「お前、少しは言い方を考えろ!!」

 胸倉を掴み、怒声を浴びせるクラウドにその場は一瞬、静まり返った。






WRO隊員(完結編)







「あの…クラウドさん?」
 局長であるリーブが、壇上の脇から驚いて飛んでくる。
 他の隊員達は遠巻きに見つめるばかりで、ヒソヒソと囁く声はすれど、誰も止めに入ろうとはしなかった。
 それは、ティファとユフィも同様で…。

「シュリ君、私もクラウドに賛成よ」
「そうだよ!こんな目にあった隊員さんに、もうちょっとこう…温かい言葉の一つや二つ、人としてないのかい!?」

 ティファとユフィが賛同する。
 シュリの元に集まっていた女性隊員三人は驚きのあまり目を丸くしていた。
 ラナは…何か言いたそうにしていたのだが、包帯で隠れていて良く分からない。

「お前、そんな上っ面だけの褒め言葉、彼女に対して失礼だと思わないのか!?」

 尚も胸元を締め上げるクラウドに、リーブがオロオロと止めに入ろうとしたが、それをクラウドは片手で払いのけた。
 しかし…。

「ラナ・ノーブル中尉。命令だ」
「シュリ!」
「すぐに医療班の元に戻れ」
「お前!」
「そんな『不安定』な気持ちでは簡単な書類整理一つ、まともに出来やしない」
「 !! 」

 クラウドは思わず拳を振り上げた。
 しかし、それは宙で止まる。
 ギリギリのところでティファが割って入ったのだ。

「ダメ。子供達の前よ」
「 !……チッ」

 小さく舌打ちをし、クラウドは忌々しそうに顔を背けた。
 子供達の怯えた気配がクラウドを後悔の念に絡め取らせた。
 しかし、怒りはまだ収まっていない。
 シュリのどこまでも冷徹な上司っぷりがどうしても許せなかった。

 一方、命令を受けたラナは、小さくなにごとか呟いていたが、
「中尉」
 何事も無かったかのように淡々と再度、命令口調で口を開いたシュリにプツリ…と何かが切れた。


「イヤです!!」


 ヒステリックなその叫び。
 その場の全員がギョッとした。
 遠巻きに見ていた隊員達、そして、彼女を上っ面だけで褒め称えた女性隊員達、子供達、そして…クラウド、ティファ、リーブまでもが驚いて固まった。
 彼女は…小さく震えていた。

「イヤです…絶対にイヤ」
「ラナさん…」

 ユフィとクラウドが怪訝そうに顔を見合わせる。
 ラナは…怯えているようにしか見えない。
 怪我の状態が酷く、起きてここまで歩いてくるのも辛いはず。
 むしろ、命令されて医療班に戻るよりも、命令されて『任務に就け』と言われる方こそがイヤで仕方ないと思われる状態なのに、何故そこまでして『復帰』したいのかがさっぱり分からない…。

 気遣わしそうにティファが寄り添う。
 そっと肩に手を回すが、それをラナは払いのけた。
 その勢いで、シュリに詰め寄る。

「お願いです。私…あんな静かな所にはいたくありません!お願いです、復帰させて下さい、お願いします!!」

 ハッ…と、クラウド、ティファ、ユフィは息を飲んだ。

 あぁ、彼女は怯えているのだ。
 自分が救えなかった命の重みを思って…。
 あと少しで、人の皮を被ったケダモノに犯されそうになったことを思い出して…。

 静かな空間にいたくないのだ。
 イヤでも思い出してしまうから…。
『その時の恐怖』と『悔しさ』に耐えられないと分かっているから…。
 だからこそ、『復帰』したいのだ。
 忙しくしている方が気が紛れるし、何より…救えなかった命達への『贖罪』にもなろう…。

 突っぱねるシュリに詰め寄るラナは、鬼気迫るものを感じさせた。
 確かに。
 今の状態では、簡単な書類整理もまともに出来そうにない。
 何より、彼女の身体状態は簡単な書類整理すら出来るような状態には見えない。
 今しも倒れてしまいそうに、浅く、荒い息を繰り返している。
 シュリの胸元を掴んでいる手が小刻みに震えているのは、興奮しているからばかりではないだろう…。

 シュリは、ラナの手を無造作に取ると、フイ…と横を向いた。
 リーブと目が合う。

「局長。彼女に命令して下さい。俺の命令では彼女は言う事を聞きません。これ以上、彼女には『減俸の要因』を作ってもらいたくありません」
「中佐!!」
「今の彼女では使い物にならないのは、分かっておられるでしょう…?」
「 !! 」

 ザワッ。

 場が、騒然となる。
 いや、ギャーギャー騒ぎ立てるのではない。
 空気が不穏に揺らめいたのだ。

 シュリの発言に、隊員達の大半が反感を買ったのは疑うまでもない。
 リーブですら、シュリの言葉に眉を寄せた。
 不快そうな顔をしながらも…しかし……。


「モスール女史に迎えに来てもらいましょう」
「局長!!」


 ラナの悲痛な叫びにも似た声に、ティファが眦を吊り上げた。
 だが、何も言わない。
 ユフィが口を開けて喚こうとしたが…結局何も言わずに口を閉じた。

 ここはWRO基地。
 リーブが指導者だ。
 その指導者の決定を批判するような言動は、後々WROにとって好ましくない状況を招く可能性がある。

 いつもお調子者であるユフィですら、そのところの分別は付いていた。
 そうして、リーブは自分が下した決定をそのまま実行に移した。
 ほどなくして、豊かな深紅の髪をひとまとめにした女性がやって来た。
 白衣を着ていることから、彼女が医療班の女性だとなんとなく察しが付く。
 ラナは最後まで縋るようにシュリを見ていたが、モスール女史を一目見てガックリと膝を折った。
 緊張の糸が切れてしまったようだった…。

 肩を支えるようにしてモスール女史の助手達がラナを連れて出る。
 女史は何か言いたいのか、含むような眼差しをシュリに向けたが、何も言わずに踵を返して出て行った。

 残されたのは、局長と今回の任務に携わった隊員達、そしてクラウド、ティファ、ユフィ、デンゼル、マリンだけとなった…。

 子供達は最初から最後まで大人しくしていた。
 決して大人達の話しに口を挟まず、ただジッと待っていた。

 話が終わり、自分達が話しをしても良い時期を…。


「さて」

 ラナが去った後、リーブが仕切りなおしをするように、口を開いた。
 クラウドとティファ、ユフィは怒りが収まらず背を向けている。
 今、シュリの顔を見たら殴りかかってしまいそうだった…。


「シュリ、君から一言、この場の皆に話しをしてもらいましょうか」


 ザワザワ…。
 場がまたざわつく。
 これ以上、何をこの冷酷な上司から聞かされることがあると言うのか。
 もう充分だ。

 そういう雰囲気が立ち込めていた。

 シュリはその嫌悪感の空気を全く感じないかのように、リーブへ軽く敬礼すると、襟元に取り付けていた小型マイクのスイッチを入れた。



「我々は、このたび一般人から大勢の犠牲者を出した」

 場が…静まる。
 大半は反感を抱いているが、少数の人間は彼が何を言うのか興味を持っていた。

「今回の事件は、事前に情報があった。にも関わらず、このたびの失態だ」

 クラウドとティファ、ユフィは驚いてリーブを見た。
 重責を負っている仲間は、神妙な顔で部下を見ていた。
 シュリは続けた。

「情報があったにも関わらず、このような失態になったのは何故か?」
 真っ直ぐ前を向いているのに、特定の人間は見ていない瞳が細められる。
「それは……誇りの欠落だ」

 場が……凍りつく。
 シュリの言っている意味が分からないのだ。
 それに構う事無く、シュリは続けた。

「我々は、ひとたび任務に就けば任務遂行を果たすべく全身全霊をかける。だが…」
 言葉を切って、自分とラナに駆け寄った三人を一瞬だけ見る。
 三人がビクッと身を竦めた。

「任務から離れた瞬間、『WRO隊員』という誇りを忘れた。それが原因だ」

「任務から離れ、WRO隊員という自覚を喪失したために、身近にあった『予兆』に誰も気づかなかった」

「今日まで、任務として市場の広場に何度も足を運んだはずなのに、いざ任務以外で…、自分や家族の買い物で市場を訪れた時、誰か注意してその客達を見た者がいたか?普段、見慣れない人間が不審な動きをしていないか、気づいた者がいたか?」
 言葉を切る。
 シュリの言葉が隊員達に染み渡り始めた頃、青年はまた口を開いた。

「WROには様々な夢や野望を持って入隊したはずだ」

「厳しい訓練に耐えたのも、一重に『WRO隊員』となり、己の夢、もしくは野望を達成させるため」

「にも関わらず、任務以外ではその自覚が綺麗になくなってしまう」


「自分がWROに入隊出来たという誇りを忘れたからだ」


 誰も何も言わない。
 クラウド達ですら、いつしか怒りを忘れて聞き入っていた。

「任務に就いていなくとも、己の中にあるWRO隊員である誇りを持ち続けていたならば、今回の事件にもっと迅速に対処出来たはず」

「WRO隊員であることを『威張り散らせ』と言っているのではない。『自覚を持て』と言っている」

「我々は、星に害するありとあらゆるものと戦うことを理念として創設され、その『理(ことわり)』の中で活動している」

「誰に恥じることもなく、WRO隊員として生きる、あるいは『生きた』ことを己の誇りとしてもっと自覚せよ」


「今回の……ラナ・ノーブル中尉のように…」


 誰かが深く息を吐いた。
 決して溜め息ではない。
 感嘆のあまり、吐き出した『それ』。

 シュリは一呼吸置いてからもう一度口を開いた。


「ラナ・ノーブル中尉は皆も知っている通り、大富豪のご令嬢だ」

 また、場が少しだけざわついた。
 クラウドとティファは、一瞬だけ顔を見合わせた。
 すぐにシュリへと顔を戻す。
 リーブは、ジッと食い入るように部下を見ていた。

「彼女は大富豪のご令嬢であるが故に、『彼女一個人』の実力で『中尉』という肩書きを手に入れたと認められていない、という負い目がずっとあった」

 デンゼルとマリンは衝撃のあまり目を丸くした。
 セブンスヘブンに彼女が来る時は、いつも楽しそうに任務に就いているときの心情を語ってくれたからだ。
 まさか、そんな偏見な目で見られているとは…。
 クラウドとティファはなんとなく察しが付いてはいたものの、言葉にして聞くとやはりショックは小さくなかった。

「だが、今回の事で分かっただろう?一体、誰が彼女のように、身を挺して作戦を成功させるために、犯罪者の手で穢されるかもしれない『囮』を買って出る?」

 言葉を切って、再びシュリは三人の女性隊員を見た。
 彼女達は唇を固く結び、顔を背けた。

「犯罪者どもに殴られ、蹴られ、衣服を剥ぎ取られ、大観衆の面前で羞恥の極みに追いやられて尚、彼女は耐えた。作戦が決行され、人質達が無事に解放されるまで…ひたすら」

 そこまで言って、シュリは溜め息を吐いた。
 とても…哀しそうな溜め息だった…。

「我々は、決して忘れてはならない」

「任務から外れたら『一個人』の生活に戻っても良い、勿論だ。だが…」

 顔を上げ、遠くを見る眼差を隊員達全員に流した。

「ひとたび事件が起きれば、その時はWRO隊員であることを思い出せ。そして、行動しろ。それが、自分達の大切なモノを守る一番の方法だ」


 そこでシュリは、マイクを切った。
 そのままリーブに敬礼すると、黙ってその場を去った…。


 *


 クラウドとティファ、ユフィ、そして子供達は、黙ってシュリの後を歩いていた。
 彼がどこに向かうのかは…分かっている。

 暫く歩くと、薬品のツンとした匂いが漂ってきた。
 シュリはそのドアの前に立ち、そのままドア取っ手に手をかけて……止まった。

「シュリ君?」

 ティファが気遣わしげに声をかける。
 漆黒の瞳が、なんとも言いようの無い困惑の色を浮かべていた。
 そして…。

「すいません…」

 そう言って、青年はもと来た道を戻り始めた。
「お、おい」
「ちょっと?」
「「 シュリ(お)兄ちゃん? 」」
 当然、クラウド達とすれ違う…というか、向かい合う格好になる。
 シュリはほとほと困りきった顔をしていた。

「俺は彼女の評するとおり『ろくでなし』ですからね。こういう時、どう接してやったら良いのか分からない…」

 一瞬ポカンとし…。
 英雄と子供達はニッコリと微笑んだ。
 クラウドに限っては本当に淡い微笑み…。

「シュリ君がさっき、皆に言ったような事を言えば良いのよ」
 ティファが優しく諭す。
 しかし、青年はまだ納得していないようだった。
「あんたさぁ、ほんっとうに人間としてまだまだ未熟者だね〜」
 ユフィが面白そうに言う。
「それはお前もだろ」
 突っ込みを入れたクラウドは、強かに足を踏まれそうになって、寸でのところで回避した。
 ユフィが「キーッ」と地団太を踏む。

「そうだ。シュリ君…あのね」

 何かを閃いたように、ティファが顔を輝かせた。


 *


 数回の軽いノックの後、開いたドアの向こうに立っている人物に、ラナは咄嗟に顔を背けた。
 今、最も会いたくない人物だった。
 本当は…あんな醜態を晒すつもりは無かった。
 だが、どうしても…どうしてもこんな静かな機械音しかしない部屋に閉じ込められたくなかった。
 目の前で撃ち殺された母子を助けられなかった悔しさ。
 汚らわしい男達に犯されるかもしれない、という恐怖感。
 目を瞑っただけで、今にも現実のものとして自分を襲ってきそうなほどの…恐怖。

 よりにもよって、どうして自分が一番最初に連絡を取ったのがこの青年上司なのだろう…と不思議で仕方ない。
 しかし、その判断は間違っていなかった。
 間違っていたのは…この部屋に閉じ込めないで欲しい、と彼に縋ったことだ。

「中尉」

 ドックン。
 心臓が跳ねる。
 これまで聞いたことのない声音。
 いつも、何を考えているのか分からない青年上司が、初めて年相応の声で語りかけてきた気がする…。
 しかし、それでもラナは振り向かなかった…。
 今更、どんな顔をしていいのか分からない。
 黙ったまま、そっぽを向いていると…。

 ギシリ…。

 ベッドが軋む。
 ギョッとして振り向くと、青年の端整な顔が至近距離で自分を覗き込んでいた。
 驚き過ぎて声も出ない。
 そんなラナに…。

 シュリはそっと腕を回した。
 ラナは頭がパニック状態になり、何も考えられなくなる。

 その時……彼女の目に飛び込んできたのは…。


「あ……」


 目の前で…殺されたはずの母子。
 まだ若い青年に、市場の売り子をしていた女性。
 豪快に笑う商人。

 誰も彼もが、淡いグリーンの光を身に纏い、ラナに微笑みかけていた。

 ― 『ありがとう』 ―
 ― 『折角ベッピンなのに、台無しだなぁ〜』 ―
 ― 『でも、本当にありがとよ。お蔭で、孫は助かったぜ』 ―
 ― 『これからは、ちゃんと好きな人に身体を見せるのよぉ〜?それ以外はぜ〜ったいにダメvv分かった?』 ―

 ラナの瞳から涙が溢れ、いつしか彼女は大声で泣いていた。
 気に入らない年下上司にしがみついて…。


 *


 ラナの泣き声を聞いたクラウド達は、そっとその場を後にした。

「シュリの兄ちゃん、すごいことが出来るんだね」

 デンゼルが感心し、興奮しながらクラウドを見上げる。
 クラウドは、ちょっとバツの悪そうな顔をしながら「そうだな…」とだけ答えた。(注:『存在理由』『とどのつまり…』参照)

「これで、ラナお姉ちゃんも怖い夢、見たりしないよね?」
 心配そうにそう言ってくるマリンに、ティファはフンワリと微笑んだ。
「大丈夫よ。シュリ君が上手くしてくれるわ」
「それにしても、あのシュリってさぁ、本当にすごいよねぇ、なんかエアリスみたいじゃない?」

 ユフィが懐かしむような目で大切な仲間の名を口にした。
 クラウドとティファが黙って頷く。
 決して、暗い顔ではなかった…。
 むしろ、明るく、温かなものに触れた…そんな表情だった…。

「今度、ラナ姉ちゃんが来たら、うんと美味しいものご馳走してやろうよ!」
「そうね!じゃあ、その時は貸切にしちゃいましょ!」

 デンゼルの提案に、ティファがニッコリ笑って賛同する。
 ユフィが口笛を吹き、マリンが「じゃあ、うんとお手伝いする〜!」と嬉しそうに飛び跳ねた。

 そんな、愛しい家族と大切な仲間を見つめながら、クラウドはふと足を止めた。
 草花が可憐に咲き、風に揺れている。


 ― もう…大丈夫だね ―


『彼女』の声が聞えた気がした。

 クラウドは微笑む。

 そう。
 大丈夫。
 自分も、家族も、そして…癖のある漆黒の髪をした『友人』も、茶色の髪にグレーの瞳をした『友人』も、一人じゃないから…。

 そして、苦労性の仲間も……大丈夫。
 彼には頼りになる部下がいるから…。


 WRO。


 この世界にまだ必要とされている組織を束ねられるのは、彼だけ。
 だから、支える。
 今日、女性にとって、これ以上ないほどの屈辱に耐えた『彼女』のように、全身全霊賭けて支えると誓う。

「クラウドー!早くー!!」
「あぁ…」

 クラウドは歩き出した。
 前方で手を振って自分を待っている子供達と、イタズラっぽく笑っている仲間、そして…。


「帰ろ」


 微笑みながら手を差し出してくれる最愛の人の元へ…。



 あとがき

 最初、どうしてこんなに暗い話しを!?と思われた方もおられると思うのですが、WROの女性隊員って絶対にこういう危機に合うことがあると思ったんですよね。
 銃での打ち合いだけではなく、身体を張って、味方や一般人を守らなくてはならない、そんな場面が…。
 綺麗な仕事じゃないと思うんですよ。
 泥を被って、時には人に恨まれて…。
 それでも、その汚い、悔しい、苦しい目に合いながらも、『誇り』を持って任務に当たる。
 そんなダークな部分を書いてみたくなりました。

 ダラダラと長くなりましたが(オリキャラメインだし…)ここまでお付き合い下さって本当にありがとうございました。