*このお話は、『内緒…』『本日貸切にて…』と絡みのあるお話です。 軽いドアベルの音と共に、 「ごめんください…」 「失礼します…」 控えめな女性と男性の声がティファと子供達の耳に響いてきた。 チャレンジ(前編)「あの…すみません。まだ開店してないんです」 セブンスヘブンにそっと入って来たカップルに、ティファは申し訳なさそうな顔をした。 すると、その男女は「あ、分かってるんです」「ちょっと…話というか…お詫びと言うか…」と、ゴニョゴニョ言いながら、それぞれ被っていた帽子とサングラスを外した。 現れた素顔に、デンゼルは「誰?」と小首を傾げていたが、マリンが目を丸くして「あーー!!」と声を上げた。 マリンの声にびっくりしたデンゼルは、何が何だか分からず、ティファを見た。 すると驚く事に、ティファまでもが素顔を晒した二人を見て、目を丸くしているではないか。 自分だけが、カップルの事を知らない事に、少々気を悪くしたデンゼルだったが、そんなデンゼルに気付かないマリンが嬉しそうな顔をしてパタパタと駆け寄った。 「前にお店に来てくれたお客様ですよね?」 マリンの言葉に、カップルは驚きながらも顔を綻ばせた。 「うん、大分前にね」 「良く覚えてくれてたなぁ…」 マリンの目線に合わせてしゃがみこんだ二人に、デンゼルはほんの少し納得しつつも、ティファの複雑な表情にやはり首を傾げる。 ティファも、この二人が以前お店に来てくれた事を覚えていた。 そして、その時感じたことも…。 自分の中に巣食う、黒い感情を…。 この二人はかつての旅を思い出させたのだ。 クラウドと…星に還ってしまった親友との姿を…。 その時、自分が未だにクラウドとエアリスの関係を消化しきれていない事を思い知らされたのだ。 もしも……エアリスが生きていたら…。 私は二人を祝福出来ただろうか……と。 そう考えてしまった自分が、とても汚らわしく、そして……とても悲しかった…。 ティファは再び現れた二人を前にして、その時の感情を鮮明に思い出した。 どうしようもなく、身体が震えそうになる。 しかし、マリンはそんなティファにも、首を傾げているデンゼルにも全く気付かず、嬉しそうに頷いた。 「はい!それに、お兄さんとお姉さん、モデルさんでしょ?私の友達のお姉さんが、この前、お兄さんとお姉さんの乗ってる雑誌を見せてくれたの!『すっごく憧れてるんだ〜』って言ってたよ!!」 モデルの二人は、この言葉にはにかむような笑みを浮かべると、マリンの頭をそれぞれ優しく撫でて立ち上がった。 そうして、複雑な顔をして自分達を見つめているティファに表情を引き締めると、改めて頭を下げた。 「この前は、本当に失礼な事を言ってしまって…ごめんなさい…」 「それに……俺達のモデル仲間が貴女に対して非常に失礼な態度を取ったと聞きました。今日はそのお詫びに来たんです…」 謝罪の言葉を口にする二人に、ティファは漸くその強張った表情を取り繕い、うっすらと微笑んで見せた。 「良いんです…。それに、この前いらしたお客様の事は、あなた達のせいではないんですから…」 そう言って、開店前で忙しいにも関わらず椅子を勧め、二人の為に珈琲を煎れた。 最後まで話しについて行けなかったデンゼルが、少々不貞腐れながら自分の仕事に戻った事には、残念ながら誰も気付かなかった 「えっと…それで…?」 珈琲をテーブルに置きながら、ティファは控えめに声をかけた。 表情こそ何とか平静を保っているものの、ティファの心中は穏やかではなかった。 目の前の二人を見ている分だけ、醜い自分に気づかされる……そんな気分がするのだ。 そんな事は知る由も無いモデル達は、顔を見合わせると言いにくそうに口を開いた。 「実は…俺達の所属してる事務所が、今度新企画を立ち上げる雑誌に興味を示してて…」 「それで…その雑誌っていうのに…、是非ティファさんを起用させて頂きたいって話がでてるんです」 この言葉に、ティファ本人だけでなく、何となく話を聞きながら開店準備をしていた子供達間でもがびっくりして顔を見合わせた。 「ティファがモデルになるの!?」 「うわ〜!ティファは美人だから絶対に素敵に撮ってもらえるよ!!」 はしゃぐ子供達に、モデルの二人はニッコリと微笑んだが、当のティファは困惑した表情を浮かべた。 「でも…私はそういうのは……」 難色を示すティファに、モデルの女性が笑みを浮かべたまま口を開いた。 「新企画の雑誌は『世界復興に向けて頑張ってる人々の姿と、それを支えている心温まる場所』がテーマなんです。各地で心温まる憩いの場……、例えばお店や温泉といった、その地域で人気の高い所を実際にその地域で働いている人達から情報を貰って、その場所を取材する…そう言った雑誌なんです」 「ですから、ティファさんを起用させて頂く…というのは、モデルというよりもむしろ、セブンスヘブンで働いている自然な姿を撮らせて頂きたい、という事なんですよ。それに、『ジェノバ戦役の英雄』の方々がこうして地に足をつけて頑張っている姿は、毎日を必至に生きている人々に力を与えてくれると思いますし…」 男性の言葉に、ティファは益々困った顔をした。 確かに、世間一般では『英雄が地道に仕事をしているんだから、頑張らないと』と言う言葉をくれる人もいる。 しかしそれとは逆に『英雄が地道に仕事?そんなの振りだけじゃないの!?私は信じられないわね』と言った声も聞えなくも無いのだ。 ティファは、それらを思い出して思わずポツリとこぼした。 「でも…そういった雑誌に載ったりすると……やっぱり変に勘ぐる人も出てくると思うんですよね」 「?勘ぐる…ですか?」 不思議そうな顔をする女性と、無表情ながらも首を傾げる男性に、ティファは言葉を選びつつゆっくりと話した。 「確かに、私達は人から『英雄』だと言われてますけど…本当はそんな大した人間じゃないんです。 今、一生懸命生きている人達と何にも変わらない…一人の人間です。だから、『英雄』と呼ばれるのを…私達は望んでません。それに、雑誌に載る事で『英雄も頑張ってるんだから自分達も頑張ろう』と思ってくれる人達が一体どれくらいいるでしょうね……?私はむしろ…『英雄だとおだてられて生きてるわけじゃない、こうしてちゃんと地に足をつけて生きている。雑誌に載ったのはその証拠だ』と思う人達の方が多いと思います…」 ティファの言葉に、モデルの二人は勿論、子供達も驚いた。 「ティファ…そんな風に捻くれて考える事ないじゃないか?」 「そうよ、ティファが頑張ってるって事は、お店に来てくれてる人達もちゃんと知ってるし!」 デンゼルとマリンが呆れたような、それでいて、心配そうに言う姿に、モデルの二人は言葉をなくした。 まさか…こんな風に彼女が『自分達英雄に対する世間の目』を感じているとは思っていなかったのだ。 もっと、自分達の功績を自慢してもいいくらいなのに、英雄達の誰もが本当に地道に…それこそ全く目立つ事無く一般の人間と混ざって、溶け込んで世間の泥にまみれて働いている。 英雄達の中で、唯一、元神羅の幹部だったというリーブのみが、世界の中で目立つ働きをしている…。 しかしそれも、WROという神羅とは全く反対の組織『世界の敵から星を守る』為の、いわば『正義の味方』のような働きをモットーに活動していた。 そのWROは実に統率がとれており、今のところ、WROという名目の元、横暴な行為に出た隊員の話しは聞いた事が無い。 むしろ、WRO隊員のお陰で命拾いをした、生活を救われた、安全に待ちの外を歩けるようになった…等々の喜びの声しか聞いた事が無いのだ。 これまで、神羅が牛耳っていた時代からは信じられないほど、その権力を振りかざすことの無い大きな組織の誕生は、まさしく新しい世界の為に必要な組織だと思う。 モデルの二人は困惑した顔を見合わせると、恐る恐る口を開いた。 「ティファさん…。確かに、世間では捻くれた人達や、心無い言葉を投げかける非常識な人間がいると思います」 「ですが、そんな人ばかりでないのは…貴女も良く分かってると思うのですが…」 二人の言葉に、ティファは苦笑した。 「確かに、お二人の言う通りだと思います。それは分かってるんですが……」 そこで言葉を切ると、ティファは軽く息を吐いた。 「私達は……少なくとも私は、このまま静かに生活していきたいんです」 ティファの言葉に、モデルの二人はハッとした。 確かに、雑誌に載るとこれまで築いてきた『エッジで頑張る人の為の憩いの場』を目指してきたセブンスヘブンは、その姿を変えられてしまうだろう。 『英雄見たさ』という野次馬達の来店によって。 「でも…ティファ?きっと、エッジに住んでる人達は『セブンスヘブン』を『心温まる憩いの場』に投票してくれると思うな」 「俺もそう思う」 黙りこんだ大人達を前に、キョトンとした子供達が割り込んできた。 ティファとモデルの二人は子供達を見ると、二人は実に不思議そうな顔をしていた。 「投票されたらさ、やっぱり取材に来るんじゃないの?そのプロデューサーって人が」 「そうだよね?そしたら、ティファは断るの?」 「え……う、ん……でも……そんなの投票されるか分からないよ?」 戸惑ってどもりながら答えるティファに、子供達は「「絶対投票されるって!」」と即答した。 そして、更にデンゼルが言葉を続ける。 「それにティファが静かに生活していきたい…って言うのも分かるけど、このお姉ちゃんとお兄ちゃんの言う事も分かるな」 「え…と、何が…?」 「だから、『英雄が頑張って生きてる姿を見て、自分達も頑張ろう!』って思ってくれる人がいるってこと」 「そうそう。まぁ、中にはティファが心配してるみたいに『英雄がしてる店か〜!』って押しかけてくる奴らもいるだろうけどさ、結局はその人達もお店に来る事で、『頑張ろう!』って思いたい人達かもしれないじゃん」 子供達の言葉に、大人達はただただ驚いて黙り込んだ。 確かに、野次馬根性で来店する人達が現れる事は間違いないだろう…。 しかし、その人達までもが、本当は『頑張ろう!』という何かを求めているかもしれない…そこまで発想出来た子供達に、素直に驚いた。 それに、デンゼルは実にさり気なく言ったのだが、誰も『英雄見たさでくる野次馬達が現れる』とは一言も言ってない。 それなのに、その事に気付いてさも当然のようにその更に奥を突っ込んだ事をさらりと言ってのけたのだ。 いつもならマリンの聡明な発言に驚くばかりのティファだったが、デンゼルの言葉に、マリンだけでなくデンゼルも実に鋭い洞察力を宿した子供だったと改めて知ったのだった。 モデルの二人は暫くポカンとしていたが、やがて笑顔になるとティファに向き直った。 「子供達もそう言ってますし、確かにその通りだと思います」 「それに、セブンスヘブンが投票されて上位にランキングされたら、やっぱり取材と言う名目でプロデューサーとかが動くと思うんですよね。その時に、またお返事をして頂いても良いですか?今日は…その、やっぱり早急すぎましたし…」 そう言うと、二人は席を立った。 引きとめようとする子供達に、これから仕事があるから…と申し訳なさそうな顔をした。 夕暮れの街を背景に、これから撮影があるのだという。 セブンスヘブンの入り口まで見送り、それぞれが頭を下げて挨拶を交わそう…としたその時。 モデルの二人がハッと何かに気が付くと、見た目にも可哀想なくらいオロオロしながら頭を下げた。 「すいません!!自己紹介をすっかり忘れてしまって…!!私、アディーテと言います」 「俺は、ロキと言います。本当にすいません、もうイッパイイッパイになっちゃってて…」 二人共、ティファに会う事によほど緊張していたのだろう… 大慌てで頭を下げ、非礼を詫びる二人の姿に、ティファは漸く心の中に巣食っていた黒い塊がゆっくりと溶け出すのを感じた。 「いいんです…。あ、それを言うなら…」 自然な笑みを浮かべながら、子供達を抱き寄せる。 「私の自慢の子供達です。デンゼルとマリンです。よろしくお願いします」 そう言って子供達の頭を軽く押さえ、自分も頭を下げる。 「「よろしくお願いしまーす!!」」 子供達の明るい声に、セブンスヘブンはやっと本来の明るさを取り戻した。 アディーテとロキも、子供達の明るい笑顔に緊張がほぐれたようだ。 ふんわりと柔らかな笑みを浮かべると、 「またご飯食べに来ますね」 「今度はもっとゆっくりお話させてもらっても構いませんか?」 肩から力が抜け、自然にティファに声をかける事が出来た。 それに対して、ティファもニッコリと笑みを返して「勿論です。またいらして下さい」と、いつもの自分を取り戻したのだった…。 その日の夜。 閉店間際に帰宅したクラウドが、汗を流し終えて店内に戻ると、丁度ティファが最後のお客を送り出しているところだった。 「お疲れさん」 「あ、クラウドもお疲れ様。何か飲む?」 「ああ…そうだな。じゃ、いつもの奴を頼む」 遅くまで働いて疲れているであろう彼女は、それでも笑顔で足取りも軽く、クラウドの為に夕食とお酒を作りにカウンターへと入っていった。 ほどなくしてクラウドの前には、温かな料理ときつめのお酒が出される。 ゆっくりとティファの料理を味わい、くつろいでいるクラウドに、ティファは後片付けをしながら夕方にやって来たモデルの二人の事を話して聞かせた。 ティファの話を聞き終えたクラウドは、暫く何やら考えていたが、少々困ったような表情を浮かべて顔を上げた。 「ティファは、もしもその話が正式に来たら、受けるのか?」 まるで、受けて欲しくない…と言わんばかりの彼の口調に、ティファも困ったような顔をした。 「う…ん。どうしようか……検討中…」 ティファは、クラウドが渋い顔をしているのは、『静かで平和な生活が、野次馬達の為に壊されてしまう可能性がある』ことを危惧しているのだと思った。 しかし…。 クラウドの真意は……。 『これ以上……俺の知らないところでティファに言い寄る輩が増えるなんて……』 という、なんとも可愛らしいヤキモチだったりしたのだった。 「ま、まぁ、本当にその話が来るかどうか分からないし…」 「そ、そうだな。うん……来てからどうするか考えるか…」 二人共そのまま、何となく気まずい想いを抱えて、黙り込むのだった…。 『確かに……来るかどうか分からない話に、あれこれ悩むのも……な』 クラウドはそう考え、スッパリとその事から思考を切り離した。 折角一日の仕事を終えてティファとの時間を過ごしていると言うのに…。 こんなことで悩む時間が勿体無い。 ただでさえ、彼女と共に過ごせる時間が最近は少ないのだから…。 割り切ったクラウドのお陰で、その後はいつもと変わらず穏やかで心休まる一時を二人は過ごす事が出来た。 ティファとしても、クラウドと過ごせる貴重な時間を悩んで過ごすのは真っ平だったのだ。 しかし…。 その二人の甘い考えは、あっさりと覆されることになる。 あとがき 以前、拍手コメントで『ティファも一度、モデルをしてみたらいいのに』との嬉しいメッセを頂戴しておりまして、いつかは絶対その話を書こう!!と心に決めてました。 そして、今回このお話を書くに至ったと言うわけです(笑)。 あの拍手を頂戴してから随分時間が経っちゃいましたが、漸く書ける事になってウキウキです! 二部構成になっちゃって……ごめんなさい(^^;)。 では、後編でお会いしましょうvvv |