカウンターから出て来た。

「そこで止まって!」

ティファの毅然とした声に男は素直に足を止め、二人をじっと見つめた。

「…デンゼル、クラウドを呼んで来て」

男から目を逸らさずティファは冷静な口調でそう言った。

「行くなよ、デンゼル。あいつに言いつけたら、お母さんを取っちゃうぞ」

薄笑みを浮かべた男の言葉が、踏み出そうとしたデンゼルの足を躊躇わせた。

(逃げちゃだめだ。ティファを守らなくちゃ…!)

「いいから早く行きなさい!」

鋭いティファの声がその思いを打ち消した。

デンゼルは数歩離れたドアの取っ手に手を伸ばして勢い良く押し開けた。

(俺じゃ、だめだ、まだ守りきれない。クラウドみたいにはまだ…。)

「クラウド!!」

ドアを開けるなり叫んで、デンゼルは駆け出した。

 

 

 

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